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突然、津山に行ってきました(2)

 Timesの駐車場まで歩いて五分ほど。 その間、すれ違ったのは実力テストとかがあったのか、昼に下校する高校生たちばかりで、一般人は一人だけ。
 iPhoneが示す道順通りに国道から細い道を入ると、どこかで見たような、かつて栄えた跡がそこはかとなく香る路地でした。

 とは言ってもほとんどの店は畳まれ、あるいは普通の住宅に改装されている中、一軒だけ古びた呉服屋さん。 失礼ながらそれほど流行っているとは見えず、ウインドウに近々開催予定だった地元の祭りのポスターが貼ってありました。 町会長とか何かの長を勤められている、いわゆる地域の重鎮的な存在のお店なのかもしれません。
 恐らくはここでかつては婚礼衣装一式が、冠婚葬祭の着物が、夏には若い娘の浴衣が飛ぶように売れて行ったのだと想像できます。

 その風景は、どこか私が今住んでいる町のミニチュア的で、共通項は廃止・縮小された国鉄の存在。
 圧倒的に人力が必要だった合理化前の国鉄は、それだけ多くの雇用を生み、家族を養い、それらを取り巻く人と経済がまた町を賑わせていました。
 それがうちの町の場合は、かつては日本一、二の規模を誇った貨物操車場の廃止、そして津山は地理的な鉄路の要所としての役割を中国道に奪われての大幅縮小となりました。

 振り返って見ると、今度は母方の親戚が多かった松江も思い起こさせます。 これは、もしかするとかつて栄えた中小の城下町に共通する風景なのかもしれません。
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 そこからもうすぐ駐車場というところには、一目で大型旅館とわかる木造三階建ての建物。 よく見ると、すでに掠れて文字が読み取れなくなった行灯看板も残っています。
 そういえばこの周辺には今でもスナックや食事処が残っていますので、商店街から一歩入った、いわゆる歓楽街だったのでしょう。 旅館には泊り客はもちろん、宴会や会合で遅くまでさぞ賑わったことかと。
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 その先は、と期待したら残念、アルネ津山という天満屋デパートを中心とした大型商業施設に繋がり、イメージの追跡が途切れてしまいます。 いえ、でも地元の人の買い物はここが中心になってるるはず。 こことネット通販で、この辺りの商業は完結しているという、ほぼ日本全国共通の図式です。
 そして大型商業施設につきものなのが、それまでの商店街の打撃で、恐らく昔の最も栄えたであろう京町というところから続く商店街の裏側に、表の壁だけ残して裏は解体空き地という珍しい、いや廃墟マニアならずとも心が動く風景も見かけました。 表の壁だけ残すって思想がまるでギャク漫画そのものながら、笑うに笑えないという、シャッター銀座を超えた、言わば壁銀座。
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 冒頭、高校生以外ほとんど人とすれ違わなかった、と書きました。
 では車は、というと、駅前を国道53号線という、かつて中国道の終端であった津山や院上から山陽山陰を結ぶメイン国道もそれほど交通量は多くありません。 それを裏付けるかのように、道路沿いには「ついこの間までファミレスだった」「回転寿司店だった」「100円ショッップだった」「レンタルビデオ店だった」という外装のままの貸店舗や売り物件が複数散見されるところを見ると、車中心の消費社会が成り立っているとも言い切れません。
 なんども引き合いに出して恐縮ながら、やっぱり今の日本はマツコ曰く「もうみんな限界にきている」のだと改めて痛感した小トリップでした。

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