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東京雑記(3) 百学連環

 たまには真面目な話しを。
 
 先日の東京研修の折に水道橋にあるトッパン印刷の博物館に生徒を連れて行きました。
 予め予約を入れ、学生達に活字印刷の体験をさせたりと非常に有意義だったのはもちろん、私が「ほ〜」と思わず感心したのは通常展示に加えて12/9までやっている百学連環という特別展示。
 
 簡単に言うと百科事典と博物図譜の展示な訳ですが、展示場入り口近くにあった説明で「百学連環」というのは明治初期に日本で初めての百科事典を出版した西周(にし あまね)と言う人が"encyclopedia"という言葉を日本語に訳した言葉だったことを初めて知りました。
 そもそも私はずっと以前から百科事典のことをなぜエンサイクロペディアと呼ぶのか不思議に思っていました。
 
 さらにその説明文を読むと、エンサイクロペディアというのはギリシャ語で、大量情報伝達手段が無かった頃、知識を持った人と、まだ若い無学な人が一緒になって円になって座り、そこで知識の伝達と説明が行われた、つまり"en"という接頭語と"cycle"という名詞を組み合わせ、「中に入れる」「丸にする」「循環する」という行為から来ていることが分かりました。
 そしてそういう行いの継続の集大成が百科事典として記録されたそうです。
 
 まさにしばし感嘆。
 
 その後一部の人にしか読めなかった事典が印刷技術の発展により、一気に大衆(とは言っても貧しい層や文盲の人にはなかなか機会は無かったでしょうが)に広がってさらに大きな「連環」となって行ったわけです。
 
 展示されている事典の中には、ナポレオンがエジプト遠征に行った時のピラミッドやスフィンクスの図(非常に写実的で、まだスフィンクスには瞳があって首の辺りまで砂に埋まっている)、例の解体新書の基になった原本の骨格図はいかにも罪人がモデルであることがわかる非常に拷問的ポーズでスケッチされていたりと、事典と言うのは創成期から絵、つまりグラフィックとセットになっていたことも併せ伝わって来ます。
 
 こうして「知」は「学」として連綿と繋がり、そして広がって来たことを思うと、やっぱり人間は知的好奇心を失ってしまうともはや人間ではないと改めて痛感しました。
 
 そういえば子供の頃、何を思ったか貧しいくせに親が学研の原色百科事典というセットを買ってくれました。 全部とは言いませんが、そのカラー刷りの絵が魅力的でかなり長い時間をかけてそれを「ほ〜」「へ〜」「ふ〜ん」とページをめくって行った記憶があります。
 
 それを思うと今はそんな私でさえ"○○○+wiki"で検索することが当たり前で、子供がいるくせに家には百科事典がありません。 
 確かに調べたいことを的確に短時間且つどこからでも調べられることは素晴らしいながら、かつてのように「調べたかったことの隣の項目」にふと気付いて思わず目を奪われる、という経験も同時に失ってしまった様な気がします。
 新聞の重要さと同じく、こういう「百学彷徨(さまよい)」の機会が減ると言うことは結構大きな問題では無いでしょうか。

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