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長野県岡谷市湊

 連日の大雨で日本各地で土砂災害が起こっています。
 その中で長野県岡谷市湊での土砂崩れは特に私にとっては印象的でした。
 
 河口湖や小淵沢での試乗会の後、夕刻に現地を出て中央道に乗るとこの辺りで夜になります。
 山ばかりの中央道で諏訪湖の辺りは珍しく視界が広がり、名古屋から登っても東京から登ってもほぼ中間点のオアシスという所で、名古屋方面に走っていると、その広がりが徐々に狭くなり、最後の街の灯が途絶えるのが今回被害にあった街なのです。
 
 逆に名古屋から夜に走って来るとこの辺りでやっとまとまった街並が広がり、ほっとさせてくれるこの街が湊という名前だったのも今回初めて知った程度ですが、あのささやかな安心感を与えてくれた街が、と思うと他の被害と格差を付けるわけではありませんが、特に心が痛みます。
 
 土砂自体は街のさらに上にある高速道路の高架のまた上から流れ落ちていますから、あの道自体がそんな場所を縫っていたのかと思うと、改めて山地列島日本を感じます。
 今インターネットの道路交通情報を見ると、さすがに中央道のこの辺りは通行止めになっており、ちょうど岡谷ジャンクションも含んでいるので、あまり通行止めが長引くと長野道も含めての影響も懸念されます。 梅雨明けのハイシーズンを宛にしている観光地にも打撃が及ぶでしょう。
 
 隆起活動はどうなんだと言われたら困りますが、自然は安定を求め、最後は平面、地球規模では球体になろうとするわけで、その意味では山は崩れ、海や川は埋まって行き、長い地球の営みから見るとその上でゴソゴソうごめいている人間はハエ以下でしかないとは言え、そこには感情も生活も存在するわけで、ただただ一刻も早い安定と復活を願うだけです。
 
 いや、確かに今自分の住んでいる所は歩いて15分くらいの所に川があるのですが、そこが溢れる時には多分大阪沈没なわけで、あとは地震ぐらいしか不安が無いのでこう書くのも申し訳ないんですけどね...
 でも本音として大概の人が自分の住んでいる所でそんな災害が、とは思っていないのが普通ですから、これも一種のショーかという批判(かつてそういうのを読んだことがある)も完全には否定できません。
 
 しかし温暖化のせいかどうか、毎年梅雨や台風は過激になっているのは間違いなく、そして毎年この手の天災に対して何の策も無く、ただただその惨劇が報道されるだけというのは、人間の非力さを味あわせられる季節の到来でもあります。

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