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iPhone SE第一世代への固執はガラスマへの一里塚か

 てな感じに私は受け止めたiPhone SE第二世代(SE)に対して、同じ第一世代ユーザーである娘はあっさり第二世代(SE2)を注文しました。
 娘もSEのコンパクトさを気に入っていた一人ながら、AppleWatch持ちではないために長く交通系やクレジットカードがタッチで使えないストレスを抱えていたようです。
 あと、ゲーム嫌いの父には遠慮して言わないまでも、最新SoCでゲームがサクサク動くようになるのにも期待しているはず。
 あ、いや、これはこれですごく素直な行動だと思います。 というか、この辺りが正にAppleが狙っていた顧客でしょう。
 
 それでも4インチ液晶のSEに留まろうと思えば可能な私のようなユーザーは、「ゲームしないから最新SoCいらない」「大画面いらない」「AppleWatch持ちだからNFC要らない」「もともと水に落とさないようにしてる」と確固としたこだわりがあるわけです。
 
 そこではっと気がついた。
 私の周りにには年齢的に今だにガラケーを愛用している人々が少なからずいて、きっぱり云く「全く不自由しない」。
 ん? どこか似てないか?
 
 もしかすると「これからも初代SEを愛用し続けるんじゃい!」と宣言している私は、ある意味次世代ガラケー固執中高年、言い換えるとガラスマ、ガラパゴススマートフォン固執派宣言しまったのではないかと考え込んでしまいました。
 
 ん〜?あ〜?いや〜? どうだろ?
 
 と少々狼狽しつつ落ち着いて考えると否、私はもともと携帯電話にコンパクトさを求め続けてきたのを思い出しました。
 子供の頃からSFもので超コンパクトなのに仲間や本部と連絡が取れる無線機、例えば胸ポケットのバッジからアンテナを伸ばすだけ(科学特捜隊)、腕時計(ウルトラ警備隊)、帽子のバイザーにマイク(スペクトラム)、首のあたりをさするだけ(シービュー号、幼女戦記)などなどに憧れてきた身としては、人に寄り添い、尽くす通信機はできる限り小さくあるべし、と憧れ続けてきました。(究極は攻殻機動隊の電脳化だったり霧の量子ネットワークだけどね)
 
 ゆえにソニーエリクソンのpreminiに飛びつき、次にノキアのNM705iを愛用、そして今の私のiPhone+AppleWatchは自分世界SFを追い続けたようなもので、大画面が必要ならMacがあるし、とある意味恵まれた環境を甘受させてもらっています。
 
 だからガラスマ一里塚では決して無いと思うんだけどな〜
 どうだろうな〜
 
 でかいスマホ常に握り続けて移動するとか、ジーンズのポケットを異様に膨らませるとか、美学に反するんだよな〜 と思ってるだけ。 ですが?

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