« 一見平和、だけどビミョーなインフラ | トップページ | iOS「うっかりアップデート」の惨劇(2) »

阪神淡路後23年で人が学んだこと

 震度5強だった地震から一週間、人間とは大したもので、北大阪は急速にいつも通りの生活に戻っています。
 ところが市役所の隣のいわゆる市民会館の大ホールが損傷してて、実は年内いっぱい使えない、いや、厳密には再開のめどは立っていないということをたまたま知って、あ、やっぱりそれなりにそれなりだったんだと改めて知ることもあります。

 最大震度7の阪神淡路と比べるな、とお叱りを受けるかもしれませんが、それでも人は学ぶもんだな、と改めて感じたのが、火災がほとんど起きなかったこと。 また、被災数日間での死亡数が3桁違ったことも印象的でした。
 
 この二十数年、改定された建築基準による建物も増え、橋や学校などの公共建築物の補強が行われ、ガスメーターには地震ブレーカーが取り付けられ、家具の倒壊防止対策も個人宅で進み、水道の蛇口は物の落下によって閉栓するように改められました。
 その結果、6弱地域で家具の下敷きによる圧死、倒壊した建物から脱出できないままの衰弱、さらにはそのまま火災に見舞われての焼死がなかったが印象的です。

 もちろん阪神淡路ではまだこの上に6強、さらに7なわけで、安易なことは言えません。 しかし楽観的とは思いつつ、上町、高槻有馬、生駒という断層が複数存在する場所であってもM5.9だったわけで、なかなか7.3を生み出すのは天下の断層とは言え簡単じゃないのかな、と前向きにも捉えることができなくもありません。
 
 また、人は過去、そうやって通常では耐えられないような苦痛や悲劇を乗り越えてきたわけで、あるアニメによる名言、
 「なぜ楽しいことはすぐに終わってしまうんだろう」
 「だから嫌なこともすぐに忘れられるようになっている」
 というのを思い出します。

 災害に備えることはもちろん大事。
 が、それに怯えて病んでしまうのは勿体ない。 だから人は時に楽観的に思考を切り替えてでも生きて行けるようになっているんだと思います。

|

« 一見平和、だけどビミョーなインフラ | トップページ | iOS「うっかりアップデート」の惨劇(2) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 一見平和、だけどビミョーなインフラ | トップページ | iOS「うっかりアップデート」の惨劇(2) »