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土下座すればいいのか

 最近サッカーの応援に対してあれこれ制限が増えてますね。 何でもやりゃ良いというわけでもないでしょうが、甲子園球場ライト側の応援を知っているものとして、はて?同じプロスポーツでそこまで制限されるのか、と疑問を感じていました。
 
 まぁ、サッカー応援の最悪側の頂点が欧州のフーリガンですから、それを現地で見てきた日本人チーム運営関係者にとって、日本のサッカーはああなってはいけない、という自負もあるのだろうと思います。
 しかし、さっきたまたまYahoo!のニュースを見ていたら、長崎のクラブチーム応援団がそういう昨今の風潮に対して反論を主張したそうで、少し安心しました。
 
 というのは、この件に限らず、日本の土下座文化に嫌気がさしているからです。
 物事はシンプルそうに見えることでさえ、拡大すれば様々なヒダがあります。 そこを丹念につつけばどんな物事にも文句を付けることができます。 もちろんそれは自由で、制限されるべきではありません。
 しかし、これに対して文句を付けられた方が自動的に謝罪し、多くの場合で主張を引っ込めてしまう傾向が日本にはずっと昔からあります。 最近ではコンビニ店員に土下座させて捕まったバカがいましたが、特にネットに限らず、言いがかりをつけてきたものにさえ他のお客様の迷惑になるから、と責任者が頭を下げて、さらに場合によっては菓子折りの一つも渡すというような行為が日本の商習慣であるかのように存在します。

 ネットの世界でも似たようなもので、苦情の手紙や電話はもちろん、メール、そして最近ならSNS上での炎上などがすぐに起こります。 言っちゃ悪いけど、それを暇つぶしや憂さ晴らしにしてネタを始終探している人たちもいます。 ま、それも自由と言えば自由。
 ところがそれに対して、反論する当事者が殆どいないのがむしろ腹立たしいのです。
 
 最初からよほどの悪意があればともかく、最初に何か意図や目的があってその行為を始めたにもかかわらず、そこを簡単に捨て去って謝罪に奔走し、嵐が過ぎ去るのをただひたすら(腹の中では「やれやれ」と半ば呆れて苦笑いしつつ)待つ、というのは、なんだかとても低能で卑劣な行為に見えてしかたがありません。

 そんな中、言葉選びが難しい中を、贔屓のチームを応援することが何なのかをちゃんと訴えたこのサポーター集団のあり方は、判断はどうあれ、まず正々堂々とした対応手段だと評価したいと思います。

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