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ガキオヤジ

 最近、「子供心を持った大人」という言葉は比較的ポジティブに使われる事が多いですね。
 でもこれは「大人であるべき所はきっちり大人」であることが条件で、その上で「大人になって忘れてしまいがちな純粋な心を忘れていない事」を指すのだと思います。
 
 自分自身がちゃんと大人であるべき所が確立されているのかは甚だ疑問ではありますが、最近ただのガキっぽいオヤジ、それも同様のケースによく出会うのでちょいと書いておきたいと思います。
 
 この歳になると基本的にフリーとは言え、会社であるとかの組織と直面する事が増えてきます。 逆に言うとこの歳にならないとなかなか組織単位ではフリーを信用しないと言う事かもしれません。
 ビジネスにせよ何にせよ、何かを良い方向に改善する場合、理想と現状の差を正確に押さえる所から始める事は基本中の基本です。 そこがいかに正確に把握できているかどうかがポイントであり、当然そう言う会議であるとかミーティングではしっかりとやらなくてはなりません。
 
 ところが、この場で明らかに気分を害されたとか、怒り出すとか、感情的になる大人が多いんですね。 年齢的には私と同じか上の人で、そういう場面に出くわすと思わず面食らってしまいます。
 考えるに、こういうタイプの人はその人が管理している仕事が批判されたとは取らず、自分自身を批判されたと取っているのかもしれません。
 別にこっちは他人様の人格を仕事の場で批判するつもりは毛頭ないわけで、一応口ではそれは誤解であると説明して謝るものの、「なんじゃ、このおっさん」と呆れるしかありません。
 逆切れってのは最近の言葉ですが、どの世代にもいるということです。
 
 「我々だって精一杯やっている」
 (当たり前だ、そんなの大前提だ)
 
 「そんなことは言われなくてもやっている」
 (それができてないから指摘してるんだ)
 
 大人向けの書物や、果ては子供向けの絵本やアニメにまで「欠点を指摘してくれている人を恨むな。その人はあなたの為を思って敢えて口を開いたのだ」とか書いてあるのを普通読みませんかねぇ?
 私はそういうのが大人の常識だと思っているし、時に「言いたいこと言うなぁ、こいつ」とは思いつつも、「それでも言ってくれるだけましか」と、むしろ何も言わずに陰でずっとクスクス笑い者にされているほうが屈辱だと思うようにしています。
 
 こういう人に限ってそれなりの立場に座っている人が多いんだけど、そういう反応を見てしまうと、あぁたまたまこの人は年功序列でここに来ただけだろう、とか他に使い道が無いのでここにただ置かれただけなんだろうなぁ、と判断せざるを得ません。
 
 通信や車関係で、一部上場やその子会社の取締役、何億のプロジェクトを動かす責任者等と多数会って来た中、そう言う人程「実る程頭を垂れる稲穂かな」のごとく礼儀正しく、他人の言うことに一応は耳を貸し、その一瞬の出会いをできるだけ有効なものにしようとする態度に敬服してました。
 
 こちらもそういう経験を下敷きにして敬意を持って同じように接しているのに、上記のような態度を取られると、中途半端な会社の中途半端な役職というのはこういうものか、そしてあぁおれはこういうオヤジが昔から嫌いだったんだ、と改めて痛感します。
 しかし、私は収入を捨てるつもりだったらそう言う人と簡単に喧嘩できるし、それっきり会うことも無いですが、こういうタイプのオヤジを上司に持つ部下はそうは行かないでしょうから、悲劇はさらに深いですね。
 移動シーズンの度にがっかりし、そして上司の定年退職を逆算する日々というのは考えてもぞっとします。
 
 もちろん、これを他山の石とせず、私も気をつけなくっちゃね。

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