« To you... | トップページ | NOと言えなかった私 »

黄昏れて行く歌

 FMを聞いているとふと気付いた事が。
 桑田佳祐の「明日晴れるかな」。
 竹内まりやの「人生の扉」。
 共に黄昏れている事です。
 
 二人とも未だにビッグネームですが、彼らも既に50代に入っています。
 私の場合で言うとまさに20代、サーフィンやウエストコーストブームに乗って、単にアーティストではなく新たなアイドルとも言って良い存在でした。(とは言っても私はあの「巻き舌で歌えば英語に聞こえる」の元祖とも言える桑田の音楽は好きではありません。 言語ってそんな単純なもんじゃない*、と思っているもので)
 
 それが「明日晴れるかな」では「熱い涙や恋の叫びは在りし日の思い出」と歌い、「人生の扉」では「気がつけば五十路を超えた私がいる」とさらにストレートに歳をとった事を歌っています。
 
 二人とも私より5〜10年程(推測)上ですが、まぁ似たようなもの。
 確かになぁ、と遠い目をしてしまいます。
 他人様よりもちょっだけと起伏の多いであろう生き方をした私でさえそう思うのだから、ずっと日本のポップミュージックの先端にいた彼らはもっと濃密なここまでの数十年だったろうと想像に難くありません。
 
 あるところでは誇張無しに全く歳をとったとは思えない感性がある一方で、物理的には確実に加齢を感じてもいるこの年頃。
 「そんなの関係ないぜ」と弾けてみても、「もう私はあきまへん」と語ってみてもどちらも違和感がある筈です。
 デニムが色褪せて味わいを増すように、という表現はとても希望を与えてくれるけど、逆にもう真っ青でゴワゴワだった頃の新品デニムに戻れない事も事実で、選択肢はそれしかないと思うと、単に「良い言葉をありがとう」とも言えない自分がいます。
 
 まぁ、どんなものでも素材が良いものは良いヤレ方をするものです。
 さて自分は新品だった頃にどんな素材だったのだろうか、と思うと色がどんどん褪せて行っている今でもよくわかりませんが、救いは人間は褪せている最中でも、まだ新しい藍を取り込んで行く事が可能だと言うことでしょうか。
 
 その例えで行くと若い人は自ら新しいジーンズを破いて悦に入るような事は人生には施して欲しくないですね。
 
 って、デニムってどこまで褪せたら捨てられるんだろう...
 
*『言葉ってそんな単純じゃない』
 BeatlesやEaglesの"tl", "gl"の本当の発音ができたとき、そう感じた。
 "r"と"w"だけ英語風に言うのっては「エイゴ、ワァカリマセェ〜ン」と外人に言うのと同じくらい格好悪い、と。

|

« To you... | トップページ | NOと言えなかった私 »

心と体」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 黄昏れて行く歌:

« To you... | トップページ | NOと言えなかった私 »