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信号無視の本当の恐怖

 最近、歩行者、自転車、自動車を問わず赤信号無視が増えています。
 10年程前、東海地方の国道で深夜、赤信号で止まると後ろから恐ろしい勢いで大型トラックがけたたましいクラクションとともに後ろから迫って来る、という恐い話を@niftyの自動車フォーラムで読んだ事があります。
 ところが最近は、ごくごく普通の車やバイクたちが一旦減速はするものの、そのまま赤信号無視をする姿を見かけます。
 
 また、深夜のみならず、日中でもまるで自転車で歩道の赤信号を無視するかの様に、女性の運転する原付が無視して行く姿を見た事も一度や二度ではありません。
 
 "族"達が昔から信号を守らないのは世の常とは言え、警察に追われている時を除いて周囲の交通に充分注意して無視して行くので、むしろ安全だ、と豪語する向きもありますが、それはさておき、私が今日言いたい事は、「赤=停止」という無意識の刷り込みが、意識的に信号無視を繰り返しているうちに希薄になって行くのではないか?と言う事です。
 
 誰でも信号無視は一度や二度してしまった事はあるかと思います。
 それはカーナビや同乗者との会話に気を取られている時だったり、例えば北海道の様に延々と信号が無い道路にぽつんと設置してある信号だったりで、これは私の経験でもあります。
 それでも私も含めて多くの日本人が一応安全に道を行き来しているのは、やはり小さい頃からの「赤=止まれ」という刷り込みによるところが大だと思います。
 
 道路も鉄道も赤信号は停止を表し、車自体のストップライトやテールライトは「停止」 or 「危険」を示しており、これはここ40年間ほどで世界的に統一されたルールと言っても良いでしょう。
 だから、通常は思考というより条件反射的に赤い光に対して我々は原則や停止の対応を取る様になっています。
 
 ですから、「周りに交通が無ければ別に赤信号は無視しても良い」といつのまにかじわじわと広がりつつある現代の傾向は、その時は確かに何の事故無く過ごしても、せっかく反射神経的にまで覚えた「赤=停止」の一連の動作を薄めてしまうのではないかと危惧している訳です。
 つまり「えーっと、赤だけど」と脳で考えるように「退化」することで、判断の遅れが考えられますし、思考故に他の思考や注意に妨げられて(その点、反射は思考に優先する)、他の交通に注意を払わずに赤信号に突入する事も考えられます。
 
 道路脇に様々な看板、電灯、建物が配置され、そして信号は増える中で、考えてみれば我々は見知らぬ町でもよく信号を見落とさないものだと考える事はありませんか? あくまで仮説ながら、私はそれは長い間の訓練による反射反応と捉えています。
 それが気軽な一種流行的な信号無視によって崩れて行き、今後あちこちで日常茶飯事的に悲惨な交通事故が増える事が私は恐ろしい。
 
 信号無視する人間が勝手に死んでくれる事は全く構いません。 しかし大方は被害者を伴う訳で、その被害と、仮に加害者が死んだ時の無責任さを考えると、説教臭くなりますが今からでも遅くない。 大人は子供と共に信号を守る様にしませんか?

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