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外国語で授業に参加すると頭が悪くなった気がする

 「外国語で授業に参加すると頭が悪くなった気がする」の続きでしたね。
 考えてみると、この放送大学の認知心理学で、この最終回のみちょっと異色というか、なんでそれを?という気がしないでもありませんでした。 つまり、担当教授がずっと考えていた持論を最後に入れたとも取れます。
 つまりは、それだけ日本人の思考と語学を専門の立場から常々考えられ続けていた、と。
 
 結論から言うと、国家や企業の一大事に関わるような交渉の場に母国語以外で挑むのなら、専門の通訳をつけろ、ということでした。
 誤解して欲しく無いのは、これは非常に高いレベルの話です。 なんだ、やっぱり英語の勉強なんていらないんだ、と短絡するものではありません。
 むしろ、そんな責任重大な場所に参加できる人であるからには、それなりの教育を受け、それを理解できる頭脳を持っているはずです。 にもかからず、交渉の場で母国語以外の理解に脳力を割かれるのは、時に国や企業の存続を脅かすほどのミスに繋がる可能性がある、つまりそれだけ母国語以外での思考は、本来の思考脳力を妨げる、という主張です。

 んで、これには補足があって、例えばドイツ人は英語で高度な授業や交渉ごとに参加するのはそれほど苦ではなく、これは客観的な調査でも証明されています。 つまりは母国語の言語系が何に属するかが非常に重要となります。
 いわゆる英語系と言うか、ラテン語諸群は文法や単語に共通項が多数あります。 だから欧米によくいる、数カ国語ペラペラというのは、その内容が同系統の言語であれば、それは我々、どの言語系にも属さない日本語を母国語にしている立場から想像するほどすごいことでは無いと言うのは、最近ではよく理解されているところです。
 その客観的観察手法によれば、日本語が英語を理解して思考するには言語系が全く異なるために、相当な思考力が割かれると言うことで、であれば、非常に重要な交渉ごとの席では通訳をつけろ、という担当教授の主張は非常に説得力がありました。
 
 んで、この方、東大の教授でもありますから、そのレベルの人々のこだわりもよくご存知で、そんな重要な席に挑むのに通訳使うのか?大丈夫か、こいつ、という他からの目、そして何より当事者のプライドにも触れられています。 ならばいっそ、異国語での交渉ごとには通訳をつけるのを規則で定めてしまえばいい、という提言も付け加えてられており、逆にそれだけ、専門の立場から見た、言語系統の違う外国語思考の難しさを改めて考えさせられた講義でした。
 
 再度付け加えておきますが、観光や日常生活、民間外交なんて話をしているのではありません。 日本語の言語系が特殊ゆえに、英語に限らず他の言語に学び、親しむことは非常に重要です。 が、たまに言語学校のコピーにある「外国語で思考できるほどの語学力」ってのには私はもともと疑念を抱いており、それだけの努力を惜しまず、成就するだけの脳力があるのなら、母国語でさらなる専門分野の力を伸ばしたほうがいいのでは?と改めて思うようになりました。
 
 あ、この認知心理学の授業、2018年の1学期にも組み込まれているようですので、興味のある方は是非ご覧ください。
 
 いや、脳って面白いのよ、実際。

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教育」カテゴリの記事

コメント

 あぁ、そうそう、これを書きながら何かすっきりしないな、と思ってたら思い出した。
 日本の企業でありながら、そして社員のほとんどが日本人でありながら、経営会議を英語でやるってところ。
 何百人、何千人の社員や関係者の運命を握る会議をなんで母国語以外でやろうとするのか。 こうして学術的実証実験データも出ている中、
 
 なにやろーとしてるかわかりませーん。

投稿: あやおば | 2018年2月27日 (火) 04時49分

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