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「たまのの市」訪問マニアック編

 午後に強烈なめまいと睡魔に襲われつつも、なんとか学生の発表会を乗り切りました。 ふ〜。
 んで、昨日の続き。
 最初、道に迷ったお陰で、ちょっと珍しい建物に二つほど出会いました。
 
Tamano_bauhaus まずは玉野文化会館。看板にはサブタイトルしてBAUHAUSと加えてあります。 ん〜、BAUHAUSと呼ぶには方向性は違うものの、最上部の紋章といい、血筋のしっかりした建物であることには恐らく間違いありません。 掲示板には無線LAN無料開放とかありますから、そもそもこのいしいひさいち関連の動きの中心となっているNPOにしても、みんながんばっている、というのは良く分かります。
 昨日の一枚目の写真にしても、コピーにははっきりと「がんばろう、たまの」とありますから、冷静には別に漫画ファンのためでもなんでもなく、なにかヒントを見つけて街を活性化させようというれっきとした町おこし活動だということががひしひし伝わってきます。
 
Uno_port 宇野が四国へのメインコネクションだった時代は、駅は今とは比べ物にならないほど大規模で、その頃の模型がフェリー乗り場近くのフェリー切符売り場を兼ねた産業ビルの1Fに展示してあります。(ところがこの模型の電車が脱線したまま放置してあるところが、いかにも衰退する地方都市の悲哀を象徴しているようで悲しい)
 その頃にはこの展覧会場に面するこの界隈も「銀座」という名前に負けないほど賑わっていたそうです。 三連休の最終日のしかも昼前後ということで、現状は皮肉にもシャッター銀座に近い状態。 でもそんな中でも化粧品店の入り口に手書きの高校生バンドライブのチラシが張ってあったのには、なぜか救われます。
Uno_town

 とはいえ、昨日の曲者看板といい、駅の案内状にチラシが無いとかの件も含めて、考えてみればこの展覧会の動きが始まってやっと半年ということを考えると、まだまだこの先の方が期待できると考えたいところです。
 スタッフの方と少し立ち話をしたところでは、やはり視野にはみずきしげる氏&境港市が入っているそうで、玉野市もアクセルを徐々に踏み込んで、それがまず広報誌の表紙と先に紹介した原付のナンバープレートで、今後はコミュニティバスのラッピング、登場人物のオブジェ(一体おおよそ百万円ほどかかるんだとか)の配置も検討されているのだとか。
 そういえば、ここに来るとき、茶屋町の駅でJR四国のアンパンマン列車を見かけました。 ここまで大掛かりでなくても、たまたま私が宇野に来たときの三両編成の115系普通電車(昭和57年製だったけど、室内は転換クロスシート改装済みでした)は黄色ベタ一色でしたから、とりあえずはこれをののちゃん列車にすれば良いのではないでしょうか。 この編成は昼前に宇野に到着した後は夕方頃までそのまま係留されているようですから、観光看板としても有効かと思います。
Uno_115

 そうそう、冒頭の珍しい建物の二つ目について忘れていました。
 先の文化会館を超えてさらに西へ歩くと道が少し曲がっている部分に、クラシックな洋館が。 おおっ、と小走りに駆け寄ると、どうもそこはかつて小規模な病院だったようで、まだ病院名の切り文字がはっきり読み取れます。 んで、これが良く見るとちょっと微笑ましいというか、洋館なのは表だけで、裏はむしろ昔懐かしい日本の(しかし街病院として立派な)木造建築で、これはこれで味があります。
 偶然ですが、最初はここに展覧会場を持ってくる話だったのをあとで会場の方から聞いて驚きました。 確かに現在のテナントビル2Fという無味乾燥な環境より、原作通り木造の山田家を再現するにはこちらのほうがはるかに雰囲気があります。
 ただし、夢とは裏腹に、古い故に改装費が馬鹿にならず泣く泣く計画をあきらめたそうです。 う〜ん、まぁ仕方ないかぁ。 世田谷の某国民的漫画博物館のようになるにはまだしばらく時間がかるのかな。
Uno_hospital 
 帰り際,駅の観光案内所のおじさんと話していたら,いしいひさいちの生家は実はここをもう少し先に行ったところだったんだとかで,おばあさんの家はその手前で、実は私が既に通り過ぎていたとか。 余談ついでに加えると,彼のお父さんは今でも稼働している三井造船の社員だったそうで,漫画に出てくるひろしさんそっくりだったとか。 そしてののちゃんはひさいち氏の妹がモデルと言われているそうです。
  
Uno_station にしてもものの哀れを誘うのは宇野駅の見事な(?)衰退ぶり。 瀬戸大橋開通まで事実上四国への玄関口として東京からブルートレイン瀬戸が乗り入れ、山陽新幹線開通までは大阪から頻繁に長大な特急うずしおや急行鷲羽が乗り入れていた貫禄は全くありません。 上記展示模型を発見するまで、どこにフェリー桟橋があったのかも想像できないほどの変貌ぶりです。 でもこれもひとつの廃線跡として観光資源にできるんじゃないでしょうかね。 事実、一般人にはただのがれきにしか見えないであろう桟橋の跡も残してあります。
Uno_pier 
 駅には多くの軽装した外国人が散見され、全く衰退しきっているという訳でもありません。
 皆さんどうもフェリーで渡った直島に行かれるようです。 調べてみたら、お〜、なかなか力が入っているじゃないですか。 彼らは車が無いから日中は一時間に一本しか無い宇野線を利用するしか岡山に帰る方法がありません。 であればその間にひょいと展覧会場に寄ってもらう、ってな計画もありでしょう。
 いしいひさいちの漫画は三省堂の英語教材にもなっているそうですから,この辺りもネタとして使えそうです。
 
Uno_213 さて帰りの電車は往路と違って213系2両のワンマン運用。 213系ってJR東海のもんだと思ってたら,西日本発注のもあったんですねぇ(というか国鉄の名残?)。 微妙に初乗りで嬉しい。
 この車中にも直島帰りの恐らくアメリカ人と思われる四人の女性客が。 話の切れ端によると、どうも日本に英語教師として派遣されているようです。 面白かったのは車中の暇つぶしで全米50州の名前クイズをやってたこと。 いや、ネイティブでも案外50全ては覚えてないようです。 まぁ、日本人でも全都道府県が言えない人が結構いますから。
 そして一人、黙々と「これめっちゃおいしいねん、私にとっての日本名物ね、"MAKUNOUCHI-BENTO"」と黙々と食べておられました。 四名中二人はアストロ級,一人はハンビー級,しかして一名だけキュートなスタイルの方がおられて、やっぱり白人てすごいなぁ、と。 日米の車のデザイン差は、人のスタイルでも全く同じことが言えることに改めて気がつきました。
 
 お後が宜しいようで...

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行ってきました「たまのの市」

Nonochan_plate2 週末の岡山行きは、同じ学校の教師宅実家に泊めて頂き、土曜日の卒業生の結婚式といい、同僚教師の'70s風実家といいなかなか楽しませて頂きました。
 
 明けた日曜日は、朝から先日から気になっていた玉野市にある「いしいひさいち展覧会」会場に行く予定でした。 ところが朝一にその教師から月曜日は先日台風で流れた二年生の作品発表があると告げられて、テンションダウン。 とは言いながら岡山駅に着いた頃にはあまりに気持ちのよい天気で、再びテンションアップ。 そうそう、まだ朝早いしね〜
 一足先に神戸に帰る同僚と岡山駅で分かれて、こちらは手荷物をコインロッカーに。 なにせスーツバックや式で頂いたお菓子などで荷物が三つ,とても観光を回る状態ではありませんでした。
 
 ところが駅構内の三カ所を回っても、コインロッカーが一つも空いていません。 私と同じ考えの観光客が次から次にやってきて「ここもだめ」と言ってましたから,観光客誘致に努めるならこのあたりの足下もちゃんと固めなくてはならないですよ>岡山県
 
 三つも荷物抱えて宇野まで行けるかよ,と再びテンションダウンして一度は即刻大阪に帰ろうかと思いましたが、L-03C経由iPod touchで乗り換えアプリを起動すると、マリンライナーがあと数分で高松に向かって発車するのが発覚。(実は三十分後のマリンライナーでも茶屋町で宇野行き普通電車に余裕で接続できると知ったのはもっと後) いいや、ウジウジしてないで荷物抱えて行くベェ、と無理矢理テンションを上げて223系5000番台の貫通幌つきマリンライナーの人となり、茶屋町で半時間ほど待たされて、黄色ベタ色の普通電車で今では超ローカル駅に格落ちした宇野へ。(宇野駅を中心とした鉄ネタはまた後日別の項として書かせて頂きます) 
 
Nonochan_guide 宇野駅にはコインロッカーそのものがなかったけど、そのかわり駅構内の観光案内所で手荷物預かりしてくれるというので、ここでやっと貴重品の入った鞄とカメラだけの身軽な体になれました。
 この案内所に「いしいひさいち展覧会」会場への地図やパンフレットは一切なし。 あれ?大丈夫かなぁ、とiPod touchの地図をたよりに駅を出て右を見ると、大きな看板がありました。 で、こいつがくせもので「二つ先の三叉路を左折」というのはこの看板に沿って(駅構内駐車場に沿って)北に向かって、というのが前提だったと分かったのは後の話。 私はそのまま直進してしまった為に混乱。 まぁ、いつもながら犬並みの方向感覚で、最終的には目的のビルに到着。
 
Nonochan1 展示内容は、私のようなマニアに近いファンにとっては非常に満足行くものです。 手書きの原稿の展示は、たかがと思われがちな四コマ漫画でも細かくホワイトで修正が入っていたり,時にはコマごと差し替えが入っていたり、と驚かされます。 いしいひさいち自身、自嘲的にポンチ絵書と自称していますが,これを見ると、いやいやなかなかそんないい加減なものじゃありません。
 なおマスコミ嫌いの彼らしく、一連の玉野市の今回の活動には協力するが,現地での講演や顔写真展示の類いは一切無いということで折り合っているそうで、ファンとしては妙に納得できるところ。 一方で、ここでの全ての展示品は写真撮影など全く自由で制限されないそうで、ああ、本当に彼らしい。
Nonochan_genga
 
 貴重なのは三重県や中部ガス,岡山県警との仕事で描かれた絵を使用した本物のパネルで、これはその地方に住んでいないと目にすることすら難しいパネルです。
 別室ではDVDや単行本の展示が行われ,それぞれ自由に閲覧できます。 複数のいしいひさいちファンが浄財として単行本やスクラップ,おじゃまんが山田君のころのグッズ,ジブリが出していたとなりの山田君グッズが提供されているのには頭が下がります。 ざっと見たところ、ここにある蔵書で彼の作品の大半を読破することが可能かと思います。(無料のインスタントコーヒーを頂けます)
 
Nono_goods1

Nono_goods2 そして観光客にとっての楽しみ(と地元にとっては経済効果)はお土産。
 お勧めは漫画本が置いてあるところで販売されている缶バッジ。 大:300円、小:200円というのも観光価格としては納得どころ。 何より嬉しいのは多数の素材集から自分の気に入った絵を選べるところ。 私はやぱりポチ狙いですね〜。
 さらにちょっと値は張りますが衣類。 息子と娘達用にTシャツ。 そして私用にはポロシャツ。 これ右後ろにポチの刺繍が入っていて、これを買わずにどうする。 ただ、帰りの電車で青じゃなくて白にすれば良かったとちょっと後悔。 さらにエコバック800円を買い忘れたことも後悔。
 
 ん〜、いつになく写真が多いので、とりあえず今日はこれまでということで。 いや、今日は学校で仕事なもんで... ふ〜、休みのつもりでしたぁ...
 最後の写真は、ののちゃんの漫画の中で頻繁に登場する「天狗山」。 本来の天狗山はこの奥にあるそうですが、通称ではこの一部禿げ山状態の山が天狗山なんだそうです。 写真は駅前の陸橋から撮影したもので、展覧会場の窓からも見えます。
Nonochan_tanguyama

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こ、これ、めっちゃ欲しい!!

Nonochan_plate 今週末、岡山に行くので何とは無くwebをさまよっていたら、写真の原付プレートを見つけてしまいました。 これ、欲しい!! 誰か玉野市に住んでいる知り合いはおらんものか。
 
 もともと、いしいひさいちの大ファンなので,先日来より玉野市やNPO法人「たまのの企画」のページを見ていました。(いえ、実はその昔宇野駅から玉野市電が走っていたという記事の方にそのうち引き込まれて、廃線跡をgoogleMapで追いかけたりしていたのですが)
 
 さて、たまのの市?? 「の」が一つ多いですね。
 たまのの市はいしいひさいちが朝日新聞で連載している「ののちゃん」の住んでいる街で、一応架空とは言いながら実は岡山県玉野市であったりします。 あ、ちなみに彼はここの出身です。

 てなことで、今週末、岡山での予定は土曜日の朝から夜の飲み会で終わり(要するに朝から夜まで飲み倒すという)ですから、明けた日曜日に宇野まで行って『「ののちゃんち」いしいひさいち展覧会』会場まで行ってみようかと。
 
 しかし、彼は大学は関大だったし、漫画家になってもしばらくは吹田市に住んでたそうですから,こっちでも玉野市と同じく彼に許可を得てこんなプレートを採用してもらいたいものです。
 
 とはいえ、こういうのに祭り上げられるってのは、本人にとっては名誉であるとともに相当な精神的負担では無いでしょうか。 なにせ自治体である訳で,不祥事、あるいはそれに類する事があったら即関係遮断です。 よく承諾したなぁ。 彼もそんな歳になったんでしょうか...


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不味そうな鳥

Unappetizing_chicken
 この写真が最近の学校のマシンの私のデスクトップ画面です。
 
 学校の前のホテルに鶏肉を納入している商店の軽トラのドアです。 不気味でしょ? 不味そうでしょ? 思わずNM705iのろくでもないカメラで撮影してしまいました。
 
 「鳥屋の看板にこれは無いだろう」と他の教師に見せたら、でも肉屋の看板やハムのパッケージのまるまる太った牛や豚がニコニコしているイラストもまた違和感がありまして,という反応が返ってきて、なるほど、それもそうですな、という話に。
 
 ならばいっそこの鳥も上から首に紐でもかけてやれば、とも思いましたが、そんなもんが町中を走り回ってたらそれはそれで問題になるんだろうなぁ...

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野田の奇妙な安定感

 日本全国が「管が降りねば日本は良くならね〜」音頭を踊り明かしている姿に少々違和感を覚え、ここしばらく国政についてネタがまとまりませんでした。
 いまさら管の感想を述べるとしたら,素人としては良くやったと思います。 とくに原発に関しては。
 いわゆる世襲ではない首相で、政界のコネクションが薄く官僚を頼らずに政治を進めようとすれば、誰がやってもいわゆる「市民派」では同じような結果になると思います。
 
 そういう点ではもう少し官僚をうまくこき使えば良かった訳ですが,それは彼の厚生大臣時代の経験から無理だ、あるいはどうしても嫌だ、という思いがあったのかもしれません。 ということは今後「市民派」の首相というのは実現が難しい,実現したとしても職務遂行が非常に危ぶまれる,という前例をも作ってしまったことになります。
 ただ、皮肉なことに東日本大震災のお陰で彼はそれでもいかにも「市民派」らしい建前を貫き通しました。 産官政学にまたがった原子力村、そして地方知事や村長町長にまで及ぶ電力会社の利権にくさびを入れることは彼以外には無理だったでしょう。
 震災直前まで、ひたすら管を無能扱いしてきたマスコミや政治家は、今更その点を評価するにはさすがに恥ずかしかったようです。 恐らく東日本大震災十周年の頃の政治懐古番組あたりで冷静に洗い直した、より真実に近い話がいろいろと聞けると思います。
 
 そして「市民派」首相が評価を得ることができなかった,ということは、戦後社会党などを中心としてきた市民革命を夢見てきた活動家にとっては大きな敗北感を与えたのではないでしょうか。
 
 さて、同じ党でありながらそんな管を降ろし音頭を踊った連中が新しい内閣を作りました。
 私は前原だと思ったのですが,ホント政治の票読みは難しい。 ただ、少なくともヤクザ小沢のメンツが立つような結果でなかったのは何よりです。
 んで、官僚寄りだ,増税派だ、自民党臭がするとか言われつつ、首相になった途端に妙な安定感を醸し出している野田。 なんとマスコミによる世論調査でも一転して60%台をはじき出したとか。 さらに興味深いのは、一度は大きく民主党を上回る支持率を得た自民党が再び低落し、その分がほぼそのまま民主党支持に回ったことです。
 アンチ自民党としてはこれには何より意外な収穫と言うかほっとしました。 管時代末期には自民党支持率上昇を背景になんとか解散に追い込んで与党奪還を目指す作戦を取り,何かと言えば揚げ足取りに終始していた自民党が、さてこの数字を見てどう動くか。(結局、早速脳みそが軽い元経済産業大臣の追求に終始しそうですが)
 
 一方で、この野田政権の妙な安定感は、民主党でありながらより自民党らしい,という見方があることも承知しております。 まぁ、そういうことでしょうね。
 ホラ吹き鳩山で米軍が日本の立場など全く顧みる気がないことがはっきりし、管で市民派がいかに政治家とし非力かを露にしたなかでは、これくらい保守的な色でないと政治が一歩も前に進まないということでしょう。
 それでも即解散して自民党に政権を戻せ,という声が主流でないというのは、やはり国民もこの数年間、自民党が野党としていかに過ごしてきたか、そしてこの政治の混乱のほとんどは55年から始まる自民党政治が根源であることくらいは分かっているんだ,と期待したいところです。
 
 東日本大震災で被害に遭われた方にはお気の毒ですが,しかしこの災害のお陰でいかに政局争いが下らないかを様々な局面で証明してくれたような気がします。

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充電再開

 金土日のバー生活がなくなって二週間、切迫と疲労感の無い解放感に浸っています。
 特に金曜日、朝7時に起きたとき、授業を終えてなお、12時間後にはバーを開店せなあかんねんなぁ、とか授業後に速攻帰らなくては出勤前に仮眠できない、と考えていたことを思い出すと、改めて重〜い日々でした。
 
 ですからこの二週間、金曜日の授業が終わると、大して疲れてもいないのに職員室に座り込んで意味も無くコーヒーをすすったり、この快感が今のところたまりません。
 同時に土曜日の炊事当番も従来通りの週三日体制に復帰。 昨日も、夕方にはバイトに出てしまう息子に(放っておけば肉やでんぷんに偏ったものを勝手に食って出勤する)サバの味噌煮や煮物、ネギ塩ごま油の冷や奴などを食わせることができて、自己満足。
 
 ただ、いつまでもこうして惚けている訳にもいきません。
 ここに来て感じるのは、私が比喩するところの「体育会系効果」。 要するに10しごかれたら5は軽く感じるし、20しごかれたら10は楽に、30しごかれたら20は...の、いわゆる乗り切った感とでも呼ぶのでしょうか。 週三日、未体験の仕事を十ヶ月間この歳になってもやり遂げた、という達成感のおかげで、非常勤講師の仕事なんてありがたいもんだ、と今更になって思えるようになりました。
 
 それが証拠に、今までならこの季節、長い夏休みが祟って授業にうんざりしているはずなのに、それが全くない。
 むしろ、こんなに楽になったんだから授業ももっと充実させようよ、とバーでBGV再生機として使っていたBDプレーヤーを教室に移設して視聴覚授業の拡充を図りました。 いやぁ、今時のプロジェクターはHDMI端子装着で、セッティングも楽なら画質も素晴らしい。
 ここしばらくは店の為にどういう映像を残すか、という方針で録画していましたが、これからは従来通り自分のために戻すと同時に、学生たちのための視線を加えたいと思います。
 
 そして充電再開。
 とりあえずバーマスとして乗り越えられたのは長年溜め込んだ膨大な無駄知識と話術のおかげ。 もちろん全ての話題に応えられた訳ではなく、そんなときでも聞き手に徹すれば必ず自分が自信を持って語れるゾーンにやがてはボールが回ってくることが分かったのも発見でした。
 ただしこのベースとなった雑学は主に夜中に雑誌やコミックやアニメやドキュメンタリーやwebやらを乱読というか乱接触していたおかげであって、これを怠ると正直に放電してゆきます。
 
 とりあえずは、BDに録画したままだったNHK教育のTrad JapanをMacのiMovieに取り込み。 さらにここから音声だけを取り出しiPod nanoに入れて学校行き帰りの英語教材にします。
 そのキャプチャー待ち時間を使って、買ったままで放置していた雑誌の読破。 penであったりMacPepleだったり。 そして借りたままで読めなかった少女コミックの類い。 槇村さとる「リアルクローズ」最新刊、そして岡崎京子の「リバース・エッジ」と「愛の生活」。 彼女の作品はヘルタースケルターを買ったことが最初の出会いでしたが、相変わらず病んでます。 でもその割に異常に嫌な気持ちにならないのはコミックであるおかげかなぁ。
 (余談ながら... 上記、岡崎京子のヘルタースケルターを借りパチした卒業生、今からでも遅くないから学校宛で返却してください)
 
 最後に、自分に鞭を入れるための公募用文章書き。
 小説の方は相変わらず一人称で書かされることへの抵抗から抜けきれていないので、まずは千から二千文字程度のものから戦闘再開です。
 
 特に年末までマンションは初の大規模修繕工事のために大騒音、カーテン全閉で暗い、風が通らない、とストレスがたまる中、日曜日だけは工事休みですから週末は大事にしないと。
 
 と、ここまで書いたのを読み返すと、えらく前向きでがんばってますねぇ>自分
 でも基本グータラですから徐々にスピードダウンしちゃうんだろうなぁ... まぁ、それも自分らしいけど。

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禁煙と水泳がカラオケを変えた

 先日、バーの閉店に伴って店を回していた連中+αと食事〜飲みという慰労会パターンになりました。
 
 なぜか二次会のカラオケ屋ではカラオケよりも話がメインで、それほど真剣に歌うことがありませんでした。
 ただそのとき、果たしてどれくらいカラオケに来てなかったんだろう、と思い起こすことがあり、少なくとも煙草をやめてから一度も来ていないことだけは思い出しました。 そうそう、タバコやめたらどれくらい声が出るんだろう、という興味をずっと持っていながら結局二年近く歌う機会が無かったのです。
 
 三軒目のスナックで「え〜、スナックぅ? 今時ぃ?」と一瞬躊躇したものの、さすがそこを常連としている我が友人、経営者が大昔ミナミのダンスホールでボーカルをとっていたという人物で、洋楽中心、当時の十八番はプレスリーだったというから、全く問題無し。
 その時点で、既に若者はいなくなっていましたから、歌ったのはビートルズやS&G、そして山下達郎(の古い頃)などなど。
 
 そこで気がついた。 達郎のキーの高い曲が歌えるようになっていた!!
 もともと私はそこそこ高い声を出すのは苦手ではなかったのですが、喫煙と共に年を取ると音域は徐々にドロップ。 何より、曲の最後の方(場合によれば盛り上がるところ)で軽い痛みとともに全く声が出なくなるようになってきたのにがっかりさせられていました。
 
 それが結構思い通りに高いところを出せるようになっていたのには驚き。
 さすがにRide on timeの最後の方ではちょっと潰れてきましたが、十数秒のブレイクの後のソロ的エンディングではまた戻りましたから、凄い!!>自分の喉。
 
 で、自惚れついでに書くと、声の質も変わったような気がします。
 よく高い音が出る/出ないの話をするとき、声質を無視して「単に出る」というだけでは意味がない、というような結論になります。 まさしくそれはその通り。
 私もどちらかとうと「単にその高さ出ました」的な感じだったのですが、それが復活した上で、さらに少し太くなったというか、表現力が増したような気がしました。
 
 これは思うに禁煙だけではなく水泳が効いているんじゃないかと想像します。
 ほとんど泳げなかった頃、ドラマ「ウォーターボーイズ2」を見てて、みんな水中で口を開けて笑ったりしているのが不思議でなりませんでした。 なんでそんなことができるの?って感じで。
 でもある程度泳げるようになってくると、呼吸時の水の遮断は口(唇)ではなく、喉であることがわかってきます。 要するに喉を閉めていれば水中で口を開けても全く問題ない訳です。
 
 知らず知らずのうちにこの喉を開閉する部分の恐らく首の中の筋肉が発達し、それがついでに声帯に作用したり、声帯を動かす筋肉を強化していたりしたのかもしれません。 う〜ん、これは思わぬ恩恵でありました。
 
 水泳三年柿八年禁煙二年、まだまだ有り難いご利益があります。
 世の喫煙者! タバコを捨てて運動せよ!

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フィットネス水着も三枚目に

 ある日、プールで着替えようとしたらサポーターを忘れたことに気づきました。
 水着に○○○パッドがついているし、もともとそういうので押さえないほど巨大でもないのでその日はそのままサポーターレスで泳ぎましたが、家に帰って探しても無い。
 無いというより、また誰かの洗濯物にまぎれてしまったのでしょう。 このところ下着と靴下が自宅内で行方不明になることが多いもので。
 
 このサポーターはもう三年以上使用でゴムが疲弊しきって、あきらかに寿命超え。 さらに水着も二年前に買い替えて、これまた全体の締め付けがユルっとしてきていたので、ついでに買い替え時。
 ということで二年ぶりに水着も買い替えました。
 
 初代フィットネス水着だったアシックス製は一年でへろへろになったことに比べ、二代目のミズノ製は、ある程度へろっとなりつつもそれ以上は形状が崩れなかった、いわゆる持ちが良かったのが好印象で、今度もミズノを中心に、阪急ingsで探しました。
 でも、あれ?なんだかメンズの売り場少なくないですか? 女性下着売り場に紛れ込んでしまった気分です。 選択肢も競泳用かフィットネスかの二者択一みたいなもんで、さらにミズノ製と絞り込んでゆくとほとんど選択肢がありません。 う〜ん、現代の男子用水着のマーケットってこんなもんなのか。
 色もほとんどが黒、紺、グレーで、みんな入水したら黒にしか見えない色ばかり。 別に白を履きたいとは思わないものの、もうちょっとなんか色の提案無いですか?>水着各社

 そんな寂しい中で気になったのがハンガーに貼られていた手書きのポップで、「従来の水着に比べて塩素に10倍強い」というコピー。 ライクラという繊維を使用しており、サイトを見ると何ともエレガンスなPRだこと。 余談ながらこの繊維を供給しているインヴィスタという米国系多国籍企業、何じゃらほい?と調べてみたら昔のデュポン社なんですね。 そりゃ化学繊維のパイオニア、水着に限らずユニクロ辺りの多機能衣服にも大きく寄与していることでしょう。

 聞くところによるとフィットネス水着の寿命は80時間が標準だそうで、私のような使い方、平均2.5回/週、一回辺り水に入っている時間は40分、という例では、丁度1年が80時間に相当します。 ということは冒頭のアシックスの水着は標準的な寿命を持っていたわけです。
 加えて使用後にすすぎ→脱水→乾燥というプロセスも、特に我が家のように西面に向いているベランダに干しているようなケースでは紫外線も大きな水着へのダメージとなります。
 
 で、せめてその内の塩素への耐性が10倍高いのは悪いはずが無く、とりあえずそのラインナップに以前から欲しかった赤のパイピングが入ったのを半ば消去法的に選択。
Swimware2 
 水着は原則下着と同じ扱いで返品できません。 ただ、先代もミズノの"M(プライムフィット)"だったので今度も同サイズを選択。 既に数回プールで使用し、サイズについては全く問題ありません。
 ただ、シェイプが先代に比べて裾が少し長く、股上が少し短くなっているので、ちょうどお尻が始まる辺りにしか水着が存在せず、下手にサポーターを上げすぎるとそれがはみ出す感じです。
 泳ぎだすときに(気のせいですが)少し脱げそうな気もしますが、男のケツぽろりなんて誰も見たくないでしょう。
 あ、あと先代にあった○○○パッドがありません! さすがにこれではサポーターを忘れたらえらいことになりそうです。 これまた誰も見たくないでしょうから。
 
 あ、泳ぎがコンマ何秒速くなったなんてことは全くございません。 はい。

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出汁(だし)に凝る

 バーを閉店したことで、炊事当番が元通りの週三日に戻りました。
 
 最近ふと気づいたのが、煮炊きメニューの息子の食いつき度。
 褒められたことでないことは重々承知の上で、私は基本的に出汁は市販の粉末もので済ませておりました。 子供の頃、祖母はいつもじゃこと花鰹で出汁をとっており、その出汁殻は入れ物に入れて家の前に出しておくと近所の野良猫たちが食べてくれるという、当時としてはそれなりのゴミリサイクルシステムだったような気がします。
 
 よくあんな面倒なことをしてたもんだ、と思い出すと、いやまてよ、最後の方は昼のうどんの出汁はヒガシマルの粉末を使うようになってたっけ。 やっぱり面倒くさかったんでしょう。
 
 そんな中、先日酔狂で何となく昆布出汁をとって千切り大根やら何やらを炊いてみると、何も知らせていないのに、そのときに限って息子が結構な勢いでその煮炊きものを食うことに気がつきました。 う〜む、なんちゅう贅沢な。
 
 ということで最近、夜中の料理シリーズの一環として、昆布+花鰹で出汁をとるようにしております。
 最初の頃は横着して昆布に付着した白い粉を拭き取らなかったのですが、これが余計な塩味として料理に影響することがわかり、今では湿らせたキッチンペーパーでさっと拭き取るようにしました。 拭き取ったキッチンペーパーを少しなめてみると結構強めの塩味がしますから、なるほど、これはよくありません。
 その後の出汁は以前より味が薄くなったように感じるものの、料理との調和はむしろよくとれるようになった気がします。
 
 出汁殻については、マンション住まい故に野良猫もいないし、第一、今の時代そんなことをしたら社会問題になります。 もったいないなぁ、と思ってたらマルトモのだし昆布のパッケージに、出汁殻となった昆布と花鰹を煮込んで食べてしまうレシピが印刷されていました。
 早速試してみると、まぁ、味は特に鰹節は一番出汁しかとっていないせいもあって、わざとらしいほどのうまみ成分が味わえます。 しかして全体としては夜中の家飲みのつまみ程度かな、という感じ。
 
 さて、この本来の製法で作った出汁、腐りやすい。 いわゆる足が速いのです。
 週三日、毎回出汁を使う訳ではありませんから、これは気を遣います。 時々冷蔵庫から出して香りを確認、ちょっと日が経った場合は一度沸騰させるなど、やっぱり面倒くさいです。
 でも冬場になったらこの出汁だけでおでんを炊いてみたいと思う台風通過後の夜...

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酔って料理をするのは楽しい

 酔って昨日のことは全く覚えていない、というケースには私はあまり陥りません。
 いえ、別にことさら酒に強いのではなく、単にそこまで酔うまでに気分が悪くなるので飲めなくなるだけの話です。(気分が悪くなる線が読めなかった若い頃は別として)
 
 が、先日、朝起きて冷蔵庫を開けてみると千切り大根と厚揚げの煮物が冷蔵庫に入っている。
 その前の夜に私が遅くまで家飲みしていたときにそんなものはありませんでしたから、私以外が作ることは不可能な代物です。
 
 う〜ん、そういえば千切り大根を戻した後、固く絞ったときの手の感触は覚えています。 あ、でも風呂に入るときのラジオがキッチンにかかってた。 やっぱり自分が作ったようで。
 しかしそれ以外のことはよく覚えていません。 当然味付けをして落としぶたをして煮詰めていたはずなのに。
 
 恐らく音楽を聴きながら最後まで作り、煮物用の器に移し、鍋を洗って調理終了。 朝になって同居人がそれにラップをかけて冷蔵に入れた、ということでしょう。
 なお、味付けはごくごく普通にできてました。
 
 ただ、火を使うことでもあるし、料理中に大やけどを負ってしまった森毅さんの例もあるので、程々にしたいと思います。
 酔って料理をするのは楽しい、のだと思う。 たぶん。

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雑居時代、という古いTVドラマ

 先日来よりCS(CATV経由)のチャンネルNECOで「雑居時代」が始まりました。
 何ですかって? いわゆる石立鉄男ドラマと呼ばれたうちの、1973年放映作品です。
 
 いやぁ、大概この頃のファミリードラマって、カビ臭くって見られたものじゃないのに、これは初回からずっと見続けています。 よほど当時はまってたんでしょうね。 これに先立って「気まぐれ天使」も見てましたが、やはりこっちにはかないません。
 
 こういうのにはまってたから私は道を外したのかもしれません。 えっと、15歳ですから中三。 あ、まだまともだったな。 でもこのときにこういう能天気な「なんとかなるだろう」的発想が脳に刻み込まれたのかもしれません。
 あぁ、違うなぁ、登場人物中の稲葉勇作こと川崎敬三演じるカメラマンの師匠のだらしなさにはあの頃も今も反感を感じますから、単に横着な人物像が好きだった訳ではありません。 やっぱり石立鉄男演じる大場十一が好きだったんでしょうねぇ。
 
 しかし、私的にこれが石立ドラマの一番だと思えるのは主人公だけの魅力だけではありませんでした。
 何より奇麗な姉妹たち。 突っ込まれ役の冨士眞奈美さえ実は相当の美人ですし、ヒロイン役の大原麗子、そして一番好きだった山口いづみ(スキニーなのに色っぽいのだよ)。 何より改めて感動するのが杉田かおるの天才ぶり。
 
 今ではあれこれスキャンダラスな存在となっている彼女、このドラマを見たら、その今の姿すら一人で生き抜くための演技なんじゃないか、と思えます。 セリフや演技指示がないときの過ごし方、他俳優との間の取り方など、子役とは思えない安定ぶりは演技の専門知識がない私にもはっきりと伝わってきます。
 
 そして当時気がつかなかったのが音楽の担当がルパンIII世の大野雄二だったこと。
 冬子役の山口いづみが歌ってる主題歌も彼の作品。 そしてBGMにあのRhodesを多用していました。 '73年ですからこれまた先日私が弾いたFender Rhodes Mark I(と同種)に間違いありません。 でもトレモロが聴いたのバージョンもありますからSuiteCaseの方ですね。
 
 あと、これも今でこそ感じる魅力で'70年代の風景が新鮮なこと。 背景に現れる車、電車、ファッション。 なぜかロケ地は渋谷周辺のNHKや青学周辺が多いようで、高校生だった私の初上京時に渋谷と原宿を回ったのも偶然ではないような気がします。
 
 ドラマのネタとしてはごく普通に主人公とヒロインとのドタバタ恋愛話。 で、これが「ツンデレ」。 なんだ、これって今時のアニメに始まった設定じゃないんですね、ふ〜ん。
 私が今でも気の強い女性が好きなのも、もしかしたらこのドラマの影響? 凄いなぁ。
 
 そんな中学生の私がドキドキしながら見ていたツンデレ恋愛の二人。 残念ながら共に鬼籍に入られていたんですね。 大原のほうはちょっと謎な亡くなり方をされたので記憶に残っていますが、石立は、悠々自適の生活を送られていた熱海でなくなられたとかで、う〜ん最後まで破天荒というか無頼漢というか。
 
 冷静に引き算すると38年前のこと、何を言ってるんだと自分でも思います。 でも他にもデザインインパクトを「謎の円盤UFO」という番組で貰ったとか、多感な年代だった、という証明なのかもしれません。

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バー閉店

 当初の予定よりも一ヶ月遅れてバーを閉店しました。
 特に経営が苦しかったとか、家賃を滞納してとかではないので、スタッフも常連さんもあっけらかんとしているというか、一風変わった閉店風景でした。
 
 おかげさまで常連さんからはもちろん、我々が指導を仰いだバーのバーテンダーさんからも閉店を惜しんで頂いて、素人ながらなんとか十ヶ月回した甲斐があったというものです。 今後のこの店のことはまだ流動的ながら、とにかくは一旦閉店、ガラガラ。
 
 とりあえず店に持っていった私物を持って帰ってきたところ、意外に多くて驚いたのがDVDとBD。 次いでCD。 そして最後の一ヶ月だけ個人的な趣味に切り替えるためのポスター代わりのレコードジャケット。 POCOとかひっぺがしてウェザーリポートとかスタンレー・タレンタインとか山下達郎とかに切り替えたのでした。 アメリカンロックがお好きなお客様、ごめんなさい。
 
 ささやかに嬉しいのは、iPod TouchをBGM用として使うためのiPod Dock。 これで自分のiTunesのライブラリはもちろん、インターネットラジオやradikoを自室のオーディオで聞くのにPowerBook G4を立ち上げずに済むようになりました。
 
 バーの十ヶ月間を振り返ると、今のところ週末三日の緊張から解放感が大きいのは事実。 本格的な修行無しですから見よう見まね、知らないカクテルや多数のフード類の注文が入ったときのパニックは、今思い出しても冷や汗が出ます。 しばらくは時折夢に出てくるかも。
 とはいえ終わってみれば、良い経験ができたとも思え、この歳で全く新しいことにチャレンジし、完璧ではないもののなんとか乗り切れたのはささやかな自信になったような気もします。
 
 いよいよ二日の金曜日からは授業再開。 でも授業が終了してももう急いで家に帰ってバーに出勤する準備はしなくてもいいんだよなぁ、と思うと、少々目が潤みそうになります。
 と、いいつつ、台風による警報休校を期待している、相変わらずぐーたらな自分...
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