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知恵の浅さに絶望する

 神宮外苑での展示物火災、全ての真実を知る立場にはありませんが、学生がおがくずの上に高出力の白熱灯を置いたという行動に驚きを隠せません。
 
 当事者が少なくとも理系の大学生である限り、中高の基礎的な学習を通じて、白熱灯はフィラメントを熱して光を出すことは理解していただろうし、燃焼の基礎も学習していたはずです。 また当人のみならず、周囲の誰もそれを止めなかったということに、関係者の知恵の浅さを感じざるをえません。

 別の視線から見ると、子供の頃から家の白熱電灯に触ったことがない、そもそも家に白熱灯がなく、その輻射熱を感じたこともなければ、当然点灯で高熱になった電球に触れたこともないという時代背景も影響したのかもしれません。
 しかし実在する全ての危険に対し、体験しなければ対処できないというのも、これまたあまりに低次元の話で、それを補うために教育があって、おかげで我々は数々の事故や病気から身を守っているわけです。

 また、当事者たちは悪意をもって今回の行動をしたわけではないだろうという想像がさらに虚しさを拡大します。 たぶん周囲が暗くなっても子供達がまだ遊んでいる、危ないからもっと明るくしてやろう、という優しさが行動の発端なんじゃないかと思います。 それが仇になったと。
 
 この遺憾はなんなんだろうとしばらく考えていたら、サマーウォーズというアニメが頭に浮かびました。 この中で、主人公がサイバー世界を襲う悪者をほぼ退治しかけた時、突然のコンピューターダウンでピンチに見舞われるシーンがあります。
 原因はアホ役のヤンキーが、「死んだバァちゃんが暑くてかわいそうだ」と、攻撃用コンピューターを冷却していた氷柱を、祖母の亡骸横に勝手に移動したことでした。
 
 この行動をバカと呼ぶのは簡単ながら、根本は人を思う優しさであったわけです。 もしこのヤンキーに少しでも知恵があればとっくに悪役退治は終わっていました。 もちろんこれは物語中の演出であり、それでは話は盛り上がらなかったのですが、現実にこのバカが起こると、親の目の前で子が生きながら焼かれるという地獄を創出してしまうのです。

 そして何よりも当事者たちが田舎の浅学ヤンキーではなく、れっきとした理系大学生だったことに一種の教育の絶望を見てしまった私なのです。

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