« Applewatchのデジタルクラウンを入力に使う(2) | トップページ | う〜、乗り切った »

障害児の堕胎は悪なのか?

 先日の公認キャラクター排斥の貧しい例に続き、またまた「べき論告げ口ネット社会」への疑問です。
 妊娠初期段階で胎児の障害がわかれば堕胎すべき、という要旨の発言に批判が集まり、当の教育委員は発言を撤回した上に、委員も辞職することになったようです。
  
 やれやれ...

 他の関連発言も参照すると、障害者支援が公的負担の増大を招いていることへの批判、と捉えられているようですが、親の負担にも触れているし、今回の発言は真っ当なものだと思うんですけど、またもや「アイドルはウンコをしない」的な気持ちの悪い理想論が爆発しているようです。

 私が住んでいる市は共産党が議会第一党であるせいか、障害者福祉が他市に比較して充実しているようです。 そのせいか、施設や共同作業所を求めて他市からわざわざ転入してくる家庭も少なくないと聞いています。 これは裏を返すと、どこの市町村でも障害者支援が高いレベルで施行されているとはいえないということで、つまり障害者支援はイコール財政問題でもあることは明らかです。
 
 で、そんな我が市で気になるのは、知的障害者を持つ親の高齢化。
 よく見かける例を挙げると、以前は母親の買い物に障害者の息子が荷物持ちでついてきていたのが、いつのまにか老婆となった母親が息子の腕にすがって歩くようになっています。 ところがこの息子、母親の足腰が弱っているのに気が回らず、相変わらずのマイペースで買い物袋を携えてズンズン歩きます。 母親はそれについて行くのに必死という図。

 まぁ、それでもうちの市は、そういうのを最後まで面倒見るのかな、と考えていたら、先日、同じ問題を抱える親の団体が街角で、「私たちが死んだ後、子供たちはどうなるのでしょうか」と切実な訴えをしているのを見かけました。
 そうです。 親が死ぬ、あるいは痴呆化したとき、すでに中年 or 老年の域に入っている知的障害者の面倒は誰が見るのか。 どうやら高福祉を誇る我が市でも明確な制度は確立されていないようです。

 裕福であれば、プライベート基金のようなものを組み上げ、両親がいなくなっても死ぬまで有償施設に入れるようにしている層もいるとは聞いています。
 でも、そんな恵まれた環境はごく稀なわけで、それを思うと、日進月歩の医学がある今、妊娠初期の検査を拠り所とした積極的な中絶を視野に入れることは、公的費用の節約以前に、なにより親の負担面で非常に重要なことです。 そういう点では今回の委員の発言は明らかな意味のある発言であったと私は評価しています。
 「小中高の間は預けられるけれど、その後は親、きょうだいが見ることになる」「教職員もすごい数が従事していて、大変な予算だろう」「生まれてきてからでは本当に大変」というのは冷酷な真実なのです。
 
 それに異を唱える「告げ口ネットツグミ」たち、死ぬまで知的障害者の親である自分を想像したことがあるんでしょうか?

|

« Applewatchのデジタルクラウンを入力に使う(2) | トップページ | う〜、乗り切った »

社会問題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« Applewatchのデジタルクラウンを入力に使う(2) | トップページ | う〜、乗り切った »