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最近のお気に入り

 昨日はちょっとギスギスした書き込みでしたので、一転してどうでも良いようなお話を。
 
 この歳になれば別にテレビで見るのを楽しみにするくらい芸能人に熱中することはなくなります。
 「奇麗だね」「最近太ったね」「誰?この子」程度。
 
 が、そこはマニアックな私、支離滅裂に妙に気になるテレビ登場人物がいます。 「芸能人」と書かないのは、どれも素人以上芸能人未満と言う微妙な存在だから。
 
 まずここ数年ずっと好きなのが、NHK 夜7時のニュースのお天気担当の「半井小絵(なからいさえ)」。
 う〜ん、別に美人じゃないんだけどねぇ、なんでしょうねぇ。 別にめっちゃ可愛いわけでもないんですけどねぇ。 品があると言うのか、幸せな気持ちにさせてくれると言うか。
 特に全国的に良い天気の時は最後の挨拶の時に笑顔が出まして、その時の口元がいわゆる「アヒル口」だからかも知れません。
 ちなみに彼女は予報士になる前は日銀で働いていたんだとか。
 
 次はさらにマニアック。
 ケーブルテレビでやっているお天気チャンネルで夕刻以降の毎時25分と55分にやっている「WeatherNews」に出て来る「石田紗英子」。 わっかるかなぁ...わかんねぇだろうなぁ...
 共にお天気キャスター&「さえ」ながら、特にこの線にこだわったわけではなく、偶然です。
 こちらははっきり言って驚異的なウエストの細さ。 そこから大きな腰に至る二次曲線にコロリ。(たまぁにローライズジーンズ+Tシャツのときがある)
 残念なのはマイナー局だけに画像が悪いこと。 もうちょっと鮮明な画面ならもっと堪能できるでしょうに。
 
 あ、上記二人は平日のみの担当です。
 
 最後はもしかするとブーイングを受けるかも知れません。
 西川史子。
 いやぁ、評判悪いみたいですねぇ。
 私は最初は良くも悪くもあまり気にならなかったのですが、数日前に飯島愛だとか大竹まことだとかと真面目に少子化問題を語る番組があって、ちょっと心動いてしまいました。
 まぁ、目の動きとか、明らかに「どう振る舞うべきか」的な迷いが出ている辺りが気になると言うか、敏感な人は厭がられるかも知れませんね。 歳取るとそのあたりが妙に可愛かったりするのですが...
 
 で、さらに話を脱線させると、私の中で同じテリトリーにいながら対称として大嫌いなのが室井佑月。
 なんなんでしょうね。 医者にはなりたくてもなれなくて、小説家ってのは自分の憧れの職業でまだなれないとは100%決まっていないからなのかなぁ。
 西川史子を受け入れられるのは私の心が広い証かと思いましたが、そんな理由で室井佑月が許せない、っていうんだったら
 
 「ちっせぇっっ」
 
 でも嫌いだ。

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ならずもの国家イスラエル

 すいません、また○○公ネタです。
 という大人げない言葉を使ってしまう程、怒っています。
 
 今回の国連の拠点へのイスラエルの攻撃は147回にも及んだそうですね。
 その間、国連関係者はイスラエルに対して軍ルート、外交ルートを通じて何度も攻撃中止を要請したけれども、被害者の救助活動が行われている間にも攻撃の手を緩める事は無かったそうです。
 
 そしてイスラエルの言い分。
 「事故だった」
 
 またかよ。
 1996年の「怒りの葡萄作戦」でも、一般市民が多数避難する国連の拠点に対して爆撃を行い、多数の死傷者を出した時と同じコメント。 そらアナンも怒るわな。
 
 あれだけの軍事力を持つ国が一発ならともかく、百発以上も攻撃を仕掛ける程の事故を起こす筈がありません。 あの軍事力を維持する為には非常に厳格な統率力も同時に求められるからです。
 また、軍部が政治を無視する程貧しいわけも無く、むしろアメリカで学び働いた優秀な頭脳が帰国して立ち上げたハイテク産業のお陰で非常に裕福な国です。
 
 つまりは今回の国連拠点攻撃が意図的に行われた事は間違いなく、要するに国連に対して「我々の軍事行動を邪魔するとこうなる」という脅し以外の何者でもないと私は捉えています。
 これを防ぐにはレバノンに派遣する国連軍を全員米軍にするしかありません。
 
 実態はどうあれ、限りなく続く国家間の争いを止め、世界平和と言う非常に難しい問題に対しての唯一の機関が国連であり、数々の矛盾をはらみながらも最低限の抑止力として一定の敬意を払うべき国連軍へのあの仕打ちはまさにならずものという以外ありません。
 
 かつてブッシュが北朝鮮やリビアを実名入りで「ならずもの国家」と呼び、私としては「なんでそれにアメリカとイスラエルが入ってないねん」と悪態をついたものです。
 そして今回も予想通りと言うか誰も期待はしていないとは言え、ならずものイスラエルを徹底的に庇うアメリカの姿に変化はありません。
 
 まぁ、ならずものフセインがいなくなった途端に宗教派閥による無限の殺し合いが噴出しているイラクを見ると、そんなならずもの国家もいなくなると数え切れない紛争が多発するのかもしれないと考えると、それなりに存在価値があるのかも、と皮肉の一つも言いたくなります。
 
 と、そろそろまたハリウッドを通じて「舞台は第二次世界大戦当時のヨーロッバ...」という触れ込みで「○○のリスト」とか「○○のピアニスト」、果ては「現代の最先端技術で蘇る○○の日記」とかいう民族被虐弾劾映画が出てくるんでしょうね。
 
 何の為にあまたの貴重な命が失われたのか...

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osCommerce モバイル版

 暫くこのカテゴリーの発言が途絶えていましたが、理由はピタリとこの手の商談が途絶えてしまったからです。
 もちろん、それなりに解析や改造は進めていたものの、仕様の要望等が無いのでそのスピードも鈍りがちだった、というここ数ヶ月でした。
 
 最大の課題は携帯電話対応で、自分なりにi-mode対応は進めていたとは言え、これが仮に完成したとしても、auはどうなんだ、vodafoneは?と考えると気が重かったのは事実です。
 
 んで昨夜、中日にぼろ負けの阪神戦を見ているとペンディングになっていた商談先から連絡が。
 商談先と言っても、かつての教え子で、ざっくばらんに最初は「誰かwebとpopができる学生いませんか?」という話からスタート。
 その後、話の流れでosCommerceの携帯対応の話になり、最悪、金払ってでもモバイル対応を済ませている企業にカスタマイズを頼む?なんて情けない話も出ていました。
 
 とりあえず両方併せてまた連絡する、と返事をして切ったのですが、さて気が重い話が出て来た、とひと唸り。
 かと言って何もしないわけも行かないので、なんとなくosCommerce + モバイルのキーワードでググって見たら...
 
 「なんとっ」 この6月に携帯対応のosCommerceがダウンロード可能になっていました!
 ありがたや、ありがたや。 風呂上がりにベランダから星に願いをかけたおかげでしょうか。(ほんとはあずきアイスを嘗めながら天神祭の花火を見ていただけだけど)
 
 眠気もどこかに吹っ飛び、そそくさと事務所にチャリで駆けつけ早速ダウンロード。
 ところが、よく見ると、携帯対応だけではなく、oscommerce-2.2も込みでのフルセットと言う事が判明。
 まぁ、このままいちからクリーンインストールしても良いんだけど、MySQLとの連携等、PC版は既に一応の完成を見ているので、それらの設定や変更をまたやり直すのも面倒、と取り敢えず"mobile"というフォルダーのみをインストールして、モバイル版のみの設定ファイルを書き換えてみました。
 
 細かいエラーを潰しながら、二時間弱でセッティングは終了し、時前のi-mode端末からちゃんと見る事が可能に。 内容も私が自分でコツコツやってたi-mode版よりずっと洗練されている、というか、こういうのを作りたかったのでまずは感謝感謝。
 
 グラフィックのディレクトリがPC版とは別になっているので、画像登録をした時にどういう風になるのか、とか、auやvodafone端末ではどうなるのかとか、また、家内のSH505isではちゃんとSSL通信できるのに、自分のSO213i(premini)ではうまく行かない、などまだいろいろ調整する部分があるとは言うものの、ベースとしてここまでできていれば大助かりなのは言うまでもありません。
 
 加えて先日別件でPHP + MySQLと取り組んだ経験が生きたのか、数ヶ月前にosCommerceのPHPファイル群を見た時より鮮明に流れが読めたのもささやかな喜びでした。
 
 ということで、突然この夏休みの仕事が明確になった、というお話でした。
 
 When I wish upon a star...

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夏休み...なの?

 プロ野球オールスター、藤川のピッチング、凄かったですね。
 
 とは思うんだけど、何かおかしい。
 そう、暑くないから。
 
 既に子供たちは夏休みに突入。 いつもなら眩しい光が朝の早よから照りつけて、子供が今日はプールだとかなんとか走り回ったり、アイスはもうないのかと冷蔵庫を開けまくったりの季節なんですけどね。
 おかしな話、「宿題はやってんのか!」と叫ぶ気にもならない。
 
 梅雨のイメージは六月ながら、実際には梅雨明けは7月に入ってからで、だいたいこれも大まかな記憶では子供達が夏休みに入る二十日前後というのが頭にあり、加えてここ数年、おい、梅雨はどこに行った、と思っていたら、いつのまにか明けてました、と気象庁が言ったり。
 要するに今年の梅雨は「しっかりと」長い。
 
 近所の商店街では夜店祭り、来週には地元のお祭りはもちろん、関西各地の花火大会もラッシュを迎えるのに、雨が降り続いて気温も夜はしっかり窓を閉じて(もちろんノン・エアコン)寝る程です。
 要するに「夏らしくない」の一言。
 
 祭りにしてもかき氷にしても風呂上がりのビールにしても、昼間にしっかり汗をかいて「暑いのぉ、ぼけぇ」と遠吠えを吐くから旨いわけで、冒頭のオールスターにしても、え? 藤川 vs 清原? 交流戦まだやってたん?とまで思う始末。
 
 暑かろうが寒かろうが、長年のサイクルがあってその中でブー垂れながらも生きて行くのであって、涼しいから良いだろうと今の季節をありがたがる気持ちにもなれません。
 この長雨のせいなのか、はたまたここに至るまでの小雨のせいなのか、野菜は妙に高値だし、高校野球の地方予選は各地で遅れまくりらしいし、エアコンのドライモードのかけ過ぎで風邪気味の人は多いし、とやっぱり気持ちの悪い今日この頃です。
 
 長期予報を見ても今週も関西地方はずっと雨ばかりの様子で、やっと九州が梅雨明けの様子。
 ということは七月は結局梅雨明けしませんでした、という所が今年は多そうです。
 この厚い雲の上ではもうあのギンギンギラギラの太陽が照りまくっているんですけどねぇ...

 昨日寝る間際に見たNHKの「ワーキング・プア」の特集番組と、この天気のせいで何となく朝から憂鬱です。

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貧富二極化のノンフィクション

 先日、京都で54才の息子が当時84才の母親を合意の上殺めた、いわゆる承諾殺人の判決が報道されました。
 結果としては執行猶予付きの判決で、私としては妥当だと思います。
 
 その報道はNHKだったので民放的なお涙頂戴の演出はありませんでした。 ただ淡々と母親の首を絞めた場所での会話が流されており、「もうあかんねん」「そうかあかんか」「あんたはわしの息子や、いっしょに行こな」という風に続くやりとりが思わず目頭を熱くしてしまいました。
 
 母親が認知症になり、その介護の為に息子は仕事を休職、そして退職。
 最後にはつつましやかなアパートの家賃すら払えなくなっていたそうです。
 
 なかなか介護と両立できる仕事も見つからず、息子は役所に公的保護の相談に行ったものの、「頑張って働きなさい」と言われ、「死ねと言われたのと同じ」に感じたそうです。
 確かに生活保護の予算も厳しく、担当の役人もなんでもかんでも受け入れることは不可能でしょう。
 ただ、ニュースの解説では、相談に行った時はまだ息子の失業保険が切れていなかったそうで、「もし保険が切れても現状のままならまた相談に来て下さい」と一言言えなかったのか、と指摘していました。
 これが「住民サービス」だと思いますね。
 
 日本はかつて資本主義の衣を纏った社会主義国家だと呼ばれていました。 その結果、人々がが突然路頭に迷うことも無く、一億総中流という社会現象も生まれました。 しかし構造改革のスローガンにより、本来の資本主義国家に近づいた結果、今日の貧富の差の拡大を招いたわけです。
 その是非は今日は書きませんが、その仕組みから漏れた人々のセーフティネットは、その一億総中流の頃のままで立ち後れ、いち早く落ちこぼれた人はこの親子のように自らの命を絶つことでしか人生のピリオドを打たざるを得ないと言うのが現実です。
 
 そんな金は金持ちからとれば良い、と言う人もいるし、確かにそれはもっともらしい案ですが、「努力しなかった人の為に税金を取られるの納得できない」と法律の網をかいくぐって半ば海外に住まいを移す資本家がいたり、団塊の世代の後半は家のローンで実はそれほど金を持っていない、等の報道や分析を知るにつれ、絞り上げる富裕層の繁栄もこの先どれほど続くのか不安な情勢だそうです。
 
 と、書いてもピンと来ない人がまだ多いでしょうが、人材派遣会社に勤めている人は要注意だと私は踏んでいます。
 まぁ、30代くらいまでは様々な仕事が回って来るでしょう。 が、最も金が必要な40代になると恐らく仕事はなくなるのではないでしょうか。
 それまでにお金を貯める、マイホームを手に入れて支払いを全て終えてしまえる程バリバリ働ければ良いですが、もともとは正社員の人材コストを下げる為に導入されたのが派遣システムな訳ですから、単純に考えてそんな筈が無いと考えるのが妥当でしょう。
 
 別にいたずらに他人を不安に陥れるつもりはありませんが、今回の承諾殺人を全く他人事と捉えた人はちょっと考え直した方が良いかもしれません。
 
 この息子、母親を手にかける前に母親を車いすに乗せ、かつて母親が慣れ親しんだ京都の繁華街を回ったそうです。
 
 まさに平成姥捨て山。 樽山節考。

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長野県岡谷市湊

 連日の大雨で日本各地で土砂災害が起こっています。
 その中で長野県岡谷市湊での土砂崩れは特に私にとっては印象的でした。
 
 河口湖や小淵沢での試乗会の後、夕刻に現地を出て中央道に乗るとこの辺りで夜になります。
 山ばかりの中央道で諏訪湖の辺りは珍しく視界が広がり、名古屋から登っても東京から登ってもほぼ中間点のオアシスという所で、名古屋方面に走っていると、その広がりが徐々に狭くなり、最後の街の灯が途絶えるのが今回被害にあった街なのです。
 
 逆に名古屋から夜に走って来るとこの辺りでやっとまとまった街並が広がり、ほっとさせてくれるこの街が湊という名前だったのも今回初めて知った程度ですが、あのささやかな安心感を与えてくれた街が、と思うと他の被害と格差を付けるわけではありませんが、特に心が痛みます。
 
 土砂自体は街のさらに上にある高速道路の高架のまた上から流れ落ちていますから、あの道自体がそんな場所を縫っていたのかと思うと、改めて山地列島日本を感じます。
 今インターネットの道路交通情報を見ると、さすがに中央道のこの辺りは通行止めになっており、ちょうど岡谷ジャンクションも含んでいるので、あまり通行止めが長引くと長野道も含めての影響も懸念されます。 梅雨明けのハイシーズンを宛にしている観光地にも打撃が及ぶでしょう。
 
 隆起活動はどうなんだと言われたら困りますが、自然は安定を求め、最後は平面、地球規模では球体になろうとするわけで、その意味では山は崩れ、海や川は埋まって行き、長い地球の営みから見るとその上でゴソゴソうごめいている人間はハエ以下でしかないとは言え、そこには感情も生活も存在するわけで、ただただ一刻も早い安定と復活を願うだけです。
 
 いや、確かに今自分の住んでいる所は歩いて15分くらいの所に川があるのですが、そこが溢れる時には多分大阪沈没なわけで、あとは地震ぐらいしか不安が無いのでこう書くのも申し訳ないんですけどね...
 でも本音として大概の人が自分の住んでいる所でそんな災害が、とは思っていないのが普通ですから、これも一種のショーかという批判(かつてそういうのを読んだことがある)も完全には否定できません。
 
 しかし温暖化のせいかどうか、毎年梅雨や台風は過激になっているのは間違いなく、そして毎年この手の天災に対して何の策も無く、ただただその惨劇が報道されるだけというのは、人間の非力さを味あわせられる季節の到来でもあります。

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イスラエルなぁ...

 日本ではあんまり大きく報道されていませんが、またイスラエルがお得意のパレスチナだけでなくレバノンに対して相当な攻撃を仕掛けています。
 大義名分としては以前から対立していたレバノンのイスラム過激派への報復とか殲滅とか言われていますが、その規模が相変わらず半端じゃない。
 
 今朝の時点でイスラエルの犠牲者1に対してレバノンの犠牲者が10倍でているわけで、圧倒的な軍事力を背景にやりたい放題です。 これは戦争じゃなく、単なる袋叩き。 殺戮。
 
 イスラム社会の中にぽつんと全く宗教・生活構造の違う国がなぜ置かれたについて遡るとキリが無いし、そもそもいい加減な約束をしたイギリスが悪い、なんてことにもなるのでそれはさておくとして、何よりアメリカの対応が情けない。
 アメリカの経済の重要な部分はほぼ全てユダヤ経済に握られている弱みと言うけど、あれほどあからさまなえこひいきってのは国として恥ずかしくないのかといつも憤りを感じています。
 アメリカのユダヤ経済にしても石油価格があれだけ上昇してメリットは何も無い筈。(この高騰を読んだ儲けは別として)
 
 たまたま今回は紆余曲折を経ながらも北朝鮮に対して決議までこぎ着けた国連も、レバノン攻撃に対しての安保理決議では全く裏で話あう余地がないかのようにあっさりとアメリカが拒否権発動。
 そら力でいくら世界を牛耳っても、誰も真のリーダーとして尊敬する訳が無いわな。
 
 そうは言いつつ、国連軍を投入して戦争状態のレバノンを何とか落ち着かせようとしていますが、それに対してイスラエルは全く受け入れる様子はありません。
 まぁ、そうでしょうね。 いつもイスラエルはさんざんやりたい放題やってから仲裁案を受け入れるわけで、今回も、そしてこれからも自分たちの思うままに中東で振る舞うでしょう。
 
 あの尊敬する皮肉家のいしいひさいちでさえイスラエルネタは殆ど扱いませんから、イスラエルを批判すると右翼の宣伝カーよりも怖い嫌がらせを受けるのかもしれません。
 でもいつも割り切れないのは、かつて同報が受けたホロコーストや虐殺の歴史を精神的背景として過激な軍事行動の理由にするけど、あれじゃ今のイスラエルがかつてのナチスをはじめとする欧州国家と同じじゃないかと。
 自分たちが大量虐殺を受けたから他国にもそれを味あわせる権利がある、と仮に言うなら、それは例えば日本が原爆投下を受けたから、他国にも落とす権利があるというのと同じくらい馬鹿げた理屈です。
 
 痛みを受けたからこそ他人にその痛みを与えない、という日本人の古い概念は世界では笑い話なんでしょうか。
 
 今まで何度もイスラム諸国が連携して戦争を仕掛けても、その度にぼこぼこに負けてますから、今回のレバノンもイスラエルの考え方を変えることは全く望めず、下手をするとパレスチナに加えてさらに占領地を増やすのが関の山でしょう。 よって今後も周辺国の遠吠えゲリラ活動も影を潜めないと言う悪循環。
 
 仮にさらに戦火が拡大してもアメリカは止めるどころか援軍を送るかもしれないアンバランスは間違いなく、こうして未だに根強いユダヤ人への悪印象、そしてアメリカへの絶望が増すだけというのにそろそろ彼らも気がついても良さそうなもんなんですけどねぇ。

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mbstringのありがたみが今ひとつ

 昨日も暑かったですね。
 そんな中、土曜日にもかかわらず、学校で新入生獲得対策のオープンキャンパスの為に登校。
 ダイエットして以降、暑さに強くなった私は「夏やのぉ、浜茶屋の季節やの〜」とむしろ楽しんでおりましたが、他の人はみなさん既に夏バテの顔になっていらっしゃいました。

 7/13の記事のごとく、管理しているOS X sserverをいじったたが為に、いつのまにか別のPHPのサービス(P_BLOG)が文字化けしていることに金曜日に気がつきました。
 まぁ、あんまり利用されていない場所だからそれほど焦らなくて良いとは言うものの、「繋いでみたら使えなかった」なんて言われるのはサーバー管理者として我慢ならないので土曜日3:00頃までかかってフィックス。
 
 原因はphp.iniのいじり過ぎと言うか、買って来た参考書通りにセットしたマルチバイト系文字の設定でした。
 phpでの日本語での文字化けはすぐにmbstringを使ってしまいがち。 しかし実際にはいろいろ逃げ道があって、それまでにインストールしたOsCommerce、P_BLOG、OpenPNE等、全てmbstring = Offで動くのです。
 もちろんmbstring自体は非常に有り難い機能なんですが、うちのばあい、MySQLがEUC-JP、P_blogのエンコーディングはUTF-8という環境がひっかかったようです。
 
 こういうフィックスをした場合、PHPやMySQL絡みの全てのサービスをチェックしないと、いわゆるあちらを立てればこちらがなんとやら状態になることが多いので手間がかかります。
 まぁ、それも終えて土曜の朝、短い睡眠を終えて携帯を見てみると、先日加えた学生のメールアドレス登録システムから自動的に送られて来るメールが文字化けしているのが発覚。
 
 学校に行かねばならんし、時間はかけられぬ、と一瞬焦りましたが、別のプログラムから送信してみるとこちらは文字化け無し。
 これは別の人間が書いたプログラムなので、自分が書いた方に何か抜けがあると判断してサーバーに自宅からリモートで入って覗いてみると...
 
 PHPのmbstringが無くても日本語対応のメールが送信できる"mb_send_mail"という命令に、
 mb_language("Japanese");
 mb_internal_encoding("euc-jp");
 が、私の書いた方に無いのが判明。 これを加えたらあっさりと解決しました。
 
 "mb_send_mail"も購入した参考書で知ったものながら、この二行の補足については記述は無く(mbstring = On が前提だから当たり前だけど)、またまた奥が深いと言うか、基本的にサーバー管理の道はぬかるみであると改めて悟った次第です。
 
 学校の関係者が、「日本語対応さえ無ければPHPもプログラムも楽なんですけどね」と言ったのが身に染みます。 もともとPHPはVer.3で本体がマルチバイト対応(日本語対応)したとはいえ、さらなるmbstringの存在が今ひとつ不鮮明に。
 
 その後、学校から家に帰ったら、昨日文字化けしていたP_BLOGも深い所でまだ文字化けが残っているのが解りましたが、それはバックアップしてあった設定ファイルを書き戻してやることで解決。
 設定ファイルをいじるときはそれまで無事動いていたものをバックアップするのはやはりメンテの王道だなぁ、とこれも既に悟りの領域。
 
 強くなったものよのう>自分

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ぷろぐら民国

 長いニフティのメンテナンスでしたねぇ。 連続48時間。
 あんまり快適になったとも思えませんが、暫く様子見ですか...

 さて、ここ暫く、PHP + MySQLに苦戦しておりました。
 内容は学校の学生にメールアドレスをweb経由で登録させ、必要があれば教師から一斉にメール送信をするwebアプリケーション。 別に締め切りがあるわけではないものの、夏休み前に登録させておけば休み中に緊急連絡がある場合等には便利かと思い、ジュンク堂で参考書を手に入れたのはご存知の通り。
 
 既にOpenPNEやOsCommerceなどでPHP + MySQL + Apacheは利用しているとは言うものの、こういう一通り揃ったオープンソースは設定が主で、実際にガシガシとプログラミングを書くわけではありません。
 ところが今回の仕事は、既に他の人間が組み上げたオリジナルのデータベース(MySQL)に書き込むと言う仕様で、参考書を見ながら実際にキーボードでカタカタと打って行きました。
 
 私が最初にコンピューターのプログラムをやったのは大学のゼミ。 でっかい汎用機の端末にfortranのマークシートを読ませたのが始まりで、list文を出してはデバッグし、やっと走った結果が単純な四則演算という時代でした。
 そのゼミの教授と学生とソリが合わず、さらに端末は偉そうに先輩が占領していたので、ひねくれ者の私は他人に借りたシャープのMZ80で市販のプログラムを改造し「テレフォンカプラーを使用したモバイル営業」とか言う卒論を書きました。
 そっちはBASICでやったものの、どういうわけかMZ80のカセットテープにデータを保存できず、仕方ないので卒論を書き上げるまでずっとMZ80の電源を入れっぱなしという情けなさ。
 
 その頃から行列だとか数列と言う数学的思考が苦手で、今回もSQL文で苦労しながら25年前を思い出す羽目になりました。
 
 まぁ、その程度でしたから到底プログラムに向いているとは思いもしませんでしたが、今思うとそれを変えてくれたのはAppleのHypercardであり、MacroMediaのDirectorでした。
 正確にはDirectorのLINGOという言語で、これはグラフィック系でも複雑な画像やデータの扱いができるように工夫され、このおかげでグローバル変数や行列、if文やcase文(switch文)という条件分岐を覚え、記号一つ抜けているのに気がつかずに徹夜したりしたりと、プログラミングのイロハを学びました。
 
 LINGOの元になったのができるだけ自然な言語(って英語での、だけど)で記述できるHyperTalkというAppleの残した偉大な遺産ですが、それがDirectorのLINGOを経て、今PHPで役に立っているわけですから人生何が役に立つか解りません。
 もちろん文法的には全然連携があるわけではなく、なんというか考え方と言うか、こんなことができないわけが無いだろうとか、ここでデバッグ用に変数を表示させて、とかの応用ができるわけです。
 プログラムの上達のコツは他人の奇麗なプログラムを盗むことから始まるのですが、その時にもそこに何が書いてあるのか解らないとものまね以上に進みませんから、PHPはもちろん、htmlでも何が言いたいのか大体のことが解るのはこの歳では有り難い限りです。
 
 逆に言うと、同じ概念を言語によって言い換えているだけで、本質は殆ど進化していないとも言えるんですけどね。 要するに言語ごとの決まり事とか方言に慣れるのに時間がかかるだけとも。(とは言いつつ、オブジェクト指向は今でもついてゆけない)
 
 あぁ、でも同じMacroMediaとは言え、FlashのActionScriptは苦手です。 LINGOに慣れた身には何とも言語の流れが不自然なんですよねぇ。 結局Flashが時代の寵児となり、Directorは今ではパチンコ台の画面にしか使われていない程廃れてしまったのは悲しい限りですが、あの時代が無かったら今頃cssはおろか、単純なhtmlにも苦戦していたと思います。

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痛いカビラ

 カビラと言えばジョン・カビラ。 もう20年近く前、車で東京に行ったときに楽しみにしていたのがFMのJ-WAVE。
 ここで格好良い、しかし落ち着いた声でDJをしていたのがジョン・カビラでして、J-WAVEも格好良いけど、こいつも格好ええなぁ、と当時は結構心酔していました。
 
 時は流れ、彼は現在フジテレビの夜のスポーツ番組のメインキャスター。
 いつから彼になったのかは覚えていないけど、突然大声で「いくすわいてぃんぐぅ・ぅべぇいすばーるぅぅぅ」と大絶叫するのを聞いて、「だれやねん、この六本木のカレー屋みたいなうっとおしいおっさんは」と思っていたら彼がジョン・カビラでした。
 確かに目を閉じて声を聞いていたらあの私が好きだった声そのもの。
 
 見るんじゃなかった... というかテレビへの進出はして欲しくなかった。
 
 正確には彼は外人ではなくハーフですが、彼に限らず、日本語の流れの中でネイティブ(及び偽ネイティブ)の英語を入れるスタイルって、喋り言葉としては非常に違和感があるのです。
 実際には英語が全く解らないのにファッションだけで英語の適当な単語を入れるのはもちろん、例えネイティブ&バイリンガーであっても上の「いくすわいてぃんぐぅ・ぅべぇいすばーるぅぅぅ」は「エキサイティング・ベースボール」で良いと思っています。
 
 偉そうなことは言えないけど、基本的に喋ることが好きな(&食っている)私としては奇麗な日本語は大事にしたいというのは結構真剣に考えている部分があり、日本語で表せる言葉は日本語で良いじゃないかというわけです。
 まぁ、良い例が以前にも書いたピーター・バラカンであって、実は彼もジョン・カビラも、そして私も結構似た世代なのです。
 まぁ、若い人なら試行錯誤として色々あっても良いと思いますけどね。
 
 てなこと言うと、結構日本語系の大学の教授辺りが「言葉は生き物で、今『正しい』と言われている日本語もかつて、単なる流行語だったとか、上流社会の人が眉をひそめる言葉であったものもある」とか言ってくれちゃうんだけど、あんたらがそれ言い出したら誰が奇麗な言葉を守るのさ、とこの辺りはおっさんの愚痴丸出しで新聞やテレビに向かって吠えてます。
 
 もちろん、私は毎日大阪弁丸出しですが、ここで言う「奇麗な日本語」ってのは「気持ちよい」って意味です。 だから意味も無く突然埋め込まれる妙に巻き舌の和風英語(Loveは"L"だから『ぅらぁぶぅ』じゃないってばさ)やネイティブの英語は気持ちよくないのです。
 
 口語の日本語に入れる英単語はカタカナでええがな。

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打つも打ったり

 いやぁ、ついに北朝鮮がミサイルを発射しましたね。
 燃料を注入した以上、いつかは発射しなければならないわけでしたからいつかは、と思ってはいたものの、ザコキャラをあれだけ一緒に打つとは誰も予想していなかっただけに、策士の面目躍如と言った所でしょうか。
 
 その意図や背景は既に専門家がテレビで語っていましたし、今後も新聞やネットで詳しく展開されるでしょうからそれは置いといて、私は「あぁ、こういうものか」という感慨にふけった話を。
 
 昨夜はPHP + MySQL絡みのプログラムにドイツ vs イタリア戦のキックオフも忘れて熱中。
 ふと思い出して事務所のテレビをつけたニュース速報で知ったわけですが、かりに本当に日本を狙っていたとしたらその頃、日本のどこかで(弾頭の種類によるとは言え)火柱が上がっていたわけで、平和ってのはこういう風に突然崩れるのか、と妙な気持ちに襲われました。
 
 思えば阪神大震災で焼け野原になった兵庫地区を見た時に、空襲後って多分こうだったんだろうとリアルな恐怖に襲われたことがあり、あの時に似た疑似感覚と言っても良いかもしれません。
 
 我々はテポドン2にばかり目を奪われ、対象もアメリカだろう、と平和ボケしていたのが解ったのも今回の七連発でした。 さすがにテポドン2は失敗だったようですが、実績のあるノドン(スカッド)はある範囲内にまとまって着弾しており、東京、名古屋、大阪に二発づつ落とすなんてことは技術的に問題ないということを示すに十分な結果です。
 
 要するに格上のアメリカには偉そうなことを言っても洒落で済ませる程度、しかし日本に対してはマジでぶち殺したるで、という中間管理職ヤクザ的な意思表示であったのです。
 
 私ですら立派に「戦争を知らない子供」であり、何となく戦争や侵略ってのが起こると信じられない世代な訳で、そして国家もまた、あそこまでされても「戦争を知らない大人」であるかのように今ひとつ生温い対応しかできないようです。
 もちろん、これを千載一遇のチャンスとばかりに軍事国家に走らせまい、という政治家の良心も無いわけではなく、その辺りは何十年経っても敗戦国のトラウマを感じたりもします。
 
 さすがに今回は韓国や中国も北朝鮮非難で一致しそうですが、それでも昨今の中韓との冷え込みが無ければどうなっていたのか、また、今後これをきっかけにどう展開するのかが気になります。
 プレスリーの家まで行ってブッシュに頭をなでなでされて喜んだコイヌミ首相が頼る米国も、今回の北朝鮮の脅迫がどちらかというとアメリカよりも日本に向けられたものだと言う性格からか、今ひとつ緊迫感が感じられません。(まぁ、空母は日本海に向かったみたいだけど)
 
 日本があれだけゴマをすっても国連の常任理事国入りに冷淡な態度を取ったアメリカですから、今回の事件に対しても立場上なかなか勇ましい対応ができない日本を助けてくれるような策を取ってくれると考えにくく、これが対北朝鮮対策に時間を割いて来た(と国民に思われている)安倍、対して中韓との友好を取り戻すべきだと主張する福田の次回総裁選へ大きな影響を落とすことは間違い無さそうです。
 
 とにかく、怖い時代になりました。 なにせ相手があれ(放送禁止用語)だもんな。

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誰が知ってんねん

 週三日ニート((c)私)としては今日も今日とて晩ご飯当番。
 調理中なのを良いことに子供はNHKのニュースではなく、なんだかどうでも良い民放をつけていました。
 
 以下、完全なオヤジのグチ。
 
 それはよくあるものまね番組だったんだけど、ネタの歌が古過ぎ。
 酷いのは私が10代ぐらいの頃の歌なので30年くらい前? アーカイブスかいな。
 
 たまたま食事中にやっていた時間帯はそれは酷いもので、北島三郎、美川憲一、イモ欽トリオ...
 で、これがNHKの日曜の昼下がりのお年寄り向け番組なら解るんだけど、会場の若い見学者は歌が始まった途端に「似てる〜」とばかりにお決まりのどよめき。
 
 そんな筈無いやろ。
 
 今日はたまたまフジテレビ系列でしたが、他局でやってるのも似たり寄ったりで、二十歳前後の審査員がわざとらしくヘッドホンを耳にして「そっくりなんで驚いてしまいました」とか言ってるけど、あんた「8時ちょうどのあずさ二号」なんていつ聞いたの?と突っ込んでしまいます。
 
 いや、これがお約束なのも解ってるんですよ。
 でもなぁ、なんだか食ってるスープスパゲティ+トマトサラダがカビ臭くなってしまう。
 
 確かにこの手のものまね番組って面白い時期がありました。
 多分20年くらい前に始まったと思うんだけど、以後基本的にネタの中身が変わらない。
 顔に落書きしたり、テープで輪郭変えたりと、あの辺りは「そこまで追求するかぁ」と感心もしていました。 でもその内、テレビ局のプロデューサー絡みだとか、所属事務所のしがらみとかでコロッケや岩本恭生が干されたとかのまるで地方暴力団系興行並の生臭い噂を聞くようになってうんざりしてきたのも事実です。
 
 さらに愚痴るなら、ツーコーラス目から本人が登場するってのも、もううんざり。
 礼儀がものを言う世界で収録前に楽屋に来ているのを知らないわけが無いだろう、ってのはもう素人でも常識な訳で、和田アキ子なんて事前に挨拶に行かなかったら両手をついて詫びない限り許してくれないでしょう。
 んで、本人もたいしてギャラのかからない地方巡業系がメインで、なんだ、結局この手の番組って生活の苦しい芸能人救済措置の一環か、とまで思えてしまいます。
 
 そう言えば、冒頭の古い歌を喜ぶのって地方の温泉ホテルだとかスパワールドの余興に来ている50代から上の中高年なわけで、結局巡業ネタをやってるだけなのでしょう。
 ある意味、彼らはそう言う場で磨かれているプロであり、作り手側としては非常に楽であることは間違いなく、それをゴールデンタイムと言うスポンサーに高く売ることができる枠で送り出せるんだから、そりゃこの手の番組が無くなるわけが無いかぁ、と納得せざるも得ません。
 まぁ、「素人でも弾けるキースジャレット風ピアノ」なんてタモリ古典ネタがゴールデンタイムで受けるとは思いませんが...
 
 解ってるんですよ、嫌なら見るなって。
 でも家族が見てるんだ。 これが一番嫌なんだ。

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脱オタクファッションガイド

 木曜日からなんだかんだと忙しく、加えて週末はワールドカップがあったりでなかなか時間がありません。
 とはいえ、近所の本屋では売っていないPHP + MySQLの本を探しに寝不足を押して(土日は可能な限り寝る。このお陰で生きて行ける)ジュンク堂大阪本店へ。
 ちょっとややこしい技術関連の本はここ暫くずっとこの店にお世話になっていて、こういうときは都会に住んでて良かったとつくづく感じます。 インターネットでは検索はできても内容まではわかりませんから。
 
 この店のコンピューター関連は三階で、そこに行く為に二階売り場を通り過ぎると、自慢(?)の「おもろそうやんアンテナ」が視界の隅でピピっと反応。 二、三歩行き過ぎて戻ってみると題名の「脱オタクファッションガイド」オーム社刊 ¥1,200- (ISBN4-274-06619-3)という書籍発見。
 置いてある棚分類が「フィギュア」というのも店員さん、素晴らし過ぎ。
 
 内容は要するに、アキバ系オタク少年を気持ちよく他の人に受け入れてもらえるようにお洒落にしよう、という本なんですが、これがホント、よくできています。
 以前うちの学生が卒業制作でこういうテーマを扱ったことがあるけど、こういうのは見下し視線でやっても絶対に反発を食らうだけで、肝心のオタク少年達には絶対に伝わらないのです。
 ところが、現アニメオタク大学生が小さい頃に転校してしまった幼なじみ(この娘がファッションの専門学校に通う為に街に戻って来たという設定)と偶然出会うところから始まるマンガが中心の骨となり、表紙も含めた絵柄が丁度オタクにも一般人にも受け入れられる中間点と言うニクさ。
 
 なんでも大元の企画の中心となった人はかつてこの本に出てくるような本物のオタクだったということで、そこからの脱却という実話がベースになっているらしく、その辺が非常に説得力ある所以なのでしょう。
 
 さらにマンガの間に挿入してあるファッションアドバイスが非常に的確。
 こういう本って、得てして「個人の好み」とか「あとは好きずき」と言葉を濁してしまうものが多いのに、袖の長さ、裾丈、色のコーディネート、お薦めカバンのブランドまではっきりと指示してあり、眉の理想的な手入れだとか、服屋さんやパーマ屋さんの利用の仕方なんかも具体的に書いてあるのは本当に立派。
 「良いセンス」というのは言葉では簡単だけど、それは具体的に何なの?と言うのを人は知りたいのに、その肝心の部分を書いてくれていないお洒落指南本が多いんですよ。普通は。
 
 さらに全体を通して「でもあんまり行き過ぎて、ファッションオタクになっちゃ本末転倒」とまで書いてあるのは本当にその通りな訳で、来年のグラフィック新入生男子の必須教科書に指定したいくらいです。(女性も読んで損は無いだろうけど:だって、カットソーってどんな服のことを言うのか知ってた?)
 
 さて、そんな本を私は余裕で「ふんふん、そうそう、そうだよね〜、それは基本だよね〜」と読んでいたわけですが...
 「ジーンズのあまり細いのはダメ」と書かれている一節があって、
 「え... あかんの... それ...」
 と、心拍数アップ。
 
 でも先日久々に会った卒業生は「先生(わたしだ)のトレードマークは白いシャツに細いジーンズ」ととある所に書いていたわけで、「そう、これは私の10代の時からの個性だもんなぁ...」と自己擁護するものの、正直「がぁんと...」と思ったら、「そういうコミックでしか出て来ない言葉もあまり言わない方が良いよ」とか書かれ、さらに焦る私でした。
 帰りにオマケの彗星○○○が欲しくて、とある月刊誌を買ってしまった私って一体...(もちろん本は知り合いの小学生にあげた)
 
 いや、まぁ、その。

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