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気になる人との距離

 昨日は遅れていた駐車違反の反則金を支払いに警察署に行ったら時間切れで無駄足に終わりました。
 今までなら気分を害するところながら、陽気が良いと言うのは凄いですね。 まぁ、仕方ないか、とノイロ・カフェへ。
 
 ここ暫くはずっとホットだったのに、いつのまにかアイスコーヒーが当たり前になっているのもなんて事は無い話題の一つで、春が遅かっただけにホント、今の気候は最高です。
 
 で、話は気になる(好きな)人との距離の事に。
 気になる人がいた時、玉砕覚悟で非常に深い仲になりたい人もいれば、波風を嫌って一定の距離を置いて眺めている人もいる、という事です。
 単純にありがちな結論を書けば、「見ているだけでどうなると言うんだ、結果がどうあれ攻めろ!」となるのでしょうが、この歳になるとそういうのが必ずしも正解とは思えません。

 いきなりリアルな話で申し訳ないとは思いつつ、私は人間って所詮動物の一つでしかないと思っているのです。
 犬や猫を室内で飼っている家に行けば獣臭さが鼻につきます。
 でも人間だって結構臭いわけで、これは加齢臭とかそういうのではなく、動物である以上仕方が無いわけです。 もしかすると鼻が敏感な犬にしてみると「おまえ、嫌いじゃないけど臭いんだよな〜」と人間の事を思っているかも。
 「好きな人はトイレに行かない」と偶像化するのは「可愛いねぇ〜」とも言えるし、危険でもあるのですが、その辺りに気がつく歳になると、むしろ人との距離はある程度あったほうが快適なんじゃないかと自然に思えるようになりました。
 
 好きな人と一つになる事は素晴らしいと概念的には思っても、実際その姿を鏡なんかでチラリと見てしまうと獣以外の何者でもないわけでして、だとするとある程度の歳になると着飾った姿、建前で塗り固められた姿だけを愛でるのも捨てたもんじゃないとも思えるのですね、これが。

 「人生は仮装行列」というのは私の好きな言葉でもあり、それをお互い認識していればそういう前提の人付き合いも嘘だとか欺瞞だとか言うよりも積極的に快適な人間関係として認めても良いのではないかとも思えます。
 エヴァネタで言うと互いのATフィールドを認めつつ付き合うって事でしょうか。
 
 だとすれば「花は野にあって美しいもの」と別に手折ったり持ち帰るわけも無くそれをただ眺めて満足するってのもいつのまにか「あり」として思えるようになったのはやはり歳と言うのがなせる技なのかも知れません。
 
 かつて「玉砕の○○」「高望みの○○」と呼ばれた私でもそう思えるようになったのは、う〜ん、加齢ってのはそう悪い事ばかりでは無いのかもしれませんねぇ。
 
 ま、これも季節が自分の一番好きな時期だから思える事かもしれません。
 女の人は薄着になるし、ああ、幸せ(?)
 死んで葬式出すのもこの季節に限るねぇ。

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コメント

 いや〜「よそで」ってのがあればネタとしては艶があってそれはそれで面白いんでしょうけどねぇ。
 私の場合、DSも書いている「子供を残さなくっちゃ」という本能は既にアポトーシス完了されたようで、「あんたとはもうええわ」イコール「もうええわ」状態ですねぇ。
 ただ、それで急速に枯れても困るので適当に水は与えてますけど、って状態かな... 
 まぁ、学校で男女問わず若い世代とワイワイやってるので、変な枯渇状態にならないっても良いのかもしれません。

 今朝で六日連続自然に朝6時起き。 なんか落ち着かんなぁ...

投稿: あやおば | 2006年5月16日 (火) 07時01分

 いや〜、どこでこのblogをお知りになったかわかりませんが、ようこそmy blogへ>内藤さん
 某所では私が書くとコメントが止まってしまうと言う「コメント・ターミネーター」という異名を頂いていた私としては楽しい限りです。

 確かに自分が歳をとると精神的には進歩していると思うし、過去の経験と知識を元に未来がある程度読めるようになるのも感じています。
 でもねぇ、肉体の衰えはやっぱり嫌なもんです。
 別に100m全力疾走が何の準備運動無しでもできるとかは望んでませんが、のど仏の辺りで首の皮に皺が入っているとか、パジャマの襟辺りが微妙に臭いとか、じわ〜っと落ち込みます。

 ほいでもってDSへのコメントにもあるように、実は別に誰が好きだってことも無いんですよね。 そういう事よりも何と言うか世の流れとか人の刹那みたいなことをぼ〜っと考えていると言うか。
 ま、今の置かれている環境で他人を好きになっても、哲学的には素晴らしいとは思いつつ、面倒な事が次々浮かんで来てその重さに引いてしまいます。

投稿: あやおば | 2006年5月16日 (火) 06時56分

好きな分野なので内藤さんにも怪おばにもRESしたい内容いっぱいですが、ひとの公開ブログでシモネタ全開ってわけにもいかんので、控えめに書きます。(結局書くのかよ)
「あんたとはもうええわ」ですが、これも実によく分かります。私はこれも自然なことと思ってます。自分にその気がない、嫁さんにその気がない、よそで、っていうようなことでそういう状態にあることが多いと思いますが、それが夫婦間で特に問題となっていない(ばれてない&気付いてないふりを含む)のならば全然問題ない状態と思います。夫婦であるということと、それとは別問題。子どもが出来る前からその状態じゃあ当然子どもも出来ないわけで、それが二人の望ことなら兎も角、そうじゃ無い場合には夫婦にとって問題有りですが、私らの世代になってからは言ってみれば趣味みたいなもので、それぞれ好きにすればいいことです。まあ、あらためて言うまでもないことですけど。

投稿: DS | 2006年5月13日 (土) 14時23分

本日、初めてのくせにコメントしまくってます。
突然出てきてスイマセンm(__)m
カテゴリを拝見して、「おお、興味のあるカテゴリがなんてあるんだ!?」と思い、つらつらと読ませて頂くうちについつい...です。

で、本件ですが。
自分的には、加齢=精神の進歩 と思っております。
ですから非常に良いことだと思います。
進歩というと、どんどん良くなってるイメージですが、そうではない事も多々有るのが難しいところです。
でもまあ、一応進歩という事にしておいてください。(笑)
だからこそ、若かりし頃のような直接攻撃ではない、微妙な恋愛感情を楽しむことも出来るのでしょう。
バリエーションが広がる=楽しみが増える 事ですから、とっても
素敵なことですよね。
ただ、直接攻撃をする気力が無くなってしまった上での事なら、それは加齢=ただのくたびれ になってしまうのかもしれませんね。
加齢を精神の進歩にするのか、ただのくたびれにするのかは個々人の主観にもよるのでしょうが、その人が日々をどう生きているのかによって大きく変わるものではないかと思ったりします。
自分的にはいまだに毎日のようにせっせと溜まったりするんですが、距離を置いた感覚の楽しみっていうのもこの数年、微妙な感じがとても良い楽しみの一つになってます。
そういう訳で、精神的にはとっても有り難い「加齢」ですが、こと肉体的には何一つ良いことはありませんねえ。
体だけは若かりし頃に戻りたいと、切に願います...


投稿: 内藤隼人 | 2006年5月12日 (金) 22時11分

 懐かしい... 昔そんな話をあっちで展開していましたなぁ...
 
 距離を置くってのも、最近DSが溜まらなくなったのと同じく、年齢に沿ってというのがあるんじゃないでしょうか。 ようするによっぽどの事が無ければ面倒くさいというのが先に立つのだろうと。
 月1 or 2ってのはむしろ健全なんじゃない?
 私ははっきり言って「あんたとはもうええわ」ですねぇ。 お先に狂気の花鳥風月の世界(?)に入らしてもらいました。 はい。

 二者択一としてはエビちゃんかなぁ、栗山千明となら悩むかも。
 室井佑月は真剣にしばいてやりたい。

投稿: あやおば | 2006年5月11日 (木) 01時00分

やっぱ、ロマンチストですなぁ。
言わんとしていることは、よく分かります。
怪おばらしいって気がします。

私は逆に、あの人がどういった動物に変貌するのか、それが見たい。って方なので、においも逆に刺激になって興奮しちゃいます。(笑)
多少、Sの気があるのかもしれません。
ただ、そういう趣向ではあっても現実の精力がこのところめっきり落ちて、全然溜まりません。生産量が落ちてるんでしょうね。
私はモロに動物なのか、溜まらないと全然やりたくならないので、週イチだったのは遠い過去になりました。もういまは月に1~2回嫁さんに相手してもらえば適量って感じです。情けない・・・
あのニュースのハーレム野郎が私よりも年上ってのが悔しい。
今をときめく蛯原友里と押切もえとで3Pしましょってことになったとしても(どういう仮定だ)、残念ながらどちらかにはお引き取り願わねばならんと思う。

投稿: DS | 2006年5月 9日 (火) 23時00分

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