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クズの本懐

 冬アニメの「クズの本懐」が終わりましたね。
 最初は題名だけから悪の華みたいなのを想像していたら、なんといきなり昼ドラ顔負けのエロアニメ。 というか、今時日本のアニメでエロなんて言ってもみんな慣れっこになってしまって大した表現に聞こえないだろうから、青春セックスアニメ、とでも形容しておきましょうか。
 
 というくらい、性交へとイメージさせるキスや、ベッドで普通にやってる絵があるのがすごい。 まぁ、深夜枠だし、一定以上のいわゆるAV的なものじゃないからいいのか、と思いつつ、そのうちストーリーが凄いことになってきて、最も大人で清らかに描かれていた茜先生が実はすごいビッチで、最後にはほとんど主人公食っちゃうくらい、どこまで行くんじゃ、という流れ。

 やな感じだな、いつ切ろうかな、と思いつつ、絵が丁寧だったのが救いで、なんだかんだで回数が重なってきました。
 果てはイモの鐘井先生と花火の母親が実はできていた、なんて鬼畜の展開もありか?とか心の準備をしつつ見てたら、最終回マイナス二話あたりから茜先生のビッチがカミングアウト。 そこで最後までイモぶりがブレなかった鐘井先生の神対応でまさかの展開に。
 あれ?これで最終回? いやもう一話あるし、そもそも主人公の花火はどうなったのよ、どうなるのさ、と思っていたら、まずまず、というか最初のインパクトからするとごくごく当たり前の青春独白物語で終わりました。

 ん〜、これ、今私がこの歳だから冷静に捉えていますが、もし二十歳前後だったらどうだったでしょう? 心穏やかに見れたでしょうか。
 紛れもなく、あのころの男子の煩悩といえば殆どが異性との、それもエッチのことだったし、当時はそれなりに、こんなんでいいのだろうか、と自問も自戒もしたことがあります。 もちろんそれは生物的に全く問題なく、むしろ健康の証であるとわかっているんだけど、そこは若気の至り。
 好きな人が、明らかこの時間にホテルで自分とは違う異性と体を重ねている、なんてことを知ったり想像すると多分脳みそ沸騰してると思います。
 
 一方で、主人公たちがともに美形であったり、にもかかわらずヒロインが処女だったりという設定がいかにもフィクションっぽくで、単なる物語と多くの女子は見ていたんじゃ無いかとも想像します。 つまり精神年齢的にそういう見方ができるのはいつの時代でも女子では無いかと。
 そして多くの真面目な男性はラストの先生カップルの誕生に、安堵したのかも知れません。(そして女子は白けてしまう、と)
 
 こういったラスト三話くらいで面白くなるのがあるから、やっぱりアニメは最初だけで判断してはいけないと言うことなのでしょうか。 いや、明らか切ってもいい作品も多数ありますよね。 よね?

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