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思考停止するなよ

 山梨大学で学生を「ちゃん」づけで呼んだ教授を処分したという記事が目を惹きました。
 
 一見正しいような話だけど、この山梨大学の職員は思考能力を持っているのか、古い表現ながら一応最高学府でありながらそれはないだろう、と呆れてしまいます。
 
 記事によるとこの大学ではセクハラはもちろん、パワハラ、そして今回の処分の理由となったアカハラ(アカデミックハラスメント)なる新たな解釈を用いて処分をしているようですが、リングにかけろじゃあるまいし、なんでもハラスメント付ければ良いってなもんじゃないでしょう。
 
 今はハラスメントだ、と訴えた側の方に分があります。
 誤解を恐れずに言うと「この人痴漢です」と言ったもん勝ちと同じ。 痴漢と誤解されたことが基で今でも電車に乗る時はどんな状態であっても両手でつり革を持ち続ける人を私は知っています。
 
 詳細な事情は明かされていませんし、明かされるわけも無いでしょうからあくまで想像ですが、「ちゃん」付けで呼ばれて不快に感じた生徒と、「ちゃん」を不快に思わせているとは気がつかずに使っていた教授のそれぞれの感性というものをちゃんとぶつけて摺り合わせたのでしょうか。
 「ちゃん」をつけただけで生徒に訴えられるような教授を採用したのは大学当局そのものでしょう。 その責任は?
 
 あるいは世のハラスメント弾劾の幾つかがそうであるように、その事例のみならず、例えば対象者が「だらしない」「自分勝手」「体臭が臭い」「ださい」「きもちわるい」というような総合的な不快感からたまたまスピンアウトしただけかも知れません。
 それはクリーンな入れ物に詰め直しただけのいじめ。
 だとしたらたまたま突出したハラスメントだけを取り上げても根本的にな解決にはならず、とどのつまり「あなたが嫌い」 vs 「なぜ嫌われているか分からない」という不毛な構図は何も変わりはしません。
 
 もちろんそれを解決するには大変な時間と苦労が必要だし、場合によってはより深い人権問題へと発展する可能性もあります。 ハラスメントとその認定判断というのはそれほど大変なものです。
 
 この山梨大学のキャンパスハラスメント防止委員会にどういう人物がいらっしゃるのか知る由もありませんが、それだけの手間ひまかけたとは思えません。
 ハラスメント被害の全てを否定するつもりはさらさらないものの、判断する側の人も世間の手触りの良い評判のみを意識するのではなくちゃんと思考して欲しいものです。
 
 このような安易な処分は各種ハラスメントに気を遣うあまり神経症や出社・登校拒否になる社会人や教職人を増やすかも知れません。
 「ハラスメント提起に怯えるハラスメント」ハラハラが社会に定義されるのも時間の問題でしょう。

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