« 2016年6月 | トップページ | 2016年8月 »

水中ウォーキングを少し工夫するだけで

 ここのところ仕事で介護医療の情報に接することが多く、曰く健康や認知症予防にはやはり定説すぎるけど運動が、さらに筋肉、それも骨格筋を増やす/失わないことの重要性が、しっかりとした資料と共に強調されています。
 その他、先日NHKでストレスが人を突然死やガンに追い込むという特集番組をやっていて、そこでもその回避策として運動が推奨されていました。

 う〜む、運動の重要性自体は目新しくは無いけど、改めて最近の技術で裏打ちされると、理系に憧れる文系の私としては納得する次第です。

 そんなこともあって、せめていつものプールの時間を大事にしなくては、と思っていたら、これまたNHK Eテレで5分×8回、「水中ウォーキングですっきりボディー」というのをやってました。
 講師は私が独学で泳げるよう努力した時に参考にした本の著者、高橋雄介さん。
 この人、以前も俳優の金子貴俊と一緒にクロールの練習番組やってましたから、NHKと相性がいいのかもしれません。
 
 全8回と言っても、一回たったの5分ですから、あっというまに全編視聴。
 その中で特に参考になったのが、常にお腹に力を入れる、というポイントでした。
 つまり、水中ウォーキング中、ずっと軽い腹筋運動をしているようなもので、あらなんと、ここしばらく今ひとつ気合の入らない状態だったへそ周りから脇への微妙な皮下脂肪が微妙に、しかしはっきりと減少傾向を見せるではありませんか! お、堅いぞ堅い!

 う〜む、水中ウォーキングってすごいかも。

Walking

| | コメント (0)

放送大学が面白い

Housoudaigaku

 相変わらず経済状態は「働けど働けど我が暮らし...」状態なので、こんな時は安上がりに好奇心を満足させる方法を見つけなくてはなりません。
 というか、すでに見つけてしまったのが、放送大学。
 
 以前にも少し触れた番組はその後、グラフ構造っていう、いわゆる一般人のいうグラフとは違う非常に難解なレベルにまで進んだのですが、おかげでこれまで全く想像範囲外だったカーナビのルート計算方法がわかりました。

 それ以外にも、途中から見始めたweb解説番組を最初バカにして、電車の中で半分寝ながら聞いていたら、セマンティックwebというところになって、突如難解かつ新鮮な好奇心への挑戦を叩きつけられた気分です。
 そうそう、こういうほとんど理解し終えているんだけど、その先に全く知らなかった最終ステージみたいなゾーンがあると萌える、もとい燃えるというものです。
 一方で、残念ながら私がずっと求めているC言語系プログラミングの授業はまだ見当たりません(TVではなくラジオ版ではあるようですが、未確認)。
 
 ところがそんな低次元な私の不満を笑い飛ばすように、数学以前の計算そのものから解説する授業だとか、大学生の引きこもり&不登校、最初の方を見逃した岡部学長のソフトウエア概観授業など、ちょうど学期間を利用した集中配信でガツンと夏休みの間のボケを防いでくれそうです。

 タバコをやめたり定期的な運動を始めたりして、多分今が私の脳状態のピークであるような気がしています。 というか、この後は生物として当たり前のボケがやってくるわけで、その前に少しでも「知らないってワクワク(c)NHK Eテレ」を精一杯甘受しておきたいと思います。

| | コメント (0)

焼きたまごめし

Yakitamagomeshi

 お好み焼きではありません。 焼きたまごめしです。
 そう、単なるたまごめしをフライパンで焼いただけです。

 学校に行っている間の昼ごはんをパンからおにぎりに変えてから、効果があったので自宅ではこれを最近よく作っています。 
 オリジナルではなく、元ネタは私が二十代の頃にリクルートが出版していた「セイシュンの食卓」で、いろいろあった中でこれだけは今でも覚えているという、まさしくこれこそが真打とでもいうべきでしょうか。
 
 コツは、といえばフライパンに蓋をすること。 これによりご飯の水分が飛びすぎることがなく、外はカリカリ、中はもっちりの食感が得られます。 蓋をした状態で中火で表裏各二分ずつというところでしょうか。
 炊飯ジャーで二日ほど保温されっぱなしで、すでにカリカリになりつつあるご飯の場合は、この時少量の水を落として積極的に蒸してやると、それなりに食感が戻ります。
 もちろんクリスピーをご希望の場合は蓋なしでも全く問題はありません。
 また、ご飯とたまごを混ぜる時に刻みネギを少し多めに入れてやるとネギ焼き風の食感が加わって、これもオススメです。
 
 子供もおやつに大喜びですから、夏休みで子供が飢餓コーラスを歌い出したり、予想が外れて炊飯ジャーにご飯が多大量に残ってしまった時に思い出してください。

| | コメント (0)

右と左がわからない理由

 ここ数年、もしかして、と思いつつ、いや、やっぱりそうだ、と確信を持ってしまったことに、「日本人は左右の区別がつかなくなってきている」という現象です。
  いえ、政治の話でもなんの比喩でもなく、単純に右と左の区別が正しくついていない人が増えているという話です。

 長い間パソコンを通じた作業を教えていて、後ろから「はいその右側に...」とか「それを大きく左にドラッグして...」みたいなことをずっと言い続けていると、結構多くの人が、「えっと右ってどっちだっけ?」的に迷うのに気づきます。
 大概は自分で、あ、やっぱこっちは反対側だった、とかこちらの指示で直すんだけど、かなりあやふやです。 逆に自分が他人に指示するときは「あっち」「こっち」とジェスチャーを交えながら済ませています。 う〜ん、なんなんだこれは。

 仮説として一つ思いつくのは、最近は子供のうちに左利き矯正をしなくなったからかな、とも考えられます。 そう、昭和の頃は、右左を覚えるのに「お箸を持つのはどっち?」「お茶碗を持つのは?」と何度も何度も言われたのを思い出したからです。 
 つまり昔は体を使って左右の概念を理解したわけですが、今どき矯正を否定しても始まりません。

Udlr 一方で気づいたのは、上下を間違えることはあまりない、ということ。 上下左右という言葉通り、この四方向はワンセットであるのに関わらず、です。 これについてもあれこれ考えてみたところ、もしかすると漢字の形にその理由があるのではないかという仮説。

 日本人は「みぎ」「ひだり」「うえ」「した」から、年齢とともに「右」「左」「上」「下」と認識が変わるわけですが、たまたまなのか何なのか、「上下」はその文字の形そのものが上方向と下方向、いわゆるエレベーターのボタンと同じ形です。
 ところが左右は共に似たような形で、しっかりと学習しないと意味の差を覚えにくい関係となっています。 この結果、右がみぎ、左がひだり、とは覚えても、それが実際にどちらの方向かという理解(記憶)に強く結びついていないのではないかと思うようになりました。

 まぁ、それで何が困るんだ、と言われてあれこれ例をあげるのは簡単ながら、地図はGPSナビゲーションで、車は自動運転で、という流れの中、実はそれほど困らないのかもしれません。 他方、そういう人の空間認知はどうなってるんだろうという別の好奇心が湧いてきます。
 つまりは言葉での空間認知が曖昧な人は、加齢とともに実際に認知症になりやすいのではないかという興味です。

 何にせよ、日本は他言語の侵食がないだけで、ヒスパニック化著しいアメリカのごとく母国語が通用しにくい国になりつつあることは間違いありません。
 何とかしましょうよ>文科省の皆さん、それに群がる政治屋の方々

| | コメント (0)

El CapiでType1フォントが新たに使えなくなっていた件

 何かと勝手に仕様変更されて、業務でMacを使っているユーザーが戸惑っているのを尻目に、相変わらずMacOSはさらに素晴らしい進化を遂げた的、北朝鮮調万歳記事ばかりで少々うんざりします。
 OSX以来、マシンのフリーズなんて長い間ご無沙汰していたのに、Yosemiteになってからというもの、突然のフリーズ。 アプリの強制終了も受け付けずに1分くらいして勝手に再起動するようになりました。 そしてこれはEl Capiになっても改善されていません。 メモリプリエンプティブって言葉を久しぶりに思い出してしまいました。
 iOSとのシームレスな連携も大事だけど、OSとしての安定性を最優先してもらいたいものです。

 デフォルトでインストールされるフォントも微妙に変わっていて、まぁ、それは文句言うより自分で対処すればいいか、と別途Type1fontを持参してEl Capiマシンにインストール...
 と思ったけど、FontBookがType1フォントを認識しない。

 授業中にあれこれ探すもこれといった記事はなく、例の普段は不可視になっている /Users/ユーザ名/Library/Application\ Support/Adobe/Fonts に直接コピーすることで解決。
 と思ったら、Illustratorのフォントメニューに出てこない。(すでにインストールされているType1フォントは従来通り使用可能)
 
 試行錯誤の結果、そのフォントが指定されているファイルを開くとメニューに現れることを発見。 ところがIllustratorを再起動するとまた消えてしまいます。
 昔から有名な存在(?)だったフォントライブラリが書き変わらないからではないかと、今度は /Users/ユーザ名/Library/Preferences/Adobe\ Illustrator\ 20\ Settings/ja_JP
の中のリスト類をリフレッシュするも効果なし。時間もなかったので、とりあえず一行だけそのフォントで文字を描いたファイルを共有で配り、それを各自で開くことで課題に取りかかれるようにしました。

 この対処法の是非はともかく、これもAppleがOSレベルでPostScript Type1フォントを新たに認識しなくなった、しかも普通にアップデートした限りではそのような情報は出てこない、という身勝手というか、不親切さにあります。
 まぁ、Adobeが、いわばOSガイドライン無視とも言える独自のフォント管理をしていたおかげでPostScript必須のDTPデザイナーはなんとか昔からの資産を継続して使えるわけで、今となってはありがたい限りなのは皮肉。

| | コメント (0)

小学校からプログラム教育

 小学校から英語教育、高校では全部英語で英語教育、とろくに日本語も教えられない日本の教育を司る文科省が、今度は小学生からプログラム教育をすると言いだしました。
 
 こいつらほんまに一流大学出てるんかね? と思わず低次元の文句を垂れたくなるこの話。 と非常勤仲間に切り出したら、いや、それは文科省じゃなく、何か実績を残さないと、と省庁にあれこれ気ままに口出しする政治家が悪いんじゃない?と言われて、それはそれで考え直してみたりもしますが、なるほど、これが成長戦略ですか。

 発表されてすでに時間が経過していますので、賛否両論ある程度出た中、とりあえず原本とも言えるの文科省のドキュメントを見た上で私なりの考えを書いてみたいと思います。

 ここで文科省自体が最初に書いているように、そもそも小学生に「プログラミングを学ばせたい」のではなく「プログラミング『的思考』を学ばせたい」のであって、そこのところの理解をよろしく、ということです。
 プログラミング的思考って?という疑問に対しては、この書類自ら「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」とはっきりと定義づけられており、それはそれで明確です。
 
 だが、それを学ばせるのに果たしてプログラミングが最適なのかというと、私はそうではないと思います。 というか何より問題なのは、この一筋縄では行かない単元に対して一定時間他の教科時間が削られるわけで、それでなくても小学生の頃の教育不足と思われる二十歳前の学生を毎年見せつけられている立場として、これ以上何を割くんだ、と訊きたいところです。

 何より最近言われるとことの言語力、つまりは日本語によるコミュニケーションがどんどん怪しくなってゆく中、まずはそこをちゃんとしないと、プログラミング教育も含めたすべての教育が子供に伝わらない、という当たり前の問題をはっきりと見直して欲しいのです。
 
 んでまぁ、恐らくはmit(マサチューセッツ工科大学)が開発したscratchか、あれを参考としたパチモンを使ったりするんでしょうか、あれも日本語版があるとはいえ、所詮思考は英語。 早期英語教育や、英語づけ授業どころか、義務教育の英語すら教えられない今の学校と生徒の状態で何がプログラミングなんだか、とも白けています。
 
 では何もしなくて良いのか、というと、全くそんな無責任なことは考えていません。
 上記貼り付けた「プログラミング的思考」ってのは今更独立して教えるものではなく、例えば算数、理科、工作、家庭科の主に理系科目の基礎をちゃんと教えることができていれば身につく問題だし、事実プログラミングがない時代に教育を受けた世代はそうしてこれまで遭遇した問題解決をこなしてきたわけです。
 おそらくこれまでも工作や家庭科などは真っ先に朝令暮改の教育改悪に侵されてきているはずですから、もうあとはどこから削るのかと首を傾げます。
 つまりはそういう基礎的な本来抑えるところが抑えられていないにもかかわらず、場当たり的な対症療法で解決しようとし、あわよくば日本社会の成長に結びつけようというところが低次元で安っぽい発想です。
 
 まぁ、でも冒頭に述べたように、これが文科省独自案ではなく、政治家のマーキング立ちションベン的ゴリ押し発想が発端だとしたら、ホント大迷惑な話です。 そんなのを最低二千数百万円も国民は金出し合って飼育しているわけで、ああ、なんてことなんでしょう。
 
 かつて、ゆとりを言い出した議員は今の白痴化社会を生み出した責任を何か取ったのでしょうか。

| | コメント (0)

watchOS 3betaでも続く憂鬱

Wwdc
 先月Apple恒例のWWDCが開催され、各OSの大幅変更がアナウンスされました。 ここしばらくまとまった時間がなくて、昨日やっと中継録画を見たのですが、ど素人の集まりならともかく、仮にもDeveloperであるなら、いや、正確にはwatchOSのDeveloperであるなら、あんなわざとらしい祭りのような発表に脳天気に拍手している場合じゃ無いだろう、と少々呆れてしまいました。

 Appleのサポートサイトを眺めている限り、どうも3ベータでもトラブルが起きたwatchを現行バージョンに書き戻すのは相変わらず世界レベルで不安定なようです。
 もちろん、AppleStore経由で無事書き戻しに成功したという例もありますが、多分アメリカの話。 あれからどうなったの?とダウンロード時に表示されるノートを読むと、なんと前回私が大騒ぎした根拠となったwatchOSリストアに関する表記がなくなっています。 これはこの問題に対処した、というより、世界レベルのでの体制不備に言質を取られたく無いが為に、あえて明言するのをやめた、と私は捉えました。
 これに、現時点での書き戻しの不安定報告を考え合わせると、おそらく日本でのサポートはあきらめたほうがいいだろうというのが私の結論です。

 いや、デジタルクラウンや画面タッチ座標の数値取得、何よりバックグラウンド動作のサポートなど、まさしくこれこそ待ってましたの新機能が満載ver.3なだけに、本当はすぐにでもいじり倒したいところなんですけどね。
 
 とあるApple WATCH系サイトでは、「アプリ開発者はすでにApple Watchを見限っている!?Watchアプリの開発数はiOSアプリの1/1000まで激減していた!」なんて記事を紹介していますが、さもありなんです。
 watchOSのみならず、ええかっこしてiAdを廃止したのは良いけど、それによりiOSによる収益モデルが崩壊した個人/小規模プログラマーのモチベーション低下についてもどうなるのやら。

 世界の子供向け向けにSwift砂場を提供し、満場一致の大拍手を得ているのを見ていると、いや、彼らがそうして本来のDeveloperの世界に入ってきたとき、このとほほなサポート体制に失望させてもいいのかい?と情けない気持ちになりました。
 
 秋まで待つしか無いのかねぇ、と思ってたら、Developer契約がもうすぐ切れるから継続せよ、とのメールがAppleから。
 なんだかなぁ...

| | コメント (0)

大学生の娘が嬉しそうになかよし買って来た

Nakayoshi2 しばらく前、普段それほど軽い話題を自分から切り出さない娘が、「今、最もレアななかよしゲット」と一冊の「なかよし」を見せてくれました。
 え? なかよし? あんた大学生やろ? 花とゆめならともかく(いや、同じか...)
 近所のイオン内本屋では発売開始三時間で売り切れたそうで、わざわざ田舎にある大学の近所の寂れた本屋で見つけたそうです。 試しにamazonで見たらなんとプレミアが付いている。

 それから娘は「カードキャプターさくら新連載開始やねん」と、よほどうれしかったのか、売り切れ続出の説明してくれました。
 あぁ、そういえばあのアニメ好きだったね。 私もケロちゃんは好きだった。 でも二十年近く経ってもまだそんなに好きだったとは知らなかったよ。 

 なかよしと言えば、一時期とんでもなく大きな瞳の作風が主流になっていた時期があって、デフォルメというよりデッサン崩壊にしか映らない時期があったんですが、パラパラと今開いてみると、あれは単なる流行だったのか、さすがにあれほどの画風は影を潜めていました。
 構図構成にメリハリが無いとか、印刷インクの関係でとても読み難い作品があったりとか感じつつ、まぁおっさんが読む本じゃ無いからそんなのは無粋なこと。
 で、私がたまたま読んだのは8月号。 上記プレミア付いているのは7月号。 ってことはおい、毎月買うのかい!?
 
 でもまぁ、これに限らず、ハリーポッターに至るまで、人間って老若男女問わず魔法が好きなんですねぇ... ファンタジーと言えば聞こえがいいものの、作り物、嘘だとわかってても永久にみんなが惹かれるってのはなんでしょうか。
 確かに、すべての読み物が蟹工船みたいなノンフィクションものだけだと息が詰まりますけどね。 それだけ現世がままならぬ、ってことなんでしょうか。
 
 と書いて、そうか、魔法ものを含むファンタジーって、宗教やお経みたいなもんなのか、と気づきました。 南無南無...

| | コメント (0)

« 2016年6月 | トップページ | 2016年8月 »