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ムーミン・パパ

 先ほど、ふとムーミン・パパの事を思い出しました。
 
 私の父はAB型だったせいか、突然烈火の如く怒り出して、当事者である子供のみならず、家中がシーンとしてしまうという事がよくありました。
 それを見ながら「あぁ、ボクはつねに淡々と語り、諭す父親になりたい」と思った物です。
 
 具体的にはムーミンの親父であるパパ(名前は知りません)で、子供たちがとんでもない事をしても「ムーミン、それはいけない事だよ」とパイプを片手に語りかける、というあのスタイルが憧れでした。
 
 そして時は流れ、自分が父親になると...
 
 「とんでもございません」
 
 標準語でも「何をしているんだ、お前!」ってなもんで、大阪弁だと「何さらしとんねん、このアホ!」と、ミーでもこんなに下品やおまへんで、という世界です。
 氏より育ちと言いますが、やはり育ちは隠せない様で...
 
 でも、言い訳するなら、それほど激昂するくらい子供って小さい頃はとんでもない生き物なんですよ。 最初は自分の身に危険を、次には他人に身の危険を平気で与えようとする訳で、それをいけないことだと覚えさせるのは並大抵の事ではありませんでした。
 同じく小さい頃に、「子供は無邪気な悪魔だ」と何かで読んだのをまさしくその通り、と確信した次第。
 
 ムーミンの世界は実は妖怪の話で、北欧では妖怪や妖精の事を「ムーミン・トロール」と言うところから題名が来たというのは今では有名な話ですが、さて、あのパパも果たして架空の存在だからあり得るのか。
 う〜ん、もっとお金持ちで上品な家庭ではあり得るのか。
 
 もしかしたら「ムーミン・ジジ」にでもなればいわゆる責任の無いネコ可愛がりで可能かも知れない、と一瞬思ったものの、いや、やっぱり無理だろうな。 やっぱり孫相手にも「お前な、そんなことしとったらあんな事でこんな事になってそんな生き方するようになるで」とグダグダと言うんだろうと思います。
 
 ちなみに、冒頭、父はAB型で、と書きました。 家内はB型ですが、やはり突然烈火の如く怒り出す事があります。
 小さい頃は父に気を遣い、大人になっても家内に気を遣い、ボクって不幸、と時々星を見上げて涙する私です。 そういえばそんな亡父も機嫌の良い時は、昔流行った映画の題名になぞらえて「私は貝になりたい」とぼやいていましたので、みんな同じなのかも知れませんね。

 ま、家族ごっこや人生ごっこはそんなきれいごとでは済まないという事で。

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やっぱりいつものメンバー

 ということで、無事学園祭が終わり、掃除、事務的な処理が終わって打ち上げに。
 とはいえ、やはりというかなんというかいつもの男子メンバー。
 全員で「おっつかれ〜」とやりたい気持ちもありながら、結構疲れているので気を遣うお酒はちょっと今日は、という感じだったので、これはこれで○。
 
 加えて以前このメンバーで飲んだ時にはまだ業界就職が決まっていなかった三名が新たに内定を貰った事もあり、その祝いも兼ねてました。 約一名まだ業界就職が決まってませんでしたが、年内に決めてしまいましょう>誰となく
 
 しかし彼らもごく当たり前に就職が決まると明るい顔と明るい話題になるもので、思い起こせば先の飲み会ではみんな微妙な顔をしていたなぁ、と。
 仕事に対する不安はありつつも、取りあえずそれが片付いたら彼らにとって一番の関心事である恋愛にまた気が向くもので、内定を貰ってから電話したとか、内定貰ったから告白しようかと思うとか、おぉ、めっちゃ解りやすいやんか、の世界。
 
 一方でこの連中の中で一番最初に就職が決まって既に早期出社に行ってる奴はなかなか良い顔になっていたのに感心。 まぁ、中身は相変わらず、という気もしますが、気のせいか少し受け答えの内容が早くなったような気もしなくもない。
 同じく早期出社で普段全く顔を見なくなった女子生徒とともに、やっぱり辛くても社会は人を育ててくれるんだと改めて感じました。
 
 他にも学園祭では数人の卒業生に会い、みんな着実にパワーアップしているのを見ると、う〜ん、自分ももうちっとビシっとせんとあかんなぁ、と。
 
 そうそう、たった2Pですが、友人の書いた本にコラムを書いたのが出版されました。
 
 三沢武士著「ブログ&掲示板 攻撃・防御マニュアル」というちょっと専門的な本ですが、自分で掲示板を持っている、サーバーを持っている、という人はかなり詳しく書き込んであるので是非チェックしてみて下さい。
 白夜書房刊 ISBN4-86191-083-8
 
 2Pとは言え、全体的に小さい文字でびっしりとレイアウトされていますので、それでも4,000字書きました。 ま、これに続いて今度は自分の本が出せれば幸せですねぇ...
 
 さて、祭りも終わっていろいろやる事はあるけど、とにかく今晩は思いっきり寝ます。

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学園祭

 今日明日と非常勤講師をしている専門学校の学園祭です。
 非常勤ながら担任をしている関係で昨日昼からの準備から三日間、完全学園祭モードで、特に昨日は昨年と同じく夜10時前まで学校にいて、覚悟はしていたとは言え結構疲れます。
 
 昨年は今持っている二年が初めての学園祭だった事もあって、模擬店の準備に相当時間がかかり、同じく10時頃までかかり、今年は二年目だし楽だな、等と思っていたら結局ポスターがまだできてません、とかで同じような時間に。
 
 その反動で多くの教師は中日である今日は早くしまって早く帰りたい、というのが本音。
 とはいえ、学生にとっては早期出社で普段の授業で会えなくなってしまった学生と再会できたり、もうこれが終わったらお祭りは無く、あっというまに卒業を迎えるというのがわかっているのか、なんとなく帰らない、という状態でした。
 まぁ、そりゃそうだわな、昨年試験的にやった東京研修も今年は無く、思い出はこれくらいしか用意できなかったしね、とそれはそれで納得。
 
 まぁ、でも、学園祭で何もしないクラスも少なくない中、二年連続でよく頑張りました。>うちの学生。
 確かに昨年程のパワーは無いけど、就職活動や早期出社で人数や時間がない中でしたから。
 おまけに一旦本番が始まってしまえばさすが昨年で慣れたのか、こちらの出番は全く無いくらいで、むしろ暇を持て余していたくらいです。

 面倒ではあるけれど、こういうイベントは参加して初めて楽しみが得られる、というのは揺るぎない事実ですから、明日の最終日が終わった時の満足感をずっと覚えていて欲しいと思います。
 それから、なんでも人任せにしていたら誰かがやってくれる、という考え方を、やってみれば案外簡単に終わるんだ&楽しいんだ、と言う風に変えてもらえれば、大人になっても決して無駄ではない体験だと思います。
 
 さて、明日は噂のカルビ丼を食うか... 今日のチヂミは美味しかった。 こんな事なら世界各国から留学生を呼んで欲しいぞ。
 そうそう、昨年は車だったので参加できなかった打ち上げにも...
 
 普段より30分早く登校せにゃならんのが辛い。

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今日も私が早かった

 ここ暫く専門的な話が続いたから、という訳でもありませんが、馬鹿話を一つ。
 
 うちは家内も働いており、職場からまっすぐ家に帰って来るとだいたい夕方6時過ぎ。
 私はと言えば学校に行く日はその日によって帰宅時間は一定しておりません。
 
 そこで問題になるのが夕食の算段。
 私の学校の無い日は自動的に私。 ま、それは別に構いません。
 学校のある日は、というとだいたい同じ時刻くらいになる事もあって、大概は家内が食材を用意して作る、というパターンが長く続いていました。
 
 しかし。
 最近家内の残業の日が増えた。
 そうなると、学校があっても私の担当の日が増えるのです。
 それはそれでご苦労な事だし、文句も言えませんが、それがビミョーな時間なんですね。
 
 今日はと言えば、学園祭も間近になっていろいろ忙しいだろうと思いきや、学生はさっさと帰るし、出席関連の入力も気を効かして他の方がやってくれていたので何もする事が無くなった。 ということで嫌な予感を感じつつ帰りの新快速に乗って家内にメールする。
 すると、「今日も30分だけ残業します」と。 あれ?あんたの会社、残業カウント一時間刻みじゃなかったっけ?
 ついこの間まで「暇やわ〜。私の部署無くなるんちゃうかな〜」とか言ってませんでしたっけ?

 ということで、本日「も」私は帰りにダイエーに寄り、塩鯖、ホウレンソウ、煮豆、小芋の煮物などを買う。(煮豆や小芋は本当は自分で炊きたいけど時間がない) ここ暫く油濃い献立が続いていたのでこういう献立も良かろうという訳です。
 帰ると同時に魚焼きグリルを予熱し、ホウレンソウをゆがき、煮物と小芋を小鉢に入れ、みそ汁作って白ネギにごま油塗って焼き上がった頃に、家内のお帰り。
 
 計算してるんちゃうん?
 
 で、土日には「なんでたまの休みの日にご飯作らなあかんの」と吠えられた日にゃ、あんた。
 「いえ、私なんて週五日作ってるんですけど」

 おそまつ。

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さらば、不気味なサーバー

 今月のこのBlog更新頻度の低さは目に余りますね。 いや、申し訳ないです。(誰に?)
 
 実は、先日ケリが付いていた筈のLinuxサーバーでまた別の問題が発生している事が判明、その対応に追われていました。 前回のように四日間殆ど寝ずに作業、とまでは行きませんでしたが、それでも学校の授業を挟んで三日間程あれこれ苦労しました。
 結局、問題解決に時間がかかりすぎる、イコール技術力が無い、ということで今回の仕事は流れ、お陰であれだけ時間を費やしたのにノーギャラに終わりました。
 ま、でもこれは仕方がありません。 自分の技術と知識が追いつかなかったという事です。 間の人間にもいいろいろ迷惑もかけましたしね。(でもこれは家内には納得できない様で、ブチ切れ気味です。ま、無理も無いけど)
 
 と、責任は私にある、ということを前提に、誰かが今後似たようなシチュエーションで死にかけの目に遭わない為に、一言。
 
 今回のサーバーはとある大手のサーバー業者が設置・設定。 普通はそのまま管理を引き受ける訳ですが、こういうところに頼むと月々のメンテ料が結構な値段になる訳です。
 もちろん、それだけの技術と経験を持っているからでもありますし、何より最初に設定をしている訳だから、トラブルや機能拡張時にも一番そのサーバーの素性が解っているのですから、結局は安全な訳です。
 ところが、そこは物には金は払うがサービスには金を払いたくない日本人。 最初の希望通り動き出せば後は安いところにメンテと拡張を任す事も多く、今回の私の仕事もどうやらそういうケースだった様です。
 
 サーバーの構築というのは自宅サーバーならともかく、企業が持つ物は最初に使用目的等を綿密に打ち合わせ、それに最適な仕様を組んで、以後安定的に運営するのが最大の重要案件です。 しかし、どうしても欲が出る物で、「折角自社サーバーがあるんだからあれもできないか、これもできないか」と後からどんどん機能拡張の要求が出てくる事も多く、そうなると最初の構成ではうまく行かなくなってきます。
 
 例えは今回のサーバーはredhat9で、標準構成、と聞いており、同じく検証用の標準構成の私のredhat9マシンではちゃんとコンパイルできたソフトが、このサーバーではライブラリの一部が無い、と不可能だった、ということも一例としてあげる事ができます。 また、DNSサーバーもこの最初の設置業者が管理している為に、MXレコードを貼ってもらう時にsmtpエイリアスを作ってくれていない等、本質的な原因ではない物の、原因究明の遅れになるような認識のすれ違いもありました。
 
 また、この業者はそう言う事はありませんが、設置後、他業者にメンテを委託する、という仕事のとき、わざと罠のようなものをシステム内に忍ばせておき、他業者が触った途端にトラブル発生、「でしょ?だから高くても我々にメンテを任せてもらえれば」という営業攻勢に出る、という不気味な話も聞きました。
 
 ということで、「既に動いているサーバーの管理をお願いしたいんだけど」という仕事が来た時には慎重に、ということですが、Yesと言わないと内部を覗けるパスワードは貰えない訳で、覗いてからお断り、とも言えないし、実際には難しい判断ですけどね。
 
 その後、Mac OS Xサーバーの管理画面を開いてみましたが、今回最後にトラブった処理がいとも簡単に設定できるのを見て、「もう、以後OS Xサーバー以外の仕事はしない!!!!」と誓ったのでした。 とは言っても、今回のトラブルで逆に以前は意味不明だったOS Xサーバーの諸設定が非常に良く解るようになったので、無駄では無かったでしょうけどね... 今回の地獄も。
 あと、この経験をアレンジして絶対に小説にまとめちゃる。
 
 ということで、次回からはこういうUnix/Linux話ではなく、フツーのお話に戻る予定。

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東京モーターショー(無念じゃ...)

 さて、今日から東京モーターショーのプレスデーが始まりました。
 
 二年に一度のこのショー、ニフティの自動車フォーラムを管理するようになって、是非ともプレスパスを取りたいとずっと努力し続け、思えば十年前に、今は日商岩井に戻られたニフティの重役が「パソコン通信がメディアじゃないというのかぁ!」という怒号でパスを獲得できるようになったのも今は良い思い出。
 お陰で、当時のFCARのスタッフとともに十分に取材をすることができました。
 
 以来、RJCの会員にもなったこともあり、ずっとショーの取材を続けていたのに、今年は初めての欠席。 実に無念です。
 理由は... まぁ、しょぼい話をここでしても始まらないので、ニフティに聞いて下さい、とでも残しておきます。
 
 モーターショーも十年前と比べて徐々に来場者数が減り続け、消費者の車離れが顕著だったのものが、二年前の前回あたりから講じられた対策が功を奏し、何とか前年並みの来場者数を確保できるようになりました。
 今回は週末の混雑緩和の為に、会期を延長し、世界で最も会期の長いメジャー・ショーとなったせいもあり、さらに微増に転じるのではないでしょうか。
 一般公開は22日(土)からで、会場外にも様々な参加型催しがありますから、ぶらりと行くよりは事前に情報をしっかりと把握してから参加された方が絶対に楽しめるでしょう。
 
 今年もロビーでプレステのイベントが行われますが、私のおすすめはスバルブースにあるWRC再現ゲーム。 前回よりも油圧等でGを体験できるようにパワーアップされている、とスバルからのリリースにありましたので、ゲームファンの方は、開場後、脇目もふらずスバルブースを目指して下さい。
 
 プレスデー取材で意外と大変なのがコンパニオンの撮影。
 一般日と違って、プレス向けにはカメラ目線が貰えるし、またその写真をかつてはフォーラムに掲載していた訳ですが、これも多数撮影していると結構疲れます。
 何せ照明が明るいので、いくらスポット調光で撮影してもどうしても光を拾ってストロボの光が少なくなってしまい、ときめく美人の写真も台無しになることがあります。
 また、女性に限らずプレスデーのみの演出もあり、また後で撮影すれば良いや、と思ったら二度と撮れない事もあって、あのT字型にダダッ広い会場を文字通り足が棒になるまでかけずり回るのでした。
 
 こういうとき、特に輸入車のブースで飲食物を頂ける事が多く、束の間の休息には最適ながら、ドイツ車のブースで美味しいドイツワインなんぞを貰うと、また足が動かなくなるという事も。
 
 例年、プレスデーの前夜の「サンライズ瀬戸・出雲」で上京し、そのまま幕張まで。 そして駅前のロッテリアで時間潰しをしてからプレスルームが開くのを待ちますが、今年はロッテ優勝ということもあって、あのロッテリアはもちろん、となりのロッテショップもどう盛り上がっているのか確認できずに残念です。
 
 まぁ、フォーラムが規模縮小してしまって以後、特に雑誌に評論を書く仕事が回って来た訳でもなく、関西ではそういう仕事はもともと少ない訳で、そろそろ潮時かなぁ、と、久しぶりに自宅のテレビで報道されるショーを見ていて考えるのでした。
 秋じゃのぉ。

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あ〜、すっきりした

 10/15の書き込みにあるように、地獄から帰って来た後、それはそれとして、どうして自分の手で解決できなかったのかはずっと気になっていました。

 そこで、自分の検証用のLinuxマシンで再度実験開始。

 

 要するに一番の難関だったのはPHPのバージョンを上げたらhttpdから認識しなくなった、ということ。

 これにはconfigureが大きく関わっていて、--helpのあれだけたくさんのオプションからどれをどう組んでいいのかを正確に選び出すのは至難の業。 で、ここで何度もこけていた訳です。

 結局はとある人に助けて頂いた訳ですが、一旦動けばPHPはinfophp()で様々な事が確認できますので、盗むというよりは回答表を見ながら間違いを直す、という感覚で見させて頂きました。

 

 問題の環境はredhat9で、Apacheは2.0.40、当初のPHPのバージョンは4.2.2でしたが、これを4.3.11にバージョンアップ。 パッケージではマルチバイト関係とPostgresSQL関連が入っていないので、ソースからコンパイルするしかありません。

 で、これらの--with...オプションを組み込んでもインストールで失敗していた訳です。

 

 結局師匠のコンフィギュアオプションのキモは、

 ./configure --with-DEAPI --with-apxs2filter=/usr/local/apache2/bin/apxs --enable-module=so

 (マルチバイト関連とPostgresSQL関連は省いて書いてあります)

 でして、まずEAPIではなくDEAPIを使う事、そして--with-apxs2ではなく、--with-apxs2filter(apxsへのパスは自分の環境を確認して下さい)を使う事でした。 一番重要なのは--with-DEAPIだったようで、これを入れた途端にコンフィギュア開始後のエラーメッセージが表示されなくなりました。

 当然ながらこのままmake〜installしても問題なし。

 

 その他、/usr/lib/httpd/modulesの中にlibphp4.soが残っていると、新しいバージョンのlibphp4.soが上書きされませんので、落ち着いてまず最初にそれ以前のものを削除したかどうかを確認して下さい。

 私はrpmで入ったものを削除するだけだったので楽ですが、ソースで入れたものを削除するのは大変ですけどね。

 ただし、以前にちゃんと動いていたものを復旧させる時は念のため、libphp4.so.bak等の名前で退避させておいた方が良いでしょう。

 

 例えば--with-DEAPI と--enable-module=soは--helpを見ても載っておらず、別途の技なのか、それともApacheのバージョンにあわせる為なのかは不明ながら、残念ながら私では解決できなかった筈。

 

 以上、対症療法的で理論だってはおらず、専門の方はもっと的確な解説ができるとは思いますが、これでも誰かの問題解決になれば幸いです。

 

 あ〜、しかし、すっきりした。

 このまま永久に自分が解決できなかったら後悔が残るし、何も学習していないという事になりますからねぇ。

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五日間の空白

 おひさしぶりです。 五日間更新ができませんでした。
 このBlogを設置して以来こんなことは初めてですが、別に旅行に行っていた訳でもなく、ネタ切れした訳でもありません。 四日間程地獄に落ちていただけです。
 
 以前から始めたLinuxの仕事ではまってしまったのです。
 原因は私のミス。 あそこでこう考えていれば、というのはありますが、それは今だから言える事。 結局四日間で合計6時間寝ただけ、2kg体重減で終わりました。
 
 ビジネスの事ですから詳細には書けませんが、取りあえず作業が終わって本当に良かった、としか言えないです。 いや、生きてるもんね。今。
 
 要するに依頼された仕事がスムーズに終わり、良かれと思ってさらに良いものを作り上げ、みんな喜んでくれれば良いよね、と一歩超えてはいけない線を越えてしまったわけですが、お金の絡んでいるサーバーを管理するってのは解ってはいたけど改めて責任の重さを痛感しました。
 
 しかしこの間、お腹もすかない、体のどこも調子悪くない、頭はまだまだ回ってる、こんなことが続く分けない、と思ったとき、これがあと二日続いたら死ぬかもなぁ、と思ったのは事実です。
 最終的に私の技術では対処できないところが原因だと絞り込んで、他人に助けを求めましたが、残念というよりも救われたありがたみの方が大きかったです。 お陰でここからは作業が進み、やっとトンネルの出口が見えた、という訳です。 
 
 翌日、予想通り脳みそが頭蓋骨の中でふやけたような一日で、突然足がつるは、胃が縮んで食事が食べにくかったり、それまで各方面と連絡を取り合っていた電話の呼び出し音の空耳は聞こえるはで、一種の幻覚症状状態。 そりゃあれだけ無理をしたらアドレナリン全開放出だっただろうからそうもなるでしょう。
 報告書やら他の止まっている仕事の連絡をしようとiBookを開けると左手が痙攣してうまくキーボードが打てない。 今までグラフィックの仕事で無理してマウスを持つ右手が痙攣した事はあるけど、基本的にコマンドラインのサーバーのお仕事は左手に来るんだなぁ、と変なところで感心。
 
 週明けには恐らく事務的な処理が出て来るでしょうが、この間の苦痛に比べると何でも耐えられるでしょう。恐らく。
 
 しかし最後のトラブルはもう呪いとしか言いようが無かったですね。
 フォームメールを送信すると"value too long for type character varying"というエラーが帰って来ました。 これはPHPからではなく、PostgresSQLからのメッセージです。 で、これはクライアントがMac OS Xの時にしか出ないエラーで、Windowsだと問題ありません。 bashさえあれば良いと思っていたので、まさかこんなところでWin-Macの非互換が絡むとは。 要するにMac OS Xは中身はUNIXだから内部の文字の持ち方が違い、送信するデータ長が長くなる訳です。
 で、結局「あ、これは最初からこうだった筈だからこれで良い」と。 これはこれで有り難いお言葉ながら、この対処に頭を痛めたいた数時間と、あ、Macユーザーは捨てられているんだ、と作業終了とは言え、ちょっとトホホでした。
 
 そうそう、もしこの問題をMacでも改善するならここにヒントが載っています。 でもPostgresSQLに慣れてないとこれも難しそう...
 あんまり普遍性の無いネタですが、これで救われる人がいるのであればささやかな恩返し、恩返し。
 
 あ〜、生きてるって素晴らしい。

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ま、頑張ってね

 本日は早期出社で籍はまだ学校にあるのに就職活動で内定を貰った会社で働いている学生にお米を配達。

 今年の春に卒業した学生で一人、金が無くなったら家に行くからご飯食べさせてな、という学生がおりましたが、別に今日の学生は食い詰めた訳ではなく、どうもほっておくとこのまま飯食わなくなるんじゃないかと心配だった、というわけです。

 

 未だに会社訪問に一、二社くらいしか行った事が無く、うじうじしている男子学生が多い中、女子生徒はさすがと言うか、思い立ったら行動が速いというか、本来ならまだ学生のはずなのに、既に毎日会社でデザインの仕事をしている、っていうのは考えたら凄い事ですね。

 私がその立場だったらできるかどうか一抹の不安を覚えます。

 

 それでも今年は就職部を通じて就職先にお願いし、何とか週一日程度は卒業制作の為に登校させてもらうように努めたものの、それは必ずしも思い通りになる訳ではなく、中には一切学校に来れない学生もいます。

 仕事に就けないという不安は無くなる代わりに仕事の厳しさと直面している生徒にすれば、これまでのようにごく普通の学生生活の中で癒される事ができないという難しさも抱えています。

 

 まぁ、そう言う受け持ちの生徒に米を口実に様子を見に行くってのも楽しいもので、気分は田舎から米と野菜を担いで孫の様子を見に来る親父のようなものかも知れません。

 

 実際には米を置いて、ほなさいなら、とも行かないので、ふと人恋しくなった時に気軽行ける場所を、ということで普段私がよく行っているノイロ・カフェ(仮名)に連れて行って面通し。

 その間の話で、仕事で飛行機をネタにデザインをしているうちに飛行機が好きになった、というか、飛行機を見ていると元気が出るようになった、と言うので、おおそれならと、我々北大阪に住む人間にとっては有名な伊丹空港の着陸見学スポットをご紹介。

 

 そういえば、私も二十代の頃、よくここに来て何かと嫌な事を忘れようとか、希望を新たにしようとか思ったなぁ、とふと回想モードに。 だからといって今の自分が自分にとって満足できる訳でも無し、いつまで経ってももひとつやなぁ、と生徒には気取られないようにチョイ反省。

 

 ま、彼氏か車を持ってる友達がこっちでできたらまた来たらええやん、ということで再び家まで送って行きましたが、こんなことしかできないけど、ま、元気出して頑張って下さい。

 大昔、野坂昭如氏が(この名前自体、ネットで検索しないと解らない人が多いと思うけど)ウイスキーのCMで「ソ、ソ、ソクラテスもプラトンも、みんな悩んで大きくなった」と歌ってましたから。

 そうそう、偉そうに言ってるけど先生もみんな悩んで大きくなったし、恐らくまだみんな悩んでると思います。

 米ならまた正月に家内の実家から貰って来るから。(そう言う話ではないような気もするが...)

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週末のクラシック音楽

 今日は先月に引き続き、Audi Japanのご招待で家内とコンサートへ。

 今度はクラシック音楽で、バイオリニストの千住真理子さん+ベルリン室内管弦楽団という組み合わせ。

 

 特にクラシックファンでなくても、日曜の朝にテレビを見ていれば千住真理子さんはよく出演されており、こういうのに疎いうちの家内でも知っているいわゆるビッグアーティストです。 最近クラシックのコンピレーションCDセットが影のベストセラーとして売れている等、なかなかいい時期にいいイベントにご招待して頂きました。

 

 従来こういう企業による文化サポートイベントは東京が中心だったものを、今回もAudi Japanは大阪を第二の新天地への挑戦として選んだわけで、東京がオペラシティコンサートホールであるのに対し、大阪はシンフォニーホールが会場。 このホールは内外の音楽家から高い評価を得ている、とは聞いていましたが、私自身は足を踏み入れるのは最初で、久々のクラシックコンサートである事に加え、いろいろと期待を持たせるイベントでした。

 

 ほいでもって、ずっと以前にここで書いたように、私は結局芽が出なかったとは言え、幼稚園の時から小六までバイオリンを習っており(あぁ、恥ずかしや)、久々の生一流演奏が聞ける期待もありました。(私の時代は辻久子さんばっかっだなぁ)

 G線上のアリアや同じくバッハのヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調など、前者はエヴァの映画でのエンディングミュージックだったし、後者は私も弾いた事がある曲だけに居眠りをする事なく引き込まれて行きました。

 

 ベルリン室内管弦楽団自体もたまたま隣に座ったクラシックファンとおぼしきおじさんの話の盗み聞きによると、あの有名なベルリン・フィルのメンバーも兼ねているらしく、かと言って、中途半端な室内管弦楽団にありがちな一部のメンバーの突出した意識過剰演奏も無く、まさに一つのユニットとして非常に高いレベルのまとまりを見せていました。

 千住真理子さんで感心したのは彼女のヴァイオリンの奏でる音色の雄弁さで、二つのバイオリンの為の協奏曲で今回の指揮者でもあるハインツ・シュンク氏との合奏があり、小柄な女性であるにもかかわらず、圧倒的な表現力の差を聞かせていた事です。

 ただ、フォルテ部分の速弾きでちょっと音の立ち上がり(アタック)がぼやける事があったのが悪いとかそういうのではなく、単なる好奇心で少し気になりました。

 

 演奏終了後にAudi Japanのご好意で小パーティーが開かれ、そこで千住さんを含む楽団メンバーも顔を出し、幸いな事に千住さんご本人と少し話す事ができました。

 お世辞抜きでシンフォニーホールは良いホールである事をお聞きした上で、あの音色の事を失礼とは存じながら聞いてみると、彼女は音の響きを重視してガット弦を使用しており、これは最近特にアメリカを中心としたスチール弦の流行の中では少数派であること。 音の立ち上がり部分の癖もその弦のせいである事も教えて頂き、深く納得した次第です。

 

 確かに、そのこだわりによる結果は明らかで、まるでPAを通しているのではないかと思う程で、もちろんホールの特性にも助けられているとは言え、ソロならではの存在感を十分に伝えていました。

 シンフォニーホールの音は確かに私でも音が一つに混ざらずに一つ一つの粒がちゃんと客席まで届けてくれるのが解りました。 でもシートは最悪で、2時間と座っておられず、ここが日本のホール(と日本車)の最後の課題かなぁ。

 最後に野暮なお話を。

 今回、会場やパンフレットに飾られていたメインの車種はAudi A8で、最高車種の価格は1千6百万。 彼女のストライディバリウスはその○台分なんだとかで、メルセデスのSLRも太刀打ちできない価格だそうでございます。 ありがたや〜、ありがたや〜。

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うるさいんじゃ、ぼけぇ!(2)

 5日の発言にコメントもついた事で調子に乗ってその続きを。 こうして調子に乗ると、すんげぇ反論食らったりするんですけどね...

 

 思えばフラットトラッカー(デュアルパーパス)系がなんでこれだけメジャーになったかと言うと、キムタクが美容師の役で出てたドラマでの、確かスズキのST(ん? TWだったっけ?)が一つのきっかけではなかったかと思います。 と、同時に常磐貴子が乗っていたオペル・ヴィータも一気に女性に人気が出て、当時輸入代理店だったヤナセの倉庫から赤のヴィータが一掃されたドラマです。(ヤナセはとても喜んだらしい)

 

 その後、急激に増したフラットトラッカー人気のおかげで、ホンダは生産中止になっていた古いFT(R)まで復活させてしまった程です。 そして気がつくとスズキのキムタク仕様はもちろん、他社の多彩なカスタマイズされたフラットトラッカー系が溢れ、例外無く爆音系ショートマフラーに交換する、という流れができてしまいました。

 むしろノーマルのマシンを見ると新鮮なくらいに。

 

 で、少々呆れたのがメーカー直々にこれらのマフラーを用意していること。

 さすがに近年の騒音規制で姿を消したとは言え、以前このページには音量調節ができる、とは言いながら、スットントンにしないと馬力が出ないスーパートラップも掲載されていました。

 カスタマイズはバイクに限らず車やパソコンなど、ごく真っ当な趣味です。

 でもいくら新品時に音量規制にパスしていると言ってもメーカー直々に扱うのはいかがなものかと。

 純正マフラーと違い、社外品のマフラーはグラスウールで消音するタイプが多く、これは使用しているうちに音量が徐々に大きくなって行きます。 でもそれはチェックしようがありませんし、仮にライダーが捕まってもメーカーに責任はありません。

 

 いいじゃねぇか、それくらい、と思われるかもしれませんが、メーカー(ここではたまたまホンダを例にしているだけで各社似たような事をやっています)はずっとバイクを反社会的なものからイメージを引き上げようと苦労してきた筈です。

 今でも覚えているのは6 or 8年前の東京モーターショーでホンダのブースで流れていたイメージビデオ。 各国の様々なホンダのバイクが走っている姿を真横から淡々と次々に映していました。

 スーパーバイクあり、二人乗りのスクーターあり、アオザイを来た女性が乗るカブありで、BGMに使われていたバッハの無伴奏チェロ組曲第1番と相まって、「やっぱりバイクって良いよなぁ」と心から見入っていた記憶があります。

 

 なのに、うちの息子は「バイク?うるさいだけやん」とバイクを毛嫌いするまでになっているんですね。 当然乗りたいとも思わない様です。 中三ってそろそろバイクに興味を持っても良い年頃なのに、です。

 これじゃ大昔のカミナリ族の時代と同じで、みんなバイクを白い目で見るようになってるんじゃないの?

 先日コメントを下さった、まじめHDさんのように、一部の連中のお陰で全体が色眼鏡で見られるのは避けられないのです。

 それがいやでメーカー各社は長い時間をかけてイメージ改善に努力したのに、国内バイク市場がいくら青息吐息だったからといって、ユーザーサイドならともかく、メーカー直々にそういうのに加担していいのかなぁ、と首をひねらざるを得ません。

 

 ハーレーのビッグVツインの音を日本メーカーが真似している、とハーレーは排気音を特許申請しようとした事が以前ありました。 もちろんなんでも特許のアメリカでさえそれは躊躇されましたが、ハーレーの「ドペドペ」なんてたまに聞いて「お、ハーレーか?」と振り返るから良いのであって、また、市街地を離れれば道路沿いに民家なんかが建っていないアメリカ大陸だからあの音が許されるのであって、何でもかんでもあの音じゃ狭い日本じゃ迷惑に決まっています。(アメリカンのみならず、ドカティなんかもそう)

 バイクの音も振動も味のうち、というのはよく理解できます。 でもバイク嫌いが増えて、ただ単にバイクに乗っているだけで幅寄せされたり、そのうちエアガンで撃たれたりするようになったら、本当に「イージーライダー」になってしまいます。

 そんな世の中、わたしゃ嫌ですよ。 だって、またバイクに乗りたいから。

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うるさいんじゃ、ぼけぇ!

 さて、昨夜は家庭内騒音で安眠が妨害された話を書きました。
 その後どうなったかと言うと、ワインとイエガー・マイスターをちびちび飲みながら少々ものを書いており、再び眠くなってきたので1:00頃布団に。
 お〜、酒飲んだ甲斐あったわい、とまさしく熟睡まであと一歩のところまでうとうとしかけていたら、突然マンションの前の道で恐らく中型のバイクがエンジンをかけてくれました。
 
 これがそのまま走り去ってくれれば良いものを、改造マフラーの上に、大概こういう輩はエンジンの整備がいい加減なのか、しつこくしつこくしつこく空ぶかし。
 「いかん、いかん、これで腹を立ててはまた眠れん」
 と、言い聞かすも、車に乗っている連れと何やら声を掛け合ってやっと走り去る頃にはまた目が覚めてしまいました。
 
 「うるさいんじゃ、ぼけぇ!」
 
 私もマンション駐輪場で盗難にあったとは言え、中型免許持ちのバイカーですし、いずれはBMWのKシリーズが欲しいと思っている人間です、と前置きしながら、なんでマフラーをいちいち変えるのか。
 
 こういう、ただうるさいだけのマフラーにしているライダー(だとは認めたくないけど)は、単に高校生の頃に乗っていた原付スクーターの延長で大型スクーターに乗ったり、Vツインアメリカンだったり、単気筒フラットトラッカー系だったりで、ただただ「ノーマルだと格好悪いから」で、音量や音質などおかまい無しでショップで勧められたり単に流行りのブランドのマフラーに交換。
 それ自体は個人の勝手だけど、夜中に「ドババババ」(単気筒)、「ドベドベドベ」(Vツイン)と、
 
 「目が覚めるんじゃ、ぼけぇ!」

 以前住んでいたマンションでは、四気筒マルチの集合管(それも安物)を付けた暴走族に、やっと寝かせた子供を起こされて、ほんま上からエアガンでも撃ったろかと思ったくらいですが、彼らが珍走族に姿を変え、街の笑い者になるにしたがって鳴りを潜めた今、この1〜2気筒系爆音の方が迷惑に感じます。
 四輪でもうるさい奴はいますが、これはあまりに音を大きくすると車内での共鳴と共振がすごくてオネェちゃんが乗ってくれない為、自ずと限度が決まってきます。 それに対して二輪は音が発散するので殆ど上限無し。
 
 で、馬鹿そうな奴は仕方が無いとしても、一番気持ちが悪いのがむしろ自分では正統派だと信じているバイクマニア。 オフローダー系のエンジンを高圧縮化し、さらにどこぞかのブランド系マフラーに換えているようなタイプで、これがむしろ馬鹿系よりも迷惑な音圧と音質音量で、毎朝、きっちりとしたオフロードウエアを着て通勤あそばされています。
 こういうのに限って、「おれは常にエンジンの調子を気にしている」と言わんばかりに、信号待ちの間ずっと空ぶかしの連続。
 
 「おまえ、いくつや! ちょいワルかなんか知らんけど、人に迷惑かけてかっこええもなんもないやろが!」
 
 と、このblogを立てた時から、いつかは吐いてやろうと思っていた悪態をつく。
 (たぶん、この愚痴、つづく)

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平屋か戸建てか

 今日は睡眠不足を解消すべく、例の爆睡仮眠状態に陥るつもりで21:00頃に布団に。
 そしたらうちの馬鹿息子がリビングでダウンタウンとかが出てる長時間バラエティ番組を見て大笑いする声で目が覚めてしまいました。
 よって不機嫌です。 いま。
 
 こういうとき一戸建てに住んでいて上下に部屋が分かれていたら簡単にこんな家庭内騒音から逃げられるのに、と羨ましく思います。
 もちろん300m2くらいのマンションなら別に一戸建てでなくてもゆったりとしたレイアウトが取れますが、それは我が家には遠い夢。 同じくらいの値段で今より少し不便な場所に、隣との距離が1m未満の三階建て一戸建てが入手可能でしたので、それとの比較です。
 
 我が庶民的マンションはリビングを中心に各部屋が配置され、メインのテレビがそのリビングに置いてあります。
 今、この文章を書いている部屋は唯一そのリビングから離れていますが、窓が多いし、もともと部屋が狭いのが災いしてベッド等は置けません。
 一方で、息子の部屋はこのリビングに接しているので、まだ自分の部屋を与えられていない娘とともに、家族が今何をしているのかは常に一目瞭然。

 要するにプライバシーと見通しの良さは反比例するもので、寄せ鍋状態のこの雑然としたワンフロアか、プライバシーは保ちやすいものの、家族が分離しやすい一戸建てのどちらが良いのかを考えると、ガタガタうるさいと言って今の生活環境を否定する気にもなれないのが正直なところです。
 特に、中三の息子は受験を控えている事もあり、塾と学校以外はあまり外に出ず、もしこれで上下に分かれた部屋で一人籠られたら、と思うと不安を感じます。
 
 自分ではあまり表には出さないまでも、私には結構神経質なところがあり、少々周囲がうるさくても簡単に眠りに入ることができる家内や子供たちに比べ、寝入りばなに少しでも大きな音がするとそれで目が覚めてしまうようになっています。(今の状態がそれ) ですからたまに耳がおかしくなるくらい静かなホテルに憧れたりするのですが、それを家族が住む家に求めるのが、ましてや駅まで5分もかからない条件に住んでいるとどだい無理なのかもしれません。
 とは言え、眠たい時に眠りに入られないのは単純にイライラします。
 
 と、布団の中で目が覚めてからイヤープラグ(耳栓)の存在を忘れていた事に気がつきました。 もともと家内のいびき(もちろん私も覚えていないだけで熟睡時はいびきをかいているのでしょうが)対策に買ったものを、最近あまりしなくなっていたので忘れていたのでした。
 くそ〜、これを最初にしておけばなぁ、と思っても後の祭り。
 今週は学校が試験休みなので、この際まとめていろいろと仕事を集中的に片付けたかったのに、いやほんと、しつこいようですがイライラします。
 ということで、何とか眠りの世界に戻ろうと現在飲酒中。

 私の場合、食い物の恨みよりも安眠妨害の恨みの方が深いなぁ。

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本なぁ...

 本日めずらしくMeets Regionalを書店で購入。
 先日地下鉄の中吊りで『街の人はみな本好きだった』というのを見てマークしていたからです。
 
 まだ全部は読んでないけど、様々な人が様々な本を紹介するのを見ながら、はたと気がついた事が。
 こういうblogをほぼ毎日更新していると、「文章書くのが苦にならないんですか、さぞかし本好きだったんでしょうね」、と言われる事があります。 たしかに活字は嫌いじゃないし、文作も全く苦になりません。
 『でも、まともな文学を読んでない!!!!』
 
 中学生の頃だったか、格好の良い大人になる為には本を読まなくては!、と主に文庫本を中心に三島由紀夫、夏目漱石、芥川龍之介などを読み始めるものの、どうにも進まなくて、気がつけば星新一に手を出し、いかんいかん、と太宰治に手を出そうとしてもまた獅子文六に手を出す、という具合で、結局「だいたい川端文学というものは...」と語る事は絶対不可能という状態になりました。
 
 長文が苦手とも思われそうですが、その昔、柳田邦男の「撃墜」という大韓航空機撃墜事故についてのぶ厚い二冊の新刊はあっというまに読み、さらにそもそも飛行機はなぜ飛ぶか?と疑問を持って「航空宇宙工学概論」というどこかの大学の教科書にしかならないような難解な本を読んだりしたし、先日も関西大学の教授が書いた「ヒトからひとへ」という400ページ余の発達心理学の本を喜々として読破していたので、やはり文字が好きな事には間違いありません。
 本屋も大好きで、時に立ちくらみするくらいずっと本棚の林の中に埋もれている事もあります。
 
 しかし、いわゆる文学作品は読んでない訳で、数年に一度、これではいかんと片っ端から古本屋等で小説やエッセイを買い込んでみるも、「この本との出会いが私の人生を変えた」とまで言わしめる出会いには恵まれずじまいです。
 だから、今回のMeetsの様に、お気に入りの三冊を、なんて言われても多分四苦八苦するでしょう。 なんだか馬鹿っぽい。 たまに本や会話の中で「それじゃ太宰じゃなくて芥川ですよ」と引用されてもさっぱりわからん。

 考えてみればいしいひさいちの漫画にであったのがこういう傾向を助長したのかもしれません。
 彼の作品の中には思わず唸ってしまうものも少なくなく、また四コマ漫画のリズムに慣れきってしまった嫌いもあるからです。 未だに意味不明の「現代思想の遭難者たち」という超々難解な作品もあり、ああいう恐ろしい量の読書家が書いた漫画の一部を見て何となく本作品まで読んでしまったかのような錯覚を起こしてしまうのも原因の一つかもしれません。
 
 せめてもの救いは以前なんだったかの有名な文学賞を取った若い作家が「あまり他の作品は読まないんです。それが良かったのかも」とコメントしていたインタビュー記事で、あ、そう言う人もいるんだ、と少々安心しました。
 一方で、「良い作家になる条件はそれまでにどれだけの良い作品に接しているかによる」なんて論調に出会うと焦りますね。
 
 いやぁ、ほんとにこれで良いのかどうなのか。

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DTP検定

 昨日、新大阪駅で買ったスポーツ紙5紙セットを携えながら登校すると日本経営協会というところから封書が届いていました。

 そうそう、先の夏休み中に学生が受験したDTP検定の結果報告です。

 

 結果は29名中10名の合格者で、合格率は34%。

 この試験対策は昨年度から行い、たった8ヶ月教えただけの昨年度の学生で15%の合格率。 16ヶ月教えた現在の学生がこの数字ですから、まぁまぁかな、というところです。 さらに今年度の学生は来年2月にも再度チャンスがありますので、最終的には半分程度の学生が合格してもらいたいものです。

 

 もともとクリエイティブ系に検定試験というのはあまり乗り気ではありませんでした。

 しかし10年前と違って、パソコンでグラフィックデザインができます、という生徒は今や珍しくもなく、正確には数えていませんが、恐らく関西だけでも1000人くらいは毎春新卒として出てくるのではないかと思います。 全国ならもっとですね。

 

 もともと単にPhotoShop、Illustratorが触れます、ではなく、印刷や製本の知識、パソコンOSの違いなどの基本的な知識を身につけておいた方が良いというのが持論でした。 これはせっかく業界に就職ができても、歳をとるとともに単に給料だけの問題で簡単にクビにされる事が多いグラフィック業界の嫌らしさを知っている為で、数名クビになる中で「あいつは残さないと仕事が進まない」と言われる為に、というのが生徒への説明です。

 だからオペレーターとしてのI種ではなく、ディレクターの為のII種を選んでいます。

 

 とはいえ、履歴書もって行くだけでそこまでの知識があるかどうかは客観的には解らない為、検定と言う手段を選ぶ様になった訳です。

 

 DTP検定自体、実際にデザインや印刷の現場に入れば合格しやすくなります。 しかしその業界に入るのが一苦労な訳で、学生のうちに知識を身につけていれば、現場に入ってからも苦労が減るだろうし、さらに経験値を加えて独自の能力にできるだろう、と期待しています。

 

 今回のテストは夏休みの最中だった為に、こちらも学生も直前に登校して対策授業をやったりと、それなりに大変でしたが、合格した学生、おめでとう。 惜しくも合格できなかった学生、もう一度チャンスがありますから頑張って行こう!!!!

 

 と、今日は清々しいメッセージでした。

 

 で、今から飲みに行きます。(おいおい、採点はどうなった)

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