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母逝く

 鎮静化を開始し、早い人ならそこから数時間、平均的には数日、遅い人でも一週間は持たないだろう、と担当医に言われていた母、きっちり一週間で亡くなりました。
 最後まで脈は比較的安定していましたから、心臓は強い方だったのだろうと想像します。 もし七年もの(先に五年と書いたのは私の記憶違いでした)のガンに早く気がついていたら、もっと長生きできたかもしれません。 いや、早期発見の結果、70代半ばでもし胃を全摘したら、食べる楽しみを奪われていた訳で、さて人の根源的な幸せとは何だろうとも考えてしまいます。
 
 それはともかく、前の発言を書いた夜半に死亡確認。 人は満潮に生まれ、干潮に死ぬ、という説がある中で、まさしく母はその日の干潮時間前一時間でした。
 そして通夜〜告別式までを滞り無く経た今、母について、ガンについて、痴呆について、介護についてなど、いろいろ語りたい中で、手短にひとつだけ、最も印象的なことを挙げろ、といわれたら...
 
 胃が軽くなった。
 最後の最後まで親不孝でごめんなさい>母

 いえ、でも実際、本当にそうなのです。 もともと母が不治のガンを宣告されたのが二年前の年末。 そこから今まで、そして最終的に、自分で立てなくなって緊急入院してからの二十日あまりに入ってからは、より顕著に私の体調、特に胃を中心にして不調になっていました。
 
 母の胃カメラ映像は一年以上前でも、ガンがまるでマングローブのように胃壁を突き抜けており、最後は酷い黄疸症状が出ていたことを考えると、膵臓に転移、それらの肥大によって脾臓を圧迫していたことが素人ながら想像できます。 そのイメージが「もしかしたら自分にも?」という想像を呼び覚ましていたことは間違いありません。
 一年前に胃カメラを飲んでいますから、いや、そんなことはないだろうと思いつつ、しかし明らかに胃に違和感があったのは事実です。
 
 しかし、告別式が終わり、睡眠不足もあって、自宅に帰ってビール一缶飲んで寝たら、まるで自分の胃がどこかに飛んで行ってしまったのではないかと思う程の軽快感を覚えていました。
 
 実母とはいえ、重篤な患者と接していると自分の生気が逃げて行くのを感じていました。 親不孝ものと罵られようと、これは事実です。 そしてそれが、臨終という形で終焉を迎えた途端のこの違和感解消。
 こんな私でもまさしく、気に病んでいたんでしょうね...
 
 ご心配いただいていた方々、ご挨拶が遅れましたが、ありがとうございました。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりです>蝦夷男爵さん
暖かいお言葉ありがとうございます。

役所や保険等の事務処理を任されていて、感傷的になる暇がありません。
親が死んで、わんわん泣ける人は多分十分親孝行してきた人なんだと想像します。 私はと言えば罪悪感で泣くことすらはばかられます。

投稿: あやおば | 2014年3月20日 (木) 04時14分

ほんとうに、お疲れ様でした。

ただただ、この言葉しか思い浮かびません。
言葉足らずでは有りますが、ご自愛くださいませ。

投稿: 蝦夷男爵 | 2014年3月19日 (水) 16時06分

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