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ひとつのピリオド

 先月末から珍しくドタバタと忙しくしておりました。
 そんな中で3月末を持って自分にとって大きなピリオドとも言える、(株)ニフティの下での自動車フォーラムの終了がありました。

 '94年の四月にここのシステムオペレーター(マネージャーと後で呼び方が変わった、要するに責任者)になってから数えてみれば12年ネットワークコミュニケーションの管理をして来たわけです。
 当時は現在のようなTCP/IPベースのコミュニケーションではなく、パソコン通信と言うシステムを使っており、たまたまそのパソコン通信というシステムもこの3月末で終わったというのがニフティのホームページにあるのも何かの縁、そしてまた一つの時代の終りだと感じます。
 
 マネージャーになる以前からパソコン通信自体には'88年から参加していました。
 そこでメールの使い方やマナーを覚え、今で言うチャットにはまり、ネット上の喧嘩や荒らしを体験し、それらを収めたり、ネットでの恋愛や結婚も見てきました。
 だから今、インターネット上で起こる問題の殆どはその頃に体験しており、おかげで良い歳こいてネット上でへまをする事も無く、言わばネット上では良い大人になれたわけです。
 
 フォーラム管理者として一つだけこの12年間を振り返るなら、ネットコミュニケーションの持つパワーの変化が挙げられます。
 まず私が管理者になって最初にした事は、自動車メーカーや輸入代理店にプレスリリースを貰えるように営業をかけた事です。
 つまりこれはこちらサイドを一つのメディアとして認識してもらうことでもあるのですが、結構骨が折れる作業だったのを覚えています。 「パソコン通信?何それ」というのが大体の反応で、結構辛い思いをしたのを覚えています。
 最後は殆どのメーカー・代理店からリリースが貰えるようになったとは言え、とにかく国産車は人づてを頼ってマツダが、そして輸入車は東京での輸入車ショーでの直接交渉でメルセデス・ベンツが最初にリリースを承認してくれたのは今でもはっきり記憶に残っています。
 
 それが今ではむしろインターネット全体の車に関する記事が、従来の権威ある車専門誌の販売部数を圧迫するまでに力を拡大したのですから、ネットの持つパワーのビッグ・バンには改めて驚かされます。
 
 一方で大阪在住の自動車評論家としては、そんなネットの時代でも広くメディア全般のコントロールは、ほぼ全てが東京を中心に行われているという事を痛感した12年でもありました。
 それに対応しようとして東京に引っ越そう、と家内と相談していた時に起こった阪神淡路大震災で神戸に繋がりができてしまい、結局それは実現しませんでした。 だから後悔はしていないとは言うものの、大阪在住のままで東京のメディアに認めてもらえなかったのは自分の力の無さを痛感しています。
 
 大阪—東京近辺への交通費はこの間、恐らく一本に近い○百万程を使ったとは言え、様々な事を経験し、おかげで普通なら気がつかなかったであろう事に気がつく事ができたのは貴重な経験だったと思います。
 
 またコミュニケーションとしてはいわゆるオフで北は仙台、南は熊本まで行ったり、「お茶しましょう」という誘いに「ええで」とそのまま大阪から東京のロイホまででかけたり、とか、確かにバカげでているんだけど、あの時にしかできなかった大騒ぎができたのもやはり貴重な体験だったと思います。
 
 最後の方は私もユーザーもだれてしまった、というのが正直な印象ですが、私が管理を引き継ぐ前から続いた19年間の自動車フォーラムの最後を見とれた事は言葉では書き表せない感慨が押し寄せてきます。
 
Goodbye
 その後、今学校で教えている二十歳前後の学生達、そして自分の子供たちを見ていても、ネットコミュニケーションは確実に定着しています。
 そんな中で、自分が遅れるどころかその先駆的な時代に積極的にかかわれた事はささやかな誇りにして良い、と思いつつこの項を終ります。
 
 冒頭書いた月末を挟んだドタバタの一つが、この飲み会。→
 題名が「さよなら パソコン通信」。
 ちょっと小っ恥ずかしいけど確かにその通り。

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