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ISの邦人人質殺害事件

 ISは後藤さんだけは助けてバランスをとるのではないかとも予想していたのですが、最も残念な結果に終わりました。 この件については既にあまた書かれていますので、私は別の面から気になっていることを。

 今回の事件に対して、アメリカが今後も武力によるIS撲滅を続ける、という報道があり、と同時にそれが長期化する理由として、武力だけでは解決しないからだ、と意識改革も念頭に入れていたのが意外な安心材料でした。

 十年以上前にアフガニスタンのタリバンがバーミヤン遺跡の石仏を木っ端微塵に破壊したとき、彼らは戦争の中に生まれ、ろくな教育も受けず、生きるためにタリバン兵になっている、つまりはそんな人間に、遺跡や歴史文化の重要性を問いかけても理解できない。 という解説を目にしたことがあります。
 これは今のISにも言えることで、彼らが信条として掲げるイスラム教についても、恐らく読解力不足が原因で、原典や解説書を読むことができない民も少なくないし、話し言葉は理解できても、語彙が少ないために、仮に穏健派のイスラム主義者が説得しても深く理解できていないのではないかと想像しています。

 今回の邦人殺害についても、水面下では様々な交渉やその糸口探しが行われていましたが、命の大切さから始まって、人権や経済、国際関係、残虐が生む憎悪など、いわゆる少しでもまともな教育を受けた人間ならある程度は理解できるであろう、言葉や知識の意識共有ができなかったのではないかとも言えます。
 それはIS対外部のみならずIS内部での意思疎通や決定にも困難をもたらしているはずで、結局はいつも力の強い、痛みを強いる人間の言うことが最終決定となるのではないでしょうか。
 そしていつも最後は「殺せ!」「殺せ!」と、質の悪い映画や漫画のような原始人的結末は、実は家庭や学校における地味な「教育」と呼ばれる意識改革でしか解決できないかもしれません。

 まさしく後藤氏はその辺りも心得た上で現地の子供のことを気にかけておられたはずですから、誠に皮肉であり、悔しい最期であったでしょう。

 全く別の見方をすれば、ますます進む貧富の二極化、とどのつまりは「みんなビンボが悪いんや〜」ということなんですけどね。

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