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いざ介錯!

 日曜日、嫁が日帰りの旅行から帰って来ました。
 手にはカニとエビの入った発泡スチロール。
 
 おお、これはこれは、と取り敢えずエビはタッパーに入れてチルド室に。
 カニは、と箱を開けていると脚がむわ〜っと動いて出て来ました。
 
 「生きとるっ!」
 
 反射的に脚を蓋で詰め込んで固く閉めました。
 
 取り敢えずその日は家内が海産物の食い過ぎで気分が悪い(どんだけ食うねん)というので今日に持ち越されたわけですが、まずは野菜を買って来てカニすきの用意。 カニだけではダシがでにくかろう、と冷凍のホタテも買う。
 恐る恐るカニ箱を開けてみたら、おっと、まだ生きている。 さすがに脚を動かす体力は無くなったみたいだけど。
 
 学校で同僚教師に相談したら「魚は痛点(痛みを感じる神経)がないですけど、カニはどうですかねぇ」ということで、「取り敢えず今更どうしようもないわけですから、あっさり裁いて感謝して頂けば良いんじゃないですか」と。
 
 ふと殺すに殺せなくなって水槽の中に入れて名前まで付けてカニを飼ってしまったいしいひさいちの漫画を思い出してしまいました。
 
 脚からバキバキと出刃包丁でさばくとして大腿骨の付け根あたりをやるわけかぁ、と思いつつ、いつまでもうじうじしても仕方ないので、「申し訳ない、おいしく頂きますっ!」とひと声かけて「成仏しろよ」「惨いけど食物連鎖の頂点が取り敢えず今は人間なんでな」とかぶつぶつ言いながら全ての脚を解体。
 なんだ、カニは節足だから大腿骨なんてないじゃん。
 
 ちょっと気持ちが落ち着いた頃、嫁が「胴体は腹のあたりを一筋切り込んでおけばあとで食べるのが楽やそううやで」と一言。
 実はこの時点でもまだ目や顎は動いていて、まさしくトドメの介錯。(いや、切腹か)
 二回程切り込んだらもう動かなくなりました。
 
 春雨を入れすぎてだしが少なくなったのは失敗でしたが、味は別に食した甘えびと共にそれはおいしゅうございました。 スーパーで並んでるのとは、いやさパック寿司なんかのそれとは全く別物です。
 
 んで、このカニ、一匹で8,500円なんだとかぁ?
 そら美味しなかったら暴動。
 ちなみにうちのインコのチュン二郎の10倍の価格でございます。

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スタジオイン!

 今日は珍しく学校の仕事が早めに終わったので、こういうときはだらだらせずにさっさと帰ることに。
 んで、二週間程前に会員になった練習スタジオのサイトを見て空きがあったので初予約。
 
 夕食の用意だけしてスタジオに向かいました。
 ピアノの練習だけだと自宅でヘッドホンつけれはいつでも可能ですが、歌も、となるとこれがなかなかむずかしい。
 
 それで飯食って行ける程ならともかく、ただの自己満足レベルじゃ家族がいる時に真剣には歌いたくないし、何より安普請マンションなので実は結構上や下の家に聞こえてるんじゃないかと思うと小心者の私はついつい小声になってしまうのです。
 
 ならば、と自宅の近所にずっと以前からコツコツと頑張っている貸し練習スタジオを利用してみることにしました。
 1981年に創業したらしいのでもう30年近くやってるんですねぇ。 決して便利な場所にあるわけじゃないのに、いつのまにか裏の敷地へも建物を拡げてました。
 
 殆どがバント練習用の大部屋の中、一部屋だけピアノ練習室があって、ま、そこなら大声で歌っても大丈夫ってわけです。
 
 ピアノはそれまでのヤマハからNYスタンウェイに変えたというので期待していましたが、残念ながらあんまり音は良くありません。 何と言うか音が躾けられていないと言うか、良く鳴るんだけど抑制の無い音です。
 調律もギリギリセーフというところ。 タッチは軽くて楽でしたが...
 ヘボなくせに一度だけ同じスタンウェイのフルコンサートを弾いた事があって、その遥かなる昔の記憶を辿ってももっと冷静な音で、キーも弾力があったように思います。
 
 なんて生意気なことが言える程の腕では決してございません。
 やっぱり座りながら歌うってのは相変わらず難しいですね。 マイクもモニタースピーカーも無いのでどれくらい歌えているかも今ひとつ分かりません。
 ただ、実際に歌えるキーなのかどうかはちゃんとチェックできたので、それなりに収穫もあります。
 何よりグランドピアノを思い切り自由に弾くのはホント、久しぶりですしねぇ。
 
 こういうのは重ねてると声が出るようになってくるもんでしょうかね?
 だったらもっと頻繁に通わなくちゃいかんけど。

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はっきり言って人種差別でしょ

 在沖縄米軍がやってくれています。
 未成年者強姦、飲酒運転、不法侵入。
 
 結局これが他国の防衛網を頼む国の宿命か、という気もしていたのですが、今朝の毎日新聞の囲みコラムを見てびっくり。
 在欧州の米軍はそんな低次元の事件を起こしていないのだとか。
 
 かなり以前の話とは言え、確かフィリピンの米軍基地周辺でも様々な問題、特に性的な事件が多くあるという記事を記憶している身としては非常に驚きました。
 
 ここから推測できることはただ一つ。
 『アジア人は低く見られている』
 
 まぁ、我々日本人だって同じ黄色の他国民に対してそういう感情がないわけではなく、別にアメリカ人がアジア人を低く見ていることのみを声高に非難するつもりはありません。

 ただし、公的にそれを認めるわけにも行かないので、アメリカと日本は重要なパートナーとお互い公言してはばからないのですが、こういう事件がいつまで経っても根絶されないのを見ても絶対にそんな関係は成り立っていないことを認識しておかなければならないというのは重要だと思います。
 
 あれも道路特別財源と同じでしょうね。 沖縄から基地をなくすとそれでなくても経済的に苦しい地域経済が完全に破壊される、というのが与党の言い分ですが、あの広大な占領地を全て自然溢れるリゾートにしてディズニー等を誘致してさらに観光に注力したらさてどうなるか、というようなアイデアは国レベルでまともに論議された覚えはありません。

 戦後60年も占領されていて「彼らがいなくなったらどうなる」なんて話は誰も分からないわけで、乱暴な言い方をすれば「じゃ、一度追い出してみる?」という極端な実験があっても誰も責められない筈。
 以前にも書いたようにアメリカが天然の空母として沖縄を捉えている以上、自分から出て行くとは言うわけがありません。 つまり我々日本人は空母に巣食うゴキブリ程度にしか思われていないのだと言うことになります。
 多分誇りだけは高いアメリカ人はゴキブリをパートナーとは呼ばないでしょう。
 
 まぁ、それをお金と引き換えにさらに呼び込む選択をした岩国の方々には御愁傷様としか言い様がありません。 いや、それを事実上強要した与党が最も責められるべきで、「たるんでいるとしか言い様がない」なんて官房長官が言ってる場合じゃないと思いますけどねぇ。
 
 たるんでるのはあんたらでしょう。

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春も近いかのたりかな

 今日は午後から学生を連れて隣の駅にある美術館で他大学の卒業制作展見学に。
 残念ながら教える側として目を見開くようなインパクトのある作品には出会えず、逆に言うと二年制ながら我々もそう悪い方向で指導しているわけではないと確認できたのかも知れません。
 来週は言わばライバルとも言える専門学校の卒制展示に行きますので、むしろこちらの方が勝負の緊張が走ります。
 
 その隣の駅は各停しか止まらず、一旦三ノ宮に戻るのも何なのでそのまま各停に乗り、芦屋で新快速に乗り換えることもせず、家のある駅まで50分程乗って帰りました。
 ラッシュ前の各停はガラガラで、ちょうど良い具合に西日が射して大阪駅に着くまでずっとうとうと。
 隣に人が座っていないのを確かめたうえで、とはいえ結構体が斜めになるほど熟睡していました。
 いや、前日、本来は休みの木曜日なのに大阪市内(契約成立!)と神戸市郊外(集金失敗!)で仕事があったもんで久々に寝不足だったのです。
 
 夕方になってまた冷え込んで来たとは言うものの、あの西日の車内は冬もさすがに峠を越えたなぁ、と思わせるに十分でした。
 
 で、話変わりますが、最近ローマ字頭文字熟語が流行っていますね。
 その皮切りだったのはKY、空気読めない、でしたが、これって二通りあるんじゃないかと駅に向かう道すがら教師と話していました。
 単にミスと言うか経験不足からのKYは「おまえ、空気読めよ」と注意することで「あ、ごめん」と改善される余地があるし、注意のしがいもあります。
 困るのは「空気が読めていないことが理解できないタイプ」そもそも「空気をどうやって読むんですか?」とまるで宇宙人ジョーンズのようなタイプです。
 こういうタイプは「は...」と気がつかれて、以後誰も注意もしないから益々酷くなると言うか、結果的にどんどんコミュニケーションが取れなくなってしまうのではないかと危惧します。
 
 昔親から、「注意されなくなったら終り」とよく言われましたが、諦められたらやっぱり怖いですねぇ... 敢えて注意したらそれが大変な問題にまで発展して、というものまた怖く、ずるくお茶を濁してしまうこともあります。
 
 な〜んとなく楽しようとしてるなぁ、と反省しつつ、しかし立派にうたた寝していた私です。

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犬と親しくなる方法

 昨日だったか、洞爺湖サミットの間に手薄になる地域パトロールを補う為に警察が地域の愛犬家にお願いしてパトロールを補助してもらう、というニュースをやっていました。
 マスコミもあざというというか、いかにも庶民が嫌いそうなセレブ風の奥様にインタビューしてたこともあって、最初は「あほかいな」と思っていたら、社交辞令が入りつつも警察は結構本気で期待しているようでした。
 
 印象的だったのは、人間は恐怖を感じた時に独特の臭いを発生させると言うこと。
 もちろん人間は感知できませんが、そこは嗅覚の敏感な犬、ちゃんと嗅ぎ分けるのだとか。
 
 そこでふと思ったのは、よく「犬は犬好きの人を見分けることができる」という通説です。
 これは正確には「犬は犬嫌いの人を見抜くことができる」ということではないでしょうか。
 たまに犬と目が合うと、一瞬の間があります。 そこで犬は「この人間が自分にとってフレンドリーかどうか」を確かめているのかも知れません。
 特に逃げたり、上記の体臭がしなければ、「こいつは犬嫌いじゃない」ということは判断できることになります。
 自分が嫌いになったら相手も自分を嫌いになる、というのは人間の世界だけじゃ無さそうです。
 (でも自分が好きになっても相手が自分を好きになってくれるとは限らないのが辛いところ)
 (ということは「めぞん一刻」の三鷹に群がる犬達ってのはありえないんですね〜)
 
 別の話で、以前ムツゴロー氏だったかが、「犬を安心させる為には手の甲の臭いを嗅がせること」と言ってたことがあり、これは手の甲の臭いが犬の記憶のパターンに効率的に合致するそうで、「え?こいつ誰?知ってる人間?」という犬の調査行動に有効だそうです。
 犬にとっても人への恐怖というのがあり、「知ってるか知らないかわからない」という状態が最も警戒心が高くなるそうで、仮に知らないパターンの臭いであっても、「あ、初対面の人間だ」とさえ分かればどっちともつかずの状態よりは安定するんだそうです。
 
 そう言えば以前、近所の神社の祭で娘の友達親子が連れた犬と出会いました。
 母親同士の井戸端会議に興味がない私はその犬に手の甲の臭いを嗅がせてからパタパタと頭を撫でてたら、「あ、吠えへん」と娘の友達が驚いてたこともあります。 なんでもその犬はすごく人見知りをするんだとか。
 
 まぁ、犬を実際に飼っている人にとってはもっと深い話があるんでしょうが、犬猫好きな割に一度も飼ったことがない私にとってはそんな逸話も結構嬉しいもんです。
 河原の土手で犬と並んで夕日を眺めるという風景に非常に憧れがあったりして。

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瞬間湯沸かし橋下府知事の懸念

 私は大阪府民でありながら今回の知事選のことについては一言も触れずじまいでした。
 横山ノックの例を出すまでもなく、大阪府民はテレビに出ている人物に弱く、もしかすると間寛平でも当選するんじゃないかという程です。 この辺は実に情けない。(まぁ、青島幸男や石原慎太郎を選んだところもあるけど)
 結果を見るといろいろな不利説が出たにもかかわらずダブルスコアの圧倒的な結果が出ました。
 
 大阪の新聞ではほぼ毎日彼のことが報道されており、それはマスコミに任すとしても、私が嫌な予感を抱くのが彼の人間としての未熟さです。
 先日NHKの番組収録でアナウンサーに腹を立て、以後NHKの番組には出ないと公言したことについては、もしNHK側が報道されるような横柄な態度を取ったとしたらNHKの存在を頼りにする私としてはショックだし、意識改革を急いで欲しいとは思います。
 
 しかし、それに対する橋下知事の対応は既に多数のネット社会で指摘されているように「大人げない」としか言い様がありません。
 言い換えると「偉そう」なんですね。 これは大阪ではネガティブな形容詞で、「一体何様やと思てんねん」ということです。
 
 政治家なんて批判されることが仕事の一部であり、今回のケースでもそれでも多数の府民に自分を理解してもらう非常に効率的な機会であるのに、です。
 よく対比される東国原宮崎県知事が常に低姿勢であるのと比べていかにも人としての浅さを感じてしまいます。
 
 恐らく橋下知事は今までの人生で他人に踏まれるということが少なかったんだと想像します。 もしあるというのであればそれはそれでそこから何も学ばなかったと言われるでしょう。
 東国原知事は芸能界でも地位の低いお笑いの世界で踏まれ、自業自得とは言え身から出た錆で踏まれて来たのも今の両者の姿勢の差に繋がっている筈です。
 
 頭の良さは自他とも認めるところながら、出馬意思を簡単に翻したり、府債ゼロ公約の顛末にしても、切り刻まれた場面ごとの判断は切れるものの、全体を俯瞰して判断する力はさてどうでしょうか。
 一見、東国原知事はお笑い出身でアホそうに見えますが、どっこい事件を起こして暇だった頃に(かな?)大学に入って地方自治について学んでいます。 一方の橋下知事は政治の専門教育は受けていません。
 
 恐らく橋下知事はこれまでがそうであったように自分の頭の切れをフル稼働させて政治も乗り切ろうとしていると思います。 しかし、今回のような「瞬間湯沸かし器」的感情の爆発を繰り返している限りはそういう切れだけで政所は治められないと私は思います。
 
 ああいうヒステリックな行動は大人が最も嫌う反応であり、議会に早々に見切られる可能性があります。 地方自治の最大の課題は議会の懐柔であり、朝令暮改、人間的な魅力の欠落は最も慎むべき最大課題ではないかと思います。
 
 瞬間的にぶち切れて次の日には調子のいいコメントで笑ってごまかそう、ってのはどうでしょうかね?
 この辺りも他人の足を踏んだ方は忘れるけど、踏まれた方は忘れないと言う原則を思い出してしまいます。

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国土交通大臣の嘘

 テレビのニュースで国会答弁のダイジェストをやっていました。
 質問するのは谷垣。 つまり与党お手盛り質疑。
 元気良く答えるのは冬柴国交大臣。
 
 「今、地方は大変です。道路を造れば『かなっらず』工場が来ます。」
 
 この人、正気でしょうか。
 
 山を切り開いて、あるいは海を埋め立てて、借り手がないまま草っ原になっている「工業団地」がどれくらいあるのか、国土大臣として知らないわけが無いでしょう。 
 谷垣も「よくいうよ、このおっさん」と思いつつ突っ込むわけもありません。
 
 農薬や段ボールが入っていようが鉛が塗られていようが、中国へ製造が移って行くのはもう誰にも止められません。
 仮に中国がコスト高になれば、世界はさらに製造コストの低い国を探すだけで、これから日本にできる大型工場はシャープやパナソニックの最新鋭液晶工場であったり、特殊な事情を持つ製品のみでしょう。
 
 要するにもう地方にいくら工業団地を作っても、優遇処置を盛り込んでもその敷地が埋まることは余程諸条件に恵まれない限りあり得ません。 当然雇用も生まれません。
 
 そんな中で未だに道路を造れば地方が活性化すると真顔で力説する国土交通大臣を見てると、あぁ、この人たちは絶対に変われないんだ、本音は言えないんだ、哀れみを禁じ得ません。
 今日の地方の没落は道路が整備されて通勤や買い物に簡単に他地域に移動できるようになったことも一因であることも知らないわけじゃないでしょう。
 こういう答弁や特定財源でマッサージ椅子を買っている姿を見ると、暫定税率が仮に無くなっても案外何も不便はないんじゃないかとすら思えて来ます。
 
 一方で福田首相、民主岡田の「20年前に計画された道路が、人口も社会も変わった今でも必要なのか」という質問に「確かにそうだが、だからと言って全ての道路が不要なわけではない」と答えてました。
 でもその横顔は「んなことたぁ、言われなくても分かってますよ。分かってますけどね、でもね」と語っているようにも見えました。

 何度も書いているように民主党が政権を取ったところで大して日本が変わるわけではないと思っています。
 だけど、一度は現与党から権利を奪い、60年の間にこびりついた垢や苔をふるい落とす値打ちはあるかと思います。
 そうすれば、政治はもちろん、官僚も同時にこびりついたしがらみから解放されて新たな力が出てくるのではないでしょうか。 そして数年後(十数年後?)、民主党じゃやっぱりだめだ、というのならまた自民党に戻せば良いでしょう。
 要するに定期的にクリーニングをしなくちゃいけない、というのは何にでも言えることです。
 

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突然開いた引き出し

 21:00のニュースを見ていたら珍しい名字のアナウンサーが出て来ました。
 と、いうかNHKは珍しい名字じゃないと入社試験に受からないんじゃないかと思う程なんだけど、今日はそれはさておき...
 
 その名字が幼稚園からたまに遊んでて、小二くらいのときに突然転校してしまった女の子を思い出させました。 いや、こういう時って一瞬で驚く程たくさんのことが思い出せるものです。 私の脳の中の引き出し、凄い!!!!
 
 さらに今この数行を書いていて「そもそもあの子となんで親しくなったんだろう...」と考えてたら、それも思い出せまして、要するに習い事が一緒だったんですね。はい。
 
 今考えてもそこそこ遠い(車でも10分はかかる?)ところに住んでいたわりには小学校が同じで、多分学区の一番端だったんでしょう。
 なのに数回そこまでてくてくてくてく歩いて遊びに行った、というか最初はその習い事の帰りが遅くなって送って行けと習い事の先生に言われたのが最初の行脚だったような気がします。
 送って行くったって小学一年生や二年生のガキですから何のご利益も無いと思うのですが、その時はそんなもんかと思っててくてくてくてく二人で歩いて帰ったのが最初のきっかけだったような。
 遅くなったと言っても、二人の長い影が前に伸びていたから単なる夕方程度だった筈です。
 
 女系家族+家の近所に同年代の男がいなかったせいもあって、小さい時から女好きというのではなく、女の子と喋る方が気楽だった私として、別にその女の子が好きとかではなく、でも何回かてくてくてくてく歩いて行ったことを考えると、さて?
 目の細いDNAに溢れた家族に住んでいると目の大きい女の子には条件反射的に好意を持ってしまってたような気もしますが、はて?
 
 ところがまるで漫画の様にある日突然その子が引っ越すことが決まり、それっきりとなってしまいました。
 別に涙の別れがあるわけでもなく、「絶対手紙頂戴な」と約束もせず、あと数日で引っ越しと言う日にその子の家(某会社の社員寮だった)の敷地内のブランコに乗って、そのうちどんどんどんどん日が暮れてブランコが日陰になってしまいました。
 
 さすがにそこで何を話したかなんて忘れてしまいました。
 ただ、特に非常に悲しかったとかそういうのは無くて、これまた漫画の様にまたいつかどこかで会えるもんだ、と理由も無く考えていたのは覚えています。
 
 でもその根拠の無い予感は完全に外れ、それっきり風の便りすら聞きません。
 当然生きてりゃ私と同じ歳ですからそこそこなわけで、一瞬冒頭のアナウンサーがその子の娘?とも思ったけど、普通、姓は変わるわけでまずそれはないでしょう。
 
 年寄りが数十年前のことを克明に覚えていて驚くことがありますが、恐らく歳をとるとそういう数十年間開けたことの無い、存在すら忘れてしまった記憶の引き出しがバサーっと開くことがあるのかも知れません。
 それも非常に奇麗に整理された引き出しが。
 
 人間って面白い。

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温牡蠣アレルギー

 ですねん、私。
 
 牡蠣(カキ)食べるとお腹の調子が悪くなる、と他人に言うと「生ガキ、怖いですよね」と言われることが多いのですが、私は熱を通した牡蠣がだめなんです。
 だから腐ってるとか寄生中とかじゃなく単なるアレルギーです。
 
 決して嫌いじゃないんですよね、カキフライ、牡蠣鍋...
 でも決まってお腹が「どよ〜ん」となります。
 
 この「どよ〜ん」が何とも言えない不快感で、何と言うか非常に不幸な気分になります。
 子供の頃からずっとという訳ではなく、多分30歳位になってからで、最初訳が分からず「なんか変なもの食ったかなぁ? でも腐りかけた牛乳飲んでも大丈夫だし... それとも何だか大変な病気か?」と結構悩みました。
 
 腐りかけた牛乳はともかく、熱した牡蠣以外で食えないものはないんで(いわゆるゲテモノ除く)、ある意味残念と言えば残念。
 
 さらに不思議なのは嫁の頭の中。
 温牡蠣アレルギーだ、と言ってるのに平気で夕食に使います。
 ずっと以前に苦情を言ったら「食べへんかったらええやんか」。
 
 いや、カキフライの日に牡蠣食わなかったらタルタルソースがけのキャベツの千切りしか無いがな。(ま、それはそれで美味しいけど)
 
 という調子で、今夜も中華風牛肉丼に牡蠣がいくつか。
 まぁ、栄養あるから食いますけどぉ。(下痢しても栄養は摂取されるんでしょうかね?)
 
 やっぱり腹の底から不幸な気分がしています。 今。

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MR504DVのファームウエアアップデート

 最近事務所のルーターであるオムロンのMR504DVの調子が今ひとつです。
 勝手にPPPoEの接続が切れてしまい、キープアライブをONにしているにもかかわらず、一旦切れると再起動しないとWANはもちろんLANも繋がりません。
 
 このエラーが出る前に設定は変えておらず、頻繁に同一症状に陥るのでオムロンのサポートにメールで相談しました。
 
 前回は電話ながら的確な対応で、今回も翌日にはちゃんとレスポンスがあり、偶然2/1にもMR504DVのファームウエアアップデートがアップロードされ、取り敢えずそれを試して様子を見てくれ、とのこと。
 
 最近当blogへの検索ワードを見ていると"MR504DV","不調","切れる"というのが目立ちますので、もしかすると私だけの現象では無いのかも知れませんね。
 アップデーターの書類を見ると東西フレッツ網の云々に対処、などどあり、私の環境もNTT西日本のフレッツADSLですから、もしかすると今回のアップデートで救われるかもしれない、と期待はしております。
 
 事務所のルーターは最近はどちらかというと外から中に入る方が多い為、落ちてしまうと仕事になりません。
 わざわざ事務所に行って再起動だけをするというのは虚しい...

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ええかげんにせぇよ、田舎自民党議員

 私の亡父は国鉄職員でした。 ちなみに祖父も。
 父は労働争議が最も酷かった時に中間管理職として過労死しましたが、それがなければ私も迷わず今のJRに入っていたと思います。
 
 そんな視点から最近、地方選出の自民党議員から「JRから金を出させて計画・整備新幹線の早期建設を」という声が堂々と上がっているのは本当に腹が立ちます。
 
 かつて国鉄は日本の優良企業でした。 助役や区長、駅長というのは地元の名士であり、社会的な信用も非常に高かったのです。 それがいつのまにか赤字垂れ流しのだらしない企業に成り果て、労働争議に名を借りた思想闘争に明け暮れた挙げ句、分社民営化されました。
 
 その原因はモーターリーゼーションの変化と言う社会的要素はあるものの、それは企業として対応可能であった問題であり、解決できなかった最も大きな原因は政治でした。
 今日の暫定税率にも見える「高速道路を地元に」という甘い汁を振りまくのと同じく、かつては「おらが町にも鉄道を」という自民党議員が多数おり、「悲願の鉄道建設」を公約に当選した議員がその政治力を駆使して当時公営体だった国鉄を食い物にした結果が、開通時点から赤字だったローカル線建設だったわけです。
 
 北陸新幹線、東北新幹線、北海道新幹線、九州新幹線とその延伸。
 その発端は全てその地方選出の自民党議員です。
 具体例として本来はミニ規格で計画された北陸新幹線が石川県を地元とする森元首相の力でフル規格にいつのまにか変更されたのが良い例。
 
 確かに東海道新幹線は大黒字です。 しかしそれに直結する山陽新幹線となると黒字ではあるものの乗客数は明らかに減り、その後完成した新幹線はさらに下り坂のグラフを描いています。
 当然その先にどんどん伸ばしたところで飛行機運賃が値下がりした今、採算が取れるかどうか、つまり赤字新幹線が生まれる可能性が大きいのです。
 
 戦後開通した旧国鉄のローカル線は陳情や計画が昭和初期以前や明治・大正であったものも少なくありません。 つまり完成したのは数十年経った後。 確かに「悲願」というのにふさわしいものです。
 が、その間にマイカーが普及し、飛行機が身近になっています。
 要するに世襲が続く田舎自民党議員の世代を超えた公約を息子や孫が血眼になった結果で、開通式にはジジイばかりが並び、式が終わったらそのまま家族の運転するマイカーで家に帰ると言う滑稽な図式が目に浮かびます。
 いしいひさいちがかつて数時間に一本しか来ない列車を待つ老人の会話を描いていて、やっと来た列車は在来線ではなく二両連結の新幹線だった、というオチを思い出させます。
 
 昔の自民党議員はまだ羞恥心があったようで、「決して利益誘導と言う狭い了見ではない」「鉄道を必要としている人々は多数いる」「国家百年の計である」なんてごまかしていたのが、先日の「JRに金出させて早期着工を」という声の後には「ばらまき政治と呼ばれても良い」と平気で言い切るバカ議員がいたとうから世も末です。
 誰の金やと思てんねん。 JRは民営企業やど。 ならば「リニア新幹線はトヨタに金を出させろ」と公の場で言うてみぃ。
 
 政治屋というのは世相を読むのが非常に得意な生物です。
 恐らく自民党議員はもう数年で彼らの戦後60年に及ぶ支配が終わろうとしているのを肌で感じているのかも知れません。 ならば沈む最後までその汁を吸い尽くして、その実績をもって民主党かどこかわかりませんが、次の政治権力にありつこうとしているのでしょう。
 
 とは言っても民主党も所詮は烏合の衆ですから衆参両院を支配したとしたら同じ事するんでしょうね。
 所詮は利権誘導しか脳が無い一家の世襲稼業の成れの果てが政治屋なのかも知れません。
 
 爺さんも親父もこれでは浮かばれません。

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