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リーガルの革靴をリペアした

 長年スーツやらネクタイに縁のない生活をしていると、革靴を履くのは卒業式と年4回ほどの検定試験の監督官、つまり年に十回にも満たないことになります。
 
 だから愛用しているリーガルのスリッポンもいつ頃買ったんだろう?となかなか思い出せないほどで、今の専門学校に通いだした頃だからえ〜と、二十年くらい前?
 
 さすがにこれだけ時間が経つと、いくら使用頻度が少ないとはいえ傷みが目立ってきます。
 中でも靴裏の指の付け根に相当する部分が一番酷くて、雨が降ったら靴下まで濡れるであろう状態に。 さすがにこれは悲しい。
  
 リーガルは昔からリペアシステムがあり、よし卒業式が終わったら五月の検定に間に合うよう依頼しようと決心したのはいいけど、このコロナ騒ぎで卒業式は中止。 それどころか街に緊急事態宣言が出そうな勢いになったので慌てて梅田のショップまで足を運びました。 なんとこれが結果として緊急事態宣言前日となり、私の靴が関東にあるリペアショップに発送された直後からその店は臨時閉店となりました。
 
 ほぼ忘れそうになってた5月、ショップからリペア終了の連絡が入ったのはいいけど、残念ながら五月の検定は中止。
 それから三ヶ月が経って次の検定が昨日行われ、やっとご開封。
 
 よく見ると裏、中敷、かかとの交換+清掃で、うわ嬉しい、めっちゃ綺麗になってます。
 上の革は以前のものなのでなにより足に馴染んだままなのも良い。 そして靴裏の素材も少し柔らかくなったのか少し歩きやすくなっています。
 費用は1.7万円。 新品買うより安い。 何より足に馴染ませるまでの苦痛が無いのでむしろ新品よりオススメかも。

 まぁ多分死ぬまで革靴はこれだけで事足りるんだと思ふ。

Regal1 Regal3

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アニメの女の子が流す涙に癒されてる

 ここしばらくストレスを感じない生活をしようと心がけた結果、淡々と日々を過ごし、気がつけば一週間が終わり、気がつけば一ヶ月が過ぎるみたいな生活になっています。
 と書くと、なんだか無味乾燥な日々と勘違いされそうですが、全く逆。 心静かな毎日がひたすら続くという幸せな日々を過ごしています。
 たまに些細なことですごく腹が立ったりもするんだけど、それも可能な限り短時間で収めるように努めています。

 アニメの話ももっと書きたいんだけど、その淡々とした日々の歯車が回る中ではどうも創作意欲というか、何かを生み出したいという意欲が低下しているようで、これはこれで困ったもんではあるんですけどね。
 
 そんな中、ここ一週間ほどアニメの中の女の子が泣いているシーンが妙に気に入って何度も何度もリピートしている私です。
 
 まずはしばらく撮りっぱなしで少し溜まっていた「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」。 もとからあんまり明るい作品じゃなかったけど今回はさらにどんよりした印象で、もう切ろうかなと思いつつ見ていた第4話。
 由比ヶ浜結衣が物陰に隠れて「私は可哀想な子にはならないんだ」とボロボロと涙を流すシーン。
 
 次に録画の関係でほぼ同じ頃に見た「彼女、お借りします」の第7話で更科瑠夏がわんわんと歩道で泣く場面。

 女性を泣かせて喜ぶ趣味は無いのは当たり前としても、あぁなんか懐かしいなぁ、青春だなぁ、と。 が、思い起こしても私を主題として女の子がこれだけ泣いてくれたことは... やっぱ無いよな。 うん、無い。
 ということは単なる憧憬か。 アニメゆえの美形女子が大きな瞳からボロボロ大粒の涙を流すという場面。 あぁそういえばそういうシーンをえせ小説に書くのが好きだったりするなぁ。

 思えばモテ期のない人生であった。
 ま、いっか。 今夜もバーボンと麦焼酎が美味い。

Tear1
※引用:mbs やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完 第4話
Tear2
※引用:mbs 彼女、お借りします 第7話

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マスク偏執が狂気化してる(暴言注意)

 最近、できるだけストレスのない毎日を送るようにしているので、逆にちょっとしたストレスが大きく感情に響くことがあります。 よって以下は粗野な言葉を複数含んでいますので、そういうのが苦手な方は避けて頂くようお願いします。
 いや、これでも一晩置いて冷ましたつもりなんですが。
 
 
 
 昨夕、関西ローカルNHKから食事用マスクなるものを紹介するニュースが流れてきました。
 私はマスク同調圧力反対派なので思わず「馬鹿か、こいつら」と何度も口にしてしまいました。
 あ、大阪では「馬鹿」は「あほ」より深い蔑如を含みます。

 立体化されたマスクの下部を延長し、そこを左手で持って箸を口に運ぶ時以外は口に当てて咀嚼するようですが、その滑稽さが半端ありません。 モンティパイソンか。
 「これで安心して食事中に会話ができます」だって。
 いや、そもそも話すな。 顔に密着してないから、上下左右呼気だだもれだろが。

 さらに笑えるのがこの発表会がどこかの高級レストランで行われていることで、みなさんドレスコードに沿った出で立ちをしていらっしゃる。
 そこまで感染が怖いなら外食するなよ。 おまけに正装までして。 馬鹿かお前ら。
 そもそもこんな三流バラエティみたいなニュース流すな>NHK

 こんなクソ、どこの便乗メーカーが作ったんだと思ったら、京都にある某美大のしかも学長でした。 さすが雅な学び舎は違うでおじゃる。
 あ〜あ、学長の戯言だもんなぁ、だれも止められなかったんだろうなぁ… 王様耳はロバの耳ぃ。 美大でありながらライフデザイン能力ないこと証明してる。

 そして最後に戦慄したのが参加者(立派なドレスにイヤリングをお召しにありけり)のインタビュー。
 「新しいマナーとして定着してゆけば…」
 
 おいおいおいおい、そんなマナー勝手に作って定着させようとするな! それでなくても世間は勝手にマナー改変しては圧力かける輩が増えてるというのに。
 
 今後こんな奇怪なものをつけないと外食できない世界にならないことを切に願う限りです。
 しかし、ほんまに馬鹿か。 少しは思考しろ。 この最高学府にクリティカルシンキングの哲学はないのか。

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廉価自転車のスプロケットを変える

 一年前にネットで購入した廉価自転車、徒歩とインド製バイクと適当に使い分け、それなりに快適に使っています。
 
 でも記事の最後にもあるように、やっぱりギア比が低いのがずっと気になってて、最も高いギアにしても少し足がぐるぐるする感じ。

 ん〜、とスプロケットの歯数を数えたら40T。 ネットを見ると48Tが目立ちますが、どうやらクランクの長さが違うっぽい。 こちとらいわゆるファッションサイクルなのでスポーツ車用とはちょっと仕様が違うようで、15cmと少し短い。
 これが長いとどうなるんだろう? いわゆる最低地上高が下がって使いにくくなるんだろうか、サドルの高さも変わってくるよなぁ、と15cmのものをさがすと44Tというのがありました。 スプロケット両側のガードも現在のものとよく似ているのでこれならポン替え(死語?)できるかもと購入。

 機械ものから水周り、家電まで大概は自分でやる私ですが、自転車に関してはチェーン抜きやらクランク抜きの専用工具を全く持ち合わせていません。 故に前回ファインチューニングをやってくれたGSの所員にお願いすることに。
 すると歯が増える分チェーンもいるということでこれも注文。 合わせて4千円ほど。
Sprocket 
 作業は30分ほどで終了。 結局チェーンはノーマルのままでOKだったようで、かと言って持ってても仕方ないからその所員に引き取ってもらいました。
 
 さて感想はというと、従来の6速が一段上がってオーバートップになった感じで、ちょうど良い。(一番低い側はもとから全く使っていないので問題なし)
 4歯増でこういうフィーリングだったら、6増8増ならどうなるんだろう、という興味も湧かないわけではないものの、いやいやこれで満足といたしましょう。
 
 どんなに酷い夏も必ず終わりますから、少し涼しくなった風を楽しみに待っています。 ってバイト先に乗って行くしかないんだけど。

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海を越えて玉ねぎが届く

Onion
 淡路島に移住した古い友達から玉ねぎを箱でいただきました。
 昨年夏に初めてお邪魔した時、彼の小学生の息子にもし私の家に電子ブロック(復刻版)がまだあれば送る、と言ったきり、やっと探し出したのが今年の三月。
 ちょうど全国的な巣篭もり命令が出た頃だったので遅れたとはいえ、むしろ彼の息子にとってはちょうどいいタイミングだったもしれません。
 で、この玉ねぎはその礼だと思います。 ありがたやありがたや。
 
 先日久々にイオンに現れた美味しい淡路島産もあれっきり店頭に並んでいなかったのでめちゃ嬉しい。
 
 なんでも今年は多雨のせいで水気が多めで、早く食べないと痛みが早いというアドバイスをもらいました。
 ふむふむと納得しながら、まずはごろごろのままのオニオンスープ。 カレー、サラダ、酢豚、味噌汁、マヨネーズ焼きと堪能中...

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感染拡大は止められない。発想の転換を。

 全国で新型コロナ感染者が激増しています。 とりあえず一段落と安心していた人々があちこちでひそひそと心配を口にしているようですが、もう拡大を止めるのは不可能でしょう。
 
 かつての緊急事態宣言による国民移動の制限でほぼ拡大は止まり、もうしばらくすれば地方では感染のチェーンも途切れたことでしょう。 が、gotoが実施されなかったとしても、ずっとあの状態を続けて行くことは国家の滅亡しかありませんから、いずれはこうなる必然だったとも言えます。
 夜の街に再び制限をかけようと言う動きが全国で見られますが、普通の生活をしている人の感染拡大が野放しのままではかつてのような効果を期待すると言うのは無理というもの。
 
 が、特段絶望感に苛まれる必要もないようです。 論拠は少し前に東洋経済オンラインに掲載された記事
 簡単にまとめるなら、子供から30歳代までは感染しても重症化する可能性は皆無か非常に低く、言い換えると既往症を持った人と高齢者の感染に注意すればいい、ということになります
 記事にもあるように新型コロナウイルスは感染力は凄まじいのに対し、通常のインフルエンザに比べると悪性度は低いことが特徴です。 ゆえに抗体ができにくいという皮肉な事情につながっているのだとか。
 
 考えてみると、ここで言う無症状と表現される人はPCR検査を受けた人であり、実は非常に特殊な存在であることに気づきます。 通常無症状であればイコール健康体でありPCR検査を受けるはずもなく、だとすると無症状感染者は子供から50歳代までもっといるはずです。

 であればもう、「感染には気をつけてね。でも感染しても大騒ぎすることないよ、症状が重くならない限りは通常通り生活してね。おっと高齢者と既往症のある方は家から出ないでね。 死んじゃうよ」と言い切ればいいのではないでしょうか。
 そう言う点では、高齢の親や親戚が待つ田舎への帰省は殺人行為と言えるかもしれません。
 gotoも医療施設が都会に比べて貧弱な地方への負担を増やすことになりますから、これも当面中止すべきでしょう。

 リンク先の記事の末尾にある、現在新型コロナでは十万人あたり0.8人死亡していて、この先さらに感染が広がっても10万人あたり3人、換算して最大でも3,800人程度しか亡くならないと説があり、一方で10万人あたり16名が自殺で亡くなっており、「新型コロナによって2人亡くなるのを防ぐために、景気悪化で8人の死者を増やすのか」という下りは大いに考えなくてはならない問題だと捉えています。
 
 公的機関やマスコミが「高齢者と病人がある程度亡くなるのは仕方がない」と言い切れないのが日本の建前人命尊重ですが、そろそろ冷静でクリティカルな発想の転換が必要じゃないでしょうか。

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