もしかして通路がここに出来る?

 先日の梅田貨物ターミナル跡の工事続編です。

 一週間ぶりに訪れてみると、先にあげた写真から貨物線を超えたところにある駐車場での工事に動きが出ていました。
 大きな流通倉庫が取り壊され、しばらくの間コイン駐車場だったのが、数か月前に閉鎖、数カ所でボーリング調査が始まっていました。 まぁ大きなマンションでも建つんだろう、と思っていたら、線路側のフェンスに「鉄道工事中」の看板が。
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 え?と思って、先日の写真をよく見たら、三本のうち一本の線路が撤去された辺りの線路敷きの砂利の色が変わっています。 どうやら、ここに何か線路を横切るものができそうです。

 駐車場はかなり広いので、跨線橋、地下道どちらにしても、バリアフリーのスロープ敷設に問題はありません。 あるいは期間限定の特例措置として踏切も可能ですが、そうなると監視員付の工事車両専用道路になる可能性が大です。

 先日、もしかしてここから貨物線が地下に潜る堀割りができるんじゃない?と線で示した帯は、この線路を越える「何か」の為の通路とも考えられ、そうなると幅から見て、歩行者用トンネルに向けての導入路と考えられます。 工事車両限定とすれば、一方通行にすれば車両通行も可能かな?
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 さぁ、どうなるんでしょうね。
 ここに誰でも通れる歩行者用通路ができれば、現在のグランフロント-スカイビル間の地下道より南側に新しい流れができて、私の通勤も数分間短くなります。
 工事用車両通路とすれば一般人には何のメリットもないですが、さて、今日明日とは言わないまでも、いつか撤去されるだろう線路を越えるために、仮となる建設物は何になるのでしょうか。
 どうでもいいといえばどうでもいいと言いつつ、いいウオッチングネタです。

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※赤線が該当箇所。青線は昔からある地下通路。

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梅田貨物線はここから地下へ?

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 一ヶ月ほど前、いつもの場所から梅田貨物駅跡を見下ろすと、写真の緑線で挟まれたあたりが掘り起こされ、また埋め戻されたように見えました。
 なんでかというと、それまで何もなかったところに小山のような瓦礫が積まれていたからです。(上の写真の線が緑から白に変わる辺り)
 その時、もしかしてここから貨物線が地下に潜るのでは無いかという気がしました。
 
 すでに旅客の方は地下に潜った後、大幅に大阪駅に寄って福島方面に舵を戻すと発表されているのですが、あれ?貨物はどこから地下に潜るんだろうと疑問に思っていました。
 手間を考えると旅客も貨物も一緒に潜って、最悪旅客ホームを通過、それは流石にまずけりゃ、中線作ってそこを通す、ってのが一番です。
 
 しかし、もし写真の、つまりは今でも環状線方面へ生き残っている線の途中から潜らせるなら、新駅で待つ旅客にいかつい貨物列車を全く見せなくて済みます。
 そして久々に昨日ここを通ったら、緑の線に沿って波型の鉄板が規則正しく打ち込み並べられていました。(諸般の理由で写真はありません) そしてこの鉄板の並びが福島方向で突然途切れています。
 
 これで私の推理に確信めいたものを感じました。
 今でも手前に三本残っている貨物線のメインは手前の一本だけで、事実上単線運用です。 二本目はたまに退避線として使われているものの、最後の一本は昨秋頃に出発信号に無造作に板が被せられ、そのうち線路の一部も剥がされてしまいました。 それはおそらくこのトンネル線への分岐準備と考えても良いかなと。

 ということで、上の線白から分岐し、緑の線沿いに地下に潜り、二枚目の緑線の途切れた辺りで完全に地下に潜り、今の踏切あたりかその手前の地下で東側の旅客線と合流して福島方面に向かうと推理できます。
 
 でもここから先、どうやって地下から環状線高架まで登らせるんでしょうね。
 なにわ筋の踏切解消も視野に入れられていたはずですから、ここまで地下で今と同じ場所で高架に上り詰めるというのは、いくらなんでも勾配がきつすぎますし、工事中の運用ができなくなります。
 となると、地下線は今よりもっと西九条寄りで高架に上る可能性が浮かんできます。

 あ、そして上の推理だと、貨物線はターミナル跡半ばまで地上にありますから、懸案である大阪駅と梅田スカイビル地域への交通は現在の地下道のまま改善されないことになります。 う〜む?

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鉄が瑞風に群がっていた

 仕事に使う本を探しに梅田のジュンク堂に行こうとしたら、駅にそこそこの鉄が集まって、貨物線の方を睨んでいました。 何か来るのかなぁ、そういえば少し前にEF510の北斗星カラーが貨物に投入された時も結構人出があったっけ、と思いつつ、後ろ髪を引かれながらやってきた電車に乗り込みました。

 ところが次の駅ではさらに多くの人がホームに群がっていて、これは元鉄としてだけではなく、単なる野次馬としても気になってきました。
 結局その駅で降りて、閑散とした方のホームで待つこと30分(いや、決して暇ってわけじゃないんだけどね)、やがて東の方から新大阪の方に向かってDD51が何か黒いものを牽引してやってきました。
 
 城東貨物線からDD51が消えた今となっては、それだけでも貴重なのに、なんだこの黒い葉巻みたいなものは、とよく見たら、JR西日本が来年春から運行する豪華列車瑞風の、それも両端の展望台付き車両の回送だったということがわかりました。 真っ黒なのは塗装面保護のためのラッピングのようです。
 
 いやぁ、しかし、これだけの鉄の群がりを久しぶりに見たなぁ。
 と、達観ししていたら、瑞風直前にみんながこちらに向かって慌ててカメラを向け出し、振り向いたら旅客線をEF65PFが牽引する12系客車の回送が迫ってきて、あ、これは私が邪魔になってしまう!と慌ててホームの柱の陰に逃げ込むあたりは、なんというか昔取った杵柄というか。
 どうやらこれは、テールエンドマークからSLやまぐち号用の回送のようで、このまま山口までドナドナされてゆくわけです。 いやぁ、14ならともかく12系がまだ残ってるんだなぁ。
 
 鉄道沿線に住んでいると飽きないわ...

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シンプルコンパウンドカテナリの憂鬱

 ふ〜、授業が始まり、ぼろぼろに疲れました。 今年度はこれまでと違って二日連続の日程も入り、これまでの隔に比べると二日連続が終わった後の疲労感は半端ありません。 そのかわり平日に二日連続で何もない日が生まれるとはいえ、暫く体が慣れるまで大変です。
 
 んで、久々に新大阪駅で新快速を待つ間に、気になっていた物体を撮影。
Shinosaka 
 これ、電車の電線です。 と書いてしまうと終わってしまうネタ。
 現在工事が進むJR西日本の大阪東線の一環で、新大阪駅の在来線は徐々に南側に一つづつプラットホームがずれて行ってます。 そしてそこに新たに施行された電線、正式には架線と呼びますが、これがごくごく普通のシンプルコンパウンドカテナリ方式に成り下がっているのです。
 
 なにそれ?と疑問を持って頂ける方は、こちら
 もともと在来線の新大阪駅はより高度な方式であるダブルコンパウンドカテナリで施行されています。 正確に言うと、吹田駅と須磨駅の間で、何とこれは戦前のこの区間の電化の時に採用された高度な方法で、これが新幹線の架線にも採用されるベースになっているのは、鉄の間でもマニアックお話。
 でも、このおかげでJR他社の乗務員がビビる程の高速で新快速が京阪神間を離線することなくぶっとばせるのです。 新幹線の技術は、第二次世界大戦中の戦闘機の技術がベースになっていると言われることがありますが、この架線懸架方式や、弾丸列車計画による土地買収など、戦前から繋がっている資産が少なからず影響している一つの証左でもあります。
 
 だから、天下の東海道本線を関東地区で見ても、ダブルシンプルコンパウンドで吊っているのを「ふっ」と笑えるし、新幹線でありながらダブルコンパウンドでない北陸や九州新幹線なんて、はっきり言って見下しています(マニアックな表現です。あまり深く解釈しないで下さい)。

 にもかかわらず。
 新たな新大阪駅工事で生まれた新線は、卑しいシンプルコンパウンドに成り下がっているではありませんか。
 確かにブルートレインが死滅した今、新大阪駅を通過する列車は回送列車以外ではサンライズのみで、ましてやダブルコンパウンドの限界値である160km/hで通過する訳ではないので、全く問題はないのですが、電車王国と呼ばれ、私鉄も含めて高速化を競った矜持はJR西日本にないのか、と別に怒ってる訳でもないながら、仕事前に見上げて意味もなく憂鬱になっています。

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梅田貨物駅の終焉のその後3

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 半ば義務感というか惰性というか、前回から三ヶ月後のレポートです。
 比較的解体が遅れていたJR大阪駅側も、風情のあった木造事務所が完全に無くなっていました。(赤い研修センターの看板が見える辺り)
 
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 そして前回では半分くらい解体されていた大倉庫、さすが頑丈というか、まだ基礎部分が残っています。 土曜日でもダンプが連なって、つまり結構詰めて作業をしている訳で、ハンパ無い建物だったと言うことでしょう。
 ただ、このいつも撮影させてもらっている建物からは、完全に駅沿いの道路のフェンスが見えるようになりました。 当然、西側から駅に入って行く電車も全て見えるようになりました。
 この辺りに毎日通っている人や、ツインビルスカイビル、ウェスティンホテルなどは、一日も早く一直線のアクセス路の実現を願っているはずです。 が、最後の三本の線路は残ってて、これが地下に潜るのはまだ先なので、これからこの膨大な空き地がどうなるか楽しみではあります。

 この倉庫跡の辺り、掘り返すと運河やガントリークレーン跡が出てくるはず...

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梅田貨物駅の終焉のその後のその後

 先程デジカメを立ち上げたら、先月23日に撮影した、梅田貨物駅の解体状況の写真が出てきました。 忘れるなよ...
 
 状態はご覧の通り。 元運河港跡で、屋上がテニスコートだった大倉庫はほぼ2/3程解体されて廃墟状態。 なぜか大阪駅側の木造事務所(多分最後の貨物駅舎)と、その横の木はまだ残っていました。
 大阪環状線とを結ぶ線路は、退避線が二本で合計三本のみで他は全て撤去完了。 九月にはまだ残っていた中津側の「低目速度の入換」鉄塔も時計台も無くなっていました。
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 そして大倉庫が無くなったおかげで、撮影しているビルから大阪駅のホームが見えるようになりました。 冒頭触れた木造事務所も裏側がよく見えます。
 こうしてみると大阪駅が意外に近く感じます。 逆の言い方をすると、このヤードが長きに渡り大阪駅北側の往来を大きく妨げてきたとも言えます。 まぁ、まだ上記三本の線路が残っている限り、見えているからといってまっすぐ歩いて行けるわけではありませんけど。
 あ、でもこの辺りのどこかにおおさか東線の北梅田駅ができるのか。 地下駅になるまでは仮駅舎?

 そういえば先日、吹田信号場でDD51が出発を待っていました。 百済や安治川にまだ仕事があるのかな。 北海道へ渡る前のD52とか、DE11が来るまでのDD13の天下とか、あぁ、歳をとったもんだ。
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最近の電車のドアは結構強い

 先の八尾までの地下鉄プチ放浪の途中の出来事。
 天王寺を超えた辺りで、腰の曲がった、歩くのもおぼつかない老婆がひとりやっとこさの呈で乗り込んできました。 すぐ横に空いている席があるのに、わざわざ少し遠目の席に座り、危うく電車の発車のショックで転びそうになっていました。 あ〜、ボケとる。
 
 これが終着駅近くになって降車されたわけですが、電車が停車してからおもむろに立ち上がって私のすぐ横のドアに向かって来ました。 その歩みの速度があまりに遅いので、多分ドアが閉まってしまう。
 
 あ、わたくし、特に自分が中年になってから余計に敬老の念というのが薄らいでいます。 住んでいる地区に老人が多いせいか、老人の厚かましさやどんくささに嫌気がさしているのかもしれません。 まぁ、私が後を追う時にはせめてああはなりたくない、こうはしたくない、と反面教師としては重宝させて頂いています。
 
 ただ、そんな私でも自分のすぐ横で老婆のギロチン処刑は見たくない。 いや、ふざけた表現じゃなく、腰が思い切り曲がっているので、勢い頭と首が前方に突出してるし、恐らく腕にそれを防ぐ力は無いはずですから。
 仕方ないので、立ち上がってドアが戸袋から出ないように右手でインターセプト。 ババぁは一応こっちを見て一礼しましたが、自分の置かれている状況が今ひとつ分かっていない様子。 だから年寄りは嫌いだ。
 
 ところがこの市営地下鉄車両のドア、力が強い。
 昔、国鉄の通勤電車の主流が101系だの103系だのの時代、国鉄マンだった亡父の部下から、両開きドアは構造上、動き初めと終わりのトルクが弱いと聞かされていて、実際これまででも似たようなケースの時にそれを体感していました。
 が、最近の両開きドアは動力が空気から電気になっていて、恐らく二枚のドアを同調させるのもアームではなくギアかなんかじゃないかと思われます。 よって、最初からトルクが結構大きくて片手では止めきれません。
 
 おりょ、と負けずに力を入れ直したら、車掌が異変に気付いたの開扉に切り替え。 こちらもドアから顔と腕を出してアピールして事無きを得ました。(最初からこうすれば良かったんだけど、これはこちらもギロチンの可能性があるので避けた)
 
 そんなこんなでババぁはその後、どこかに消えましたが、こちらと言えば手が汚れてる。 車両洗えよ>大阪市交通局
 しかし、あのバァさん、これまでもこれからもずっとあんな調子で地下鉄に乗ってるんだろうか。 いや、乗らざるを得ないんだろうけど。

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梅田貨物駅の終焉のその後

 以前グランフロント側から営業終了した梅田貨物駅の解体が予想以上に進んでいるのに驚いたわけですが、そこにも書いた、敷地反対側でのお仕事がありましたので、カメラ持参で行ってきました。
 
 そこに至るまでの貨物駅はことごとく壁で覆われており、それまで当たり前だった敷地内が全く見えません。 辛うじてかつて大型トレーラーが頻繁に出入りした阪神高速出入り口対面の出口が最も広い開口部となっていました。 カップリングの写真は九年前に同じ場所で撮影したもの。
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 それでもところどころ野次馬対策? or 情報公開の為に設置してあるビニール窓から見ると、広大な敷地が広がっています。 前回同じ仕事でここを通った時には、この車止めギリギリにコンテナ車が留置してあって、手前には大型特殊フォークリフト、そして向こうには無数のコンテナが積んであったのが、ほんと夢のようです。

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 同じ場所をほぼ反対側から仕事先で撮影したもの。
 西九条への出発線はなぜか二番が廃止され、通過主体の一番を退避するのは三番を使うようで、何やら新しいポイントも真新しいバラストとともに既に敷設してあります。 新大阪側もポイントの廃止などがあり、完全に二番は宙に浮いた状態でした。
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 同じ場所からグランフロントを望む。
 一番大きな大屋根はこちらからは見えず、手前の大屋根も最初の写真に写っていた屋上がテニスコートだった倉庫も周りに足場が立っていて、解体を待つばかりという印象でした。
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 お馴染みのガード下から高架に登る階段から。 これで見る限り、一番大きな大屋根は既に解体済みのようです。 解体中である次の大屋根に至る敷地はまだ整地が済んでいないのか荒野然としています。「低目速度の入換」のタワーがなぜか印象的でした。
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 構内時計は止まっています。
 動いているのは環状線とを結ぶ線を行き来する列車のみ。
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梅田貨物駅の終焉

 先日のグランフロント大阪行きではたと気がついた鉄的大ショック。
 梅田貨物駅が完全に終わっていたこと。
 
 いえ、わが町吹田のターミナルに移行することは知っていましたが、そこは細かい舵取りが苦手な大組織、何となくいつまでもダラダラと存在し続けるとイメージしていました、 ところがグランフロントのトイレに通じる通路の端からふと見た貨物ターミナルはまるでゴーストタウン。
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 丁度この対面にある某専門学校で年数回、検定試験の試験官として通っており、大小さまざまなコンテナを扱うフォークリフトが行き来して、トレーラーとのコミュニケーションに使うクラクションや、大きなエンジン音等、そしてそれを遮るように眼前を横切るくろしおやはるか、そして安治川口へ向かう貨物列車の喧噪がつい最近のように思い出されます。
 
 それがご覧のような更地ぶり。 こういう場所にありがちなこまごました小物等も一切処分されています。
 まぁ、こうして撮影している場所そのものもかつての梅田貨物駅の敷地であったわけで、やがてこの写真のエリアも公園として整備され、しばらくは残る西側の大阪環状線へのバイパス線も地下化され、ついにここが国鉄大阪鉄道管理局の城下町だったことを示すものは全く無くなるのかと思うと、感無量です。
 
 思えば今はリッツカールトンや毎日新聞のビルが建ち並ぶ場所は大コンテナターミナルで、高校生時代に弁天町の大阪交通科学館にバイトに通う私は、環状線からその扇形に広がる風景をいつまでもあるかのように眺めていました。
 梅田貨物駅をバイパスし、さらに大阪駅の下をくぐって郵便車が行き来した大阪中央郵便局さえも今はありません。

 安治川口に向かう列車以外が消え、梅田で働くDE11の単機回送も無くなり、駅西側のダブルクロスを渡る列車が減って、気のせいかJR吹田駅周辺も静かになった気がします。

 最後に9年前、ルクアの工事が始まる前の大阪駅北側の写真を添えさせて頂きます。 貨物駅大屋根の明り取りスリットが奇麗で、阪急百貨店はまだ背が低い頃です。
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ドクターイエローを見た

 さっき何気無しに窓の外を見てたら、遠くの方でドクターイエローが普通に走ってました。
 へぇ、真っ昼間に運用してるんや。
 
 何か良いことがあるとか、ってあるわけないやん、とか思いつつ、思わず「おっ」と椅子から腰を上げてしまった...

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