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She saw no law.

 別に題名に意味はありません。
 
 ゴールデンウイーク前半は全く関係なく働いております。 さすがに三日から六日までは休みでして、それはそれで楽しみなものの、恐らくここ暫く続いている規則正しい生活リズムが壊れてしまうと思うと妙に心配だったりします。
 
 さて、歯槽膿漏の件ですが、処置後も痛みが引かず、その日に貰った三錠の痛み止めは翌日には全部飲み切ってしまう程で、かつての延々2時間にも及ぶ親不知の抜歯手術後でさえこれほど痛みませんでした。
 翌日の授業は顔左半分が痺れるまでは行かないものの相当な痛みで、憂鬱の極み。 学校のスタッフにも「目が死んでますよ」と言われる始末。
 
 なんかおかしいなぁ、と急ぎ家に帰って車で歯医者に行って痛み止めの追加を貰いに。
 たまたま患者がいなかったので「そらなんかおかしいなぁ、ちょっと見よか」と言うことになりました。
 歯槽膿漏を起こした部分の歯はかなり前に神経を抜いてクラウン(冠)をかぶせてあるので、歯の痛みではありません。 根の片方が先で折れているのかも、と言いつつ、グワ〜っと削る削る。(神経が無いので痛みが無いのは不幸中の幸い)
 
 結局根が分かれているところまで削ってその部分に溜まった膿と血をじわ〜っと全て出し切ることで痛みは嘘の様に引きました。
 要するに膿が全部出ていなかったと言うことで、どんだけ溜まっててん、というオチ。
 
 今後どうするかですが、歯根の片方を支えている骨はすでにぬかるみ状態だそうです。
 たまたまこの友人が最近インプラントの免許を取ったばかりなので、このずるずるの骨を全部掻き出して自然骨を形成、その中にプラグを打ち込んで、という実験台になることになりました。 
 まぁ、この友人とは幼稚園からの付き合いですので、お互い何かの足しになればいいや、という感じです。
 
 実際には連休中で何もできないし、インプラントと言うのはスタートから完成まで半年くらいかかるそうですから長い話ですけどねぇ。
 
 で、グワっと削った奥歯はどうなっているかと言うと二本の根を残して胴体無し。
 火山の噴火口の様にぽっかり穴があいています。
 抜歯した後の状態と同じで適当に異物がはいるものの、これまた適当にゆすいでおけば良いと言う気楽さ。
 あの痛みを思い起こせば何て事ありません。(口臭はちょっと心配だけど)
 
 腰痛時に発生した足のしびれもどうやら大腿骨の付け根辺りの神経が原因と言うのもわかり、風呂でマッサージしたらかなり低減されてきました。
 そう思うと、腰痛以前から時々痛かったので、こっちの方が先ということになりますね。
 何せケツの肉、薄くなったから...
 
 ま、だましだまし使えばまだ行けるか、という感じです。

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今度は歯

 ぽんこつネタが続きます。
 
 時は月曜日の夜、仕事関係で酒を飲んでいると左下の奥歯に痛みが。
 あれ?なんだろう、と思いつつ右の奥歯で噛み込んで、火曜日もそんな感じで過ごしていました。
 水曜日の朝もそんな感じで、左だったこともあって、恐らくは例の軽いヘルニアの影響だろうと様子を見ていました。 いわゆる昔の人がよく言う「歯が浮く」ってアレです。
 
 学校に行って授業を進めて行く間に徐々に痛みが大きくなり、左のあごから頬までちょっと痺れるような感じ。 家に帰ってちょっと仮眠したらメチャクチャ痛み出しました。
 
 行きつけの友人の歯医者はあいにく水曜日は夕方で終わってしまい。取り敢えず我慢するしかありません。
 寝ながら舌で確認するとどうも歯茎が腫れていて、その中にぽこりと小さなコブのようなものがあり、恐らくそこに膿か血が溜まっているのだろうなぁ、と舌でレロレロしてたら幸いにそれがプシュっと潰れました。
 確認するとやっぱり血の混じった膿で、恐らくは歯槽膿漏の一種であることが解りました。
 
 それで痛みは半減したものの、どうも表側(舌でレロレロできない側)にも膿が溜まっている様で、木曜日の朝もその側の痛みが残っていました。
 
 木曜は久々に予定が何も無かったので、ともかく体を休めたかったので夕方に歯医者へ。
 やはり歯槽膿漏で、完治させるのは時間がかかると言うことで、膿を取って消毒して膿の出口を作ってくれました。
 友人である歯医者曰く「不摂生してる?」というから、「不摂生はしてないけど忙しい」って言ったら、要するに疲れが溜まって免疫が落ちているんだとか。
 
 途中、食塩水で消毒する時、横顔を通って左の頭に突き抜ける痛みがあって、それを友人に言うと「うそ...」みたいな意外な顔をされました。
 ビビって「なに?その反応?」と聞いたら「普通そんな痛み感じへんねんけどなぁ」と。
 
 恐らく例の軽いヘルニアのせいで左半身が非常に神経過敏になっているんだろうと思います。
 
 医者を出て駐車場の自分の車に乗っても左の頭痛が暫くおさまらず、ぼーっとしてました。 いや、ゲシュタポの拷問です。 これ続けられたら何でも喋ります、私。
 
 まぁ、処置+痛み止め+化膿止めのお陰もあって今はどんどん元通りになっていますから良いものの、丁度唯一の休みの木曜日に医者に行けて良かったです。
 
 でもこの貴重な木曜日すら6月から高校の授業で潰れるもんなぁ...
 その打ち合わせが明日始まるという...
 
 ま、なんとかゴールデンウイーク(さすがに四日程休める)まで逃げ切ろう。

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布団がぐ〜るぐる

 腰痛は違和感を残しつつ、かなり痛みは低減しました。
 その違和感はやっぱり腰椎より少し左で出ているので、もしかすると内臓系かも知れませんねぇ...
 この辺りって何がある? 腸しかないような気がするけど。
 
 で、故障ネタがもう一つ。
 
 先日結構疲れて布団に入って目を閉じると、突然布団が右回りにぐ〜るぐると回り出しました。
 もちろん実際には体は固定されていて、意識の問題なんですけどね。
 
 もともと貧血系なので本屋でしゃがんで本選びをした後、すっと立つと立ちくらみがするので(このときさりげなく本棚に手をかけていますが、端から見ると日光猿軍団の「反省」に似ている気も...)、そんなもんかと思っていたらいつまで経っても収まらず、右回りにどんどん体が落ちて行くような感じでした。
 さすがにそこまで回ると本当に目が回るように一種の船酔い状態と言うか気分が悪くなります。
 
 幸い20m位ぐるぐる落ちた辺りで収まりました。
 その前に授業があるからさっさと寝ようとドリエルを飲もうとしたんですが、二錠しか残っていなくて、もったいないし、疲れてるからすぐ寝れるか...とまた箱に戻したのを思い出して、あれ飲んでたらまずかったかも、と少々ビビりました。
 
 恐らく三半規管からの信号を処理する脳の部分が暴走したというか、オフセット値が勝手に加算されたんだと思いますけど、腰と言い、このぐるぐると言い、やっぱり休み無しってのはこういう形でガタが来るのかと思いました。
 実際、「あぁ疲れたぁ」というようなヘトヘト感はあんまり無いんですけどねぇ。
 
 老いぼれネタと言えば、先日、高音が聞き取れなくなっていることが判明。
 朝食を摂っている時、自分の部屋で鳴っている止め忘れの目覚ましの音に気付きません。 娘や嫁に言われて「げろげろ、聞こえない」。
 正確には聞こえないのではなく、いわゆる可聴周波数の高域が減衰した訳ですが、子供の頃は電気屋のテレビ売り場で家族や友達が聞こえないブラウン管からの発信音に耳が痛くなった程まで聞き取れていたのを思い出すとがっかりです。
 
 そういえば先日車のオーディオの高音を少しあげたら妙に良い音に聞こえたのもそのせいなんだろうなぁ...
 
 まぁ、特段落胆すると言うようなことも無いとは言いつつ、順調に老化して行っている様です。

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腰痛い!

 ここ数日腰痛に悩まされています。
 
 ことの起こりが輸入車パーツショップでのバイトであることは解っておりまして、ある日、19インチだとか18インチのタイヤ付ホイール洗い10本、次の日に山ほどある在庫の中からホイール探しのために倉庫作業、ここで既に腰に来ていたのですが、まぁ、そりゃそうだろう、と言う訳でいつも通り寝たら次の日には気にならなくなっていました。
 
 お〜、さすがに鍛えられたわい、と良い気になっていたら歯を磨くときに微妙に腰を曲げたら腰椎と言うかその少し左辺りで何とも言えない「どよ〜ん」とした鈍痛が走りました。
 あれ? なんだこれ、と思っていたら徐々に痛みが激しく...
 
 バイト先に行って軽く肉体労働。 その時には既に「まずいで、これ」位の痛みになっていたのに、中古ホイールを箱詰め出荷してトドメ。
 
 あまりに痛みが酷いので昼から一旦家に帰らしてもらいました。
 ところがこの日はどうしても夕方に京都に行ってお客さんの車を引き取りに行かねばならず、その代車としてekワゴンがあてがわれ、それで帰ったらシートが酷くてもう激痛状態。
 
 何とか家にたどり着いて横になってもどんな姿勢を取っても痛くて眠れるような状態ではありませんでした。
 特に左を下にした時には腕や太腿の付け根まで痺れる程で、素人考えながら、じわっとギックリ腰か、ヘルニア状態になったのかも知れません。
 
 幸い一時間程で少し楽になったのでそのまま京都に行けましたし、二日経ってちょっとはましになりました。
 ただ、歯磨きの時に「どよ〜ん」と来た辺りには痛みではないものの微妙な違和感が残っていますので、これは下手すると厄介なことになるかも...と踏んでいます。
 
 取り敢えずそんな中でも二日連続で夕食を作ったので、昨晩はサバの味噌煮にシジミ汁、次はニンニクを入れたシーフードと野菜多めの皿うどん(固やきそば)で疲労回復&DHA補給を試みてみたのですが、さてどうでしょうかねぇ...
 
 下手すると医者通いかなぁ...
 今出品しているオークションの入札者は嫌がらせ常習犯っぽいし、何となく憂鬱です。

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蝿(ハエ)原付

 別に調子に乗っている訳ではありませんが、蛆車に続いてさしずめ蝿と呼びたい原付のお話。
 
 もともと機動性に富む原付はちょろちょろと鬱陶しいと言われています。 ただ、自分の記憶の中では左側、つまり路側帯でのせめぎ合いだったり、歩道を突っ走るだったりでした。
 
 ところが最近増えたと思えるのが信号の右折車線を使った走法です。
 
 要するに赤で、かつ右折レーンに車がいない交差点(恐らくこういう信号は全国に数え切れない程あるでしょう)で右折レーン最前列まで進み、青になると同時に直進するという方法。
 
 こういう原付は道路の左側を走り、交差点が近づくと右に出て、青ダッシュしてまた左にラインを変えるので、ブンブンブンブンまさしく蝿。
 中にはそれを楽しみにでもしているのか、停止する事なく青で全開にできるようにペースを調整している奴もいます。
 ただ、こういうのはムカつくけど一瞬でケリがつくのでまだましかも知れません。
 
 ドン臭いのはこれを真似して一旦右に出たのは良いけれど、青になるのが予想より早くて動き出した四輪車の流れに戻れず、対向車がどんどん近づきパニくる格好悪い奴。
 
 そんな運転、昔から柄の悪い奴はやってたよ、と言われそうですが、それが蛆車と同じく様々で、フツーそうな若者が多い。
 要するにそういう運転が当たり前だと思っているんでしょうね。
 
 で、質が悪いのは場合によっては直進車の前を遮ってそのまま左折するバカもいるということです。
 
 「死にたいんか」
 
 先日はいわゆるファッションカブに乗ったお椀メットのお洒落な若い女性が左の路側帯から突然右折。
 
 「顔ぐちゃぐちゃにしたいんか」
 
 蝿でも蛆でも事故ればこちらもタダでは済まない訳で、車の運転は自分の精神を鍛えるのに非常に良い機会になっていることは間違い無さそうです。

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蛆(ウジ)車

 最近バイトのお陰でよく車に乗るようになりました。
 それまでは下手すると車に乗るのは週一、という時もありましたから、改めて色々なものが見えてきます。
 
 のろのろ走る車が増えてます。
 以前一般道の制限速度の見直しが行われたので制限速度以下の人も珍しくありません。
 年寄りか? と思ってみたらそうでもなくて、若い女性ありの、男性ありの。
 
 え?エコ? 安全運転?
 あ、そう。

 教習所と警察の安全運転と言う名を借りた長年の「速度を出すな、一番の交通安全は乗るな、動くな、移動するな」教育の賜物でしょうか。
  
 でもその中で目の前の信号が注意になったら急加速する、赤なのにそのペースのまま通過、というのも目立ちます。
 前の車が信号通過したら指示が何色であろうとついてゆく。
 
 これが安全運転?
 
 私は最近そういう車を蛆車と呼んでいますが、そんな蛆車に昨夜も帰途で後ろにつきました。
 右折ができるのに矢印待ち。 のろのろ。 おまけにタバコの路上投げ捨てネズミ花火。
 そしてそのままのペース維持で赤信号無視走り去り。
 
 単にレーダーに捕まらんだけの走法やんか。

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メンツの国

 中国の温家宝首相が来日しましたね。
 
 一言で言って、これだけ変わるものかと驚きました。
 何かにつけて攻撃的な言動を繰り返していた国(相手にすればお互い様、というところでしょうが)があの変わり様ですから、安倍首相が残した数少ない功績であることは間違いないと思います。
 
 ジョギングとか、国会演説、またそれを中国国内に生中継する等、パフォーマンスと言えばそれまでながら、ケンカを続けるよりは仲が良い方が良いわけで、逆に言うとそれだけ小泉のやったことの傷が深かったとも言えるかも知れません。
 ひねくれたことを言うなら、先の選挙で自民劣勢傾向と安倍の支持率低下の中で、絶好の人気回復タイミングだったのかも知れません。
 
 小泉時代、譲歩すれば中国は益々つけあがる、という世論がありました。 実際私もそういう風に感じていたところはありますから、イメージとは恐ろしいものです。
 しかし、まずは安倍が訪中して友好メッセージを伝えたことを受けて、今回の中国の行動ですから、要するにお互い良くも悪くも面子に非常にこだわる文化を持つ国であることが証明されたかとも感じました。
 
 これが対欧米であればお互い美辞麗句を並べ上げ、まるで竹馬の友であったかの様な親しげな風景を演じながら、実際にはビジネスベースで意外な程簡単に裏切られたりするのとは対照的とは言わないまでもちょっと違う感じです。
 要するに数千年経ってお互い随分違う姿になったけれども共に儒教の影響を受けた共通のベースがあるのだとも言えますね。
 何せ夜中の教育テレビで淡々と漢詩が朗読される国なんですから。日本は。
 
 生中継を見ていた中国人の反応もまるで手のひらを返したように友好的、建設的で(これはマスコミの編集次第ですけど)、斜めに見れば中国政府が今回画策した中国国内の反日感情の火消しもまんまと成功したとも言えますが、やはり彼らも小泉時代とは違うフェーズになったんだ、という実感があるのでしょう。
 もちろん、中国国内では安倍政権による方向転換を優越感として捉える雰囲気があるのでしょうが、それをことさら中国に対する劣等感として日本人が捉える必要も無いと思います。
 
 まぁ、拡大かつ若干暴走気味の軍事を始めとして、油田、境界線問題、そして靖国参拝等、今後も実務レベルでこの友好ムードが一瞬にしてパァになる可能性も無いとは言えませんが、中国の首相があそこまで努力して友好姿勢を演じたメンツを潰すことはアジアの中で孤立しつつある日本はやるべきではないですね。
 
 売り言葉に買い言葉、どっちもどっち、疑心暗鬼、そういう言葉の深いところの意味をお互いに理解しうる遠い祖先のレベルの共感のようなものを今後の友好の芯として頼って行ければと願うばかりです。
 
 おいおい、えらい真面目やがな、今回。

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懲戒免職?

 高崎経済大で期限までに課題を提出できなかった学生が自殺し、その処分として指導していた准教授を懲戒免職、つまりクビにしたそうです
 
 その課題の量が過大だったとか、正確なところは解りません。 ただ、いきなり懲戒免職はどうだろう?と専門学校ながら課題を出す立場である身としては疑問に感じました。
 
 単位をネタに勉学を強要するようなイメージがありますが、基本的に学校と言うのは勉学の結果として知識を身につけ、その証明、つまり卒業証書を確保する為に単位を積み重ねて行きます。
 ペーパーテストにせよ実技にせよ、とにかくその結果がある一定基准を満たさなければ単位を貰えないのは当たり前です。(その評価に不公平があってはならないも当たり前。)
 
 それを前提として、今回の事件は期待する学生たちに一律に課されていたとすれば、たまたま悲しい結果に至ったとは言え「懲戒」に値するなら、怖くて課題をどの教員も出せなくなります。
 
 もっと低いレベルの話をすると、留年、落第というひとつの脅迫をしないと勉強をしない学生がいるのも事実で、その卑近な例が私の息子だったりします。
 多くの場合、その最後通告を恨みつつもなんとかそのヤマを乗り越え、また教員側もギリギリ足らないような場合はいわゆる下駄を履かせる、保留として仮進級させるなどの救済をしつつ必須単位を足して行きます。
 
 そんな駆け引きをせずに教育ができればよいのですが、それを使わざるを得ない現状において、そのカードを切って懲戒ってのはなぁ、とニュースを聞いてから自分なりの落としどころを見つけられずにいます。
 (とは言え、この大学の管理者は会見で「この課題の質と量は大学院レベルで」と懲戒免職を裏付けるようなことを言ってましたが、普段はそれを「あの准教授の教育はレベルが高い。教授目指してよく頑張っている」と評価していたんじゃないの?)
 
 ニュースによると自殺した学生はその准教授を尊敬しており、それまでゼミを一回も欠席しなかったと言うこと。
 劣等生が最後の復讐に、というのならまだしも、余計に複雑さが残ります。
 
 「そんな立派な学生を見放して死に追い込んだ」という図式をマスコミは組みたいようにも見えますが、そんな立派な学生だったからこそ期待して厳しい課題を課したという線は無かったとは今のところ言い切れません。
 
 まぁ、この准教授は別途人格的に侮蔑するような発言を別学生にしているとかの報道もありますし、この事件に限って言えばこのまま終わってしまうのでしょう。
 
 しかし「課題」というものを学生に与えて評価しなければならない立場の人間にとって今回の事件は非常に頭の痛い問題になると思います。

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4回目の車検終了〜

 代車ネタを出してそれっきり何も書かななった愛車C200 LTD(W202)の車検ですが、あれからあっさり三日後に終わりました。
 
 今回は初めてのヤナセ外での検査受け。
 3回目(7年目)の車検の時にファンベルトの劣化を指摘されていたのでこれはお願いして交換。
 あとはATFが「本当に見せたかった」位ヘドロ化していたそうで、交換。 まぁ、97,000km無交換ですからねぇ。
 メルセデスはATはもちろん、トルコンにもドレンがついているので短時間で完全に抜き切れるそうです。
 次にATのセレクトレバーの小さいプラスチックのブッシュが割れてガタつきが出ていたのも交換。
 
 あとはLLCとブレーキフルードを交換しただけ。
 検査担当者もバイト先の社長も下回りを見上げて「全くなんも問題ないんちゃう?」ということでした。

 これに加えて例年この時期にスタッドレスから夏タイヤに交換するのですが、これが三分山、ショルダー部分は丸坊主という状態で、もうさすがに危険と交換を決意。
 サイズもノーマルなので別にスポーツタイヤでなくていいや、とバイト先のショップがメインで扱うピレリの中からP6を選択。(って、今時195/65-15なんて個人タクシーのサイズだから、P ZEROとかラインナップありません)
 ただ、このときステアリングダンパーも交換してみました。

 セダン系では確かCクラスのみ最後までリサーキュレーティングボールのステアリングシステムで、これもW203からはラック&ピニオンになりました。
 ステアリングダンパーはバイクの方が有名なように、路面からのキックバックを押さえる部品で、リサーキュレーティングボール時代のメルセデスには全車標準でした。
 
 古い部品はオイル漏れしており、手で簡単に伸縮できることはもちろん、途中でひっかかるような状態。
 対して新品はじわーっとした手応えです。
 
 交換した結果、確かに路面の、特に片輪だけが影響を受けるようなケースで殆どステアリングに影響を受けず、進路を維持できるように戻りました。 ただ、当然転舵時の抵抗は増える訳で、特にフルロック辺りからの戻しは手で意識的に力を沿えないと鈍い戻りになってしまいます。 要するにスポーティーより安定志向の部品ですね。
 「そういえば新車の時はこんな感じだったなぁ」と懐かしく思い出すとともに、これで新しくなったタイヤとともに高速走行も気持ち良く蘇ってくれた訳です。
 
 相変わらず面白いのはブレーキパッドの減りで、新車以来一度も交換していないのにまだ使えます。 欧州車の常でローターも減っていますので、いよいよパッド交換と言う時にはローターも一緒でしょうけどねぇ。
 まぁ、理想はTAROXかAteというところで。
 
 ついでにオイル交換もして、エンジンとATはスムーズ、シフト感もがっちり、タイヤは安心、相変わらず壊れない、燃費も良い愛車でした。
 九年乗ってこれなら充分元取ったと思います。
 
 そうそう、車検代自体は諸費用込みでざっと18万円ほどでした。

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汚い国、日本

 昨日は久々に登校して始業式の打ち合わせ+管理しているサーバーの配線変更作業。
 バッファローのスイッチングハブがあてがわれましたが、これって19インチラックマウントの金具がついてるんですね。 ラックに奇麗に収まってちょっと気持ちが良かったです。
 
 昼には帰る筈が、行けば行ったであれこれとあって結局家に帰ったのは夕方。
 それから一ヶ月半ぶりに昼寝(夕寝か)をしたら夕食が作れず、目を覚ましたら嫁がボルケーノってました。
 見逃してくれよぉ、休み無いんだから。
 
 そんなこんなで見たくもないバラエティをつけられて拷問さながらの夕食を食べていたのですが、例の飽食シリーズと言うか、同じ食材を馬鹿げた量お笑いタレントに食わせる内容。
 ケーキだとか焼き肉だとかいろいろありますが、もったいないのはもちろん、ここまで人間に大量に似たようなものを食わせて大丈夫なのかと不愉快になります。
 
 不景気→スポンサー料低下→代理店とテレビ局は手取りを減らしたくない→下請け泣かせ→孫請け泣かせ→安いギャラでも必死で頑張る若者お笑いタレント起用→いじめで視聴率獲得
 
 ってなところでしょう。
 不穏当な言い方ながら、これでお笑いタレントが誰か死ねばこういう図式も変わるかも知れません。
 
 「あるある」のねつ造で関西テレビ社長の処遇が甘いだとかなんだとか報道されています。 民放連を追放された時に偉そうな関係者のコメントも流れていました。

 でもさぁ、上記飽食バカエティ番組は関西ーフジ系列じゃなかったよ。
 そんな偉そうなこと言っていいの?>民放連 
 というのが私の正直な印象で、ねつ造などけしからん!、というより、これを機会に自局のねつ造、やらせがバレないように徹底的に箝口令を敷く為の戒めじゃ無いの?と。
 関テレの社長の処遇が甘かったのも、そこまでやっちゃうと自局のがバレたときかなわん、というのが本音の裾野かとも。
 
 スポンサーの花王も早々と番組を降りましたが、もともとは化け学会社でしょ? 番組の内容をおかしく思わなかったのかなぁ? 結局は広告代理店からの視聴率の報告に満足していたんでしょ。 その広告代理店に責任は無いの? 女工哀史のような毎日でこき使われた孫請け制作会社がみなアホなの?
 
 要するに法律に違反しなければ何やっても良いんでしょうね。
 松岡農相の議員宿舎の500万円の水道代も一緒。
 そしてそれを「政治資金規正法に鑑みて問題が無い」と庇うぬるいボンボン首相も何かを見失っています。
 
 そうじゃなくって、法的に違反していなければいいという感覚の、道徳観念の浅い小学生やインテリヤクザのレベルと一緒なのに気がついて欲しい。
 500万円、仮に私のレベルで収入から除外できたら国と地方合わせてざっと100万円税金を低減できます。
 それを大臣がやっていることがおかしいという感覚を理解できなければ絶対に美しい国になんかなれません。
 
 泣きながら数百枚目のせんべいを食うタレントも、閣僚も、この国も、あぁ、汚い。

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とぼとぼと...

 一昨日、昼からバイトを抜けて大阪市内の会社に打ち合わせに。
 仕事自体は増えているので有り難いんですが、大企業らしく話の進み方が遅いのがちょっとつらい。 まぁ、サーバーも絡んでいるのでセキュリティ面であれこれと出てくるのは仕方が無く、焦らないようにしています。
 
 で、その打ち合わせが終わり、出口の灰皿でほっと一服していると目の前の歩道を一匹の野良犬がとぼとぼと歩いています。
 私の子供の頃には町中に野良犬がいたのが、いつのまにかめっきり姿を見なくなっていたので、まずへぇぇ、こんなオフィス街に野良犬が、と驚きました。
 でももっと驚いたのがその犬がどうみても野良犬らしくない高級犬だったことです。
 
 犬の名前には全く明るくないので明確には言い表せないのですが、いわゆる「むく犬」っぽくて、でもそれほど大きくない、中型犬というタイプ。
 その外見が思わせるのか、それほど食い詰めた様子も無く、しかし毛並みの汚れ等を見ればやっぱり野良犬のようです。
 
 タバコを灰皿で消してその犬を追うようにビルの玄関を離れると合計六車線の道路を渡る信号で並びました。
 一瞬目が合ったのですが、別に人に媚を売る様子も無くささっと視線を逸らしてそのまま歩道を渡って行きます。 そのとき既に歩行者用信号は赤になっていて「おいおいおい!!!!」。
 
 案の定、センターラインの辺で動き出したり、その犬に気付いて減速したりする車で犬はパニック状態。
 こちらも身を呈してその犬を守れる訳も無く、ただただ「このあほ、ひかれるぞ!」と心の中で叫ぶだけです。
 高校時代、バイトしていた喫茶店から、道路を渡る野良犬が路線バスに足をひかれる瞬間を目撃し、友達と協力して道路の真ん中から歩道まで腕をかじられながら移動させたことが頭に浮かび、「なんとかしてくれ〜」と祈るばかり。
 
 幸い、なんとか向こう側に渡り切り、何事も無く90度方向の信号を渡って行きましたが、肝を冷やした、というのはこのことです。
 
 その後も気になりましたが、マンション暮らしでは中途半端に情をかけても責任は持てないし、と私は戻る道に方向を変えました。
 でも冷静に考えると、ああいう間抜けな渡り方をすると言うことはやはり野良生活には慣れていないと言うことで、無責任な飼い主に捨てられたんだろうなぁ、という結論に。
 
 このビル街でどうやって生きて行くんだろう、と思いつつ、案外昼休み頃には周辺のOLから何かを貰い易いのかな、とも、とにかく何となくせつない野良高級犬でした。
 
 その後通りかかったコンビニではホームレスかつちょっと頭のネジがふっとんだおっさんが大声を上げながらゴミ箱を漁っていました。
 
 なんとかしてくれ、この浮き世。

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ティファニー庭園美術館の怪

ティファニー庭園美術館1

 早寝早起きのバイト人生ですが、どうも最近寝付きが悪くなってきました。
 仕事に慣れて来たのか、根っからの夜型の性癖が首をもたげたのか、酒飲んだりドリエル飲んだりしないと寝られない以前の生活に徐々に戻りつつあります。(でも朝はちゃんと起きるんだけど)
 
 てなことで、昨夜Yahoo!ニュースでふと見つけたニュース
 主題である日本一長い駅名が消えるなんてことはどうでもよくて、実はこの美術館に行ったことがあるので感傷的な方向にアンテナが振れました。
 
 四年前、祖母方のルーツである松江の親戚を母と訪ねた時、こういう美術館があると教えられて三人で行ったルイス・C・ティファニー庭園美術館。
 あの有名なティファニーの親族でもあり、一時期はティファニーの装飾品も制作していた人物の作品を集めた美術館で、展示量も説明もしっかりしており、なかなか見応えのある場所でした。
 
 しかし別途感じたのは採算と言うか、これでやって行けるのだろうか、という印象。
 松江から西に宍道湖北岸沿いに走ったところにあるので、確かに閑静で美術館に最適とは言えるんだけど、来館者の割に施設の規模が大きくて、土産物コーナーはしっかり充実しているという、一言で言うと「懐かしいバブルの甘い香り」のする場所でした。
 
 だから突然の閉館の経緯なんてのを読んでも真実はさっぱり見えない(私が行ったのは開館後二年後ですからまだ何もかも新しく、その後いろいろと変貌してしまった可能性もあります)割にその「甘い香り」を思い出して妙に納得してしまいました。
 
 ただ、地方の村おこし的美術館(博物館)の多くが、しょぼい内容であることが多い中で内外共になかなか良質だったのと、当日は結構な雨で天気が良い時にまた来てみたいとも思っていただけに、失ったものへの感傷以上に正直残念ではあります。
 
 とは言え、もともと人が少ない上に雨と言う条件で写真撮影には絶好の条件だった訳で、母と親戚が(上記暴露ページで本来はレストランの予定場所だったと後で知った)休憩所で話し込む間、それなりの映像を収めることができたのも印象を深めた理由でしょう。
 ということで、少々でかい画像を二枚も掲載させてもらいます。(これらの写真は今でも私のiBookとPowerBookのデスクトップ画面を飾っています)
 
 それから半年くらい後に、その親戚の婆様が高齢で亡くなったことも併せてなんとも微妙な事件であります。

ティファニー庭園美術館2

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