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UIとしてフラットデザインを考えると

 もう少しこのネタを引きずります。
 ファッションや車などのデザインは時とともに変遷し、多くの場合、その好き嫌いは選択可能となっています。 一方でパソコンに限らず、銀行ATMや駅の路線図も含めた、いわゆるユニバーサルデザインが求められるUI(ユーザーインターフフェース)は単なる流行りで推移されると困る分野でもあります。

System1_2 もともとリッチデザインはメタファー(比喩)を求め続けた結果で、一目見てそれが普段日常で使っているリアルなものと関連づけて理解できることを目指してきました。 白と黒の二値しか画面表現できなかった頃、Macの古い古いシステムでは各パーツが何なのか、どうすれば良いのかがすぐにわかるように、ドットを駆使して少しでもリアルな表現に近づくように工夫されていました。
 そのうち画面表示がグレーを経てカラーに、色数も256色を経てフルカラーに、そして高細密液晶にと進歩するうちに、確かに過分にリアルになりすぎた嫌いはありました。 しかし一つの完成点に達していたのは事実で、ここからUIという使命を果たしつつ変化させるというのは実は相当難しい課題です。
 
 まぁ、アプリケーションアイコンはかつてほど見た目イコール機能を表すものではなくなっていますから、一見して理解不能でも常用のものであれば「これがメールだ」「これがwebブラウザだ」と覚えれば済む話で、その数も大したものではないでしょう。 しかし、たまにしか触らないオプションや機能設定においてはそれでは困りますし、ましてや初めて見るアプリ、webページや銀行ATM、券売機、製造や管理システムでは、UIの表現力不足が最悪の場合、事故をも招く可能性があります。

 実際、一部のフラットデザインを採用したwebページでは、そこが単なる表示なのか、クリックなど操作可能なのかが直感的に判断しづらい、という問題が起きています。
 私はフラットデザインそのものに反対するつもりはありません。 ただ、業界は流行りに敏感ですし、制作側も無視できません。 しかしもし安易に流れると、一応我々デジタルリテラシーに慣れているものでさえ戸惑う、いわんや今でも銀行ATMで途方に暮れているようなレベルの人には絶望的な世界になってしまうことを危惧しています。

 googleがマテリアルデザインという新たな模索を始めたのも、そんな流れかもしれません。 でもこれはAndroid上の話であって、webサービス、特に私が良く利用しているmapのUIは非常にわかりにくく、一つの機能を求めて何度も同じところをさまよう最悪な体験を強いられています。
 
 なんでこんなことを長々と書いているのかという理由は、とどのつまりアップルがなんでUIで批判されるようなことをするようになったのか、に尽きます。 既に伝説となった「Macintosh Human Interface Guidelines」が何十年も前に出版され、現在のUIの基礎を敷いた会社なんですよね。 たまにこれを読んでいない、あるいは無視したプログラマーが作ったUIは本当に珍しいし、当然世界では生き残れないほどの共通語になってる程です。(まぁ、実はそんな希有なプログラムを所有しているんだけど)

 かつてのように、金は無いけどそれでも欲しい!と思わせるような商品を生み出せてないような気がするアップル。 こういうところのゆらぎも含めて余計にそう感じさせるのかもしれません。


写真引用:世界のOSたち - GUIを世界に広めた「Mac OS」より


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