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久々に感銘を受けた新書

 ガメこい(「がめつい」の関西最上級)同居人が洗剤ほしさに、またまた数年ぶりに新聞を毎日から朝日に切り替えました。 私としては愛するいしいひさいちの漫画を毎朝読むことができて大歓迎なのですが、なぜか日曜日に毎日で読んでいた書評コーナーが懐かしい。
 
 そんな毎日の書評コーナーで見つけたのが世論の曲解という光文社新書。
 積ん読状態だったのを、バーに持参してヒマなときに読んでいたらやっと読了しました。
 
 まだ自民党から民主党への政権交代の興奮が収まらない頃の本ですが、アンチ自民という立場を他に置いても、またその後民主党が失政を重ねている今でもなお、非常に感銘を受けました。
 
 政治にしても原発にしても圧倒的多数の人々はその現場にいるわけが無く、報道という間接的手段を通じて物事を知ります。 当然それらは編集され、あるいはジャーナリズムという手法で筆者の主張を経て、我々のところに届きます。 と同時に世論というものがこれまたメディアを通じて届けられ、さぁ今起こっていることはこういうことで、これらは今後こうなるでしょう、こうなるべきです、という起承転結を持った物語であるかのような印象を受けます。
 
 加えてこれに最近はインターネットがメディアに加わり、これまでのマスコミのあり方に疑問を持っていた人々はインターネットの情報こそが真実である、という主張が声高に聞こえている気もします。
 
 そんなこんなをこの本の筆者は冷静に数字を見ることで見極めろ、と訴えています。 理系の人かと思ったら法学畑の人らしく、なるほど旧来の大学研究者らしく丹念に資料を掘り起こして分析することに徹底した結果かと思うと同時に、こういう地道な作業を横着せずに経ることでいい加減なひな壇評論家の戯言に惑わされずに済むのかとも気付きました。
 
 とはいえ、この客観的な数字という資料を眺め直して思考を進める作業、自分(私)が行わなくてはならないとなるとやはり難しいのは事実。 願わくば政治の節目節目にこの筆者による整理の結果を出版して頂きたいと思う辺りがバカの証拠か、と自分が情けなくもなり。
 
 末尾(P277)に書かれている「この本を読了した皆様には、どの評論家がマシで、どの評論家が廃業すべきか、判断して頂ければと思う」とあり、非常に理性的で論理的ながら、ところどころに流れる好戦的な香りが結構気に入ったと同時に、まさしくこの点がこの本の魅力を最も明確に表していると思います。
 
 また、現在の状況を考えるにP267の下りが非常に参考になります。
 「(自民党は)結局、民主党政権の失政を待つしかないだろう。もちろん、ただ待つだけでなく、そのときに受け皿となるべく、党を刷新し、人を入れ替え、有権者が投票したくなる政党として存在している必要がある。もっとも二大政党制というのは片方の大政党が与党である間、もう片方がその失政を待つ制度だと考えれば、本来の政党の役割を果たせば良いだけのことである。それが自民党にできるかどうかは、ともかくとして」
 
 本の前半には、なぜ自民党が小泉時代の勢いを失って民主党に与党の座を奪われたかの解説があり、データ的根拠無く「この方向こそ正しい」「あいつが戦犯だ」などと「科学的思考不在」で党の進む方向を間違ったことが原因だと分析しています。
 それを考えると、これだけの民主党の失政があっても、次回選挙で自民党の盛り返しはあっても与党になる可能性は低そうであることも客観的に分析されているので、私としては一安心。
 が、それは同時にだれもが安定与党になれない政治の場となることを予言しているわけで、震災復興という大儀があってもこれだけ与野党が国民のためにまとまれない国会を見ていると、さらなる混迷の政治が待っているだけという気がします。
 
 あぁもう少し民主党がまともに政治を進めていれば...

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