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一行ネタ

 エルモと小梅太夫の声は同じだと思う...

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M.アントワネットだけを責められない

 便所掃除のコメントだけでお茶を濁しているのも何なので、と言いつつ、ちょいとここ数日文字通り野暮な事に追われてなかなか新規の更新ができません。
 
 で、最初に断っておきますが、以下は私以外には恐らく意味不明であろう愚痴です。
 
 貴族中心の圧政に耐え切れない庶民の悲鳴を聞いて、マリー・アントワネットが「パンが無いならケーキを食べれば良いじゃない」と言ったとか。
 「パンも無いのにケーキがある訳ないわい!!!!」と、これは彼女がいかに浮世離れした、庶民から見るといかにアホだったかという意味で使われています。
 
 が、昨日全く形は違うものの、仕事上の処理の事で唖然とさせられた事が。
 そのときふと思い出したのが彼女のこの言葉でした。
 
 あんまりギスギスしたことをここで書きたくありませんが、要するに有り余る給料を毎月定期的に貰える人っていうのはフリーで仕事をしている人間の資金繰りと言うか、算段、仕事の段取りってのは全く解らないということですね。
 
 例に漏れず具体的な事は書けませんが、そのときマリーはアホだったんじゃなくて、本当にパンもケーキも無い状態が存在する事は知らなかっただけなんだろうなぁ、と感じた次第です。
 実際、ベルサイユ宮殿に行った時、あの庭の広さでは庶民の生活なんて垣間見えるわけが無いと感じましたから。
 
 ま、たまには「職場の中心で『この無能がぁ!』を叫ぶ」事をしたくなることもある、って事で。
 
 すいません、私はやっぱり俗物です>八百万の神々

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便所掃除

 なんでも最近トイレの掃除が流行っているそうです。
 
 曰く、某タレントが仕事が無かったどん底の時に徹底的にアパートのトイレを掃除しまくっていたら、突然夜のゴールデンタイムの仕事に恵まれた、毎日極貧生活を送りながら宝くじを当てる事だけを夢見ていた男性の日課はトイレ掃除だった...とかとか。
 
 別にそれに影響されたわけでもないけど、事務所のトイレを暫く掃除していなかった事を思い出して昨未明にゴシゴシ。
 
 トイレ掃除なんて言うと、うちの子供たちは鳥肌立てて拒否するのですが、私は小学校の時の担任が夏休みの宿題に「便所掃除」というのを打ち出したせいかそれほど抵抗はありません。(もちろん公衆便所とかになると抵抗はありますけどね。あくまで自宅の、という区切りで。)
 
 この教師、以前にも書いたかもしれないけど戦後のどさくさの代用教師から始まって、実にいい加減なおっさんでした。 本業は寺の住職で、だから時々法事が何とかで突然休んだりもし放題。
 
 教室内で煙草を吸う、えこひいきがさらに進んで気に入った女子生徒の頬スリスリとか今なら新聞ネタもんのなまくら坊主&教師ではなかったかと、当時の同級生と会うといつもネタになっています。
 
 が、便器や床をゴシゴシとぞうきんで拭いていて、こういうことがさっさと抵抗無くできるっちゅうのは確かのあのおっさんの出した宿題のお陰で、考えれば当時は日本伝統の貯蔵方式のトイレ、いや便所であったわけで、それを考えると今はなんてことないとまで言える程心理的に楽な時代になっています。
 
 そう言えば死んだ祖母も「お不浄さんを掃除せな」とよく掃除をしておりました。 曰く、便所の神様が怒るとかで。
 すでにひねくれ者の域に達していた私が素直に上記なまぐさ教師の宿題を粛々とこなしたのもこの祖母の姿をいつもみていたせいかも知れません。
 
 難しく考えると、現在のような清潔の時代になる前は伝染病の原因があちらこちらにあり、便所は住居内にある最も危険な場所であり、また来客のその家の品評リストにも香り(臭い?)の項目があったであろうことは想像できますから、その辺をビシっと決めるのは家を守る女性の一種見栄の切りどころだったんでしょう。
 だから「神様が怒る」とか言いつつ、便所掃除のモチベーションアップのきっかけにしていたのかも知れません。
 
 そんなこんなを思い出しながらやったトイレ掃除、だからといって別に起きてみたら何か幸運な事が起こっていたわけでもありません。
 
 ま、そんなに甘くないか>世の中

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徹夜耐久ビリヤード

 前期後期の切り替わり時期である今は、なんだかんだと事務処理が多くて、非常勤としての拘束時間が終わってもたっぷりとやる事があります。
 いつのまにか日が暮れて、金曜日はそのままいつも世話になっている学校の上の方の人と軽く飲みに。
 
 その途中に今は仕事で関係があるかつての卒業生から「今日ビリヤード大会で三ノ宮におりまっせ」という携帯メールあり。
 まぁ一応顔だけでも出しておくべ、と帰りに寄ってみました。
 
 ビリヤードって高校時代に始め、大学の時に一番よく通ったけど、それからは年に一回突くかどうかくらいの経験値で、突然誘われてもそこそこ打ちます、という程度です。
 ところがこの誘って来る元教え子が、全くのど素人から三ヶ月間ほぼ毎日練習に通い、今ではビリヤード店の店長と勝負できる程の腕前なのです。
 
 まぁ、そんなこんなで大会は非常にレベルが高いので始まったら帰ろうとしていたら、ひょんなこと(人数の関係で当初参加予定だった店長が参加できなくなり、「あんたが出てくれたらわしも出れるねんけどな〜」という恨めしそうな視線に負けた)で参加する事に。
 
 結果は下から数えた方が早いほどでしたが、それでも男性二人に勝ったので、まぁ、良しとしましょう。
 
 ただ、時間が長くて、夜10時頃に始まって終わるのが朝4時頃。
 その後、24時間営業のファミレスだとかマンガ喫茶で時間を潰して初電を待つわけです。
 
 非常勤講師歴も長くなったので、立ち続けること自体はそれほど苦にならず、その間はなんとかなるとは言え、家に帰るとぐで〜っと疲れが出て、場合によれば左肩や右腕が筋肉痛。 体重1kg減。
 加えて頭がぼ〜っとします。 いや、ビリヤードって頭使うんですよ、案外。
 
 実は先週もこのメンバーで同じ店で徹夜ビリヤードに興じており、二週連続の朝帰り。
 別にやましい事をしているわけじゃないのでそれは良いんだけど、いつまで持つのかこの遊びパターン。
 
 遊ぶのも体力じゃ...

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深夜雷

 この時間にもかかわらず、和歌山方面で雷の閃光が。
 
 古典的な秒数×340mの方法で計算するとどうも近づいて来ているので、怖いような嬉しいような。
 
 週の半分を家で過ごしている私は、雷の音=夕立、という図式で反射的に目が冴えてしまいます。(洗濯物を入れなくてはならないから)
 今日から二日間、学校だし、今日は特に夏前からかかっていたプロジェクトのサイト解禁日なので睡眠不足は避けたいんだけど...
 
 地球環境の急変が原因で、今年の日本は雷の当たり年らしいですね。
 幸い、大阪は和歌山と四国の山のお陰でそれほど酷い集中豪雨や雷の連打に見舞われずに済んでいるとは言うものの、豊中では数週間前に記録的な豪雨があったので、たまたま幸運だと言う事でしょう。
 
 大きな雷を見る、聞く度に思い出すのが子供の頃、姉と当時行きつけの開業医から帰ってくる時に見舞われた雷雨です。
 
 姉について行ったのか姉が私について来たのかもう忘れました。
 とにかくいつまで待っても天候が回復しないのに意を決して待合室を出たところ、益々雨も雷も酷くなって行きました。
 雷に至っては、周囲が昼間と同じくらい、いや、もともとが夜なのでむしろ昼間より明るく、周囲の色なんてぜんぶぶっとんで真っ白に見えるくらいの閃光に襲われ、0.5秒から1秒くらいで轟音がびしょ濡れの兄弟を襲いました。
 
 身につけている金属が雷を呼ぶ事くらいは既に二人とも知っていましたが、傘を捨てると前が見えないくらいの雨だったのでそれもできず、ただただ「ふんぎゃ〜」「うぎゃ〜」と意味不明の叫び声を上げながら家にたどり着いたのを今でも鮮明に覚えています。
 あの時程家の風呂の暖かみが有り難かった事はありません。
 
 あれほどの雷を以来経験した事が無い、と書きかけて、年と共にそういう経験値が増えて、それほど怖くなくなったのか、車で移動する事が増えたからなのかはよくわかりません。
 
 考えると落雷による停電も経験しなくなって随分経ちます。
 関電(関西電力)に勤めている知り合いによれば、実は瞬間的には相変わらず停電しているそうで、それを瞬時に他の系統に切り替えているので、普通の人はまず気付かないのだとか。
 その切り替わり時間も以前ならパソコンの電源は落ちたのに、今はパソコンも気付かない程の短さだそうで感心した事があります。
 
 そう言えばたまに一瞬蛍光灯の光が瞬くような事がありますので、それが瞬停なのかも知れません。
 その複数系統を一度に切断したんで江戸川の例のクレーン船事件では広範囲で長時間の停電になったんでしょう。
 
 あれ? 雷が止んだ...
 そのかわり雨が激しくなって来たぞ...
 
 窓閉めて寝よ...

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ガム噛む?苦茶苦茶

 今日テレビを机の傍らでつけていたら、本能的に気持ち悪い音が流れて来て、それがとあるガムのCFだと気がつきました。
 
 そのガムで口の中が潤う、ということを表現したいんだろうけど、その「噛む音」が耐えられなく気持ち悪くて嫌悪感を覚えました。
 
 もちろん、サウンドのエンジニアが不快感を極力抑えるように、と音作りをしているのは解ります。
 でも私としてはそれでも単に「気持ち悪い!!」
 
 年に一回くらい、大阪—三ノ宮間の新快速の中で隣に口を開けてガムを噛むおっさんが来るんだけど、一度や二度ならともかく、20分間ずっとくっちゃらにっちゃら、やられるとなんだかそいつの口の中にいるようでとても気持ちが悪くなります。
 口と肛門は内蔵への出入り口でとっても生々しいもんだと私は思ってます。
 だからくちゃくちゃ音とプーという音は同じくらい人前であんまり出すもんじゃない、とも思っている私には、あのCFは15秒の間、ずっと他人(まぁ、TVに出るくらいだから新快速のおっさんとは比べ物にならない美人だとは言え)の「プー、ブー」を聞かされているようなもの、というのは少しノイローゼですが、それに近いものがあります。
 
 そういえば一旦マイナーリーグに落ちてメジャーに戻って来た松井稼頭央、いつのまにか口空けてガム噛むのを止めてましたね。
 確かに毛唐はガムが似合う。 だからと言って日本人が同じ場所でプレーしたから似合うってもんじゃないだろう、と私はずっと毛嫌いしていただけに、ちょっと彼を見る目が変わりました。
 誰か周りの人間がアドバイスしたのかな。 だとしたら良い友人持ってるな、とかね。
 
 自分で滅多にガムを買って噛むと言う習慣が無いだけに、そもそもガムってそんなに売れてるんだろうか、と疑問に思ったのですが、コンビニに行くとあの売り場争いが厳しい中で多数の商品が売られています。 ということは売れているんでしょう。
 その割にそれを意識しないと言う事は殆どの人は口の中でモグモグしているだけかな、と。 その分には自由ですから文句を言う筋合いではございません。
 
 ただ、ちょっと八つ当たり気味に見ると、相変わらず道にそのまま吐き捨てるバカが多いのはどうなってるんでしょうね? '70年代じゃないんだから。
 最近はカラー歩道が多いので一部のガキ大人の行動が目立つだけなんでしょうが、ガム会社は必死でへらで噛みカスをはがしている人の人件費を負担しているんでしょうか。
 
 息がきれいだとか、歯が丈夫になるってのを競うのも結構。 でも何十年も作ってるんだから、そろそろ風化したらポロポロに分解して飛んで行く(まぁ、それもそれで気持ち悪い話だけど)ような製品を出せないんでしょうかねぇ。
 
 タバコの投げ捨てが蛮人の極みみたいに弾劾されるのに、ガムの吐き捨てには寛容なんだね、この国。
 
 なんだか話がずれてしまった...

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塩漬け四年もの

 相変わらずのosCommerceのカスタマイズでなかなかblogの更新まで頭が回りません。(というか、学校に行く以外はずっとこればっかりなので発想が硬直化している、とも)
 
 さすがにこれだけやると随分手慣れて来たと言うか、不具合を見つけても大体の見当がつくようになり、顧客が見る部分はほぼ完成したという所まで来ました。
 後は管理部門ですが、これもEasyPolulateのカスタマイズも基本的な所は終わり、あとは細かいfixを残すのみとなりました。
 
 ということで、GPLライセンスの精神からどこかでこれを公開しなければならないのですが、以前にも書いたようにここではちょっと場違いでもあり、以前から持っていた個人のホームページ上で展開する事に。
 ただ、双方向はあっちでは無理ですので、適当に根っことなる発言をここで書いて、コメントがもしある場合はこのblogのその根っこ発言で扱うようにしました。
 
 では、とホームページを更新しようとしたら、何と四年間も放置、塩漬けしていたんですねぇ...
 これではいかんとずっと思いつつ、ついつい楽なこちらのblog更新にかまけていたせいとは言え。
 
 このデザインを見て私のデザイン能力と思われるのも嫌ですが、かと行って今更大掛かりな改造もする時間も無く、恐らくずっとこのレイアウトで行くと思います。 もろweb1.0の遺産。
 まぁ、本音として既にwebのグラフィックデザインは冗談抜きで若いもんにかなわないと思っています。 紙ものはまだ何とか太刀打ちできるんですけどねぇ。
 
 ということで、本論に入る前の前書きのようなものから始めました。
 偉そうに書いていますが、私が本格的にサーバーをいじる様になって二年、PHP+MySQLを本格的に勉強するようになってたったの数ヶ月で学んだ事を書いてありますので、これからPHP+MySQL+Apacheでwebアプリを作ろうとする人にはささやかにでも役に立てるかと思います。
 
 とは言っても軟弱ものの私はゼロからコードを書けるわけも無く、オープンソースのカスタマイズが主です。 でもosCommerceにせよ、OpenPNEにせよ今から自分が書き起こして勝るものを書くことは不可能ですから、カスタマイズというのもこれからは一つの大きなデザイン(設計と言う広義)の道になるのではないかと感じています。

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