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五障の罪

 結構前に買ったのに、思った程おもしろくなかった白州正子の「両性具有の美」という本をやっと読み終わりました。

 もとはと言えば、待ち合わせの時間つぶしに寄った紀伊国屋で、その頃NHKでやっていた白州二郎のドラマの影響をうけて夫妻関連の本棚で見つけた一冊でした。

 この本の帯の「男は男になるまでの間に、この世のものとも思われぬ玄妙幽遠な一時期がある」という抜粋がアンテナにひっかかったのです。
 その時すぐ私の頭に浮かんだのが、高校時代に読んだイラストレーター・大橋歩のエッセイの一言で「スリムジーンズを履く16歳の少年の腰回りのなんと美しいことか。これが15歳でも17歳でもだめなのだ」(意訳:原文ではありません)という下り。

 白州正子も能や様々な行動を通じて美を追い求めた人であり、どうしてそういう女性達は少年期の男性に美しさを見るのだろうか、という疑問を解き明かしてくれそうな気がしたのです。
 女子中高校生がコミック上の男性同性愛表現に「はしか」的に興味を持つのも同じかも知れません。

 残念ながら本の内容は途中から彼女のライフワークとも言える能の話に移ってしまい、さらに古文が苦手だった私は多数引用されているそれが意味不明で、非常に散漫なものに映りました。

 ただ、その中で非常に印象に残った言葉がタイトルの言葉で、「女人は生まれながらにして五障の罪を背負っている」というものでした。 五障とは、欺・怠・瞋・恨・怨で、馴染みの薄い真ん中の"瞋(しん)"は"怒り"を示します。

 これについて短絡的なコメントをつけるのは遠慮願いますが、白州正子自身もそれを懸念してか「女の私がそんなことをいうと叱られるかもしれないが、ほんとにそうなんだから仕方が無い。文句があるならいつでも受けて立ちましょう」と付け加えているのには思わず苦笑してしまいました。
 早くに死んだ私の父がよく「褒めればつけあがる、けなせば恨む、殺せば化けて出る」というようなことを呟いていたのが身にしみてわかる歳になった今、この言葉は男性が女性を考える時に非常にわかりやすい言葉でもあります。

 また女性も、同性の持つ五障の煩わしさに辟易し、しかし自分の胸や腰は明らかにごまかしようの無い女性であるジレンマも含めて、そんな時に見かける子供と大人の間にある「少年」のユニセックスな美しさに惹かれてしまうのかな、とかうすぼんやり考えてしまいました。

 なんにせよ、男と女はおもしろいです。 恐らく死ぬまで飽きないでしょう。

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