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賭けやねぇ...

 父親を恨んで自宅マンションに火をつけた中学生の報道がありました。

 何より全く狙い外だった幼い妹のみが亡くなった事に何とも皮肉さを感じてしまう事件でした。

 

 最初不登校と言われていたのが、その後、転校してからは改善されていたとか、野球部での友人関係のもつれがきっかけとか新たな情報が追加されておりますが、それはともかく。

 

 しかし父親としては子供が学校に行かなかったらそら注意するでしょうよ。 まして今までの報道では母親宅で失敗したのを引き受けたわけですから。

 家に帰ったら部屋に閉じこもっていたそうですから、もともとコミュニケーションを取りずらかった事でしょうし、そうでなかったとしてもこの年代の男子は特に父親とはそうチャラチャラとは話さない訳で、時には語気も荒くなったのではないかと想像します。

 

 そう言えば少し前、寮の管理人をしている両親にこき使われているのを恨んで殺してしまった事件もありました。 さらに随分前には子供が親をバットで殴り殺す事件も多発し、恐らく今では珍しくもないのかもしれません。

 

 個人的には自分の子供に殺されるのは、自分の失敗な訳でそりゃ仕方ないね、と覚悟しておりますが、まぁ、せめてその時には苦しまない方法で頼むぜ、なんて事を考えています。

 だって、それを恐れて子供を注意しなければどうなるかと比べたら、私はそんな非常識な人間を世に放つ事はできません。

 

 恐らくは、今回の自宅放火事件も含めて、「不登校問題に詳しい○○大学の△△教授」とか「××研究所の※※所長」とかが「自分のお子さんをもっと広い目で見てやって欲しいですね」というのでしょうが、そういうのって一つ間違えば放し飼いと同じなんじゃないのかなぁ、と自分の子供が生まれる前から否定的に見ていました。 「大体、あんたの子供はどうなのよ」と突っ込みを入れながら。

 もちろん、だからうちの子供たちが非常に立派だとか賢いというわけではありません。

 ただ、何か取り返しのつかない事件を起こした、巻き込まれた時に、未成年の責任を負うのは親ですから、そのくらいの覚悟と同時に、それなら自分が後悔しないように子供と接したかったのです。

 

 しかし、いつまで干渉を続けるのか、その度合いをどう薄めて行くのかは難しいですし、今回の中学二年というのはまさしくそのさじ加減の微妙な年齢です。

 世のどの親も子育ては初めての体験で、終わったと実感する頃には下手すると孫の顔が見れるかも知れないと言う流れの中で、どう子供と接して行くのか。 逆に見れば子供の方が親とどう接して行くのか、本当に難しいし、一種の賭けみたいなもんだなぁ、とつくづく感じます。

 

 考えるに、いつまでも親と仲が良いってのは精神的に子供が独り立ちしないってことだし、親に反抗するのはまともな生育のパターンです。 ただ、単に独りで生きて行けるだけの体力体格だけで世の中に送り出せられるわけじゃなく、現実には動物じゃないんだから習い事もあれば旅行、服、塾、学校など時間も金もずっとかかるし、単なる生物学で済む訳が無いと言うのが現実です。

 

 だからやっぱり子供がこりゃまずいな、という状況だったらやっぱり怒るし、叱るし、う〜ん、でもそれで不登校になったり殺意を持たれたりしたくも当然ないし。

 

 どの時代も親はそれなりに悩みながら子供を育てて来たとは思いつつ、でもこんな事が多発していた訳が無く、なぜなのかを考えると、大体その原因は私なりに確信があります。

 でも狭いとは言え公開の場所で書くといろいろ問題を起こすでしょうからぐっと我慢しておきます。(なんか自分らしくない自制心...)

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