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地方の衰退は140年前から始まっていた

 なんだかとっても唐突な題名と内容ですが...

 先日、静岡空港が予定より遅れて開港し、付随して最初から赤字運営決定という指摘も読みました。
 東京一極集中が進む中、静岡からでは飛行機を使うメリットは無く、そして東京以外への便の採算も取れるとも思えません。
 この問題はこれ以上深く語れるだけの知識がありませんのでさておき、東京以外の地域復興の取り組みを聞くたびに何とも言えない虚しさを感じています。

 アメリカ主導のグローバル化の弊害が最近良く語られていますが、日本最初のグローバル化は140年前の明治維新に始まったと私は捉えています。
 江戸時代の事実上の人とモノの移動制限が解かれ、まずは鉄道が日本中を網羅し、そして近年の道路と自動車に普及に至り、インターネットを含めた通信の拡充が決定的に地方の息の根を止めたわけです。

 今ではただの田舎の寂れた一都市であるにもかかわらず、祭を中心とした江戸時代以前の立派な文化財が残されているのに驚くことがあります。 私の家内の実家等もそうですし、観光資源化していないものを含めれば日本中の地方都市にあまた残っています。

 なんでこんな辺鄙な場所がそんなに栄えたの? と考えるに、流通が制限され、かつ未成熟だった時代には、逆に地域単位で小規模ながらも起承転結のある繁栄が約束されていたわけです。
 もちろん庶民に今のような自由は無かったものの、もとから身分制度で縛られていたせいで自由への望みも持つことが無く、定められた豪商や豪農の文化投資の恩恵を年に数回程度受けるだけで満足せざるを得なかった時代でもありました。

 ただ、その地方自体もさらに小さい単位のコミュニティを呑み込んで優劣を競い合っていたわけで、それが全国単位や国単位になっただけだと思うと、もはや東京以外の地域にはかつての繁栄が戻って来ることはあり得ないと思います。(テレビによって一度は消滅しかけた映画館が近年また復活したかのような印象を受けますが、総数で見ると激減であり、その程度の復興であれば都市にもあてはまる実例がないとは言えませんが)

 と書くと、えらく地方を馬鹿にしたように読めるかもしれませんが、一応日本第二の都市と呼ばれる大阪も例外ではありません。
 本社の東京移転は事実上の本社機能の移転も含めると大変な数に上りますし、製造業は世界スケールの変動に翻弄されています。 その世界との接点である関西空港も低迷する中「かつては日本の台所と呼ばれ...」なんてことにいつまでもとらわれている時代ではないと痛感しています。

 とはいえ、日本全国津々浦々人がいて、人がいる限り経済活動はあるわけですが、老齢化や少子化、生産拠点の海外移転等を考えると、現状維持が精一杯で復興等はまず不可能ではないかと静岡空港を飛び立つMD11の写真を見て考えた次第です。

 かつて「過労死に怯えながら正社員を続けるか、首切りに怯えながら非正規社員になるか」という言い回しがありましたが、「劣悪な住環境と通勤に耐えて首都圏に暮らすか、ミニマムな生活を覚悟してそれ以外の地域に住むか」という選択を迫られているのかもしれません。

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