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げしげし

 21日は夏至でした。
 この辺りが誕生日の私としては「あぁ、また来たなぁ、今年も」という印象です。
 
 本来は日が長くなるので嬉しい筈なんですが、昨年ここに書いたように私は泳ぎが苦手で、子供の頃この季節になると本格的にプールの授業が本格化するのと重なり、今でも嬉しい筈なのになんとなく憂鬱という屈折した感情を抱いてしまいます。
 
 確かに昨日辺りから何となく憂鬱です。
 日があまりにも長くなると人は憂鬱になるとか書いてあったのを思い出すと確かに納得する部分があります。
 
 パリやロンドンではこの季節、夜11頃にならないと日が暮れません。そして3時頃にはうっすらと空が白んできます。 まぁ、旅行者にはそれだけ長い間楽しむことができて良いのですが、これだけ夜が短いと人は落ち着かないそうです。
 夜と言うと暗いイメージが先行します。
 でも、その暗さ故に人をゆっくりと包んで落ち着かせるという有り難い部分もあるわけで、それが短いと人は癒されないままほんの数時間で「さぁ、朝だ、今日も元気に頑張ろう!」と能天気に太陽が追いかけて来るのです。
 元気一杯の時はそれで良いけれど、ちょっと凹んだ時だとか、静かに過ごしたい時にはある種こういう能天気さは迷惑に感じる時があります。 つまり今は季節がそんなメーワクな奴そのものだとも言えます。
 ヨーロッパの「暗さ」について話すとき、一般的にはあの長くて厳しい冬のイメージが中心になるのですが、さらに北のスウェーデンやデンマーク辺りになるとさらに白夜というのがあり、それでノイローゼになる人も多いというのも意外でありつつ何となく夏至の日本でもわかるような気がします。
 
 今日の大阪は大雨になるそうで、お陰でこの時間になってもまだ外は薄暗いとは言え、微妙に鬱モードの時はこれくらいの暗さと雨音がこの季節には有り難くも感じます。
 もっとも調子のいい時には朝5時頃にぶらっと外を歩いてみても何もかも新鮮で気持ちが良いのも事実ですから、人は本当にわがままですね。
 
 とは言え、こうしてまだ軽い鬱を楽しめる間は幸せだと感謝しなくてはならないんでしょう。
 既に定期的に何度も酷い鬱に入っていた学生が最近また壷にはまってしまったようで、そんな可愛そうな状況を考えると、私はこれだけ屈折しているのにどうして深刻な鬱にならないんだろうと、むしろ不思議でたまりません。
 鬱病やなんとか症候群とかの認識も無く「そんなもん気持ちの問題や、根性や」と理不尽にケツを叩かれて来た世代だからでしょうか。
 
 理系に憧れながらの文系、AB型に憧れながらのA型、病弱に憧れながらの健康体というような私ですから、恐らく繊細に憧れつつ図太いのかもしれませんねぇ。
 いや、私としてはそんなに強いとは思っていないのですが。

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コメント

 ですよねぇ...
 なんでもかんでも根性で済まされるのも御免被りますが、解決するのは自分しか無いわけで、そのあたりをちゃんと線引きしないとねぇ...
 ま、こういう思考は最近では御法度なので語気は鈍りますが。

投稿: あやおば | 2006年6月27日 (火) 02時56分

まさに「そんなもん気持ちの問題や、根性や」と理不尽にケツを叩かれて来た世代だからでしょう。
私ら、気持のなかで心底そう思ってる部分があるんじゃないでしょうかね。つまり、気持の問題と本気で思っているから真性の鬱には陥らないということです。自分で自分をだませませんから。
逆に、鬱は心の病だ。気持の問題で片づけられてはたまらん。本人のちからではどうしても解決できない病気なんだ。と心底そう思っている人は、鬱になりやすいと思いますよ。

投稿: DS | 2006年6月26日 (月) 17時47分

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