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阪神優勝

 恐らく今日の全国星の数程あるブログで最も多いのがこれではないかと...
 
 子供がアニメを見たいと泣きわめこうが、嫁がバラエティを見たいとわめこうが、うちの夜7時はNHKのニュースと決まっています。 しかし今日ばかりは6時からずっと阪神巨人戦。 今日はええやろ、今日は。
 
 しかし、最初に見たのが日テレ系の読売テレビ。 解説が掛布と川藤の何を言ってるかよく聞こえないダミ声コンビで、最低。
 彼らのファンの方には申し訳ない、と前置きしておきますが、日テレ系の中継で本来阪神サイドの解説であるはずのこの二人、私は好きではありません。 むしろ私が阪神ファンになるきっかけとなった江川の解説の方がずっとましなくらい。
 
 私は子供の頃は巨人ファン(だってテレビじゃ巨人しか中継していなかった時代)だったのが、江川のあの汚い巨人への入団を見て阪神ファンになった、というのは確かこのblogでも書いた筈です。
 では掛布が私にとってのMr.タイガースかと言うとそうではなく、むしろ岡田なのですね。 数字は覚えていませんが、私の記憶では掛布は一本もサヨナラホームランを打っておらず、岡田はヒットも含めれば確か数本のサヨナラ打を打っている筈です。 要するにファンにとって掛布は勝負弱いと言うイメージでした。
 さらに解説になってから、掛布のピント外れというか、「次はバントしか無いでしょう」で強打、「一球外して...」でどまんなか、の調子で、むしろ我が家ではそのピンボケ解説を楽しむようになりました。
 
 ま、それでも彼は長年偉大な選手生活を続けた訳で、それは認めています。 が、川藤がなんで今の様に扱われているのか理解できません。
 確かに数年の代打人生のなかで、私もサヨナラホームラン等に感激した事はあります。 しかし深い知識と体験を要求される解説ができるのか?と。 ここ暫くは幾分ましになったとは言え、実況が技術的な事を聞き、視聴者もそれが知りたいのに「いやぁ、気持ちですよ」「気合いですよ」じゃ、馬鹿でもできる。 それで勝てるなら誰も苦労せんわい、っちゅうねん、です。
 
 あぁ、やだやだ、大事な優勝決定戦がこれかいな、サンテレビは巨人戦で可愛そうだね、と思ってふと見たらサンテレビでもちゃんとやっていました。 こちらは真弓と中田でむしろこちらの方が落ち着いて充分優勝決定まで堪能できました。 さらにNHK BSでもやっていた様ですので、私のような人でサンテレビが見られない地域の人も他の選択肢があってよかったね、でした。
 
 でも折角のリーグ優勝の夜にこんな冷静な事を書いているというのは何なんでしょう(共同記者会見は今、見てますけど)。 やはり二年ぶりという事で優勝慣れしたのでしょうか。 20年前も二年前も狂喜乱舞していたような記憶があるのに、です。
 セ・リーグ新時代と言われ、黄金時代到来の証明とはいえ、ちょっと贅沢な話だし、もしかすると日本シリーズに既に期待が膨らんでいるのかも知れないとも思います。
 
 何はともあれ、めでたいめでたい。 中日との接戦を制し、愛知博も含め最近元気が無かった関西に久々の明るい話です。

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季節の変わり目?

 ここ数日、涼しくなってきましたね。 「暑さ寒さも彼岸まで」というのはホント、よく言ったものです。
 
 某学生と違い、真夏の暑さをむしろ楽しんでいた私とは言え、それはそれ、涼しいのも大歓迎。
 ただ、この三日程、眠たいというか、頭が霞んでいる様というか、どうもすっきっりしません。

 寝不足と爆睡を繰り返す日々を送っている身ですが、ここ数日の眠たさはいわゆる睡眠不足のそれとはちょっと違い、集中力が落ち、考える気にならないというような感じです。
 先日も自販機に¥520円入れて¥120のお茶を買い、おつり¥400をそのまま取り忘れたり、今日も学生の発表会で、ただ舞台の袖で立っているだけだったのにいやに疲れたり、と。
 だからといって、体調が悪い訳ではない。
 
 考えるに季節の変わり目なんでしょうかね。
 数週間前から妙に腹が減ったりして「あぁ、天高く馬肥ゆる秋だね」と思っていたのもその一つで、涼しくなって体は楽になっている筈なのに、どこか秋にスイッチしきれていないのかもしれません。
 考えてみれば真夏の朝からギラギラ太陽が照りつけていた日の方が快調だった様な。

 ダイエットに成功してから冬に弱くなったのは明らかで(そりゃ脂肪という防寒材が10kg近く減ったんだからね)、今年の早春頃、「お願いだから暖かくなってくれ〜」と呻いていたのを思い出します。
 てなことで、秋も思う程体にとっては快適ではなくなったのかもしれません。
 まぁ、とは言え、人間は適応力の動物ですから一週間もすれば慣れるでしょう。
 
 健康ネタと言えば、昨夜、たまたま0時頃のNHK AM(マイナー...)をつけたら、なぜ人間は横になって睡眠することが重要か、という短いトークを流していました。
 ここ暫く、特に月曜日の授業に向けて睡眠調節がうまく行かず(要するに日曜の夜に眠れない)、「そもそもどうして人間は寝んとあかんの?」と思っていたのでどんぴしゃの内容。
 話し手がかなりの年齢の医師らしくて、発音が明瞭でなかったのが残念でしたが、要するに思考や記憶を担当する脳みそは筋肉であり、一定の休息が必要であること。 その点、心臓等をコントロールしている脳は内蔵脳と言って休息は不要だそうです。
 
 また、人間は二足歩行をするようになった事により、頭と体のバランスを取る為に全身に相当負担をかけており、そのままでは毒素が溜まってくるのだそうな。 だからそう言う緊張を一切取り去る事が必要で、そう言う意味では座ったままでの睡眠は役に立たないそうです。 エコノミー症候群はその代表的な例。
 
 はぁ、そういうことでしたか、だがら純粋な意味での寝ずに済む薬品ができないわけだ。
 
 別に寝るのが嫌いな訳ではなく、寝付きだけの問題だから、最近普通に処方してくれる様になった睡眠導入剤でも医者に貰いに行けばいいのかな。

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やらなはじまらん語学

 「英語で喋らナイト」や「スマステ」を見て、よく言われる事ながら、どうして日本人って他言語に弱いんだろう、と考えることがあります。
 日本語が英語とは組み立て方が違うとか、色々な分析がありますが、最低でも中学三年間、大学まで行けば一般教養として八年間もやっていながら、と言われると本当に情けなくなります。

 そのくせ、英語大好きで、身の回りの生活用品や子供のお菓子のパッケージまで英語(たまにフランス語とかドイツ語)の欧米語をよく使いたがります。
 視覚的に欧米語の方が日本語、韓国語、中国語のような文字よりもデザインに馴染みやすいのは証明済みですから仕方が無いというものの、例えば我が家にある鍋掴みに書いてある英語は意味不明。 学生が自分の作品に書き込む英語はスペルミス。 注意しても「いいんです、これで」とか訳の解らない盲目暴走状態。
 
 あれって「売女」とか「性病」とか毛筆体で書かれたTシャツを喜んで着ている外人と同じくらい恥ずかしいんですけどね。
 
 何が嫌いって、英語が苦手である事を「おれも」「わたしも」と喜び合う風潮。
 あれって結局自分が馬鹿です、と傷を嘗め合っているだけじゃないかと。 苦手なのは仕方が無いとして、同類を見つけて安心するなよ、と。
 次に嫌いなのが英語圏に限らず、海外旅行で日本語が通じる事をありがたがる人々。 外国なんだから言葉が通じないのは当たり前、だから海外旅行な訳で、日本語を喋る店員がいないと文句を言う人に至っては本当に大嫌いです。
 
 私はサッカーには殆ど興味がないし、プレーヤーとしての中田英寿には全く興味はありませんが、それでもまずイタリアのチームに入った時に、いきなりイタリア語で記者会見をこなし、最近移った英国のチームでは英語で喋ったのには尊敬しました。 単に趣味としての言語ではなく、試合では言葉によるコミュニケーションが必要だから、という理由とは言え、その努力には敬意を表します。
 さらに驚いたのは卓球の福原愛。 まだ高校生なのにちゃんと修行中の中国では中国語でマスコミと受け答えをしていました。 コーチが中国人だとは言え、本業の卓球が忙しいのにさらに言葉の勉強をする姿勢にかなりの年下とは言え、本当に頭が下がります。
 
 全く知的好奇心や向上心の無い人は別として、心のどこかで少しでも英語がもう少しわかったらなぁ、他の言語がちょっとでも解ったら楽しいだろうなぁ、便利だろうなぁ、と思う人、ほんの少しづつでも良いから勉強しませんか? 
 「英語だからわかんねぇや」と逆切れして同じ程度の人を捜して安心したり、不幸にして外人と対面してエヘラエヘラとだらしない笑いを浮かべるのに本当に満足していないのであれば、別に流行の英語学校に行かなくてもテレビやラジオ、CD付きの本が溢れています。
 iPodの中に英語教材を入れて毎日聞いているだけでも違うと思います。
 
 少しうまくなれば次にうまくなるのはもっと速くなるし、もっと楽しくなります。 これは何の習い事でも一緒。
 
 海外のブランド品の店に行って、日本語が喋れる店員に群がって待たされ、邪険にされたと文句を言うあなた。 英語を喋れる手持ち無沙汰の店員を捜せばゆっくり落ち着いて買い物ができるし、場合によってはオマケも貰えます。 これ経験談。

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どなたかの無線LAN

 昨日、家内の実家の手伝いから帰ってきました。
 田植え〜溝きりに比べれば稲刈りは最も楽な作業で、逆に体力が余って次の小説の構成をアウトラインプロセッサーでまとめるなどして夜更かしをしてしまいました。
 
 また、ここ数年お世話になっていたご近所の無線LANが時々利用不可になっていたのが確実に。
 もちろん、踏み台にしたりの悪用は一切していませんが、家内の実家の近所のどなたかのYahooBB回線をここ数年ずっと帰省の度に無断で使わせてもらっていたのです。
 
 それが今年の夏辺りからときどき電波そのものが出ていない事があり、今回はまったく捉える事ができず、恐らく常時電源Onを止められたのだと思います。 もちろん文句を言える筋合いではないのでこれまでありがとうございました、と持参のPHSアダプターでネットに接続。
 使わせてもらっていたADSLはそれほど速いものではありませんでしたが、それでもPHS(ウィルコム)の一番安いコースに比べたら快適であった事を改めて感じました。
 
 当然、この漏れ電波はノー・パスワードだったわけで、あれだけ無線LANのセキュリティが言われていても結構こういう例があるわけです。 私の教え子は隣の家のノーパス無線LANを「断りを入れた上で」借用させてもらっているとか、それはそれで面白い話しながら、セキュリティ的には問題である事は言うまでもありません。
 
 我が家はと言えば(他人の電波は借りるくせに)パスワードはもちろん、MACアドレスによるアクセス制御もかけていて、おそらく簡単には他人は使えないと思います。
 また、我が家周辺には無線LAN敷設者はいないようで、まったく他の電波を捉える事ができません。
 
 以前、無線LANを自宅で敷設している家庭は2〜3階建ての家が多い、と読んだ事があり、確かに上下にLANケーブルを引き回す事を思えば無線のメリットは多い筈で、一戸建ての集まる地域の方が漏れ電波の問題は深刻かもしれませんね。

 無線LANのみならず、以前YahooBBに加入していた時は、仕組み上、繋がってるWAN内のマシンがよく見えました。(現在はどういう仕組みになっているか不明) Macは圧倒的少数だから、とタカを括っていたら、その中に一台Macがあり、試してみたらファイル共有をノーパスワードで設定している人がいて驚きました。
 余程「危ないですよ」というファイルをデスクトップに置いてあげようかと思いましたが、それも犯罪だしなぁ、と思い留まったものの、程なくこちらのほうが気味悪くなってフレッツに切り替えた覚えがあります。
 
 繋がるという事は良い事ばかりではありません、という事で。

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新たな孤独死のカタチ

 昼間見損ねた阪神の試合をニュースで見ようとNHKをつけたら「ひとり団地の一室で」というドキュメンタリーをやっていました。 最初はまた高齢化社会ネタかと思っていたら、どうやら最近は40代、50代の孤独死が増えてきている、という内容になって結局最後まで見てしまいました。
 
 公営住宅で男性が孤独死、と聞くと、ギャンブルや酒に明け暮れた挙げ句、という安直なイメージが浮かびがちながら、彼らはそうではなく、かつてはまともな家庭を持ち、真面目に長年働いてきた人ばかりだそうです。
 その中には41歳と言う、私より充分若いやん、という例もあり、ますます番組に引き込まれて行きました。
 
 典型的なパターンとして、病気や会社のリストラ・倒産で職を失い、その後妻に離婚され、子供共々去って天涯孤独に。 真面目に払ってきた年金はまだ受給条件を満たす程の年齢ではなく、精神的、経済的に追い詰められて自殺、もしくは自暴自棄の生活の結果、死亡に行き着く、と。
 
 地域社会にとけ込めないのもその一因、と分析がありました。 私はたまたま保育園に子供を預け、その時にいわゆるコミュニティに参加するコツをおぼえたとはいえ、会社の方針によっては保育園に子供を預ける事に全く理解がない会社もあり、そういうところで数十年滅私奉公すれば地域社会にとけ込むなんて事は至難の業の筈。
 
 私がふと疑問に思ったのは、どうして妻と家族があっさりと男を捨てるのか、という点でした。
 中には脳梗塞で倒れ、入院中に離婚が決まったという人もおり、いくらなんでもそりゃないだろう、という怒りに似た気持ちを覚えました。
 もちろん相手(離婚した妻)の話も聞いてみれば、なるほどそれは仕方が無い、という事情があるかもしれません。 しかし、働けなくなった、仕事を失ったから即離婚というのでは、それまで嫁と子供を思って一生懸命働き、たまの休みには家族サービスに明け暮れてきた亭主の立場は何なのさ、と毒づきたくなります。
 (そう言えば、難病にかかった途端に離婚された竹脇無我、ってのも思い出しました)
 
 そういう怒りこそが幻想である、とクールに指摘されるかもしれません。 しかし、真面目な人程、他人が思うより家族を思い、真面目故に倒れるまで働く、嫌な役回りを押し付けられてリストラの口実を与えてしまうという仮説はそれほど外れているとは思えず、その結果、娘や息子の就職や結婚、初孫との対面、老妻との旅行等、「人並みにこれがささやかな幸せ」という九十九の苦労の末の一の楽しみすらあざ笑うかの様な現実に何とも言えない憤りを感じました。
 
 宗派によって違うとは言え、結婚式の「富める時も病める時も」という誓いは、本当に何なんだろう、と。
 また、ある人は、離婚時に蓄えは殆ど家族に渡して無一文だそうで、これも子供可愛いさ、妻への申し訳なさであり、それがせめてもの男の選ぶべき選択と思い、実行されたのではないかと私は想像します。
 その結果、仕事も無く、蓄えも無く、ただただ不安と無気力の中で一人時間をやり過ごし、そして孤独死に向かうというのはあまりに惨いと同じ男として虚しさで一杯になります。
 
 私の様に好きな事をして過ごしてきたのであればそれも解る。 というより、三行半を突きつけられても当然だとも覚悟はしています。 しかし、こういうキリギリス的な生活を横目にコツコツと働き続けてきた真面目な男達のこの人生の結末は納得できません。

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秋の稲刈り

 昨日は徹夜明けで12.5時間睡眠モードでした。 しかし、殆ど仮死状態だな、これは。
 
 で、本日はここで何度も書いている家内実家(農家)に息子と二人で稲刈りの手伝いに。
 息子も中三になり、こっちがメインで動いてくれるので、かつてのそれよりはかなり楽になりました。
 とは言え、この三連休でちょっと滞っていたLinux関連の実習をしようと思っていたのでちょっと予定狂い。
 もともとは台風17号が来るかも知れないので急いで刈り取りを、という話だったので仕方ありませんが、結局台風は大きく近畿地方からそれる事に。
 ま、実父を高校生の時に無くしているので義父とは言え親孝行親孝行。 と、言いつつ、彼岸である事を全く忘れていて、実家の墓参りを忘れていました。 実母はさぞ、今ごろいらついていらっしゃるでしょう。
 
 昨日、風の噂で、私の持っているクラス内で密かに揉め事が起こりつつある事を察知。
 一言で言えば就職に対する不安やいらつきが原因とは言え、みんなカリカリ来てるんだなぁ、とあらためて実感しました。
 長い間ネットの管理人をしていた経験からは、十人十色、そんなの無視すれば良いじゃん、と思うものの、ネット経験の浅い学生にはまだ無理かもしれません。
 大人しいクラスなのでそんなことが起こるとは思ってもいませんでしたので、逆に大人しい故になかなか火が消えないかも、と少々心配です。
 
 思えば大学卒業時に就職活動しなかったですからねぇ>私。
 一応「優」で卒業したものの、経済系の三流大学じゃ、三流の損保・金融・証券しか求人無かったし、その頃の私はこの三社を「公的詐欺業種」と呼んでいましたもの。(これを金融機関に働いている母親に言ったら「誰のお陰で大きくなったんじゃ!」とお怒りを頂戴しました。)
 その分、フリーとして企画書やコンペの「連戦連敗(c)安藤忠雄」に苛まれているから別に逃げたとも思っていませんけど。

 ま、男は40歳位まではまだ蒼いっすからねぇ。
 
 そんなネットの疲れは田舎の空を見て土の匂いを嗅げばどうでも良いと思える昨今です。
 あのどろどろだった田んぼが堅くなり、見る見るうちに坊主になって行く田を見ているとスカっとします。 田に降りてみて、あれだけひ弱だった苗が切り口が痛い程堅く長く成長するのを確認するのも、当たり前とは言えいつも感心します。
 
 少年少女よ、キーボードを捨てて田舎に行こう!!!!(いかんな、文化大革命みたいじゃ)

 明日は昼から乾燥が終わった玄米の袋詰め。
 田んぼ仕事にはめずらしく朝寝ができますわい。

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吉凶相半ば?

 三連休一発目、とは言いつつ、月曜日は生徒の親との懇談会。

 話題はと言えば就職の事。 この時期、内定を貰えている生徒もいれば、間近の生徒、まったくあての無い生徒、様々ですからこちらも15分ごとに対応を考えねばならないので大変でした。

 思えば一年の時の懇談は、純粋に生徒の事を話せば良かったので気分的に楽でしたね。

 

 彼らが一年の時に突然担任になってから、周りが思う程苦痛に思った時はありませんでしたが、今回の二年次の懇談は初めて苦痛を覚えました。 ま、来年度のことはまだ未定なものの、もし乞われても今までほど能天気に担任というのを捉えられないかもしれません。

 

 そんなこんなも二晩も寝れば気分転換、と言いたいとこに本日、三たび例の出版社から封書が。

 第二次審査であとは最終審査だけと思い込んでいたので、11月最終発表のコンテストとしては早すぎる連絡。 嫌な予感がしつつ開封したら、なんて事は無い「第三次審査通過のお知らせ」でした。

 これはこれで素直に嬉しいけど、何次まであるの?

 「残念ながら第17次審査で落ちました」ってのもやだなぁ、と。

 

 新卒かそうでないかの違いはあるものの、結局何かを創ろうとすると、一生こういう「採用・不採用」の連続なんですね。 もちろんたまにそこにラッキーとか棚からぼたもちも挟み込まれるでしょうが、それを生かすも殺すも本人次第。 学生も私も同じ条件で世間と戦っている訳です。

 運だとか生まれ持ったなんとかを否定はしませんが、チャンスは自分から手を伸ばさないと捕まらないのは事実な訳で、そういう生き方を選んだ人(私を含む)は逃げるんじゃなくてがっぷり組みたいですね。

 「逃げちゃだめだ」

 

 そうそう、懇談会で言った言葉に思わず自分が納得した言葉。

 「やる気のある人間を世間は見放さない」

 

 おお、自己満足。

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スパム・メール

 ここ最近、毎日平均して20通くらいのスパム・メールが来ます。

 その殆どがエロ、もしくはバイアグラを含むドラッグ系。 もちろん、この中にはクリックしたら架空請求につながる「旬」のものも含まれているでしょう。

 

 この話を生徒にすると「せんせ、どんだけエロサイト回ってんの」と言われますが、原因はそうではなく、管理しているサーバーのwhoisという部分に私のメールアドレスを登録しているからです。 あとは順列組み合わせ。

 多くの場合、ここを未記入という管理者が多いのも知っていながら、一応仁義としては登録しておくべきだし、稀にとは言え、セキュリティホールの指摘が来る事もあるそうなので、馬鹿正直に私は登録しているのです。

 

 その昔、ホームページ作りがブームだった時に"mail to"というタグを「管理者宛メール」に埋め込む事が多く、結果、"index.html(htm)"+"mail to"の組み合わせで自動的にメルアドをピックアップされることがよくありました。

 この時は私は「メール」というボタンから一旦別のページに飛ばしてからそこに"mail to"を入れた為に、スパム攻撃に会わずに済んだので、今更のスパムの雨にうんざりしています。

 

 最近加入しているプロバイダ(って、このブロクが@niftyなんでバレバレですけど)の会員属性が変わったので、webメール形式でかなりのフィルターや受信拒否の設定ができる様になりました。 それまでは通常使っているメーラーを立ち上げる前にwebメールにアクセスし、スパムを一個一個削除していた事に比べると、うまく条件が合えばゴミ箱に勝手に入っているので、取りあえず手間が一段省け、それからメーラーで受信する事にしています。



 ちなみに、差出人でカットしているものでメジャーなものは、"yahoo.co.jp", "yahoo.com", "hotmail.co.jp", "hotmail.com", "exite.co.jp", "goo.ne.jp"など、いわゆるフリーメールのものが多いのですが、これらはカードを持っていない学生はよく使っているので、一部の人の狼藉(ろうぜき)の為に迷惑を被っているということになりますね。(exiteとgooがフリーメールサービスをしていたかどうか未確認)

 

 しかし、こうしてわざわざスパムを開いてヘッダーをチェックすると、敵もさるもの、いろいろ考えて来るなぁ、と感心はしないまでも苦笑してしまいます。

 このヘッダ−を見るとメールの送信人について詳細がわかる、とは言え、これもサーバーを手元に持っているのであればいくらでも詐称可能な事も周知の事実。 自分が差出人になっているのはその最たるものです。

 これを受信拒否してしまうと、自分宛の備忘の為のBCC:が届かなかったりするので本当に嫌らしい。

 あれこれクイズの様に考えて、かなりフィルタリングできたとは言うものの、それでもくぐりぬけてくるのは従来通り題名を見て削除をしています。 「題名が全て1バイト文字」というフィルタリング条件が加われば海外からのドラッグ・スパムが相当防げるんですけどね...

 

 あと、題名の見事さ。

 「逆援交10万円」なんてのは即削除するのに「先日の件ですが」とか「ご無沙汰しています」なんてのは恐らくスパムだろうとは思いながら、本当に久々にメールをくれた人なら失礼なのでクリックすると「やられた〜」ってのがあります。

 まぁ、知恵比べと楽しめるうちは良いですが、それにしてもこういうスパム送信って経済的に引き合うんでしょうかね。 考えるに、良心的な(?)勧誘や販売であれば恐らく大して儲からないのではないかと。

 恐らく例の架空請求で莫大な金額を請求しない限りは、言い換えると悪質中の悪質なもの以外は、細々とやっているのが実情ではないかと。

 

 どちらにせよ、自分の時間や精神的ロス、ネットワークやサーバーの混雑等、もっとうまく全体で駆逐できる様にしたいですね。

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少々気分よろし

 二日前はそれまで二日で計四時間しか寝ていなかった反動で爆睡、昨夜は月一の学生との飲み会で更新できませんでした。
 
 歳のせいか、少々寝なくても昼間の仕事はこなせるようにはなりましたが、その後、寝られる時には思いっきり寝てしまうということは、どこか疲れが溜まっているんでしょうね。 こういうのに感覚が麻痺してしまうと「そのうち大変なことになりますよ」なんでしょう。
 しかし、いつも思うことは、例え一時間でも熟睡するのと、そうでないのとは大違いということです。
 車で長距離を走る時、どうにも眠たくてサービスエリアで仮眠したとき、かなり寝た気がして時計を見たら20分くらいしか経ってなかった、ということはありませんか? そしてその後、まるで生まれ変わった様に意識が目覚めると言う。
 
 以前、寝られなくても目を閉じて体を横にしているだけでもよい、とテレビで言っていたことがありますが、やはり意識が一旦無くなって、つまりリセットされないと私は駄目な様です。
 で、これで思い出すのが長距離トラックの運転手。
 
 今、最も労働条件が厳しいと言われるトラック運転手の世界では、経費の関係で高速道路を走ることが許されず、一般国道を延々数百キロ走らざるを得ない会社が多数あります。 しかし、一般道で有り難いのは信号があることだそうで、それは信号待ちの度に1〜2分彼らはハンドルを握ったまま熟睡できるからだそうです。 慣れれば、目が覚めるとちょうど青信号になってまた運転ができるらしい。
 目が覚めないと後ろのトラックも事情がわかっているのでクラクションで起こす。 それでも起きなければ抜いて行く。 これができない高速道路はむしろ怖いのだとか。
 そんな過酷な条件で走らざるを得ない事自体がもう歪みとしか呼び様が無い訳で、昨日取れた作物や水産物が今日町で食べられる、日本中、殆どの地域で昨夕発送した宅配便が翌日届く、そんなことを当たり前だと思っていることが疑問に思えてきます。
 ロジスティックだなんだとか格好良い呼び名で呼ばれても、そういう生き地獄を踏み台にして我々の快適という言葉は成り立っていると思うと、道路で大きいから、遅いからと大型トラックをあんまり邪険にされない様にお願いする次第です。
 
 おっと、これでは題名と内容が全く違いますね。
 この夏、山にこもって書いた小説が第二次審査をパスした、と連絡が来ました。 最終までが何次あるのか、どこまで行けるかもわかりませんが、悪い気分ではありません。 自分では最後の締めくくりの部分の詰めが甘いと思っているのでさすがに賞は取れないでしょうけどねぇ。
 ま、「めざせ印税生活(c)いのうえさきこ」ということで...(この思考が一番甘い、とも言う)

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いまさらのLinuxの魅力(2)

 RedHat9のインストールと言っても実はそれほど難解ではなく、グラフィックモードを選べば(マシンがLinuxと相性が良ければ)、あとは画面に出て来る進捗状況のバーと、今何がインストールされているかの文字表示をただ見守っているだけです。

 この状況説明がただファイル名だけでなく、簡潔ながらそれが何をするものなのか、の説明までついていて、これが私の興味を惹きました。

 

 Linux=CUIというイメージが強いながら、実はX-Window等のグラフィックインターフェースを選ぶこともでき、アプリケーションもMicrosoft Office互換をめざしたOfficeスイーツ類、PhotoShop顔負けのグラフィック、ゲーム、などがあるのも知っていました。

 しかし、それはCUIの環境を構築してから全部自分でネット上や雑誌付録CDなどから探して入手するものだと思っていたのです。

 しかしCD三枚の中にはそれらの代表的なソフトやユーティリティ、インターフェース等が(バージョンの新しさはともかく)恐らくほとんど入っているのではないかと思う程のてんこ盛りで、それらを見ているだけで、セットアップさえしっかりできれば、雑誌付録のCD三枚で、パソコンであれば100万円以上の内容が入っていると感じたのです。

 

 最近簡易版とも呼べるWindows XP Starter Editionが一部の国でリリースされたとは言え、もちろん無料ではなく、仮にそれが入ったパソコンを買っても、その上で走らせるソフトは恐らく簡易版等は用意される訳も無く、相変わらず相対的に相当高価であることは変わりません。

 インド、ロシア、中国ではパソコンの普及率がまだ低く、コストの点でブラジル等、多くの国々がLinuxを含むオープンソースに向かう、というのも自然の流れだと今更ながら納得した次第です。

 

 ただ、詳しい人はご存知の様に、Linuxワールドは夢の箱ではなく、まず設定が、次にセキュリティ対応を含んだアップデートが、ディストリビューションによるサポートの打ち切りなどにより、そう簡単には管理できないという大きな問題が存在しています。 また、まだまだLinux, UNIXの世界は専門家が多く、素人がネットで「日本語が入力できません」程度の質問をしようものなら、待ってましたとばかりこてんぱんに叩きのめす、というかつてのパソコンマニアと素人のような関係もあり、その辺りも含めてまだまだ敷居が高いと言えるでしょう。



 次に言語。 幸い、先人達の努力により、各種ReadMe類の日本語化はかなり進んでいるものの、メジャーではないアジア言語などはまだまだのようで、また、細かいところはやはり英語能力がそこそこ無いと問題解決が難しいところもあります。

 英語くらいわからない人がLinuxをいじるな、と言われるかもしれませんが、ほんの20年程前はパソコンですらそう言われていたのを思うと、これも何とかしなくてはならない問題でしょう。 英語がわからない人が無能であるとは誰も言えない訳ですから。

 ネイティブの言葉でWindowsだとかLinuxだとかOSの違い等を気にせず、脳の延長としてコンピューターを使う人が増えれば、温暖化や貧困に対する新しいアイデアが世界中から湧いて来るかもしれません。 もちろん反対に、世界中からスパムメールやウイルスが発信されるかもしれません。

 

 ネットワークと言うインフラはどうするのか、等の問題は多々あるものの、そういうのも全て含めて、なんだかパソコン創成期の頃の期待と混沌の興奮をLinuxは再度提供してくれている気がして、久々になにか面白いことが考えられそうな予感がしています。 

 

※昨日分とあわせ、UNIX=Linuxのような書き方をしていますが、そうでないことは存じております。 ただ、LinuxがUNIX互換であるとか、GNU等の話をするとややこしくなるのでこのあたりは柔らかに書きました。

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いまさらのLinuxの魅力(1)

 既に何度もここで書いている様に、最近仕事でLinuxにずぶずぶとはまっています。

 Linuxは別に今や珍しいものではなく、そう言えばMac雑誌にも10年近く前から「古くなったMacをLinuxにしてサーバーを作ろう!」という記事が出ていました。

 

 個人的にUNIX自体には興味があったのですが、当時Appleのマシン上で動くUNIXはAUXというのしかなく、英語版のみで結構な値段がついており、ただコマンドを覚えるだけの為に導入する程ではなかったのです。 また、当時我々レベルがサーバーを構築・保守するとは思えず、デスクトップマシンとしては既に環境が整ったパソコンより魅力的には思えませんでした。 

 

 そのうち、うちの学校がLinuxでルーターからサーバーーまで全部構築した、という話もあったりしつつも、結局私が実際にUNIX系OSに最初に触れるのはMacのOSがXになった時でした。

 

 UNIXの仕組み自体には興味があったので早速CUIの本を買ってきてちょこちょこっと触っては見たものの、正直、なんでこんなんにみんなが熱狂するのかよくわからない、というのが本音でした。

 

 もちろん安定度はそれまでのMac OSの比ではありませんでしたし、さらにデザイン分野もwebやCGI絡みでサーバーとの連携が避けられなくなり、幸い私の周りは学校も含めて全てUNIX or Linuxだったために、おぼろげながらその実力が見えてきたわけです。

 とどめは仕事でMax OS Xサーバーを構築したこと。 インストールから設定、保守まで全てGUIながら、用語や原理はそのままUNIXですから、それを調べることから始まり、たとえばIPアドレスの最後に/24とか書いてあるのは何?(サブネット)から勉強したわけです。

 

 そんな中、最近、Mac OS Xサーバーを構築した→UNIXにも詳しいだろう→Linuxのメンテをしてくれ、という一見正しいような、でも実はとんでもなく勘違いな話に手を染めることに。



 UNIX系というのは有り難いもので、口さえ閉まっていなければsshというリモートターミナルで全部ちょこちょこっと仕事ができます。

 もちろん、そんな付け焼き刃でできるものであれば、あれだけUNIX, Linuxの本が出ている訳が無く、少しでも深いところに入るとやはり難解な世界であることは間違いありません。

 と、いうことで個人的な試行錯誤で既に稼働中のサーバーに悪影響を与えるわけにも行かず、学校から借りた古いノートDOS-Vに、ちょっと古めのRedHat9をインストールすることに。

 

 amazonで買ったインストールCD三枚付きの古本に「インストール時、昨今はHDに余裕があるので全ての用途向けにインストールしても良いでしょう」とあったのを信じたのが運の尽き、サーバー用途だけなら一時間足らずで済む筈の作業は二時間越えになり、その間ぼけ〜っと画面を見ているしかありませんでした。

 

 そのとき、最初は後悔したものの、やがて素晴らしいことに気がつきました。(つづく)

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参院選の結果

 風呂入って21:00に寝たら夜中に目が覚めました。 いや、でも熟睡したので爽快なのですが。
 駅前に住んでいると飲み屋もある訳で、不安があるのか追い詰められているのか、時々大きな声を上げる人もおり、窓を開けている今時、それで目が覚めてしまうのです。
 吠えるなよな>酔っぱらい
 
 さて、今更の感もありますが、参院選、自民党の圧勝でしたね。
 過去にこのブロクで書いた様に、私はそういう結果を望んでいなかった一人です。
 かと言って民主党を支持している訳でもなく、ああいう強引なやり方に対する批判結果を望んでいたのです。 しかし多数決、民主主義ですから仕方ないですね。 私の考え方は少数であったということになります。
 加えて私には政治を見通す力が無いとつくづく感じました。
 
 今朝の新聞には多数の結果分析が掲載されており、強いリーダーシップを望んでいる表れ、というのが目立ちました。 まぁ、それは良いんだけど、どうしてみんな牛尾に徹するんでしょうか。
 もちろんみんな政治家になれる訳もないし、特に小選挙区制に移行してからは個人や零細政党はまず当選できません。 しかし鶏頭程度には、尖ってほしいと思うのです。
 根っからのひねくれ者である私はともかく、どうも多くの人は他人と同じ事をして他人と同じ場所に行くことに安心される様で、そう言う人たちには小泉の強引さはむしろ魅力に映るのでしょう。 いや、そんなことは無い、単に政治に無関心なだけだ、と今までは考えることもできましたが、今回は向上した投票率の数字がそれを否定しています。
 
 それはそれ、国家が半痴呆的に平和である証拠だし、多数政党政治は多くの場合、何を決めるのにも時間がかかりますから、取りあえず経済的にも表面的に何事も無いように過ごしたい国民の気持ちとして理解もできます。 いずれ破綻するだろう国家経済も本音として自分が生きている間に起こらなければ良い、自分の身の上さえ変わらなければ良い、というのも人の気持ちとして当然です。
 
 私が何より恐れるのは、過去の政治の歴史を見るまでもなく、そういう強いリーダーシップが望まれる時の政治はかなり危険だということです。 ヒットラーの例を出すまでもなく、今日でも中国共産党がそれを逆手に取って人心をつなぎ止めています。
 小泉政権が二期目に入った時、「本当に怖い人は笑って近づいて来る」と書いた記事を私は今でも覚えています。 また、今回の選挙でも「郵政改革ではなく、戦争参戦のような大事なことでもこういう風に簡単に解散総選挙に持って行くのではないか」という危惧を新聞の投書で読みました。
 またその話かよ、と鼻白む人もいるでしょうが、今ちょうど戦争に引っ張って行ける美味しい年齢の男子生徒、そしてあと5年もしたらその歳になる息子を持っている身としてはアカと言われようが売国奴と言われようがこの懸念は絶対に隠せません。
 
 映画プライベート・ベンジャミンのオープニング、あの上陸舟艇から降りた海岸のシーンを平気で見れる人とは私は友達になりたくありません。 私はあのチビりそうな情景の中に顔を覚えている子供達がいることを想像したないからです。
 
 今は唯、国民から白紙委任状を勝ち取ったと小泉政権が暴走しないことだけを願うだけです。

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たまには定番

 ただの日記です。

 

 本日はご招待でサントリーミュージアム(海遊館の隣)での"Audi music meets art"というイベントで夕刻のジャズを家内と楽しみました。

 このイベントは一足先に箱根の彫刻の森で行われ、こういうイベントは関東ばかりの中、今回Audi Japanは初の関西地区開催に踏み切ってくれた訳で、これは素直に嬉しい事です。

 箱根では芝生の上に座る為、クッションを配ってそれが入場券の半券代わり、という粋な小道具がありましたが、こちらではミュージアムの1F広場ということでちゃんとした椅子があり、残念ながらそのクッションにはお目にかかれませんでした。

 

 上の息子が生まれる前は家内がたまたまチケットを取りやすかった職場にいたので、いろいろなライブに行ってましたが、それでもJazzを家内と聞きに行くのは初めて。 アーティストは村上ゆきという女性ヴォーカル&ピアノで、それにサイレントジャズトリオというg, b, ds。

 村上ゆきさんの少しハスキーな声が海沿いの風(大阪湾と言うあんまり奇麗な海ではないけど)に解けてなかなかのもので、家内もご満足。 ヨカッタヨカッタ。

 トリオの方はギターは我が故郷吹田の生んだ岸部眞明氏のを超絶アコースティックギターを聞いているだけに、ちょっと雑な気もしましたが、アコースティックベースの鳥越氏はさりげなく饒舌にうまくて感心。

 

 二部構成だったのでちょっとプレイの時間が短かった気もしつつ、こういう機会でないとなかなか聞けるものではないのであり難いご招待でした。

 

 その後、上の階のレストランでお酒飲みながら食事をした時、家内に「夜にこうして外に出るのは久しぶり」と言われ、あぁ、そう言えば子供だけで家に置いていても大丈夫な歳にやっとなったからなぁ、と改めて納得しました。 

 これが立地条件や見晴らしの割に安い店で、大阪湾の夜景を見ながら美味しいツマミで、これもたまにはこういう定番もいいね、と飲み。

 夜も8時を回ると辺りの店は殆ど閉まっているのに、隣の観覧車はまだ回っているので、え〜い、ついでだ、とこれにも乗って、火薬の量が制限されてちょっとしょぼくなったUSJの花火を見る。 ヨカッタヨカッタ。

 

 いや〜、子供の晩ご飯はちゃんと用意してあるし、子供が大きくなるとこういう事ができるんだね、と家に帰ったら炊飯器のタイマーをセットし間違えて子供は夕食抜き。 あかんがな、パチンコとカラオケに熱中するヤン夫婦やんか。 井上和香のプロミスのCMやがな、と今回もトホホな家族オチ付き。

 このぶんじゃ、夫婦二人で旅行はまだ先ですね。

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iPod vs Walkman

 今週辺りになにかAppleから新製品が発売されるだろう、という噂は耳にしていたものの、iTunes storeのオープンと同じくこれまたテレビのニュースでiPod nanoの発売を知りました。

 あぁ、そう来たかぁ、フラッシュメモリータイプが出るだろうとは思っていたけど、shuffleやソニーのNW-A60xの様なスティックタイプかな、と何となく想像していただけに、初代iPodのイメージを引き継ぎながら、auのtalbyと似た香りのするテイストでデビューさせたのは軽い驚きと、相変わらずソツが無い戦略だと感じました。

 

 個人的には学校と家の提出データの往復があるので容量的にまだ小さく、愛用の二代目と入れ替えるには至らないものの、iPod miniを持っている人は気になるでしょう。 ただ、デザイン的にminiが陳腐化した訳ではなく、あのアルミの手触り、色感など、nanoと入れ替わりに生産中止にしてしまうのはもったいないと正直思います。 それはAppleでも議論があったところでしょうが、それでもあっさりやめてしまうのもAppleらしいのかも。

 iPod人気を羨む他メーカーにしてみたら気分が悪いというか、「いらんのならそのデザインくれよ」というところかもしれません。

 

 一方、何かオーディオのフェアがあった訳でもないのにソニーから時を同じくしてハードディスクタイプのウオークマンNW-Ax000が出たのは、製品そのものよりもそのタイミングの一致に驚き。 で、その製品をテレビで見て、あまりの醜さにさらに驚き。

 NW-A60xは独創的で、かつiPod shuffleではなし得なかった文字表示を可能にする等、さすがソニー、負けてないな、と思ったのに、です。 デザインの感想だけにあくまで好きずきと前置きしながら、一言で言うとアメリカのゲームセンターのオマケ的な造形と色、質感で、ソニーファンとしては、どうしたのよ一体?大丈夫?と思わず心配になる程でした。

 

 当然私の軍配はiPod nanoに上がり、iPodを奇麗なお姉さんと呼ぶなら、NW-Ax000はデブのキャバクラ嬢と評させて頂きます。

 

 とはいえ、ずっと密かに期待していたMotorolaのiTunes対応携帯ROKRには同じくがっかり。 勝手な思い込みとは言え、RAZR V3のようなものを想像していただけに、本当にがっかり。

 これならもし日本発売されても今使っているDoCoMoのpremini(SO213i、そうこれはソニー(エリクソン)製)を置き換えるには至りません。

 しかもROKRは画面のフォントも汚い。 iPodの英語版表示の美しさを作ったAppleがあの文字をよく許したもんだと思います。

 

 と、ここまで書いて、上記ソニーとauのクソ重たいFlashのサイトは何とかならんものかと。

 MotorolaもFlashを使っている部分があるけど、ちゃんと「skip」ボタンがついている。 ところが最近は日本のFlash使用サイトでskipボタンがついていないのが増えてきたような気がする。

 あれは「絶対に俺のデザインを見ろよな」というwebデザイナーの奢りというかマスターベーションの青臭い匂いがして嫌。 画面の枠を超えた広々としたwebサイトデザインはわかりますが、あれだけでかいオブジェクトに透明度変化をつけるといくらブロードバンド環境が進化してもちょっと遅めのパソコンだとノタノタして結局美しく見えません。

 その点、AppleのサイトはFlashは使わず、特に「何かを知りたい!」と思ってブラウズする時にストレスが溜まる事が無いのは、さて特に日本のFlash愛用webデザイナーはどう考えるのでしょうか?

 

 デジタル・バリアフリーって言葉知ってます? 色々な人が色々な環境でweb見てるんだよ。

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プロ野球審判の限界

 先ほどやっとセ・リーグ首位攻防戦である阪神中日戦が終わりました。

 阪神ファンとしては何とか勝って一勝一敗に持ち込めた、という嬉しさはありますが、どちらのファンにとっても審判によってぶち壊された試合だったと呼んでいいでしょう。

 

 阪神の抗議中断は、直接のきっかけとなった9回裏の本塁でのクロスプレー以前に、同回表のクロスプレーが真の原因だったことは明白で、さらにテレビ解説も時々婉曲にストライクゾーンの不確かさを何度もそれまで指摘する等、それまでの審判への不信感が一気に吹き出した結果でした。

 

 これで思うのは、もう審判は絶対で、かつビデオには頼らない、というポリシーをいい加減改めるべきだということです。

 ファンよりも何よりも人生かけて必死でやっている選手本人が審判の判定に一喜一憂するのは当たり前で、それで年間数千万円単位のギャラが左右されるわけです。 一方で審判に一億円審判がいるでしょうか? いるわけがない。

 つまりはプロフェッショナリズムとアマチュアリズムが同居しているのです。 審判もプロだろう、と指摘されるのであれば、プロフェッショナリズムの質が違うと言った方が良いかもしれません。

 別の言い方をすると、ボランタリズムと崇高な精神論で審判が裁き、尊重されるのはせいぜい高校野球、もしくは実業団レベルが限界だという事です。

 

 サッカー等他のスポーツファンからはいびつなアンバランスと言われながらもマスコミの日本での野球の扱いは段違いで、今ではCATVも含めればセ・パ6試合を全てテレビで見る事が可能で、どんな人気のない試合でも複数のカメラが随時試合を記録し続けています。

 人気カードであればさらにカメラの台数は増え、さらに多様な角度から記録されている訳で、それを審判が頼らないというのは私には理解できないのです。

 

 ストライク/ボールの判定、スイングしたか否か、などの判断まで全てというわけではなく、せめて各塁には複数の角度から高速度カメラを配置し、ベンチから抗議があれば即その画像を審判、監督同席で検証する、というシステムがそれほど難しいとは思えません。

 また、毎年数本の「幻のホームラン」が生まれます。 これもポールの左右にセンサーを設置する事はそれほどコストのかかる事ではないと思いますし、特に線審を廃止したセ・リーグは一・三塁審の負担を低減し、より塁審判に専念する事が可能になります。

 

 「我々は9人で相手は15人だ」というのはかつてV9時代の巨人に対する揶揄でもあり、遠吠えでもあったわけですが、今でもそういう後味の悪い試合がいくつも生まれています。

 ハードな仕事の割にそれほど高待遇でもない審判を敵チームと同じく野次るよりも、古い精神論より新しいシステムを併用する事で勝っても負けても納得できる気持ちのよい試合を見たいと思うのは私だけではないと思います。

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選挙と台風

 幸いな事に大阪は直撃を免れそうなものの、九州地方を中心に大きな被害を巻き起こしつつ、今も台風14号は北上を続けています。
 
 カトリーナの事もあるので、念のための食料の準備などで昼過ぎから積極的に、まずは車で動き出しました。
 米は義父から貰っているし、と袋を見たら玄米のままだったのでまずはコイン精米所へ。(この辺りにはなかなかない) 次に万が一の移動手段になる車のガソリンを満タンに。
 
 こういうときオールドメディアだなんだと言われつつも、AMラジオ、それもNHKが頼りになる。
 ところが政見放送と重なって、思った様に台風情報が入らない。 いつもならしつこいくらい気象情報をやっているのに。
 今(23:30ごろ)もNHKのTVをつけてみるとこれまた政見放送をやっている。
 
 人とは我が侭なもので、今欲しい、というものが手に入らないと機嫌が悪くなるのが普通。 思わずそのときたまたま出ていた候補者に「おまえの話なんか今聞きたないねん」と八つ当たり的反感も。
 
 これだけ被害が出ると新聞もその報道に割く訳で、本来なら選挙分析や各地方や問題ごとに掘り下げた特集などが入る部分が影響を受ける筈です。
 
 どちらが得、というわけでは決して無く、結局どちらにとっても中途半端な印象を受けるこの季節の台風でした。
 
 確か政見放送は一切編集を加えてはならず、予定通り放送しなくてはならないと決められている筈ですが、例えば昨夜から今日にかけて九州地方ではどういうタイムテーブルになってたんでしょうね。
 もし放映予定変更ができないのであれば、地震などのさらに大きな災害の時にはどうなるのかという疑問も湧いてきます。
 
 過去に一度、市会議員候補の運動を手伝った時があり、もちろん雨でも休まず短期集中をこなしました。 しかし手を振ろうと窓を開けるとズブズブになるし、悪天候時がやりにくいのは事実です。 当然有権者も候補者のメッセージを聞いている余裕もありません。
 地域により差があったとは言え、今回の衆院選の関係者にとっても文字通り水入りになったことは間違いが無く、これがどう結果に出るかが気になります。
 
 予想では自民圧勝だそうですね。 ま、それが民の総意であれば仕方ありませんが...

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日本航空はどこへ飛ぶ

 御巣鷹山のJL123便墜落事故からちょうど20周年目の日に福岡空港を離陸した日航機のエンジンが火を吹くという事故が起きました。 たまたま別の取材でこの機を撮影していたNHKはエンジンが火を噴く劇的な瞬間を捉え、夜間でその火がよく目立った事も手伝って改めて飛行機の恐ろしさを伝えていました。
 
 20年前の事故は今でも記憶に新しく、当時働いていた自動車修理工場のお客の同僚が命を落とし、また、幸運にも生き残ったスチュワーデスがこれまた一緒に働いていた工員の幼なじみだったとかの身近なエピソードも珍しくありませんでした。 
 あの日、たまたま通りかかった伊丹空港の何とも言えない陰鬱な雰囲気は私が飛行機デビューを遅らせるのに十分な重さを持っていたのは間違いありません。
 
 それから20年経過し、旧名古屋空港での中華航空機の墜落等もありながらも日本の航空会社による大事故は影を潜め、私も一時期は月に1〜2往復空路を選ぶ程になります。
 JL123便の事故をきっかけにいくつか航空機事故に関する本を読み、統計的には世界的に小さい事故がいくつか起こった末に大事故を生む、という説を知りました。

 それを基にすると、世界的には今日もインドネシアで墜落事故が起きており、既に大事故による終点をいくつも迎えている事になります。 しかし日本航空単体を見ると、相変わらず小さい、例えば部品脱落、表示灯の異常などによる運行障害が続いており、縁起でもないとは思いつつ、これで収束するのだろうか、とした不安を隠す事ができません。
 
 日本航空と日本エアシステムが経営統合をするというニュースが流れたとき、国内唯一のライバルとなる全日空は「あのJASの合理化をやられたらうちは負ける」と相当な危機感を持ったそうです。  旧JASは各従業員ができるだけ効率的に多様な仕事をこなし、それが全日空にとっては脅威だったそうで、それが旧JALにまで徹底したら...というのがその理由です。
 しかしふたを開けてみれば旧JAL・旧JASはそれぞれ新JALの中でそのまま共存しているかの様なやりかただったので全日空側は胸を撫で下ろし、逆に自信を深めたのだそうです。(この話、旧JASの人から聞く)
 
 全日空もちょこちょこマイナー・トラブルがあるようですが、それでも件数は日本航空より少ない。 誰でもここが踏ん張りどころである事は明白で、にもかかわらず日本航空はボロリボロリとエラーを起こす。
 確かSPA!だったかのビジネスマン向け雑誌には統計的に全日空の方が安全、とはっきりと文字にもしており、国内航空会社二社が一緒になって全日空を脅かすどころか、少なくともここまでは旧JALとJASの経営統合は何のメリットも生み出せていない事になります。
 実際に、日本航空の乗客数は減少の傾向を示している様で、これによるさらなる合理化が事故増加に繋がらないかとの懸念も新たに浮かんでくる中で、全日空を選びたくても選べない地方路線では不安が募ります。
 
 また、全日空も手放しで安心かと言うと決してそうでは無く、先に述べた小事故の群れが重なって大事故に繋がる、という一つのパターンを考えると一層の安全運行に努めてもらうよう願う限りです。

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信号無視の本当の恐怖

 最近、歩行者、自転車、自動車を問わず赤信号無視が増えています。
 10年程前、東海地方の国道で深夜、赤信号で止まると後ろから恐ろしい勢いで大型トラックがけたたましいクラクションとともに後ろから迫って来る、という恐い話を@niftyの自動車フォーラムで読んだ事があります。
 ところが最近は、ごくごく普通の車やバイクたちが一旦減速はするものの、そのまま赤信号無視をする姿を見かけます。
 
 また、深夜のみならず、日中でもまるで自転車で歩道の赤信号を無視するかの様に、女性の運転する原付が無視して行く姿を見た事も一度や二度ではありません。
 
 "族"達が昔から信号を守らないのは世の常とは言え、警察に追われている時を除いて周囲の交通に充分注意して無視して行くので、むしろ安全だ、と豪語する向きもありますが、それはさておき、私が今日言いたい事は、「赤=停止」という無意識の刷り込みが、意識的に信号無視を繰り返しているうちに希薄になって行くのではないか?と言う事です。
 
 誰でも信号無視は一度や二度してしまった事はあるかと思います。
 それはカーナビや同乗者との会話に気を取られている時だったり、例えば北海道の様に延々と信号が無い道路にぽつんと設置してある信号だったりで、これは私の経験でもあります。
 それでも私も含めて多くの日本人が一応安全に道を行き来しているのは、やはり小さい頃からの「赤=止まれ」という刷り込みによるところが大だと思います。
 
 道路も鉄道も赤信号は停止を表し、車自体のストップライトやテールライトは「停止」 or 「危険」を示しており、これはここ40年間ほどで世界的に統一されたルールと言っても良いでしょう。
 だから、通常は思考というより条件反射的に赤い光に対して我々は原則や停止の対応を取る様になっています。
 
 ですから、「周りに交通が無ければ別に赤信号は無視しても良い」といつのまにかじわじわと広がりつつある現代の傾向は、その時は確かに何の事故無く過ごしても、せっかく反射神経的にまで覚えた「赤=停止」の一連の動作を薄めてしまうのではないかと危惧している訳です。
 つまり「えーっと、赤だけど」と脳で考えるように「退化」することで、判断の遅れが考えられますし、思考故に他の思考や注意に妨げられて(その点、反射は思考に優先する)、他の交通に注意を払わずに赤信号に突入する事も考えられます。
 
 道路脇に様々な看板、電灯、建物が配置され、そして信号は増える中で、考えてみれば我々は見知らぬ町でもよく信号を見落とさないものだと考える事はありませんか? あくまで仮説ながら、私はそれは長い間の訓練による反射反応と捉えています。
 それが気軽な一種流行的な信号無視によって崩れて行き、今後あちこちで日常茶飯事的に悲惨な交通事故が増える事が私は恐ろしい。
 
 信号無視する人間が勝手に死んでくれる事は全く構いません。 しかし大方は被害者を伴う訳で、その被害と、仮に加害者が死んだ時の無責任さを考えると、説教臭くなりますが今からでも遅くない。 大人は子供と共に信号を守る様にしませんか?

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根っからの夜型

 良い気になって書いている場合ではありませんが。
 
 久々の授業再開はキツかったです。
 もともと夜型とはいえ、この歳になるとさすがに朝がキツくて起きられないという事はありません。 しかし寝ないで授業というのはさすがに疲れます。
 ここにも時々爆睡すると書きますが、22:00頃までに寝る事ができれば朝まで熟睡できます。 それを超えると、特に0:00を超えるともう眠れない体になってしまったようで、加えてまずいことに、歳と共に酒に強くなってしまい、昔ならビール一本で寝付けたものが今では少々飲んでも眠れません。
 
 かと言って飲んだままで事務所行って仕事する訳にも行かず、このパターンにはまると最悪。
 そして、朝は必ずやってきますので行かねばならぬ。
 
 夏休み明けでさぞ学生もボケ〜っとしてるだろうと思ったら、一年生はほぼ全員出席で、シャキっとしてる。 あかんがな、こっちのほうがヌルいがな。
 昼休みに職員用喫煙室で10分程熟睡を挟みつつなんとか無事一日を終えましたが、肉体的にこういう力技がいつまでできるのか、ちょっと不安にもなりますね。
 
 まぁ、授業の時にはまともに仕事をしている訳だから厳密な意味での夜型では無く、単なる自堕落の証明かもしれません。 取りあえず二日行って土日で再度調整ができるのはラッキーなカレンダーでした。

 さらに月曜日には台風が来て休校になる、と決めつけ、それに沿って仕事の段取りを組んでいたら、どうも予報では火曜日辺りにずれ込みそうな様子ですね。 これはまずい。
 仕事が無いならないで不安だけど、あったらあったでこれまた段取りが大変。
 特に今回はちょっと毛色の違う仕事が二つなので、「毎日同じ仕事の繰り返しは嫌だ」と自分勝手言っている手前文句は言えませんが、どこかで段取りが狂うとちょっと大変な事になるだけに、ちょっと気を引き締めねば、というところです。
 
 という風に、相変わらず台風を甘く見ている私ですが、14号は非常に大型で強力なようなのでアメリカのハリケーンの様にならないとは限りません。 油断大敵...
 (あぁ、でもまた日曜の夜は台風情報を見ながら夜更かしをしてしまい、結局警報が出ずに登校するんだろうな... いくつやねん>わし)

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