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秋は感傷的になるのさ

 金曜日、夕方の仕事を終えて急ぎバーに自転車で駆けつけると、ハンドルにぶら下げていたワイヤーロックに刺しておいた鍵がありません。
 自転車の鍵だけならスペアが店にあるのでなんてことはないのですが、こいつには店の鍵もついていて、ちょっとまずい。 鍵自体には店を特定させるようなものは何も付いていないとはいえ、そのままでは気持ちが悪い。

 幸いまだ二人体制で店を開けているので、事情を告げて自宅まで自転車を押しながら来た道を戻り、また店まで取って返しても結局見つからない。 夜では限界があるので改めて開けた日中に再度捜索に出掛けてみました。
 今度は徒歩でてくてくと歩き、もうこの踏切を越えたら数分で店、というところまでずっと下を向いて歩いていたら警報音と共に遮断機が下りてきました。 これは良い機会だと踏切内を凝視し、やっぱり無いか、と諦めてふと横を見ると踏切の策の上にちょこんと落とした鍵束があるではありませんか。

 これってよく道ばたの塀の上に落とし物の手袋や帽子を置いてくれているあの感覚で、ありがたいやらなんとやら。
 が、手に取った鍵束をよく見ると異様な状態に気がつきました。

 鍵をまとめていたワイヤーは一カ所ほとんど切れそうな程にほつれ、そこに止められていたアルファロメオのキーホルダーがありません。 鍵がゆがんでいるのは車に踏まれたからか、と思いましたが、自転車の鍵には溝がありません。
 そうです。 踏切のレールの上に落ちて電車に轢かれたのです。 シャッターやドアの鍵の一部分が綺麗にぺったんこになっているのも合点がゆきます。

 この店も自転車も電車に飛び込んで自殺した友人のものでした。
 鍵束がワイヤーロックから抜け落ちたこと自体は踏切を渡るときの振動が原因としても、5〜6メートルはある踏切にたった数cmしかないレール幅×4本の上に落ちなくても良いだろう。
 しかもそれが誰かの手によって丁寧に拾い上げられて差し障りのないところに置かれていた。

 やれやれ... なんだかなぁ、と思いつつ、でもこれで落とした鍵が誰かに拾われて悪用される心配はなくなった、と再びとぼとぼと、しかし今度は視線を上げて歩き出したら今時珍しいアゲハチョウが目の前をかすめるように飛んでゆきました。
 エジプトだかどこかでは蝶は死者の魂だという言い伝えを思い出し、いささか感傷的にならざるを得ず...

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