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これが時代ってのかな

 金曜日、息子が大学の入学式に着るというスーツを洋服量販店に行って買ってきました。
 まぁ、その服自体は、あの値段で、かつプラス千円でシャツ、革靴、ネクタイなんてのが八点揃うってのですから、語る意味も無いのですが、それよりもなによりも驚いたのは本人の意識。

 そもそも、私なんかの思い出を紐解けば、大学の入学式なんかに行ったら悪質なクラブ勧誘にひっかかるし、第一何か意味あるの?ってぐらいの意識でした。
 まぁ、その日に履修先駆のオリエンテーションがあれば別ながら、それでも私ならその時間になってからそれだけに参加すると思います。

 てな話を入学式を楽しみにしている(これ自体も私にとっては理解できない)ような同居人に対してぶちまけていたわけです。
 で、結論として「本人が式に行くというならそれはそれで良いし、スーツを着るといるなら買うか」となりました。

 私としてはあの息子がまさか式に行くとは思ってなかったし、よしんばあったとしても、私服でええやん、と言うだろうと思ってたら...
 欲しい。
 とのこと。

 確かに今後冠婚葬祭があったときに着る制服はもう無いし、その本人の決定に対しては何も文句は言わず、せめて生地や色の選択ぐらいに口を挟んだ程度で済ませました。

 今まで、自分や自分が教えて来た学生に対しても、時間の隔たりがあるな、とは思っても、いわゆるもっと上の世代の人たちが良く使った「時代が違う」というのをこれほど感じたのは久々、あるいは初めてかも知れません。

 私にとっては大学ってのは良く言えば自由、悪く言うと自己責任の場所であって、入学式というのが小学校と同じ名前で存在していることも奇異なら、そこに社会の鎧でもあるスーツを着ていくってのは、青い言葉を使うなら、既に奴隷契約に同意しているかのような意識だったんですけどねぇ...

 で、本人は?と思って、帰りの車の中で少し話をしていたら、「入学式で着たら、その後は卒業式にしか着ないんじゃないか」と宣う。
 「就活の時に着るやろ」と言ったら、その頃にはアルゼンチンかスペインに行ってるとな。
 「そこで何すんねん」
 「まだ決めてない」

 さよか。
 そういういい加減な意識だけは、さすがの時代も変えようが無いようで...

 明けた土曜日にその息子がいないと思っていたら、高校にわざわざ行って卒業証明書を貰ってきました。
 私はそれを私大の入学手続きの小冊子からちぎった封筒に入れて投函するわけですが、この封筒に書かれている「卒業証明書在中」という部分を線で消して「入学辞退書在中」にするのを夢見ていたんですけどねぇ。 でもって、公立大の入学手続きをする、という。
 親の心子知らずってのも時代を超えて存在するようで。(人のことを言えた義理ではない)

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