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「覚えてない」の不誠実

 超エリートが国会の場で「知らない」「覚えてない」「記憶にない」と連呼しています。
 狡猾というのはこういうことです。 「右だ」「左だ」と言ってしまうと、あとで真実が明らかになった時に嘘をついたと責められる。
 が、記憶にない、と言っておけば、事実が後から出て来ても、「思い出しました。確かに右でした。」なら、少なくとも嘘をついたことにはならない、と。

 私は一度だけ、見回せば東大を筆頭に、一流大学出ばかりの中で仕事をしたことがあります。 そして嫌味抜きで、なるほどこいつら判断力、記憶力、仕事量など半端ない実力の持ち主である、と痛感させられました。
 思い出したくもない、結果、私は無能と判断されその仕事のメンバーから追い出されてしまいましたが、それも納得せざるを得ない実力差でした。
 
 ゆえに官僚においても筆頭の、トップクラスに上り詰める人間が「覚えていない」などあり得ません。 話の内容は全て、もしかすると会った人間の名前まで全て覚えていても不思議ではありません。 だって、彼らはそういう並外れた記憶力を頼りにこれまでのあまたある試験をパスして来たわけですから。

 にもかかわらず、とりあえず知らぬ存ぜぬ、後からつつかれたらごめんなさい戦法。
 この人たち、子供はいないんでしょうか。 自分の子供にそういう自分の姿を見せて恥ずかしくないんでしょうか。 あるいはおそらく優秀であるその子孫たちはすでにそれはのし上がるための必要悪と心得済みなのでしょうか。
 忖度があったなかったの話ではありません。 人として、また、いやしくも国民の税金で運営されて来た大学で学んだ者が取る態度ではないでしょう。
 
 別の組織とはいえ、道徳教育もこういう人たちの同類が中心になって進めていると想像すると、そりゃ誰もついてこないよ、と呟くしかありません。

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