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ムーミン・パパ

 先ほど、ふとムーミン・パパの事を思い出しました。
 
 私の父はAB型だったせいか、突然烈火の如く怒り出して、当事者である子供のみならず、家中がシーンとしてしまうという事がよくありました。
 それを見ながら「あぁ、ボクはつねに淡々と語り、諭す父親になりたい」と思った物です。
 
 具体的にはムーミンの親父であるパパ(名前は知りません)で、子供たちがとんでもない事をしても「ムーミン、それはいけない事だよ」とパイプを片手に語りかける、というあのスタイルが憧れでした。
 
 そして時は流れ、自分が父親になると...
 
 「とんでもございません」
 
 標準語でも「何をしているんだ、お前!」ってなもんで、大阪弁だと「何さらしとんねん、このアホ!」と、ミーでもこんなに下品やおまへんで、という世界です。
 氏より育ちと言いますが、やはり育ちは隠せない様で...
 
 でも、言い訳するなら、それほど激昂するくらい子供って小さい頃はとんでもない生き物なんですよ。 最初は自分の身に危険を、次には他人に身の危険を平気で与えようとする訳で、それをいけないことだと覚えさせるのは並大抵の事ではありませんでした。
 同じく小さい頃に、「子供は無邪気な悪魔だ」と何かで読んだのをまさしくその通り、と確信した次第。
 
 ムーミンの世界は実は妖怪の話で、北欧では妖怪や妖精の事を「ムーミン・トロール」と言うところから題名が来たというのは今では有名な話ですが、さて、あのパパも果たして架空の存在だからあり得るのか。
 う〜ん、もっとお金持ちで上品な家庭ではあり得るのか。
 
 もしかしたら「ムーミン・ジジ」にでもなればいわゆる責任の無いネコ可愛がりで可能かも知れない、と一瞬思ったものの、いや、やっぱり無理だろうな。 やっぱり孫相手にも「お前な、そんなことしとったらあんな事でこんな事になってそんな生き方するようになるで」とグダグダと言うんだろうと思います。
 
 ちなみに、冒頭、父はAB型で、と書きました。 家内はB型ですが、やはり突然烈火の如く怒り出す事があります。
 小さい頃は父に気を遣い、大人になっても家内に気を遣い、ボクって不幸、と時々星を見上げて涙する私です。 そういえばそんな亡父も機嫌の良い時は、昔流行った映画の題名になぞらえて「私は貝になりたい」とぼやいていましたので、みんな同じなのかも知れませんね。

 ま、家族ごっこや人生ごっこはそんなきれいごとでは済まないという事で。

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