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ワコールの謝罪のいやらしさと本質

 またか、といささか辟易してしまうのがワコールの広告謝罪
 その中で最も嫌悪を感じたのは、女性の腕でもなく東北美人でもなく、「広告代理店の発案で」という言い方。
 いやさ、あんたたちの代わりに広告を引き受けるから代理店なんであって、故に発案をするのが代理店なんだから当たり前だろうて。
 そして代理故にしつこいほどの会合を重ね、依頼側の承諾印をもらって仕事が成立するのも代理店なわけですが、この言い方だと素人は「広告を一切任せていた代理店が勝手しまして、いや当方も困惑しております」と取れます。

 ほれ、あの数年前、新人アイドルグループに窒素ガスを吸わせ、そのうちの一人を殺しかけた事件。 あの時、テレビ局は下請けの制作会社がやったことでして的な謝罪をしてたけど、つまりは大手はみんなこうなんだな、と。

 いえ、問題の本質はそこではありません。
 東北美人はともかく、モチ肌の女性に抱かれている、という表現はそのレベルはともかく、ごく普通の比喩が存在できなくなるという懸念です。
 これって女性が主体だったから問題を論われただけで、別の商品に「逞しい男性の腕に抱かれているかのような安心感」という表現が用いられていたらどうだったのでしょうか。

 本来言葉では伝わらない感触、例えば質の良いシャツに腕を通した時の感触。 これをどうしても他人に伝えたい時には言葉に頼るしかありません。 そこで我々はさまざな方法を駆使するわけで、例えば比喩は重要なツールの一つと言えます。 それがたまたま女性に抱かれたような、という比喩を用いただけで「女性をモノ扱いしている」と?
 もう、言葉狩りですね。
 この人たち、「逞しい男性の腕に守られているような安心感」という表現にはどう対応してくれるのでしょうか。 男性は放置?
 
 「熱き血潮のような赤」→「残酷です!」
 「天気が良くて気持ちがいい」→「日光に当たれない病気を持った人の気持ちは?」
 「清水の舞台から飛び降りる」→「真似する人が出たらどうする!」
 「豆腐の角に頭をぶつけて死ね」→「子供に誤った物理原則を教えないでください!(え?そこ?)」
 
 この人たち、和歌の会で「たらちね」という枕詞使う人に「なんて恥知らずな!公衆の面前で女性の劣化した容姿を語るなど!」と、いつか言いだすんだろうなぁ、
 
 あほかい。

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