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ねずみ講社会の終わり

 先日、車の中でNHK AMを聞いていたら「なぜ若者は会社を辞めるのか」という話を小さいコーナーでやっていました。
 「今の若者は辛抱ができないからです」みたいな話に終始するんだろうな、と適当に聞き流していたら、そのゲスト、

 「日本の会社組織はある意味ねずみ講みたいなもんだったんです」

 と言ったので目が点。

 曰く「働き蟻として会社に採用され、仕事はキツいし、理不尽なことも多数ある。 それでも数が多いので会社には貢献している。 しかし給料は安い」
 「しかしそうは言っても、年々新入社員が下に入ってきて、給料も少しづつは上がる。気がつけば部下もできた。 そうして我慢しているうちに、いつの間にか仕事は幾分楽になり、給料はちょっと胸を張れる程になれる。 さらに頑張れば部長や、確率で言えば社長にもなれる」
 今まで日本の成長を支えてきた会社組織というのは、そういう「講」に過ぎなかった、と。

 ところが前提だった経済成長は止まり、むしろ縮小。 そうなるとねずみ講は破綻します。
 入社してから5年、10年、20年の先輩を見てもそれほど待遇がいいとはいえないし、さらにその上には定年まで部下の稼ぎから高給を搾り続けようとする管理職があまた辞めずに残っている。 彼らにしてもキャリアを武器に他の会社に転職なんて夢が、いかにうつけたものかというのを知っているからです。

 それを見て「なんだ、いくら滅私奉公しても報われないんだ。 会社を辞めるのは不安だけど、同じ先が見えないのならもっと自由に好きなことやった方が得だ」と判断して2〜3年で会社を辞める決心をするんだそうです。

 先日もまた「名ばかり管理職」の判決があり、ソフトウエア会社で一ヶ月の残業時間が200時間を上回る、三日間会社で徹夜が続くなんて例が紹介されて、会社敗訴の判決が出ました。
 私が気になったのは原告達がこれまでのハンバーガーチェーン等の例と違って既に中年の域に入ろうかという人たちだったという部分です。
 こういう先輩を見ていると、そりゃ新入社員が会社に魅力を感じるわけがありません。

 もちろん経営側もただただ部下の生き血を吸うだけではありませんし、会社存続、雇用継続の努力もしているでしょう。 でもそれも少なくとも現状のような社会情勢ではなす術もない、でも子供達はまだ学校が続く、家のローンも残ってる、あああああ!お前ら、死ぬ直前まで頑張ってくれ!ってのが正直なところでしょう。

 退職金と豊かな老後だけを夢見てそれまでの半生を組織に捧げるなんてあほらし、と思って今まで生きてきた私ですが、そんな考えは今までは単なる横着者、社会非適合者としか見られませんでした。
 もちろん今、そういうのが客観的に肯定されてざま見ろ、と思う気にもなれません。 生まれ育った一戸建ちも失ったし、数年前には自殺も考える程の収入減にも見舞われていますから、その道も地獄だからです。

 てな話は中年同士の酒の席では肴にできても、これから社会に出る人間にとっては地獄の予言にしか聞こえないでしょうね。
 まぁ、それはそれなりに人間の本能は逞しくその時代を生き抜くようにはできてるんでしょうが... と期待の言葉を最後に付け加えておきます。 教えている学生達や息子、娘のためにも。

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