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とにかく安倍総理大臣復活は許せない

 ついに衆議院が解散されました。 これについてどうこうはあまりに多くの要素があるので、私としてはでは次はどうなるのか、を考えてみます。
 
 民主党はこれで実質上の崩壊で、与党維持なんてのは絶対にあり得ません。
 かつて民主党を「国会議員になりたい人達のこの指とまれ」と呼んだ人がいました。 それを裏付けるかのように、再選が危うくなるとわかると、まるで獣が死んだ途端、そそくさと逃げ出す寄生虫のようです。
 基本的に議員個人と所属政党の方針が100%同じであることはまれで、その当たり前の差異をいかにも民主との決定的な溝であるかのように尤もらしく表明して離党する民主党議員の姿は、昨夕刊にあった下りではありませんが「内部から崩壊したローマ帝国を見るようだ」という形容そのものです。
 
 じゃ、私が解散総選挙党+金魚の糞党と呼ぶ、自公が再び与党として返り咲くのでしょうか。 いや、もともと、仮にも二大政党制が全く機能しないほど日本国の機能を麻痺させた張本人である自民党だけには期待する訳にはゆきません。
 そもそも、両党で過半数を取れない与党が、首相のクビを差し出さない限り重要法案が決まらない程度の政治を築いたのは自民公明のの卑しい無責任野党体制であったことを認識しておく必要があります。
 
 いやしくも総理大臣に所信表明演説をさせず、対して既に総理大臣気分で代表質問を喜々として繰り広げた「根性無しケツ割りぼっちゃま」安倍が総理大臣の椅子に座ることだけは、理屈抜きで私の感情が許しません。
 たまたま録画で見た安倍のスピーチでも、盛んに経済復活と呪文のように訴えていますが、それは「国土強靭化」という復活不可能な地方に税金をじゃぶじゃぶ投げ捨てる公共投資しか実際の策はありません。 明治維新から始まったグローバル化を認識もせず、なにが復活できるんでしょうか。
 
 一方、公明党の山口は同じ番組で「ニューディール」を連呼しています。 地方? 再生できる訳無いでしょ。 地方の縮小・濃縮による経済と福祉向上思考ってのは地方票命の田舎議員にとっては禁句なんでしょうかね。
 そしてずっと理性のよりどころとして期待していた共産党は相変わらずのあかんたれ。
 
 では第三極?となるわけですね。 ところがマスコミの意識調査では、それほど期待度があがっていません。 
 もともと私は橋下にしても石原にしてもその人格を尊ぶことができません。 ましてや、消去法でこちらを選んだとしたら、代表は石原になってほしいと橋下は望んでいます。 いや、同じ無茶苦茶なら責任寿命がある橋下の方がまだましでしょ。
 ただ、橋下にささやかな好感を抱いたのが、とりあえず迎合しとけばなんとかなるでしょ的な態度しか見えない河村名古屋市長の合流を、石原にひっくり返させたことです。 マスコミの前で当事者同士が蜜月を報告した仲を一日で覆させた橋下の論破力は大したものです。(私は河村市長及び減税党を全く評価していません)
 
 結論として私は来る衆議院選挙で積極的に誰を推すとは残念ながら明言できません。 長年の願望だった与野党入れ替えを実現した結果が散々に終わったのを見て、禁句とは認識しつつ、「結局誰がやってもいっしょじゃん」に屈服しそうになります。 が、それは自らを愚民と認めることであり絶対に避けたい。
 ということで、投票直前までなんとか第三極が少しでもましになってくれることを願っている今日この頃です。
 
 しかし、明らかな政治空白が始まるのに万歳三唱で解散ってなんなんでしょうね。 単なる習慣なんでしょうが、結局議員にとって政治ってのはその程度のものだということを示す証拠かもしれません。 政=祭り事、とはよく言ったもんだ。

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