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弁護士の感覚

 弁護士でもある橋下大阪府知事が山口県での母子殺人事件に絡む発言で再び敗訴の上、上告をするというニュースが数日前に流れました。
 
 相手も上告していましたから彼の判断一つでどうなるというものではないものの、彼は一審の段階で基本的な反省の弁を述べているのですから、こうやってなんでもかんでも最高裁まで行ってしまうのか、と感じました。
 この下らない上告で少なくとも広島の裁判システムはまた一つ仕事が増えたわけで、本当に判断が急がれる、より重要な審判が遅れたわけです(まぁ、この重要・不要の判断も客観的には難しいですが)。
  
 もっとも、庶民の小さい裁判は家裁に呼び出されて調停が入り、そこから地裁に移ることはまずまれですから、言わば弁護士同士の意地の張り合い、別の見方をすると費用負担能力の余裕なのかな、とも僻んで見えてしまいます。
 
 三審制は憲法で認められた権利ですから、今回の件には何の違法性もありません。 が、それこそが専門家の専門家たる嫌らしさというか、庶民が権力者に対して抱きがちな「法にさえ触れなかったら何をしてもいいのか」という不快感を刺激します。
 
 テレビで被告の弁護士を罷免すればいいという呼びかけが、本人が大人げなかったと言っているわけで、ならば表現の自由がどうのとか詭弁めいたことを言わずに少なくとも橋下は上告をするべきではなかった、いや、府民としてして欲しくなかったです。
 
 この辺りが私が彼に対する頭でっかち、世間知らずの幼稚性を感じるところなんですよねぇ...
 例の全国の知事による支持政党案にしても、賛同したのは一人だけだった惨めさも、そういう人間の薄っぺらなところが影響していないとは言えないでしょう。
 
 もともと弁護士という仕事は一般人とは相容れない倫理観があり、弁護を引き受けた以上は何が何でもやり遂げねばならないという使命感、特に国選弁護人については非常に複雑な想いがあると、以前弁護士を父に持つ友人から聞いたことがあります。

 とはいえ、ことは自分のことであり、自らが弁護士であると同時に、900万人に迫る民のリーダーでもあることを考えると、今回の上告は残念な限りです。

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