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乗ったら寝れる

 数日前から日曜日一杯まで、ここしばらく無かった程予定がつまっています。
 それも全て遊び無しの仕事ばかり。
 一個新宿で飲み会、ってのがあるとは言え、これもうまく行けば営業絡みの話もできるので半ば仕事。
 
 最近完全な夜型というか、22:00頃から3時間程寝て、それから翌日の夜までずっと起きている、言わば昼夜兼行型の生活を送っているので、このスケジュールは正直きついです。
 
 今日は朝から睡眠時間一時間で学校に行って、雑用+ネットワークの整備。夕方は幼稚園の頃からの友人の診療所でMacの不調解決。
 明日も朝から小田原(大磯)経由、夜は新宿で飲み、そのまま蒲田に投宿。
 翌日は朝のはよから京急に乗って羽田空港。
 そこから自身初の神戸空港行きに乗って夕方まで学校で学生獲得の為の体験会。 終わってからさらに打ち合わせ。 日曜はまた同じく体験会。
 
 って、別に数年前ならこういうのが月2〜3回あったんだけど、諸般の事情があって本当に久々です。
 
 恐らくその間に結局息子に買ってやったiPod nanoが来るだろうし、もう一つどえらい買い物をしたブツも配達されるだろうし、あぁ、まだメールを書かなくちゃいけないのが残ってる、土日の説明会の為にアイデアを整理しなくちゃならないし...
 
 これに加えてここ数日睡眠不足が続いているので、あぁ、本当に懐かしいこのしんどさ、と意外な事に感慨にふけっています。 去年は仕事的にドツボだったから、今じゃこのしんどさも有り難いとも感じながら、半ば朦朧としながらダイエーで夕食のおかずを買ってました。
 
 こういうのが続いていた数年前、いつも「新幹線に(飛行機に)乗ったら寝れる、乗ったら寝れる」(この場合、"ら"抜きは正しい?)と言い聞かせていたのも思い出しました。
 ただ、終着の東京じゃなくて小田原なので熟睡できんのよね〜。 
 一度東京駅で駅員に起こされるまで目が覚めなかった事があって、目が覚めると回りに誰も乗客はおらず、おまけにうなだれて爆睡していたので駅員もさぞビビったんじゃないかと思います。 これがあるので途中下車は寝過ごしが怖くて思った程寝られなくなったと言う。
 
 てなことで、神戸空港便のヒコーキネタまでお休みです。
 (窓際取れんかったからなぁ、残念じゃ)

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1:50のだるまさんが転んだ

 実家が農家の家内と結婚してからこのかた、ずっと米を頂いております。

 おかげでたまに米屋に行くと全然相場が解らなかったりするのですが、義父も寄る年波に勝てず、来シーズンから大幅に作付け面積を減らすので家計のピンチが予想されています。

 

 とは言いつつ、今も家に30kgの袋が一つ、車のトランクに二つストックがあり、使う前に精米をしなければなりません。

 精米をしてしまうとどんどん味が落ちるそうで、ここ数年は玄米で貰っているからです。

 

 ただ、農家の多い地域はともかく、住宅地であるこの辺りは精米機を探すのが一苦労。

 以前はそれでもそこここに農協があったのに、どんどん規模が小さくなり、一番近いところでも車で15分程かかります。 さらにそこの機械はよく壊れるので自宅から30分近く走ったところにあるクボタの営業所まで行かなくてはなりません。(米屋さんに頼むと千円で精米してくれるので、300円とは言え、ガソリンと時間を秤に賭けたらどっちが得か微妙なところ)

 要するに精米機がクボタ製なのでその敷地内に置いてあって、さらに整備も万全というわけです。

 

 で、今日もここに行って来た訳ですが、ここのスズメが凄い。

 何せ毎日米食ってるので太い。

 確かに家の近所の米屋の周辺にもハトやスズメがよく来る物の、ここの程は太っていません。

 まるでハト並み、とは言わないものの、スズメの中では横綱級でしょうねぇ。

 

 で、精米をしているあいだに彼らを見ていると、やはり野生らしく人間を警戒しています。 とは言いつつ、おこぼれの米粒は食いたい訳で、遠巻きに少しずつ集まって来ると言う感じ。

 その数、暫くすると恐らく50羽くらいはいるんじゃないの?という位です。

 ちょっと面白がって、わざと足音を立ててみると、ダダッと下がる。

 背中を向けるとチュンチュク言いながら徐々に近づいて来て、振り向くとババっと下がります。

 

 お〜、「だるまさんが転んだ」やの〜、と思いつつ、でも1:50のだるまさんが転んだってちょっと不気味。

 

 そんな中、勇気のある奴?もいて、ささっと人波、じゃないスズメ波をかき分けて前の方に出て来て、要領よく米粒を食って行きます。 背後の方では「あ、あいつうまいことやりやがって」と羨ましくてちょっと真似するんだけど、やっぱり怖くて前に出られないというのが解り、結構退屈しません。

 

shanpoo_bird しかし、ここのスズメ、全員汚いでやんの。

 スズメってお腹辺りの白いところと他の茶色いところとのコントラストがあって可愛いのであって、ネズミ色の腹のスズメはどうもふてぶてしく見えます。

 

 「お前ら、たまに水浴びしてるか?」と言いそうになって、そうか、だから「着たきり雀」って言うのか、と妙に納得。

 まぁ、巣にパジャマとかフォーマルとかワードローブを揃えているスズメも変ですけどね。

 もしくは毎日風呂入って髪の毛も洗ってるのとか。

 

 と、春はこんな夢想が似合います。

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ねぐせ

 ここしばらく連続した睡眠が取れていなかったせいか、昨夜から今朝にかけて15時間程寝させてもらいました。
 お陰ですっきりしたのは良いのですが、鏡を見て後頭部にすんげ〜寝癖が。 余程死んだように寝てたんでしょうねぇ。
 ちょこっと濡らしてドライヤーを当てたぐらいじゃ直らないし、昨晩風呂にも入らず爆睡したのも思い出して、何となく憂鬱。
 
 そういえば土曜日の講師会で約束してた掲示板機能をサーバーに作ってみるか...と結局日が暮れるまで外に出ませんでした。 このまま一歩も外に出ないのも良いかも、と思っていたらタバコが切れて結局100歩くらいは外に出ましたが...
 
 で、思った事は、なんだ、昼間でも集中できるやんか、と言う事です。
 私の仕事パターンは集中力勝負で、一旦仕事にかかると冗談抜きで寝食忘れる(でもタバコとコーヒーは忘れない)程。 何となく周りが騒がしくてあれこれ電話等が入る昼間は無理だ、とここしばらく思い込んでいました。
 もちろん、何度も昼型にしようとした結果の話です。
 
 だから今日の成果は非常に有り難いと言うか不思議というか、逆に却って迷いが出たと言うか。
 ぐっすり寝た結果かも知れないとも思いつつ、しかし15時間寝なくちゃダメというのは現代の人間失格な訳で、これまた憂鬱。
 
 先日とある知り合いに「最近サーバーの仕事しかしてない、ほんとはグラフィックデザイナーの筈なんだけど」と言ったら、「あ、そうでしたね。ちょっと最近の仕事見せて下さいよ」と言われました。
 多分、先方はサーバーの技術よりも見た目のデザインを見たいと思うんだけど、ここしばらく、見た目には影響しないセキュリティ対策やパスワードがかかった部分の仕事が多くて、そう言う時にぱっと他人様に見せられる物が無いにはたと気がつきました。
 これはこれで困ったもんです。
 
 一方、公立高校に不合格だった息子は家内経由で聞く限りではそれなりにショックを受けていた事が判明。
 まぁ、それが当たり前だよなぁ。
 見た目は家内の方がまだショックから立ち上がれていないようだけど。
 そう言うのを見ていると、再び私もあのとき何かアドバイスが...なんて後悔してしまうもので、これではいけない。
 
 と、結局ものは考え様。
 仮に大学まで行くとして、予備校だ、英会話だなんて通わせているとその費用で結局は公立とどっこいどっこいになるかも知れない。 もともとうちの息子は家では勉強をしないので、平日毎日七時間授業の高校の方が良いんじゃない? 今回挫折を味わったのも将来役に立つんじゃない? という結論に。
 実際、高かった塾のお金も要らなくなったんだし、なんとかなるでしょ。
 
 と、それぞれが自分に言い聞かせる鍋を囲んだ夜でした。
 
 尚、強靭な寝癖は風呂に入ったら直りました。 まいったか。

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残念やったな>息子

 息子の公立高校の不合格が決まって一日経ちました。
 別に自分が落ちた訳じゃないし、併願の私立高校には行けるんだからそれほど大事(おおごと)じゃない、とは思いつつも、やはり落ち込みますね。
 
 まぁ、その志望校に向けて滅茶苦茶勉強していた訳じゃないし、諸事情が重なって公立高校とは思えない1.5倍もの競争率を考えると仕方ないかぁ、と冷静に思う自分と、いや、そんなことは直前に解っていたんだから親としてランクを落とさせる等、何かアドバイスができなかったのか、とかまだうじうじしている自分がありました。
 
 たまたま、昨日のblogにあるようなサーバーのマイナートラブルが偶然出たお陰でそれに没頭している間に、少し軽くなった、というのが正直なところです。
 
 家内は結構はっきりと「なんで落ちたんやろう」とか「私立の学費は痛いわ〜」とか本人の前で平気で言ってますが、私はとてもじゃないけどそんな気にはなれず、「おいおい、今それを言わんでも良いだろう」とはらはら。
 当の本人は少なくとも私の前ではあまり感情を表に出さないので、はて、どれくらいショックを受けているのかよく解りません。
 
 こういうときには人は自分の過去の体験を思い出して類推するしかありません。
 その昔、中学受験に失敗したとき、そのうちの一つは絶対に受かっている自信があっただけに、不合格を知った時には本当に情けなくて恥ずかしくて、一人古い家の座敷で泣いていたのを思い出します。
 夕日が差し込む座敷には練炭火鉢があって、その上のやかんからしゅんしゅんと湯気が上がっていた風景はいまでも忘れられません。
 
 そういう体験があるから高校受験の時には二度とあんな思いはご免だと、少なくとも公立受験の前一ヶ月間は必死で勉強したのだと思います。
 そう考えると、息子の場合、今まで受験の経験が無く、これが初めての挫折体験とも言えます。
 だとしたら、これが今後、彼の為になれば良いかとも思うんだけど、やはり一人の親として可愛そうですね。
 
 人生至る所に青山あり、という古い格言を引き合いに出すまでもなく、併願校とはいえ新しい出会いがあれば良い訳で、あとは本人が「行きたい高校じゃなかった」というのを言い訳にして逃避に走らなければ良いが、と思う限りです。
 
 とはいえ私立の学費って高いよねぇ。 公立の五倍だもんなぁ。
 ということで、公立合格したら買ってやると言ったiPod nanoをそれでも買ってやるべきかどうかずっと悩んでます。 もし買うなら背面の文字入れには「あほぼけまぬけ〜かす〜」とか「This stupid! Ha?」と入れてやろうか...(冗談ですよ、冗談)
 
 全国的に悲喜こもごもの春という事で...

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Windowsでも使えるwebDAVフォルダー作り

 突然ですが、サーバーネタです。

 しかもいきなり核心からで、実はこれはいつも私がサーバーセッティング&トラブルでお世話になっているnamahageさんのサイトへのトラックバックの為です。

 意味不明の人には申し訳ありませんが、これもネット互助精神と言う事でご理解下さい。

 

 ということで、ここをご覧になって頂く事が前提です。

 

 WebDAVフォルダーをMac OS Xで作って利用している分には良いのですが、Windowsからはそのままでは利用できません。

 まず、Digest認証がうまく行かないので、時間の制限の為もあってBasic認証に切り替え。

 

 この時、元記事にある、

 

 <IfModule mod_dav.c>

 以下のうち、

 AuthType Digest →  AuthType Basic

 AuthDigestFile /Library/WebServer/.htdigest →

 AuthDigestFile /Library/WebServer/.htpasswd

 

 と、書き換えます。

 (後でDigestに戻す時もあるかもしれませんので元の記述は#でコメントアウトすると楽です)

 

 パスワードファイルを作る、

 htdigest -c /Library/WebServer/.htdigest WebDAV ユーザー認証に使いたい名前

 の部分はbasicではちょっと癖があって、

 htpasswd -c /Library/WebServer/.htpasswd ユーザー認証に使いたい名前

 

 になります。

 

 「WebDAVの記述はどこにいった!」、と思われるかもしれませんが、上記<IfModule mod_dav.c>以下の記述でちゃんと認識します。

 

 また、WindowsからwebDAVフォルダーにファイルをコピーするとき、日本語ファイル名のファイルはコピーできません。 英数半角の適当なファイル名に変えてからコピーして下さい。

 Mac OS Xからは日本語のファイルがコピーでき、それをWindowsマシンにさらにコピーする事は可能です。

 

 おかしいね〜。

 

 もちろん、Basic認証はDigest認証に比べてセキュリティ度が落ちますので、もしこの問題をクリアできる方はここでもnamahageさんのところでも結構ですのでご教授願います。

 

 これに四時間かかったのよ...

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友蔵にはなれるかも知れない

 管理しているサーバーのセキュリティチェックをしていたら、あろうことかサーバーをスリープさせてしまいました。 あぁ、またこれで夜が明けたら三ノ宮に行かなくてはならないという... やれやれ。

 まぁ、設定の脆弱性を見つけられたから、ミスじゃないとはいえ。

 

 で、中途半端に時間が余って、またNHK教育で地学だとか日本史だとかを見てさらに中途半端な時間になってblogを書いています。 6時くらいになったら朝食のパンも買いに行かなくてはならんし。

 

 昨日は9年前に卒園した息子の保育園の同窓会。 普段ぶっす〜としている息子もいそいそ出かけたので、結構楽しんでいたようです。 でも我々としては親に会うのが楽しみなのです。

 雨の日も寒い日も毎日送り迎えして、運動会だバザーだ、署名だと仕事で疲れた体を引きずって、いわば子育てと言う戦場を共に戦った戦友みたいな親近感があります。

 

 大半が公立高校の発表前ということで、なんとなくその辺りが微妙な影を落としていたとは言え、ま、なるようにしかならんよね、とお互いを励まし合うのもこのメンツです。

 で、その間流れていた9年前の卒園式のビデオだとか、誰とも無く持って来たさらにそれ以前の写真とかを見ていると、自分の子供に限らずみんな可愛いの何の。

 はたと今の息子を横目で見ると、本当にこれの延長線がこれかいな、と思うくらいの差。

 そりゃ、もし今目の前にこれくらいの自分の子供が降って来たらもう猫可愛がりしかないぜ、何も叱らないぜ、なんでも買ってやるぜ、というくらいの可愛らしさでした。

 

 と、そこで気がついた。

 これぞ孫を見る祖父の感覚ではなかろうかと。

 私自身若い頃はむしろ子供嫌いと言っても良い程でした。 ただ、さすがに自分の子供ができるとそうでもなくなる様で、そのうち自分の子供との体験を通して他人の子供もそれなりに愛情を持った目で見る事ができるようになった気がします。

 

 そんな自分ですから、さて爺さんになっても孫を可愛がれるのか、なんてこともここに書いていましたが、いや、昨夜の体験でなれるだろう、くらいの確信は持てましたね。

 

 ムーミン・パパにはなりそこねたものの、ムーミン・ジジか友蔵くらいにはなれそうです。

 孫をダシにバカなプランを考えるのも何だか楽しそう。

 都合が悪くなったらボケたふりをすれば良いし、いや、それは今でも十分やってるか...

 

 でもまぁ、ここまで育てた親も偉いけど、育った子供も偉いのかも。

 そう思うとまだまだ子供真っ最中の下の娘をもっと可愛がろう、と思いました。

 

 と、書きたいところですが、片付けろ、宿題はしたか、はよ寝ろ、と言い続けるのでしょうねぇ。

 ま、それが親っていうロールなんでしょうけどね。

 やっぱりムーミン・パパにはなれまへん。

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A mecca from Ikanago

 題名はマンハッタン・トランスファーの古いアルバムから...
 
 昨日は、良い天気でしたねぇ〜。 いや、ほんま。
 気温はそれほど高くなかったけど、車の中や建物の中はもう春、って感じでした。
 
 たまたま仕事の打ち合わせで三ノ宮から他人の運転で垂水まで行く事に。
 ちょっと車高の高いRV車だったので阪神高速もガードレールごしに色々なものがよく見える。 普段は普通のセダンだし、なにせ自分が運転してるからこれはほんの少し観光バス気分。
 
 この辺りは20年以上前に車を手に入れてからのデートコースで、須磨を超えて塩屋に入る部分の相変わらず渋滞も懐かしい限り。 たまたま私の後ろのトラックが接触事故を起こし、我々の車以後は全く車無し。 いや紙一重ってこういう事なんでしょうか。
 私はと言えば線路越しに見える海にもうはまりきりで、気分は子供の遠足、いや、老人会の慰労会バス?
 
 程なく到着した海沿いのスポーツセンターで食事しながら打ち合わせをしたのですが、車から降りた途端「この甘辛い香りは何?」と鼻がクンクン。
 すると打ち合わせの相手が近くの漁港でいかなごを炊いている、と教えてくれて、「あ、これが某専門学校新二年の一部の間で盛り上がっているいかなごの香りか」となりました。
 
 と、言っても私は明確にいかなごが何かのか今ひとつ解っていません。
 もちろん魚の炊いたもの、というのは想像できるものの、はっきりと頭にその姿が浮かばないのです。
 ある日「いかなごって明石の名産ですか?」と垂水に住んでいる他の非常勤講師にふと尋ねたら「ちゃうちゃう、垂水やで。」と結構誇らしげに言われたのを聞いて、おお、明石のタコの隣にそんな地元民のプライドをくすぐる名産生物がいたのに改めて驚きました。
 
 なんでも周辺のスーパーではいかなごの歌まで流れているそうで、家の近所のダイエーでも良く流れてた「さかなさかなさかな〜」みたいなものなのでしょう。
 
 そんな有名なものが隣の県、しかも働いている市のすぐそばにあったとはほんと、世の中知らない事だらけです。
 数日前、家内の実家の法事に出た仕出し料理にあった小さい魚の煮物がもしやと思ったのですが、居合わせた人に聞いても今ひとつ自信のある答えが帰って来ません。(そら反対方向の滋賀県人だもんなぁ)
 ということで、未だに私の中のいかなごは香りまでたどり着いたのに肝心の姿が「?」のままです。
 
 しかしこれだけ暖かいと眠さが半端じゃありませんでした。 一足早い春眠の誘惑。
 おかげで21:30頃から三時間程爆睡してました。
 
 いよいよ春ですねぇ。
 あ、そうか。 垂水の人たちはこのワクワク感といかなごが密接に結びついてるから余計に盛り上がるのかも。

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Winny!!

 に取り付くウイルスの被害が連日新聞を賑わせています。

 

 この報道で私がふと思うのは「こいつらウィニーで何をやりとりしてたんだろう」という素朴な疑問です。

 既にウィニーやその同類P2Pアプリケーションについてはその合法性がさんざん議論されましたし、今でも進行中のようです。

 しかし実際のところ、やましくないデータをやり取りする「だけ」に使っていた人はほんの少数ではないかと私は想像しています。

 

 恐らくその殆どは出所不明のアダルト系画像だろうし、著作権の怪しい音楽やビデオ、果ては高価な市販アプリケーションをやり取りする為、って考えるのが自然ではないかと思います。

 だとすれば今回データ流出した岡山や愛媛などの警察関連や防衛関係の人はデータ流出とは別に著作権侵害を犯しているとも考えられます。

 恐らく本人達はそんなデータを全て問題があったパソコンから消去・移動させているでしょうが、どうもこの辺りに言及しているマスコミが少ないような気がするのは私だけでしょうか。

 

 今更ながら様々な団体が部下にウィニー使用厳禁を徹底させようとしています。

 でも巷でお金を払わなくてはならないものや店頭に行かなくてはならないものが居ながらにしてタダで手に入る、ってものがそう簡単に無くなる訳がありません。

 ということで、今回問題になったデータ流出の方々には追い打ちをかける様で申し訳ないけど、生け贄としてパソコンの差し押さえ→データ復旧の上で著作権侵害が無かったかどうかを徹底的に調べさせれば良いのです。

 

 それによってどういう処分を食らうか解りませんが、それとは別に各著作権管理団体が正当な請求を行い、その結果を広く報道すれば、少なくとも細く長くが最大の目標である公務員系には相当実効のある禁止策になるのではないかと思います。

 

 どうでも良いようなエロ画像や、買っても数百円の楽曲、その気になれば給料で充分買える市販アプリケーションを多大な退職金と引き換えにするのは、どう考えても割の合わない話というのは誰が考えても明らかでしょう。

 

 某成長著しいアジアの大国のPCユーザーじゃないんだから、その辺りは払うべきものは払ってクールにパソコン使いましょう、っていう非常に真っ当なお話でした。

 (お、今日は短い)

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お好み焼きはお好み蒸し

 最近、夜9時過ぎに寝て11時頃起き、そのまま朝まで仕事をするというパターンになっています。
 こうしてblogを書いて、さっさと仕事場に行けば良いものをついついテレビをON。
 
 と言っても、相変わらず安物の深夜バラエティは嫌いなので結局NHKかNHK教育になるわけですが、それでも「さぁ、行こう」と思った頃に「ためしてガッテン!」「その時歴史が動いた」とか「英語でしゃべらナイト」とかやるもんで、ついつい袋(仕事場で必要な本が入っている)を肩から降ろして見てしまいます。
 
 昨夜は零戦の致命的な欠陥とそれに苦悩する設計者の話で、もともとの放送を見落としたのでついつい。
 う〜ん、そうだったのか、といつもながら特攻隊のフィルムを見ると虚しさで胸が一杯になります。
 飛行機を操縦すると言う素晴らしい技術を持ちながら、数百名の命がおバカな軍隊の大和魂音頭の為に死んで行ったかと思うとねぇ。
 
 そんな夜中のMyゴールデンタイム、しばらく前に「ためしてガッテン!」でお好み焼きを扱っていました。
 最初は広島焼、次いで大阪風お好み焼きのコツをやっていて、キャベツは焼くのではなく蒸すのだ、と知ってほんとに合点。
 
 こてこての大阪人の私は広島で初めてお好み焼き屋に入って「なんじゃ、こりゃ! なめとんのんかい!」と怒ったくらいの広島焼きも、今となってはお好み焼きとは別の食べ物として好きなメニューなのですが、これが家ではうまく焼けない。
 いわゆる普通のお好み焼きの方も10代の頃から挑戦するも、出来映えにばらつきがあったり今ひとつ納得がいかないまま。
 とは言え、大阪人として滋賀県人である嫁が作るお好み焼き(こんにゃくなんて入れるなんて言うな〜 馬鹿者ぉ。昔は山芋も入れへんかったんじゃぁ)なぞ食う気にもならず、この数十年苦闘が続いていた訳です。
 
 要するに。
 広島焼きでもお好み焼きでも中身の大半を占めるキャベツが旨くなければいけない。
 その為には広島焼では八分間上に薄くお好み粉を延ばしたものをフタ代わりに、お好み焼きはフライパンにフタをして五分。 さらに裏返して三分蒸すのだそうな。
 へ〜〜、とまずは一週間程前に広島焼を試したらさすがにひっくり返すのが難しいとは言え、なるほど甘い。
 で、昨夜お好み焼きを試したらなるほど、やっぱり甘い。
 
 だいたい昔からの大阪のお好み焼き屋ではフタをしないというのがパターンだったので、どうしてもオープンで焼く事にこだわっていましたが、実際、こうしてみると普通の家では蒸した方が旨いような気がします。
 多分フタをしない方法のときは鉄板の温度や焼き時間などが家庭の慌ただしい条件とは違うんでしょう。
 実際、上記の時間ずっと蒸しているのは結構長く感じます。
 
 保護者の会合に出なくてはならないと言う嫁から始まって娘→息子→再び息子と焼いて、やっと自分の番が回って来た頃にはビールもとっくにカラ。 一斉に揃って食えないのは難点だけど、ま、それでもお好み焼きはやっぱりわいが焼かんとな。
 これだけ作ってまだ一枚余ったので明日のおやつ用に冷蔵庫に。
 
 でもこれだけでキャベツ大玉半分を四人で食った訳ですから確かにヘルシー。
 
 と、今日も挙動不審なオヤジが深夜の町を行く。 技術書が入った袋を肩から下げながら...
 (どう見てもピッキング容疑者)

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確定申告の季節に想ふこと(2)

 要するに勉強とか学ぶとか言うと拒絶反応を示してしまう人が多いけど、この世に無駄な知識は無い、といういうことまでが前回でした。
 
 肝心の確定申告はと言うと、今年は締め切りの15日に家内の実家の法事が重なっていたので珍しく14日の午前中に提出しました。 徹夜で仕上げたので、源泉徴収票とか保険料の領収証とかを貼る場所を間違えたものの、取り敢えずは一安心。
 
 そうそう、前回書き忘れましたが、確定申告のメリットにこの源泉徴収税の還付というのを忘れていました。
 普段の仕事とは別に他の仕事をやったりすると、支払い側の都合で源泉徴収(あらかじめ支払い前に一定の税金をさし引いて支払う事)扱いになる事があります。
 そして本業が赤字だったり、いろいろな控除(税金からさし引かれる公に認められた金額)を引いた後にこの源泉税が戻ってくる事があるので、その手続きに申告は欠かせません。
 また、黒字でさらに税金を払い足さなくてはならない場合でも、この源泉徴収票を申告時に提出する事で、二重取りされることを防ぐ事ができます。
 
 さて、申告書を作るのに必要なアプリケーションはMicrosoftのExcelです。
 たまに「Mac派のあんたがExcel使うなんて...」と言われる事がありますが、待ってましたとばかり「実はExcelはMac版の方が先に販売されていたんだよ...」とうんちくを垂れ出す事になるのでご注意を。
 今のExcelを買ってもマニュアルはオンライン版が殆ど。 でも昔のは本棚に並べると10cm以上の幅になるくらいの量で、それを見て習得するのは諦めました。
 
 ただ、確定申告に必要な機能は本当に入門程度の知識だけで、まずはセル内で"="で始まる四則演算。
 次に領収書や銀行の通帳などを入れた勘定科目(これは簿記の言葉)ごとのシートから合計を持ってくるときの応用。 でもこれは四則演算にマウスの操作を加えるだけです。
 あと、セルにマウスを置く場所で数値をずらーっとコピーできるとかも知っておくと楽でしょう。
 最後に「データ」メニューから「並び替え」ができれば、申告書の各欄に入れる数字が簡単に出てきます。
 今なら高校のコンピューター実習でこの程度は教えてくれるかもしれませんし、本屋で入門書を買っても最初の方に出てきます。 つまりその程度のスキルがあれば大丈夫、ということです。

 もちろん市販の申告ソフトを使っても良いでしょうが、以前二度程使ってみた経験では、なんだExcelでやるのと大して変わらん、というのが印象です。
 
 それ以外に仕事の見積りを出す時に「えっと、この数字を変えたら...」という時にいちいち電卓叩かなくても瞬時に計算が完了するし、企画書を出す時に背広組が喜ぶ数値比較やそれをグラフにしたものを加える時にも助かるのでExcelはクリエイターも一本持っておいた方が良いと思います。
 
 先日、とある代理店が大阪の大会社に提出する一千万円相当の企画書を盗み見ました。 でも中身はまずざーっと概略を書いた企画本体に続いて、資料としてwebページのURLをべたべたと貼付けたものが続き、最後にExcelで吐き出した誰も中身を見ないけど無いと企画書の厚さを稼げない表とグラフが綴じられていました。
 でもデスクワークをしている人はこれ見ると安心して大金払ってくれるんです。
 逆に要点だけA3に解りやすくアイコン等を入れたものを出すと「ふざけるな」と言われるしねぇ...
 どうみてもこっちの方が解りやすいのに。

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ご卒業

 確定申告の続きはどうした、と自分でも思いながら、昨日(既に一昨日か)の卒業式の事の方を先に書いておきます。
 
 ということで、13日は私が二年間受け持った生徒達の卒業式でした。
 なんで月曜日やねん、と言われつつ、しかし奇麗な会場で、何より外は雪が舞う天気だったにもかかわらず暖かかったのが有り難かったです。
 会場に来てみたら、何とここは懐かしのTED4 KOBEの会場だということを思い出しました。 あの頃に比べるとあちこち古くなってたけど、いや、あの会場でうちの学生が卒業するなんて... ちょっと嬉しい。

 とは言っても最後の最後まで担任の仕事があり、卒業証書を渡すのと引き換えに学生証やらなんやらの回収の手順があり、次回また、とも言えないのでなんとかこの辺りをミスなく過ごすのに気を取られていました。
 ですから感傷とか感慨ってのに浸る暇も無く、不意打ちで卒業生達からの寄せ書きを貰った時には涙こそ出なかったものの、ちょっと視線が宙をさまよってしまいました。
 これは財産ですねえ。 こういうのに無頓着な家内ですら「教師冥利ってやつやねぇ」と言ってたくらいですから。
 
 すでにここで何度か書いているように、みんな最初から最後まで仲良く楽しくという訳には行きませんでした。 ここまで最短で14年間学生を続けていたものが大きな枠を超えて社会人になるんですから、生徒達の精神的な葛藤は相当なものだったと思います。
 今までは非常勤の教科担当だったので、そういうのは漠然としか感じなかったのが、やはり担任となると見るものも感じるものの違ったというのが実感です。
 
 特に今年は早期出社の学生が多くなり、教師の間でも「これでは授業にならん」と悲鳴がでたくらいで、特に後期は閑散とした、という形容詞がぴったりの半年でした。 でも仮に理想の教育ができても、学生が就職できないのであれば何の為の専門学校か解らなくなります。
 担任というのは全員ではないものの、学生の保護者とも面談をする事があり、年齢的にほぼ同世代の私としては就職に対する責任というのを人一倍感じてしまったのかもしれません。
 他にも、昨年の二年生には行った東京研修が実施できなかったりと、心残りもあります。
 
 中には私が一年生を可愛がっている、という生徒もいましたが、考えてみるとこれは当たり前でした。
 要するに担任は家族関係で言うと親なのです。 そして同じコースではありながら担任ではない一年生は祖父母なわけで、要するに責任が無い孫はただ単に甘やかしてやれる、いわゆるちびまるこの友蔵になれるんですねぇ。
 二年前に担任になったとき、普段の授業に比べたら大した事ないと思っていましたが、そういうのも含めて非常に勉強になりました。 また四月になったら新入生の担任ですから、そういう経験をうまく生かして行きたいとも思います。
 
 夕方から始まった二次会が終わった時、そしてその後少数で行ったカラオケが終わった時、生徒達に「お疲れ〜」「ばいば〜い」なんて言って別れたのですが、何となく気持ち的にはまた四月になったら新学期で会えると思っていた自分に気がつきました。
 そうじゃないんだ、下手するとこの先一生もう会わない生徒もいるのか、と思うと、やはり私は米国人のように卒業を「Yeah!」と捉えられない日本人ど真ん中の感性の持ち主だと自覚。
 
 とにかく、この際なんでも良いから私より長生きして下さい。>卒業生
 そして社会人となっていつか、名前は忘れてても良いから「あぁ、そんな何とかって言う名前の先生がいたなぁ」と一回でも思い出してくれたら本望です。>卒業生
 
 さぁ、今から徹夜で仕事のホームページの更新、サーバーのPHP変更を徹夜でするど。
 その後、滋賀の家内の実家の法事に行くど。 行かねば嫁が噴火する。
 
 いつも通りさ...

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確定申告の季節に想ふこと

 確定申告の締め切りは15日です。
 
 今頃は全国の自営業の方、副業をされている方、給与所得だけで食っているのに一千万以上貰っている方(フン!)は大わらわの事と存じます。
 
 ま、ひがんでも仕方ないので話を我々のような個人事業主に絞りますと、経理担当者がいるわけもなく、結局自分で決算をして申告書に記入、提出する事になります。
 何となく世の中は税金を払うのはあほらしい、という風潮があり、「申告?それどころか長い間税金払ってないぜ」と豪語する方もいるにはいます。 でも私としては例え100円でも払っておけば、市町村の自営業向けの低金利融資が受けられる等、メリットが無い訳ではありません。
 逆に儲かっていないのに税務署の人間が来て催告したときにもちゃんと決算して申告しておけば説明をする事ができます。
 ただ、脱税はいけませんが、節税には励まなくてはなりません。 これ大事。
 
 しかし、大概のクリエイターは経理なんで苦手どころが、そういうのに向いてないからクリエイターになったような人が多く、その点私は過去の寄り道が思わぬ恩恵をもたらしてくれています。
 昔々、私は高校卒業時点で行ける大学が無いと教師に宣言され、父親が過労死した事と、そのプレッシャーやら何やらで中国地方のある都市にある経理の専門学校に行きました。(逃げました、と言う人もいます)
 一応、自分なりにしっかり考えたつもりながら、やっぱり向いてなくて、秋頃から不登校。 ずっと下宿でFEN Iwakuniを聞きながら本を読んでいました。
 結局一年で中退し、母は自分の息子の履歴書に「中退」という刻印が残る事に非常にショックを受けていたようです。

 ただし、そこは二年制で税理士を目指すコースだったので、中退したとは言え珠算の三級と日商簿記の三級は取る事ができました。 んなもん商業高校では卒業の必須資格と言われますが、私は普通科だったので、ま、良いじゃないですか。
 加えて、半ば聞いていなかったとは言うものの、税法だとか減価償却法なんてのも習っていました。
 とは言え、中退する時には、何とも無駄な一年間だったと後悔したのは事実です。(実際、珠算なんてのは今では南京玉簾と同じくらいくらいの伝統芸能)

 結局大阪の自宅に戻って一年間宅浪した後、経営の大学に入学。(この時点でもクリエイション方面に行く気にはなれなかった。なんせ姉が一足先に芸大に行ってその学費の高さにみんな驚いていたから)
 この大学時代、必修の簿記でみんな苦労していた時、私は楽勝。 正直、ほんの少し「へ、得したかな」と思いました。 でもかけた親の金の事を考えるととてもじゃないけど誇れる事ではありません。
 
 その後、紆余曲折があって、最初は自動車部品の貿易を行う会社を作って独立した訳ですが、その数年前から修行を兼ねて働いていた自動車修理工場に、今考えるととてつもなくでかい経理専用マシンの中古が流れて来てその操作を担当することに。
 大学のゼミではコンピューターを取っていて、fortranという言語で、1+1=2という答えを出させるだけでも数枚のマークシートを鉛筆で塗りつぶし、なんだか偉そうにしている四回生の間を縫ってシュパシュパシュパとトランプを機械で切るような端末で入力していました。 相手は大型汎用機。
 まだパソコンはハードディスクもフロッピーも一般的ではなく、カセットテープ(既に死語)が記録装置、絵も描けないので今の顔文字みたいなのを駆使して「絵もどき」ができる程度でした。
 
 結局、その工場でコンピューターと経理の知識が結びつき、おかげでその後独立した後の確定申告も大して苦にならずに済んでいます。
 この間、一回税務署が調査に入った時にもちゃんと対応できたし、消費税の対象金額が売り上げ一千万円に引き下げられたときの攻防も無事撃退できたので、この季節になると本当に「学んだ事に無駄は無い」と痛感するのでした。 いや、ほんま。
 
 だからクリエイターもExcelくらい使えるように、と言いたかったのに、オヤジの昔話で長くなってしまいました。 続きは明日、と言いたいところですが、明日は卒業式→二次会ですのでblogどころじゃないでしょう。 多分...

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賭けやねぇ...

 父親を恨んで自宅マンションに火をつけた中学生の報道がありました。

 何より全く狙い外だった幼い妹のみが亡くなった事に何とも皮肉さを感じてしまう事件でした。

 

 最初不登校と言われていたのが、その後、転校してからは改善されていたとか、野球部での友人関係のもつれがきっかけとか新たな情報が追加されておりますが、それはともかく。

 

 しかし父親としては子供が学校に行かなかったらそら注意するでしょうよ。 まして今までの報道では母親宅で失敗したのを引き受けたわけですから。

 家に帰ったら部屋に閉じこもっていたそうですから、もともとコミュニケーションを取りずらかった事でしょうし、そうでなかったとしてもこの年代の男子は特に父親とはそうチャラチャラとは話さない訳で、時には語気も荒くなったのではないかと想像します。

 

 そう言えば少し前、寮の管理人をしている両親にこき使われているのを恨んで殺してしまった事件もありました。 さらに随分前には子供が親をバットで殴り殺す事件も多発し、恐らく今では珍しくもないのかもしれません。

 

 個人的には自分の子供に殺されるのは、自分の失敗な訳でそりゃ仕方ないね、と覚悟しておりますが、まぁ、せめてその時には苦しまない方法で頼むぜ、なんて事を考えています。

 だって、それを恐れて子供を注意しなければどうなるかと比べたら、私はそんな非常識な人間を世に放つ事はできません。

 

 恐らくは、今回の自宅放火事件も含めて、「不登校問題に詳しい○○大学の△△教授」とか「××研究所の※※所長」とかが「自分のお子さんをもっと広い目で見てやって欲しいですね」というのでしょうが、そういうのって一つ間違えば放し飼いと同じなんじゃないのかなぁ、と自分の子供が生まれる前から否定的に見ていました。 「大体、あんたの子供はどうなのよ」と突っ込みを入れながら。

 もちろん、だからうちの子供たちが非常に立派だとか賢いというわけではありません。

 ただ、何か取り返しのつかない事件を起こした、巻き込まれた時に、未成年の責任を負うのは親ですから、そのくらいの覚悟と同時に、それなら自分が後悔しないように子供と接したかったのです。

 

 しかし、いつまで干渉を続けるのか、その度合いをどう薄めて行くのかは難しいですし、今回の中学二年というのはまさしくそのさじ加減の微妙な年齢です。

 世のどの親も子育ては初めての体験で、終わったと実感する頃には下手すると孫の顔が見れるかも知れないと言う流れの中で、どう子供と接して行くのか。 逆に見れば子供の方が親とどう接して行くのか、本当に難しいし、一種の賭けみたいなもんだなぁ、とつくづく感じます。

 

 考えるに、いつまでも親と仲が良いってのは精神的に子供が独り立ちしないってことだし、親に反抗するのはまともな生育のパターンです。 ただ、単に独りで生きて行けるだけの体力体格だけで世の中に送り出せられるわけじゃなく、現実には動物じゃないんだから習い事もあれば旅行、服、塾、学校など時間も金もずっとかかるし、単なる生物学で済む訳が無いと言うのが現実です。

 

 だからやっぱり子供がこりゃまずいな、という状況だったらやっぱり怒るし、叱るし、う〜ん、でもそれで不登校になったり殺意を持たれたりしたくも当然ないし。

 

 どの時代も親はそれなりに悩みながら子供を育てて来たとは思いつつ、でもこんな事が多発していた訳が無く、なぜなのかを考えると、大体その原因は私なりに確信があります。

 でも狭いとは言え公開の場所で書くといろいろ問題を起こすでしょうからぐっと我慢しておきます。(なんか自分らしくない自制心...)

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魔物PHP

 昨日未明、osCommerceの最適化でもするかぁ、と確定申告の作業もせずにやっていると、はたとおかしな事に気がつきました。

 

 osCommerceは通販サイトのシステムですので、ユーザー登録したり注文をするとその度に顧客宛にメールを送信する事ができます。 今はまだ開発中なので宛先は私のPC宛だったり携帯宛だったりするのですが、そのヘッダーの差出人と題名の日本語頭一文字分が意味の無いアルファベットに化けているのです。

 

 丁度その時、自動送信されるメールの文面や長さを調整していたので、てっきりそれが原因かと焦っていろいろなファイルを開くも原因不明。 さすがに疲れて朝方ふて寝してしまいました。

 目が覚めてからもずっと気になるのがこの手のトラブルで、このままじゃ関係先にテストで使ってくれとも言えません。

 

 偶然その時に卒業式の連絡事項があって別の学校にあるOS Xserver(こちらも10.3)からPHPによる一斉メールを送ったら、これも同様に頭一文字分が化けていて、こりゃ私のせいじゃなく今月初めに実施したAppleのセキュリティアップデートが怪しいと直感。

 調べると案の定PHPのバージョンが4.3.11から4.4.1に上がっています。

 

 これを見た瞬間、「げ、また?」とかつての悪夢が脳裏に蘇りました。

 ま、もうリンクははりませんが、要するにPHPを使っているサーバーって安易にバージョンを上げると思わぬところにトラブルが出て地獄を見る事になるのです。 この点、単に新しい方がいいじゃん、っていう普通のアプリケーションとは感覚が違うのです。

 

 じゃ、戻せば?、というのもまた憂鬱で、古いバージョンを再インストールしたと思ったらその前の新しいバージョンの残骸があちこちに残っててこれにまた苛まれるというケースも珍しくありません。

 最初はmbstring関連かとも思ったのですが関係無し。 考えてみればメールのfrom(差出人)やsub(題名)は本来メール本文とは違うコードで変換されているので、一文字だけ化けるってのがそもそもおかしい。 

 結局、バージョンダウンの決心を固めました。

 

 しかし、これも純粋なソースから始めるとコンパイルオプションでこけたりするし、今日は学生の補習提出の日で登校しなくちゃいけないし、万が一ツボにはまると... なんて考えていると本家phpのサイトからOS X用バイナリパッケージの存在を知り、OS Xserverとインストールされる場所が違うものの、万が一トラブルが起きたときの為にOS Xserver本来の(OS XとOS Xserverとは本質は同じものの、セットになっているものがいろいろ違うのです)4.4.1も残しておけるので、これでいいかぁ、と4.3.11をダウンロード。

 コンパイルオプションもてんこ盛りで、将来恐らく必要になるであろうGDという機能も組み込んであり、単に古いのではなく、新たな期待も持たせてくれます。

 

 結論から言うとやはり直感は正解でした。

 ただ、Tips的には一旦4.4.1がインストールされるとmod_php4であるlibphp4.soも新しくなる為、ここも4.3.11のものにかえないと再起動するとまた4.4.1をApacheが読みに行くことになります。

 同時に、デフォルトで読みに行くphp.iniファイルの場所も変わってしまうので例の"phpinfo()"で確認。

 

 事務所のosCommerce用サーバーに続いて学校のサーバーも対処してこちらもめでたく問題解決。

 

 ただ、そもそもセキュリティに問題があるという事でバージョンアップした訳だから、近いうちにAppleが本当に問題ないPHPを含んだアップデートを出してくれないと困ります。(4.4.2にすれば良い、という情報もあります)

 

 ともあれ、OSがなんであれ、メール送信をPHPでやらせていて同様のトラブルに見舞われた管理者に少しでも参考になれば幸いです。

 と、良い気になって書いてますが、結局osCommerceの最適化も確定申告も進んでない訳で、よくあるドツボとは言いながら、あほらし。

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眠れる模試の辞書

 タイトルの意味は特にありませぬ...(なかなか良いのが浮かばん)

 

 最近、昼間に堅気の仕事をしていても夜があまり眠たくありません。 というか、夜の8時とか9時頃に滅茶苦茶眠たくなって一瞬爆睡してしまうのが原因の様です。

 昨夜も家族で焼き肉から帰って、風呂の順番を待つ間にほんの20分程熟睡してしまいました。

 この焼き肉、本来は高校受験を一週間後に控えた息子の為に企画したのに、当の本人は志望校の競争率を知った途端青くなって「俺は行かん」と言い出す始末。(今頃焦るなよ)

 とは言え、既に予約してあるので嫁と娘の三人で行った訳ですが、食い盛りの息子がおらんので今日は1.2万円くらいかな?いや、もしかして9kぐらいだったりして、なんて呑気な事を言ってたら、お勘定は1万5千円!

 

 「どんだけ食うねん、この家族」

 

 ここは高校時代の友達が跡を継いだ店で、まぁ、単価は高いけど味は保証付き。 だから下の娘がそこそこ食べるようになってからは1万円を割る事は無いとは言え、三人で1万5千円という事は息子が加わったら2万でんがな。 やっぱりかけつけ生肝とユッケの三人前づつは無謀やったか。

 かくして我が家のエンゲル係数は留まるところを知らず...

 

 話変わって、最近自宅でwebを見ているとなんとなくもたつくのが気になっていました。 マンションタイプとは言え光ファイバーなのに、ADSLの事務所の方がサクサク動くのはなんで? と考えてたらはたと思いついた。

 以前、事務所のDTP用Mac(8.6という古いOSで動いてる)のwebブラウズがあまりに遅いので接続のセッティングを見てみたらDNSのセッティングがISDN時代のままでした。 これを本来のADSL用の設定にしたら、目が覚めるような速度で接続できて驚きました。

 

 network_setting

ということで自宅の方もプロバイダーのホームページを見てみると、やっぱり違ってた。

 事務所のセッティングはDNSサーバーの参照が必要なのに、自宅は不要。 そこを削除したらあっさりと快適ブラウジングに生まれ変わりました。

 それまでのはADSL時代からのiBookのセッティングで、G3の800MHzじゃ仕方ないなぁ、と諦めていたのが気がつかない遠因となっていた様です。 いや、疑って悪かった。

 

 さてぇ、どうせ明るくなるまで眠れないだろうからまたosCommerceの最適化でもするかぁ。

 海外生まれのwebアプリケーションは素晴らしいソースを書いてくれているんだけど、日本発祥のi-modeだとか携帯対応となると全くダメで、自動発信されたメールが長過ぎて切れるだとか、CSSで定義してあるtable表示に携帯側が対応していないだとか、結構手間がかかります。

 今後はこういうノウハウを掴んでおいた方が良いのではなかろうかと、今日も不眠親父はMacに向かう。

 

 あ、でも確定申告の作業にかからんとまずい。

 この毎年一回の自営業への拷問についてはまた今度。

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プラス¥1,660の贅沢

 今日は学校関連のイベントが新神戸であったので、贅沢にも新大阪から一駅だけ新幹線を使って往復しました。
 
 神戸市営地下鉄ができてからは三ノ宮と新神戸は非常に近くなったというものの、たまには違うルートで行ってみたいというのもあり、また会場が新神戸駅前のホテルだったので、今日はてくてく歩くのはやだなぁ、と通常のJR運賃(これも厳密には三ノ宮と比べ往復¥20高かった。おまけにICOCAも使えねぇ。)に加えて往復¥1,660余分に払った訳です。
 
 そう言えば以前、自宅マンションの入り口まで来て鍵を忘れた事に気づいてまた学校までとんぼ返りした事があり、この時も一日四回同じ路線に乗りたかねぇ、とわざわざ新神戸まで歩いて新幹線で帰った事もありました。
 
 で、何が違和感があったかと言うと喫煙車があってタバコを吸えるという事です。
 普段の通勤では新大阪—三ノ宮間が25分程かかるのに、新幹線はたったの15分。 なのに煙草が吸えるってのは何とも奇妙に感じます。
 喫煙車と言っても、以前程もうもうと煙が舞っているということもなくなり、これだけ吸える場所が狭められて来た昨今では、禁煙できない/しない人であっても自然と喫煙本数が減って来たという事かもしれません。
 実際、愛煙家でも大阪東京間であれば禁煙車両に乗りたい、という人も少なくありませんから、きれいな空気というのは今になって非常に当たり前の空間となったという事でしょう。
 
 そう考えたら、ほんの30年程前はよくあれだけ至る所で吸えたもんだ、懐かしむよりむしろ不思議に感じます。
 駅のホームの柱には二本置きぐらいに灰皿が用意され、線路にも吸い殻がまるでそれが当たり前の模様であるかのように吸い殻が捨てられ、新幹線は三時間どの車両も紫煙で満たされていた事を思うと、愛煙家であっても異常な光景だったとしか言えません。
 別に30年前は日本人の呼吸器系が丈夫だったとか、嗅覚が鈍感だったというわけではありませんから、嫌煙の方にとってはさぞかし不愉快な時代だったのだろうと冗談抜きで同情します。
 
 いつのまにか新幹線の喫煙と禁煙車の割合は逆転し、関東の方では全車禁煙と言う新幹線もあり、飛行機に至ってはヨーロッパ路線でもずっと禁煙という時代になりました。
 幸か不幸か全席禁煙時代になってからヨーロッパには行った事は無いとは言いつつ、時代だなぁ、とつくづく感じます。
 
 タバコのパッケージにやれ肺気腫だ癌の危険性が、と書かれていても我々に取っては馬耳東風ですが、そういう表記が長年の間に世代を重ねるごとに新しい価値観を生み出すだろうというのはここ最近の私の持論です。
 そして愛煙家が喫煙車にのりながらもタバコに火をつける時に違和感を感じてしまう程、新しい時代が急速に押し寄せて来ているとも感じた¥1,660でした。
 
 でも私は止めようとも思いません。
 このblogのプロフィールにもあるように「マナーを守って一生喫煙」でして、「見たか泉竹千代翁」なわけです。
 
 「体に悪いと言われてもぉ、わたしタバコを止めないわ。いつもプカプカプカァ♪」
 
 だって、人生の句読点なんだもん。

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猫の愛情

 だいたいいつも私はこのblogを日付が変わる前に書きます。
 A型故か何か、日付が翌日になるのが凄く嫌で、入力が間に合わないときは取り敢えずタイトルと「※現在執筆中※」とだけ入れておいて、後で修正するほど結構こだわっています。
 だからこの時間にネタを書くのは非常に珍しいのですが、今日は昼から予定があり、その後さらに仕事絡みの飲みが入りそうなのと、自分の昨日の記事を読んでいてふと思い出した猫ネタがあったので何故かこんな時間に書いています。
 (寝る前のビールのふたを開けてしまったから、というのもありますけどね)
 
 「犬は三日飼えば三年恩を忘れない」という言葉の対極に「猫は三年飼っても三日で恩を忘れる」という有名な言葉があります。 さらに酷いのは「鳥は三歩けば忘れてしまう」というのもありますが、これは飛ぶ為に極度の軽量化をした結果、脳みそが小さいのだから仕方が無いのかもしれません。 だってそれと引き換えに飛べるんだから。
 
 ま、それはともかく。
 15年程前まで、私は生まれてからずっと同じ家に住んでいました。 その家に仕事から車で帰ったとき、前にタクシーが。 一つ角を曲がれば自分の家、というときに黒い物体が二つ、そのタクシーの床下を横切るのが私の車のヘッドライトに照らされて見えました。
 私にはすぐに最初に横切ったのが「ゴジラ」で、後ろに続いたのが「チビゴジラ」であることがわかりました。
 
 これは何かと言うと、その三ヶ月前程からうちの裏庭に住み着いていた親子猫の名前です。
 勝手に親猫をゴジラと名付け、三匹いた子猫の一匹が一番母親似だったのでチビゴジラになったわけです。
 
 私はもともと犬好きで、性格も犬型と自覚しております。 でも一時期猫型の女性が好きだったのでそのうち猫も嫌いではなくなり、男に捨てられた(かどうかは解らない。別に飲み屋で膝つきあわせて身の上話を聞いた訳じゃないから)母ゴジラ猫が哀れで、時々牛乳やだしじゃこなどをやっているうちに裏庭にいついた訳です。
 子猫三匹が裏庭の雑草の上で遊んだり惰眠を貪っている姿はそれは可愛いもので、このうち、一番利発そうで元気だったのがチビゴジラでした。
 
 で、その時、タクシーの床下を走り抜けたのはゴジラだけで、チビゴジラはどこかを跳ねられた様で、道ばたにコロンと横たわっているのを目撃。 私は車を駐車場に入れてすぐに引き返し、チビゴジラを両手で拾い上げましたが、既に全く反応はありませんでした。
 その頃はまだ子供がおらず、嫁に「チビゴジラが死んだ」と言いつつ、大人になってこれくらい涙が出た事はないだろうという位にボロボロ泣いていたのを思い出します。
 でも現金なもので、それまで体毛の間に素食っていた小さな虫達が、体温の低下とともにじわじわと出てくるのも見えました。 なんて自然の摂理って理詰めで冷静なんだろう、と思いつつ、家にそんな虫たちを入れる訳にも行かないのでそのまま袋にチビゴジラを入れてさらに箱に納棺。
 
 獣医をしている小学校からの友達に相談すると隣の市では動物でも焼き場で焼いてくれる、と教えてくれたので、翌日彼(だったのかなぁ、彼女かも)が裏庭でよく遊んでいた古靴とボールを箱に入れてその焼き場に行く事になりました。 
 さて車を駐車場から出して、という時、なんとゴジラがうちの玄関にちょこんと座ってずっとこちらを見守っていたのにを見て驚きました。
 跳ねられた直後から家に持って帰るまで彼女がどこにいたのかは全く気が回りませんでしたが、どうやら彼女なりにどこかから成り行きを見ていた様です。 結局見えなくなるまでゴジラはずっとこっちを見ているのがミラーで確認できて、その時「猫って薄情じゃないんだ」と確信した次第です。
 
 その後、最後に残っていた子猫も記録的に暑い夏の日にいなくなり、しばらくうちの裏庭は閑散としていましたが、数ヶ月後のある日、塀の上を子猫二匹くわえてゴジラがまたやってきました。
 
 「おまえ、ちょっとは懲りろよ。ってか男選べよ。」
 
 やっぱ三日で忘れる様で...

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のら

 今日も炊事担当故に夕方に買い物へ。
 ここしばらく油濃いものが続いたのであっさりしたものを...とか考えてたらふと歩道脇の植え込みの縁にちょこんと座っていた黒猫と目が合いました。
 が、見事に向こうの方が視線をはっきりと下に逸らして、何となく残念。
 
 大昔、大島弓子という漫画家が描いた「綿の国星」という漫画で、「猫とすれ違っても敢えて目を合わさないというのが礼儀というもの」というのが猫側の台詞であったのを何故かずっと覚えています。
 この漫画、今ではもうクラシックの領域に入るものですが、今なら間違いなく癒し系でしょうね。 もしかしたら元祖猫耳系かも。
 当時、猫型の女の子に手を焼いていた私としては恐らく藁をもすがる気持ちでこれを読んでいたのかもしれません。
 
 ま、とにかく猫にとって目が合うというのはそれが求愛だろうが威嚇だろうが何かと面倒な事なんだそうで、存在を知っていてもできるだけそっとしておけ、ということだそうです。
 
 そう言えば以前、知り合いの家の猫に思いっきり歯を見せて、いわゆる「ぎゃお〜」みたいな顔をしたら、即向こうも同じように威嚇の表情をしたのには驚きました。
 つまり、猫(恐らく動物一般も)は表情が理解できるという事です。
 ということはこっちが笑っているのも解るはずで、ドリトル先生なんて絶対不可能、と動物とのコミュニケーションをある程度冷めた目で見ていた私としては新鮮な発見でした。
 
 その後、動物の子供は顔に対してどうして目が大きいのか、という話があり、もともと眼球は顔の成長に比べてあらかじめ大きく作られている、という理由以外に、いわゆる愛苦しい顔によって親が思わず愛情を持ってしまうようにできているというのも聞いて、また驚き。
 つまり動物は「可愛い」という感情も持つ事ができるし、それを感じることもできるというわけです。
 
 別途、心理学の本で、小猿に対してミルクをやる機械をニ体与え、片方は哺乳に必要な機械が丸出しで、残りは毛が生えたような布を巻き付けて、さらに大きな目玉らしきものをつけたものを並べると、貰えるミルクは同じなのに、後者を選ぶというのも読みました。
 そういえばうちのアホインコも手を振って名前を呼ぶと必ず籠の中の同じ場所で同じ仕草をしますから、彼らなりの認識とコミュニケーションをしている事は間違い無さそうです。
 
 そう言えば私が小さかった頃はのら犬、のら猫がたくさんいて、れっきとした飼い犬すら夜以外はずっと放し飼いってのが当たり前だったような気がします。 そのへんを散歩してるけどあれはどこどこのタロー、あれは向かいのシロみたいに。
 で、こっちも向こうも適当に親近感と距離感があって、それでも大して事故等が無かったのが今思えばおもしろい。 もちろん今と比べてあちこちに糞が転がってましたけどね。
  
 おそらく私が動物と目を合わせてなんとなく意思疎通らしき事をやるのはその時の名残かも。
 なにせ本来の飼い主よりもうちの家族になついている犬や猫がいたくらいで。
 
 その頃は一戸建に住んでいたのに結局犬猫と一緒に暮らす事ができなかった私は、今でもちょっと後悔しています。

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情けない事に

 なんだかんだと学校には行かなくてはならないとは言え、授業自体は既に終了して一週間程経ちました。
 一般の仕事と違って、非常勤の教師というのは収入との引き換えになるとは言え、この瞬間に溢れる程の自由時間を手に入れる事ができます。
 これはいわゆる普通の仕事をしている人との大きな違いで、これがあるからこの自分のエキセントリックな心身が持っているのかも知れません。
 
 授業があるときでも週三日ですので、あと四日自由じゃないかと言われそうですが、実はそういうものではなく、特に夜型の私は翌日の予定との絡みでじっくりと順を追って考えたり作業を進めたり、いわゆる没頭するような仕事に割く時間がなかなか取れません。
 だから、そんな間、ずっと「あ〜、あとまった時間が欲しい」と願いつつ、時間をやりくりしています。
 
 そして休みに入ると、「あぁ、普通ならこの時間は駅から電車に乗ってる頃だなぁ」と思いつつ、そのありがたみを心から甘受することから始まります。
 
 しかし、ここ数年、何となく解って来た事がありまして、休みに入るとどうやら頭の回転が鈍って来るようです。
 例えばこのblogに書きたいネタにしても、睡眠不足だなんだかんだと動き回っている間に「あ、そうか、そういうことか」とふとひらめいて、「どうせならblogに書いておこう」というふうにパタパタっと流れが出来上がる事が多い。
 もちろんそんなときは忙しいので「いいや、ネタだけ書き留めておいて休みに入ったら片付けよう」となります。
 
 だから休みに入った直後はそういう懸案事項をさくさくっと片付けて行く訳ですが、その後が浮かばない。
 blogに限らず、じっくり考えないと解らない事とかあったはずなのになぁ、とそれを思い出す・思いつくのに結構な時間を無駄にしているような気がします。
 正確には、実はやらなくてはならない事、やりたいことは解っていて、その手順のイメージが浮かんで来ないということなのかもしれません。
 
 何となく頭の中に「とにかくあれをこうして、次にこうして、大体どれくらいの時間がかかって、それにはあれとこれが必要で...」と作業の流れを想像できれば、次に最初のワンステップさえはじめられれば後は大げさに言えば寝食忘れて一気に浸る事ができる、ってのが私のパターンです。
 
 これが待望の休みに入ると頭がボケるのか、時間的な制約から解放されすぎるのか、思った程仕事が進まない様です。 刺激を受けなくなるってのも大きいかもしれません。
 
 結局アイデアだとかひらめきってのは日々のバタバタした忙しい時、言い換えると頭と体が動いている時にしか浮かばないのかもしれませんね。 少なくとも私にとっては「あぁ、時間さえあれば...」というのは単なる言い訳と願望であって、幸運にもそういう貴重な時間が与えられるにもかかわらず、無駄に過ごしているような...
 
 よく普通のサラリーマンの方が毎日寝る前の2時間を自分の時間として確保し、小説や趣味に振り分けている人がいます。 学校に行っている時には夜が眠たくて仕方が無い私としては絶対真似ができない事ですが、そういう一種制約された環境下だから生まれる傑作というのはこういうのが理由なのかもしれない、とも思います。
 
 今更スポーツ選手に慣れる訳も無く、かといって寝てて金が入る身分でもないのだから、ちょっと気合い入れて頭を回すようにしたいと思います。 消去法で頭脳労働者になってしまった身としては。

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あれ?

 つい数日前までここに書くネタが一杯湧いて来て当分困らんなぁ、と思っていたのですが、なぜか今、はたと思い出せなくなりました。

 

 ということで久々に日記的に。

 

 この季節、年度末という事で色々学校関連が忙しい日々が続きます。

 自分自身も受け持ちの授業を採点しなくちゃならないし、さらに担任なので各先生からあがってくる採点も集めてコンピューターに入力しなくてはなりません。 その締め切りが昨日。

 その間、来年度の生徒確保に向けての活動や新しい先生との授業の打ち合わせ等もあってこれがほんまに非常勤の仕事内容かという程の濃密さ。

 さらに日が暮れた頃に、出席や成績の足らなかった生徒がリストアップされ、それぞれどんな課題にするのか等を話し合って、自宅近くの駅に降り立ったのが20:00前。 いや、こんだけ学校におっても手当つきまへんねんで。

 と、ちょうどその時昔からの友人から携帯着信あり。

 

 この友人は小学校からの付き合いで、正確には中学二年くらいから親しくなりました。(それまでは彼は外で虫取り等。私は家でプラモデル作り等で接点が無かった)

 高校まで同じ学校で、そこから月日は流れ、いろいろあって今に至る訳ですが、とにかく彼の義理の弟が民航のパイロットで、子供が電車の運転手さんが神様に見えるのと同じくらい私には羨ましい存在。

 幸い彼にもその友人が私の事を「おもろい奴」と伝えてくれていたので、いつか飲みましょう、というのが突然実現した訳です。

 

 まぁ、いきなり個性全開モードでしたが、あらかじめ友人とその嫁がアウトライン等を吹き込んでくれていたお陰で初対面でありがちな「目が点、あきれ果て」という事にもならず、わぁわぁとそのまま23:00頃まで飲んでました。

 「男の子は機械が大好き!!!!」を地で行く私としてはまだまだ一杯聞きたい事もあったのですが、話が高校の話や(私と友人とその義理弟君は三人とも同じ高校)、音楽の話に飛んで、ま、また次は場所を変えてゆっくり飲もうや、ということで解散。

 最近学生と飲む事は多くてもなかなか同世代との機会が無く、しかし結局殆ど同じノリで喋りまくって飲んでいる私って一体... と少々悩みつつもそのまま爆睡してしまいました。

 

 そういうハッピーな話だけではなく、実はそろそろ中三の息子の公立高校の志望校を決定する懇談が近づきつつあって、親としても無関心ではおられません。

 子供にとっては迷惑でしょうが、親としては自分の出た高校に行って欲しいという願望もありつつ、しかし数十年経って取り巻く環境も変化し、息子がそこを受けても通るかどうかはまさにビミョ〜な情勢。

 たまたま三人がその高校出身だった事と、息子が高校卒業後に航空自衛隊に入りたいというのでその話題もその飲みの席で出ましたが、結局志望校も進路も本人の好きなようにさせてやれ、ということになりました。

 

 もうこの時期ですから慌てても仕方ないし、突き詰めれば自分が受験する訳でもなく、なるようにしかならんかぁ、と思いつつ明日の懇談に臨むのでした。

 

 爆睡の後、下の方で酔っぱらいのバカ騒ぎの声がして目が覚めました。

 自分では1〜2時間くらいしか寝た感触が無く、「あ〜あ、また酔っぱらいのせいで目が覚めた」と時計を見たら朝の5時半。

 しまった、嫁に炊飯器セットしておくと約束していたべ、と慌てて米洗いにかかりましたが、さすがにこの時間の水は冷たい。

 

 う〜ん、久々にオチが無い...

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