« 長野県岡谷市湊 | トップページ | 夏休み...なの? »

貧富二極化のノンフィクション

 先日、京都で54才の息子が当時84才の母親を合意の上殺めた、いわゆる承諾殺人の判決が報道されました。
 結果としては執行猶予付きの判決で、私としては妥当だと思います。
 
 その報道はNHKだったので民放的なお涙頂戴の演出はありませんでした。 ただ淡々と母親の首を絞めた場所での会話が流されており、「もうあかんねん」「そうかあかんか」「あんたはわしの息子や、いっしょに行こな」という風に続くやりとりが思わず目頭を熱くしてしまいました。
 
 母親が認知症になり、その介護の為に息子は仕事を休職、そして退職。
 最後にはつつましやかなアパートの家賃すら払えなくなっていたそうです。
 
 なかなか介護と両立できる仕事も見つからず、息子は役所に公的保護の相談に行ったものの、「頑張って働きなさい」と言われ、「死ねと言われたのと同じ」に感じたそうです。
 確かに生活保護の予算も厳しく、担当の役人もなんでもかんでも受け入れることは不可能でしょう。
 ただ、ニュースの解説では、相談に行った時はまだ息子の失業保険が切れていなかったそうで、「もし保険が切れても現状のままならまた相談に来て下さい」と一言言えなかったのか、と指摘していました。
 これが「住民サービス」だと思いますね。
 
 日本はかつて資本主義の衣を纏った社会主義国家だと呼ばれていました。 その結果、人々がが突然路頭に迷うことも無く、一億総中流という社会現象も生まれました。 しかし構造改革のスローガンにより、本来の資本主義国家に近づいた結果、今日の貧富の差の拡大を招いたわけです。
 その是非は今日は書きませんが、その仕組みから漏れた人々のセーフティネットは、その一億総中流の頃のままで立ち後れ、いち早く落ちこぼれた人はこの親子のように自らの命を絶つことでしか人生のピリオドを打たざるを得ないと言うのが現実です。
 
 そんな金は金持ちからとれば良い、と言う人もいるし、確かにそれはもっともらしい案ですが、「努力しなかった人の為に税金を取られるの納得できない」と法律の網をかいくぐって半ば海外に住まいを移す資本家がいたり、団塊の世代の後半は家のローンで実はそれほど金を持っていない、等の報道や分析を知るにつれ、絞り上げる富裕層の繁栄もこの先どれほど続くのか不安な情勢だそうです。
 
 と、書いてもピンと来ない人がまだ多いでしょうが、人材派遣会社に勤めている人は要注意だと私は踏んでいます。
 まぁ、30代くらいまでは様々な仕事が回って来るでしょう。 が、最も金が必要な40代になると恐らく仕事はなくなるのではないでしょうか。
 それまでにお金を貯める、マイホームを手に入れて支払いを全て終えてしまえる程バリバリ働ければ良いですが、もともとは正社員の人材コストを下げる為に導入されたのが派遣システムな訳ですから、単純に考えてそんな筈が無いと考えるのが妥当でしょう。
 
 別にいたずらに他人を不安に陥れるつもりはありませんが、今回の承諾殺人を全く他人事と捉えた人はちょっと考え直した方が良いかもしれません。
 
 この息子、母親を手にかける前に母親を車いすに乗せ、かつて母親が慣れ親しんだ京都の繁華街を回ったそうです。
 
 まさに平成姥捨て山。 樽山節考。

|

« 長野県岡谷市湊 | トップページ | 夏休み...なの? »

社会問題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/108674/11063793

この記事へのトラックバック一覧です: 貧富二極化のノンフィクション:

« 長野県岡谷市湊 | トップページ | 夏休み...なの? »