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ご卒業

 確定申告の続きはどうした、と自分でも思いながら、昨日(既に一昨日か)の卒業式の事の方を先に書いておきます。
 
 ということで、13日は私が二年間受け持った生徒達の卒業式でした。
 なんで月曜日やねん、と言われつつ、しかし奇麗な会場で、何より外は雪が舞う天気だったにもかかわらず暖かかったのが有り難かったです。
 会場に来てみたら、何とここは懐かしのTED4 KOBEの会場だということを思い出しました。 あの頃に比べるとあちこち古くなってたけど、いや、あの会場でうちの学生が卒業するなんて... ちょっと嬉しい。

 とは言っても最後の最後まで担任の仕事があり、卒業証書を渡すのと引き換えに学生証やらなんやらの回収の手順があり、次回また、とも言えないのでなんとかこの辺りをミスなく過ごすのに気を取られていました。
 ですから感傷とか感慨ってのに浸る暇も無く、不意打ちで卒業生達からの寄せ書きを貰った時には涙こそ出なかったものの、ちょっと視線が宙をさまよってしまいました。
 これは財産ですねえ。 こういうのに無頓着な家内ですら「教師冥利ってやつやねぇ」と言ってたくらいですから。
 
 すでにここで何度か書いているように、みんな最初から最後まで仲良く楽しくという訳には行きませんでした。 ここまで最短で14年間学生を続けていたものが大きな枠を超えて社会人になるんですから、生徒達の精神的な葛藤は相当なものだったと思います。
 今までは非常勤の教科担当だったので、そういうのは漠然としか感じなかったのが、やはり担任となると見るものも感じるものの違ったというのが実感です。
 
 特に今年は早期出社の学生が多くなり、教師の間でも「これでは授業にならん」と悲鳴がでたくらいで、特に後期は閑散とした、という形容詞がぴったりの半年でした。 でも仮に理想の教育ができても、学生が就職できないのであれば何の為の専門学校か解らなくなります。
 担任というのは全員ではないものの、学生の保護者とも面談をする事があり、年齢的にほぼ同世代の私としては就職に対する責任というのを人一倍感じてしまったのかもしれません。
 他にも、昨年の二年生には行った東京研修が実施できなかったりと、心残りもあります。
 
 中には私が一年生を可愛がっている、という生徒もいましたが、考えてみるとこれは当たり前でした。
 要するに担任は家族関係で言うと親なのです。 そして同じコースではありながら担任ではない一年生は祖父母なわけで、要するに責任が無い孫はただ単に甘やかしてやれる、いわゆるちびまるこの友蔵になれるんですねぇ。
 二年前に担任になったとき、普段の授業に比べたら大した事ないと思っていましたが、そういうのも含めて非常に勉強になりました。 また四月になったら新入生の担任ですから、そういう経験をうまく生かして行きたいとも思います。
 
 夕方から始まった二次会が終わった時、そしてその後少数で行ったカラオケが終わった時、生徒達に「お疲れ〜」「ばいば〜い」なんて言って別れたのですが、何となく気持ち的にはまた四月になったら新学期で会えると思っていた自分に気がつきました。
 そうじゃないんだ、下手するとこの先一生もう会わない生徒もいるのか、と思うと、やはり私は米国人のように卒業を「Yeah!」と捉えられない日本人ど真ん中の感性の持ち主だと自覚。
 
 とにかく、この際なんでも良いから私より長生きして下さい。>卒業生
 そして社会人となっていつか、名前は忘れてても良いから「あぁ、そんな何とかって言う名前の先生がいたなぁ」と一回でも思い出してくれたら本望です。>卒業生
 
 さぁ、今から徹夜で仕事のホームページの更新、サーバーのPHP変更を徹夜でするど。
 その後、滋賀の家内の実家の法事に行くど。 行かねば嫁が噴火する。
 
 いつも通りさ...

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