« 村上氏降参 | トップページ | It's been a hard day's night »

追憶

 良い言葉です。
 
 本日も、さて晩ご飯の冷やし中華に何をトッピングしようかと考えながら例のノイロ・カフェへ。
 そこで突然昔の吹田周辺の話になりました。
 
 まぁ、50を前にしたおじさん、話が止まりません。
 「昔な...」で始まって出るは出るは、初代市役所や警察署の場所、駅のガードは昔は人も通っていて横っ腹に穴があいていてそこから改札に行けたとか。
 ローカルな話なので詳細は書きませんが、こういう話って結構盛り上がるんですね。(もちろん世代層にもよるけど)
 
 元々私は「鉄」な人なので,電車に乗っていて非常にスムーズに離合する道路や空き地があると「ん?廃線跡?」とすぐ思ってしまいます。
 また、国土地理院のwebサイトでは終戦直後に米軍が撮影した航空写真がひっそりと公開されており、現在の新御堂筋が淀川を渡る橋りょうは既にこの時代に橋脚だけは完成していたとか、伊丹空港には今は無い横風用の滑走路があっただとか、はたまた東京は焼け野原の面影が強いとか、二年前の夏にこのサイトの存在を知った時、実に数日間このサイトに耽溺しておりました。
 
 軍艦島にも行ってみたいとは思いつつ、漁船で渡ってあちこち壊しまくっている人もいるとかを聞いて諦めた覚えもあります。
 
 こうした名所遺跡だとか旧跡に限らず「跡」にどうして人間は惹かれるのでしょうね。
 私はそこに人がいたからだと思っています。
 
 たった数十年前からはるか数千年前まで、「跡」には人がいて、どんな言語であろうと挨拶、笑い、怒り、悲しみ等が確かにそこにあった、という事実が同じ人である現代人を呼び込むのだと。
 少し前にブームになった廃線跡にしても、通勤通学、行楽、親戚の葬式に向かう人、あるいは戦争に返らぬ車上の人になった人がいて、同じ風景を見ていた人が確かにそこにいた、という一種の疑似共通体験が人を引き寄せたのだとも言えます。
 上記の軍艦島にしても、あの狭い土地に朝は父ちゃんが炭田に行き、母ちゃんは大声で笑いながら家事を、夕方には子供の声が住宅の間に響き渡る。 そういったものが密集し、そしてある日こつ然と入れ物だけ残して人が消えたからこそ今でも多くの人を惹き付けるのでしょう。
 
 発掘されたものの年代を推定するのによく残留放射能が使われます。 人の話し声は基本的に「波」ですから、あれと同じようにその周りにある物体全てが聞いた事や声を全て記録していたら面白いのに、と以前妄想に耽った事があります。
 もしそうなら、廃止された駅のホームに立つと、都会に出る子供を見送る親兄弟の声が聞けるかもしれない。 逆に都会から返って来た恋人を出迎える「おかえり」の一言を引き出せるかもしれない。
 京都や奈良の建造物を分析すれば「あぁ、この冬も租を納めたら食う米が無ぇ」とか「あの娘っ子、えとちゃうか?」も聞き出せるかもしれない。
 
 もちろんそれは不可能とはわかっているものの、「かつて確かにここに人がいて喜怒哀楽があった」という得も言えぬ感覚は何なんだろう、と今ビールの缶を開けて一息つきました。
 
 もしかするとそれは人生の時間軸の確認なのかもしれません。
 46億年と言われる地球の歴史、その尺では「たったの」500万年に始まったヒトの歴史の中の、さらに「たったの」100年程の今生きている人の時間軸の確認への渇望が「跡」へ導くのかもしれません。
 

 え? 冷やし中華のトッピング?
 錦糸玉子、ハム、キュウリの定番に加えて、モヤシのナムルとメンマを加えました。
 完食。

|

« 村上氏降参 | トップページ | It's been a hard day's night »

心と体」カテゴリの記事

コメント

 私もどちらかと言えば新し物好きで>いんて

 そう言う人程、過去も振り返り、自分の重心だとか立ち位置を確認したくなるのかもしれません。
 しかし根岸競馬場ですか... 深い...

投稿: あやおば | 2006年6月 9日 (金) 07時23分

 昨日コメント付けたらシステムがメンテ中だった...

 確かに一方で、人がいなかったところへも競って行こうとしていますね>DS
 これは人がいたところへの郷愁とは別の、好奇心と言うものかもしれません。
 昔富士山には三人の如来がいたそうですから、今では宇宙、深海、はたまた地中くらいしか神々は落ち着くところが無いのかも。

投稿: あやおば | 2006年6月 9日 (金) 07時19分

私も「跡」に非常に惹かれる性格のようです。
去年も、横浜に行った時に「根岸競馬場・一等観覧席跡」に行ってきました。(笑)
ちなみに、廃墟系サイトも良く回ってます。

電車に乗っていたも、おばたさんと同じで、あの無意味そうな跡地はなんだうとか、ああ、このカーブは軌道だなとか、橋脚の遺構や築堤の遺構をみるとワクワクしてしまいます。 武田尾で廃線跡の鉄橋とトンネルなんかは興奮しまくりでした。 そーいえば、奈良の五條で五新線の未成線の跡にも感動したなー(笑)

しかし、性格的には新しいもの好きなんですけどねぇ・・・何故なんでしょうか?

投稿: いんて | 2006年6月 7日 (水) 13時07分

以前そこに人が居たということを確認することで何かホッとするというか安心できる、というのは人が群れを成して生きる動物だからでしょう。前にも書きましたが。
より大きな安心して生活できる社会を作るように、人は寂しがり屋にできていると。
逆に深い森、高い山など人の跡が感じられない場所は神が住む場所だったのが、昨今、人が行けない場所がなくなってしまい、神様の住む場所がなくなってしまいましたね。

投稿: DS | 2006年6月 7日 (水) 09時24分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 追憶:

« 村上氏降参 | トップページ | It's been a hard day's night »