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Rock on!

 って、音楽の話じゃござんせん。 お酒の話。
 
 バーでバイトしているお陰で、今までなかなか飲む機会がなかった酒を試すことができるようになりました。
 例えば私は実はスコッチウイスキーが苦手だと言うことが分かり、しかして例外としてデュワーズというのはクセが無くて価格も安くて、家庭常備酒となっています。
 一方アイリッシュはそのスコッチ独特の癖(多分ピートの風味)が無く、さらにいろいろ試飲した結果、タラモア・デューが一番のお気に入り。
 テキーラも量とペースを間違わなければ世間で言われているほど暴力的でもなく、美味しいものだと発見。
 
 こういう試飲の時、通常の量を飲んでいたら仕事になりませんから、ストレートグラスにほんの少し入れる程度にしています。 文字通りストレートで一舐めしたあと、キューブアイス一個を入れて、それが少し溶けたときが非常に美味しいことを発見。
 以後、オフで飲むときもこれまでの炭酸割りや水割りを止めて、ロックにすることが増えました。 当たり前のことだけど薄めると酒の味も薄まる。
 ただしやはりキツいので、友人とワイワイ話しながら飲むと危険です。 ですから自分のバーが早く終わって、その後寄った他のバーでおしまいの一杯を飲むようなときに最適かと。 これだと高いお酒も気軽に飲めますからね〜。
 ちなみにこういうときにオーダーするのはバーボンで、ウッドフォードリザーブのディスティラーズチョイス。 炭酸で割っても美味しかったのが、ロックにするとさらにまた別の旨さが。
 
 てな話を客と話していると、しかしまた定期的に飲み方がローテションすることがあるという話に。
 「最近めっきり水割りがうまいと思う」とか「トニックとのコンビネーションを見直したら」なんて話もよく聞きます。
 そうそう、何かで割るときの氷のグラスの詰め方でこれまた酒の味が大きく変わることも気がついて、これでまた「割もの」の評価が変わるかも知れません。
 
 でもロックが旨い、なう。

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ついに本家ゲット

 いや〜、昨日ついに近所のダイエーで見つけましたよ、ガーリック入りラー油ブームのコア、桃屋の「辛そうで辛くない少し辛いラー油」。
 夏前からのブームでしたから、大凡半年ぶりの初対面。 これは買わなくっちゃ、です。
Ra_yu 
 これで本家と、それを横目に類似品を出したトーノー、そして材料だけを袋詰めにし、あとは自宅のフライパンで作ってしまう「手作りラー油MIX」、そしてここには書き込まなかったけど数日前にこれも初めて買ったS&Bの「ぶっかけ!おかずラー油」と四タイプ味わったことになります。
 
 個人的に最も美味しいと思ったのは、手作りラー油で、なにより炒め加減で焦げ風味を入れたり or あっさり作ったりと楽しめます。 そしてこの手作りの味に最も似ていると感じたのはS&B。
 この二つの味に比べると本家桃屋のは少し味があっさりしています。 しかし家人曰く「嫌みやえぐ味がない」と。 うん、確かにあっさりはしているけど薄い訳じゃなく、旨みはしっかり作り込んであります。
 そしてトーノーは最低点。 まぁスタートダッシュが速かったので類似品市場ではそこそこ儲かったのではないでしょうか。

 さて、桃屋製品の快走を見て類似品を作ったS&Bの製品でさえ始めて見るのに数ヶ月かかっていたのに、ここにきて幻の本家も現れたと言うことは何を意味しているんでしょうか。
 単純にブームが下火になったとも見れますし、以前ここで頂いたコメントにあったような中国からのニンニク輸入不足が一段落して商品を安定した量作れるようになったのかも知れません。
 
 いや、でも寒い季節、辛み(カプサイシン)とアリシンは明らかにメリットがありますから、真っ赤ジャンと共にしばらくいろいろ楽しむつもりです。

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久々の四発全開

 久々の更新がMacネタかい、と自分でも残念ですが、それはともかく。
 バーの先代経営者の三年前の店内ライブ映像がハンディビデオカメラごとやってきたので、それを編集することに。
 
 最初、DVコンバーターを接続してiMovieで取り込もうと考え、カメラをいじっていたらUSB端子が装備されているのを発見。 付属していた説明書を見るとMacからでもマスストレージとして認識できるとあります。 おお、凄いぞ>日本ビクター
 
 そらそっちのほうが速いがな、と事務所にカメラを持参してG5Q(Quad)に接続>認識。
 取り込みはUSBだからか、カメラのHDDが遅いのか、5.5GB程の転送に20分以上かかりました。 が生取り込みでは恐らく二時間弱ほどかかるので、それでもずっと高速と言うことになります。
 
 ところが、これらのファイルが全てMOD、つまりMPEG2ファイルで、iMovieに持って行くには何らかの形でコンバートを行う必要があります。 ネットで探したらHandBrakeというフリーソフトがすぐに見つかりました。
 このソフトが優れているのは複数のファイル変換をキューとして指定しておけば、あとは勝手に順番に次々と処理してくれるところ。 なぜなら画像変換は非常に負荷が高く、ディスプレイの前で待っていられるものではないからです。
 
 さらにこいつがマルチコアCPUをフルに使いこなしていることに感動。 いや、これはもしかするとMacOS 10.5のおかげ?
 PowerPCからIntel CPUに移行したとき、しばらくは安定しないだろうと買った最後のPowerMac G5 Quad、実はアップル純正のiMovieやiDVDでさえ2CPU全開が実情で、3Dレンダリングをしない限りは実力を発揮することがありませんでした。
 しかしここに来てこのHandBrakeがアクティビティモニタのバーグラフを振り切らせてくれているのに感激。 結局一時間半ほどで必要なムービー3.6GBのMODファイルをmp4に変換終了。
 先日PowerMacを使っているという話で「遅くないですか?」と聞かれましたが、実際のところどうなんでしょうね? あ、そっか、仕事用のMacBook Proがあるから、あれで同じことすればいいのか。
Handbrake1 
 ところが。
 これでめでたくiMovieで編集できるのかというと、残念ながらそうではなく、読み込んだ途端にmp4から今度はmov(QuickTime)に再変換が始まります。 まぁ仕組み上仕方がないとはいえこれが大凡ながら120分かかるそうな。
 ということはファイル取り込み>mp4変換>iMovie変換で合計ざっと3時間半。 おいおい、これなら最初から映像をキャプチャーした方が半分ほどの時間で済むがな。 まぁそれだと画像はS2端子、でも今やっている作業も二度変換しますから圧縮ロスはそれなりに出ているわけで、なにをか言わんやでございまする。
 
 以上の作業は、カメラから動画を取り込んでそれをHandBrakeで変換開始した時点で事務所を後にし、あとは自宅からリモートで作業しております(でないとやってられん)。
 ただし、リモートはOSからするとマウスやキーボードが一切操作されませんから、設定によっては自動ログアウトしてしまうことがあります。
 これを防ぐには、簡単な(テキストエディター類)アプリに数文字入力し、保存せずに背後に置いておくとと、自動ログアウトが保存シークエンスに阻まれて中断されます。
Handbrake2
 
 以前、ヘビーなコンパイルをするとき、数十分に一度バイブ振動アラームをセットした携帯電話をマウスに縛り付け、振動でマウスを操作したとOSに誤診させるという裏技を雑誌で読んだことがありますが、皆さん修羅場くぐりでどんどん逞しくなられるようで...

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ビデオデッキの滅亡

 クリスマスを前に、以前いろんなものを捨てまくったときに掘り出したVHSビデオを数本だけDVD化する必要に迫られました。
 ところが久々に事務所の当時は結構高級だった三菱のデッキに火を入れたら、なんと壊れている... 仕方がないので自宅のデッキを使うことにしてDVコンバーターに接続しようとしたら、我が家のデッキにはS端子が装備されておりませんでした。
 
 最もDVD化したいのは'91のクリスマスシーズンに発売された山下達郎の音楽をバックにニューヨークのクリスマス風景を収めたビデオ。 そろそろDVD化再発売されているだろう、と検索してみたらどうやらそんな動きは全くなかったようで、このビデオしか存在しないことになります。
 画質は知れているので別にS端子でなくても、と思ったのですが、それはそれで凝り性としては看過したくないところ。 というか、数千円も出せばそこそこの新品デッキがあるだろうと思っていたのです。
Tatsuro4blog
 
 ところが新品のビデオデッキなんて既に日本のまともなマーケットからは姿を消していました。 その代わりに目についたのはビデオデッキ+DVDレコーダーのコンポタイプ。 なるほどこれならDVコンバーターを使わなくてもダイレクトにDVD化できますね。
 が、これが今ちょうどややこしいタイミングに引っかかっているというか、地デジチューナーとしての役割も負わされていて、HDD無しのタイプでも微妙に高価。
 んで、これから先も仕事や家庭で使えるならまだしも、数本残されたビデオをDVD化したらそれで終わりなわけでしょ? それに2万円強はさすがの私でも躊躇しました。
 
 ということで原点に返って、結局自宅デッキをRCAプラグ経由でDVコンバーターに接続。 まぁ、最初からそうしておけば良かったとはいえ、ちょっと悔しい。
 
 ということで現在事務所のPowerMac G5QのiDVDでエンコーディング中。
 
 次は'87に日テレ系で放映された「MERRY CHRISTMAS SHOW」というテープを救済しなければ...
 この中でアン・ルイス、小泉今日子、松任谷由実の三人が歌っている(島倉千代子のヒット曲である)「愛のさざ波」は今聴いても全然古くないアレンジで、極端に言えばこれだけをデジタル化できればあとはどうでも良いというほど気に入っています。

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なるほど、確かに忙しいと不健康になる

 恐らく今年最後の忙しさの山場が終わり、六日ぶりの休みが来ました。
 この間、水泳にも行けず、ここしばらく寝酒のつまみに振りかけていた「真っ赤ジャン」も辛み抜きに使うホワイトリカーを買いに行く時間が取れずに品切れ。
 というか、ホワイトリカー(果実酒用焼酎)って案外売ってないんですね〜。 最近はスーパーやコンビニでも酒を扱っていますが、梅酒の季節(初夏?)以外は置かないんだとか。
 
 二年前に水泳を始め、さらに一年前にタバコを止めてから血行が良くなって、ついに先の冬は学校通いに手袋を使用しませんでした。 にもかかわらず一昨日だったか、久しぶりに布団の中でつま先が冷たく感じました。
 う〜ん、血行が悪くなっているぞ。
 
 てなことで、昨日は一週間ぶりのプールに行って、夕食の湯豆腐にはニンニクラー油をかけ、そして次の真っ赤ジャンの作り込みに備えてホワイトリカーに赤唐辛子をつけ込みました。 お陰で今は手足ほかほか。
 
 この真っ赤ジャン、結構効いているようで、例えば学校の授業前は必ずと言って良いほど寝不足なので気合いが入りません。 ゆえに自動販売機の濃いカップコーヒーを煽るように飲んでいたのですが、ある日特にそういうことをしなくても意識がはっきりしているのに気がつきました。
 思い当たる変化と言えば真っ赤ジャンを摂取したことくらい。
 
 以前ここに書いた、ガッテンの指示通りではまだ辛みが残りすぎ、次回は24時間漬け置いてみることにしました。 さらに唐辛子もコスト的には不利ながら既に細かい輪切りにしてあるタイプを利用。
 すると唐辛子がヘロヘロになっていて、しまった漬けすぎたか、と思ったら、それでも完成してみたら口では辛くないものの、なんというか体に入ってからはまだしっかり辛み成分カプサイシンが残っていることに驚きます。
 
 あとはこれににんにくのアリシンが入ればさらに良いとは分かってはいながら、さすがにこちらは臭いの心配があるので分量が重要になってきます。 ということでスーパーで売られているサラダ用のフライドガーリックを砕いて混ぜてみることを計画中。 分量には気をつけながら。
 
 と書いている間に、片手間で久々の深夜の煮物、千切り大根が完成しました。
 休みっていいなぁ...(しみじみ)

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225系新快速にあっさり乗車

 先日大阪駅で偶然遭遇し、その後、朝の通勤時間帯に223系と併結で上り快速運用に就いているのを確認していた225系。
 一方で225系単独編成や新快速運用は見たことがなく、え、もしかして225系って快速用だったの?なんて思っていたら、昨日三ノ宮から帰りの新快速(15:37 長浜行き)にあっさり充当されていました。
225kin 
 併結無しの八両編成。
 正面以外223系と区別が付きにくい外見と対照的に室内は天井の液晶ディスプレイ、つり革握りやドア両サイドの黄配色など、明らかに223系と雰囲気が異なります。 特にドア部床下などにも塗られた黄色は特徴的で、ただしもっとも視界に多く入るつり革握り部分は明度・彩度を押さえてあるので、ぎりぎりいらつかない程度だとも言えます。
 液晶で表示される内容は321系と同じですが、三ノ宮出発時点で停車駅告知が山科まで表示されているのはさすが新快速。
 
 乗り心地はというと快速に乗っているかのよう、つまり223系新快速の全開運転より静かで振動も低減されていました。 他の例えで言うと、221系時代の(速度が遅かった頃の)新快速。 全M車化によるボディ強度最適化は功を奏しているようです。
 
 321系が投入された頃はブレーキが最悪で、突入時には立っている人全員がよろめくほどのプログラムで、さらに駅周辺の住民から苦情が出たほどのブレーキ鳴きなどろくなもんじゃありませんでしたが、225系は突入もスムーズ、鳴きも全くありません。 ほとんど常態化している尼崎駅進入時の回生外れは確認できませんでしたが、223系で顕著なパッド臭がどうなったかが気になるところです。
 
 新大阪駅で降り、気がついたのが制動解除時の音。
 パシュッという乾いた音で、個人的には223系のため息のような「ぷしゅ〜〜」というのが好きだっただけにちょっと残念です。 逆に発進加速は223系と変わらないインバーターサウンド。
 
 てなわけで、利用者としては騒音と振動の点で225系のメリットは十分出ていると言えます。
 しかし結果としてこれで白い車体が優雅な221系を東海道線で見る機会が減るかと思うと少し寂しい気持ちもします。

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ささやかな成果かと

 気がつけば一ヶ月以上続いている大学生の個人教育。
 以前に気がついた彼の脳内思考に対する仮説はどうやら間違いがないようで、さてこれを彼に告げるかどうかしばらく考えていました。
 
 単に彼の課題をクリアできれば良いだけならば要らないことは言わない方が良い。 お節介は禁物で、こちらが良かれと思った一言が相手の逆鱗に触れて大事に至ることもあります。 専門学校で、障害学生の両親の怒りを買い、最終的には収まったとは言え電話口で「訴えてやる」と言われたこともあるからです。
 問題発言かも知れませんが、私たちの子供の時代と比べ、今は障害のある子供の両親はむしろ居丈高な部分か垣間見えることがあるようで、妥協よりも主張という傾向を感じることがあります。
 
 しかし、今回のケース、彼の障害は応用が利かないというところにある以上、課題が終わってしまえば学習結果が残りません。 それではもったいない。
 ずっと授業を続けているうちに、彼の最初の行動はほとんどの場合正解で、にもかかわらずその後誤った方向に迷い始めるという傾向にも気がつきました。 恐らく最初に正しい思考が浮かび、まもなく余計な、その時必要ではない考えがぞろぞろを湧き上がり、挙げ句に最初に浮かんだ正しい思考が埋もれてしまうように見えます。
 
 で、意を決してその状態を数本のボールペンを使って彼に説明することにしました。
 最初の正しい思考を赤いボールペンで、後から湧いてくる不要な思考を三〜四本の黒いボールペンに例えて説明。
 最悪「バカにしないで下さい」「授業に不要なことは無駄です」というリアクションを恐れつつ彼の様子を見ていると、小さく拍手しながら意味ありげな表情をこちらに向けました。
 
 曰く「今まで、僕にこれだけ真正面に向かってくれた人は初めてです」とな。
 両親は?これまでの先生は?と訊いても、そんなことはなかったんだとか。
 ただ経済的には恵まれていたので何とかここまで来たのだとも。 なんや、その辺りは冷静に分析できてるやんか。
 
 う〜ん、まずは本人に正直向かい合ったのは正解だったようです。(まぁ、専門学校でいろんな学生がいたからねぇ...。 自慢にもならんが)
 しかして、相手の地雷がどこに埋まっているか分からないのは変わりませんから、慎重に事を進めなくてはなりません。 にもかかわらず「風呂入っているかぁ。せっかく芸大に行ってるんやから小綺麗にせなあかんで」と、私。
 いえ、別に良いんですけどね、周囲の人間に違和感を与えるような存在ではいけないと思うのですよ。 決してそれは個性ではないと。 ということで次回週末に彼が髪を洗ってくるかが一つの試金石となります。
 
 今週は専門学校の進級・卒業制作の中間発表も加わって、週四日登校。 どんだけ学校好きやねん...
 朝寝もできず、プールにも行けず、アイロンがけもできず、もう目をつぶってバンザイクリフ状態です。

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40年前に聴いたビートルズ

 続いても「謎の円盤UFO」ネタ。
 前回ペーストした番組タイトルバックの背景に写っているヘソ出し女性。 別にウケ狙いではなくてシチュエーションはフォスター大佐が任務終了後に立ち寄ったホームパーティ(第10話)。 
 そこでBGMとして流れていたのがビートルズのゲットバック。 もちろんカバーではなくオリジナル音源。 これは全く記憶が残っておりませんでした。
 
 考えてみると、この番組が日本で放映されたのが1970年10月、ゲットバックが収められたアルバム、レットイットビーがイギリスで発売されたのが1970年5月。 イギリスではその五ヶ月間に放映されたはずですが(アルバム発売前にアップルレコードが番組に売り込みに来ていたらさらに面白いけど)、ごく自然に「たまたまビートルズの新譜が出たからそこからダンサブルなのを選んだだけ」という感じで流れているのが、むしろ感動的です。
 
 というのはそろそろ公開になる村上春樹の「ノルウェイの森」の映画で「Norwegian Wood」の使用を英アップルが認めたのは異例のことで、それだけ映画の完成度が高い、というような広報アナウンスを聴いたことがあり、確かにビートルズが超偉大になってしまった今ではそうかもしれないけど、当時は大人気のロックバンドの一つに過ぎない扱いだったことが窺い知れます。

 さて、その時の私はこの曲をどう聴いていたか。 100%間違いなくビートルズだとは気付いていなかった、否知らなかったはずです。
 というのは、生まれて初めて私がビートルズというアーティストを意識したのは1970年、姉が高校で頒布購入した名曲集みたいなLPライブラリでのイエスタデイ。 これに感動して本物ビートルズのEP版を購入したのが明けた1971年2月(どうしてここまで明確に記憶しているかというのは結構痛い経緯があるので割愛)ですから、1970年秋の謎の円盤UFOでかかったゲットバックがビートルズだということに気付いているはずがありません。
 
 が、先のフォントの話と同じく、その後私はビートルズにハマり、いまでも何曲かは楽譜を見なくてもピアノで弾けるくらいですから、やはりこの番組には相当な影響を受けたといることに間違いはなさそうです。
 
 話は飛びますが、先日バーに来た友人の話では、このゲットバックでRodesソロを弾いた(レットイットビーではハモンド)ビリー・プレストンはビートルズのアルバムで唯一メンバー外のプレーヤーとしてクレジットされたのだとか。 そういえばホワイルマイギタージェントリーウィープスのエリッククラプトンでさえクレジットされなかったんでしたっけ。
 まぁ、ビリー・プレストンやジミー・スミスくらい弾けたらねぇ... 人生変わってたでしょうねぇ...
 
 バイオリンなんて習わずに、素直にピアノ習っとけば良かったぜ...

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40年前のデザインインパクト

 わざわざケーブルテレビのコース変更をしてまで録画し続けた「謎の円盤UFO」デジタルリマスター版の放送、無事終わりました。 ありがちな録画ミスもなく、なぜか本放送再放送を通して見る機会がなかった第22話「シャドーはこうして生まれた」も初めて見ることができます。

 そして、ふと気がついたというか思い出したのが、自分のデザインセンスの多くがこの番組から影響を受けていたということです。

 多数あるフォントの中で何がデザイン的に一番好きかと問われたら、私はユーロエクステンデッドを選びます。 このフォントについてはずいぶん前にここにつらつらと書き込んでいまので、ユーロというフォント名でピンと来ない方はこちらでご確認下さい。
 ただ、この文章中にもなぜこの文字が好きなのかは書いていません。 というか分かりませんでした。
 
 ところが謎の円盤UFOにふんだんにこのフォントが現れていたのです。
 エクステンデッドではないレギュラーやボールドなどバリエーションは様々ながら、おそらく私は小学校六年のときにこの番組を通じてユーロフォントファミリーを知り、それ以来ずっと意識の中に住み着いていたということがわかりました。
※Wikiでは番組使用フォントはMicrogrammaだとありますが、Euroも作者は同じAldo Novareseが1962年に発表したので微妙なところ。

 未来感や人間観など多くの影響を受けたことは先にも書いてある通りですが、まさかデザインセンスまで影響を受けていたとは、よほどこの番組に惚れ込んでいた証拠でしょう。Ufo1
Ufo2

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