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 今日で一般的な子供の夏休みは終りですね。
 さすがに最近は夏休みだからといって山のような宿題は出ないようです。 それでも今頃半泣きになって工作とかを親に愚痴られながら手伝ってもらっている子供もいるんだろうなぁ...
 
 うちの専門学校も小学生と同じく今日で休みは終り。 しかも始業式とかは無いのでいきなり明日からフルで授業全開。 生徒も大変だろうけど、こっちも大変。
 まず声が出ない。 一応肩慣らし(喉慣らし?)として先日カラオケには行ってきました。
 夜型生活を直すのは大変ながら、これで毎日夕食の世話をしなくて良くなると思うと(基本的に授業のある日は解放)ちょっとほっとします。

 別に私は宿題とかが残っている訳ではありませんが、仕事の関係でLinuxやらfmlの事を調べている最中なので本日のBlog更新はこの位にて失礼をば。
 う〜ん、Mac一筋の人の筈なんだけど...

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本物の政治屋は凄かった

 今朝、とてもはっきりした野太い声が徹夜明けで寝ている頭に飛んで来ました。
 国政だろうが市政だろうが、駅前に家があると、選挙の季節は投票日までこんな状態が続きますから慣れているし、疲れが酷いときはそんな状態でも、うとうと寝続けていられる程になりました。
 しかし、今日のおっさんはえらく声がでかい。
 
 「今日は家(マンション)の前でやっとんのかいな」とわざわざ布団を抜け出して確認すると、なんといつも様々な政党が宣伝カーを止める200m程離れた場所。
 そうなんです。 それ程このおっさんの声がでかいのです。
 余程ボリュームをあげているのかと思ったら、その後に喋った男性の声はいつも通りだったので、地声が大きいとしか言いようがありません。
 
 内容はとにかく、このおっさん、声がでかいだけじゃなく、よく通る。 きれいな声では決して無いが、田中角栄の様なダミ声でもない。
 何より感心したのは「噛まない」こと。
 また、決して早口ではなく、一定の区切りを置きながら、かつ明快に、そして「え〜」だの「その」など最近はプロのアナウンサーでもちょくちょく挟み込む不要な言葉が無い。
 そしてそういうスムーズな話し方に特有の無味乾燥さや冷淡さが無く、エモーショナル。
 これは誰だか知らんが相当な奴だ、とだんだん目が覚めてきました。
 
 そして、それが誰だったかと言うと自民党の武部幹事長。
 まぁ、わざわざ足下の悪い中、こんな田舎まで...
 
 自身がそのスピーチで4回だの6回だの選挙を乗り切って来た、と言ってましたから、20年以上の強者なわけで、なるほど、国政のレベルになるとこうも違うのか、と妙なところで感心した次第です。
 余計な事を言わせてもらうならば、20年以上もやってりゃ辞めるに辞められない立派な政治屋、とも言えますけどね。 ま、いろんな意味でプロはプロ。 百戦錬磨。
 
 まぁ、しかし寄る年波にも負けず、あそこまで暗記ではきはきと喋れるのは立派。 政治屋って外見程ぼけてないのかもしれません。 それはちょっと新鮮な発見。
 一方で、あれを見て府政だの市政レベルの人はもっと頑張って欲しいとも思った雨の朝でした。
 だって、その数時間後に女性候補が同じような場所で演説した時には声が小さく、上げすぎたマイクのボリュームでハウリングしてたもんなぁ。 あれではメッセージは伝わりにくいでしょう。
 
※念のため申しますが、あくまでその人の「喋り」に感心しただけで、
 その政党なり主張に感銘を受けた訳ではありません。

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「ええかげん」である事

 また今日から朝日新聞でカラシニコフ(AK47)の特集が始まりました。 昨年から続く三部目の始まりで、へぇ、えらく力が入っているね、と思いつつ、先日CATVのディスカバリーチャンネルの番組を思い出しました。
 
 それはソ連製AK47とアメリカ製M16という銃の比較で、設計・製品、どの角度から見てもM16が優秀なのに、戦場ではAK47の方が役に立った、という内容でした。
 簡単に言うとM16が精密でよくできた機械であったのに対して、AK47は「ええかげん」な機械であったそうです。 ただ、その「ええかげん」さ故に、少々砂が入ろうが、銃床(肩に当てる部分)で人をどつこうが壊れなかった、M16はその逆で、白兵戦になって支離滅裂な状態で引き金を引いても玉が出なかった、ということも珍しくなかったそうな。
 
 私は銃については全く詳しくないものの、全く違う分野でそんなものかも、と思う事があります。

 我が家は「使い物にならなくなるまで物を捨てない」というもはや癖のような家風があり、例えばオーブントースターにしても、棚から落としてベコベコになったのを見かねて親戚が譲ってくれた物で、それも再び落としたりなんだかしながら、前から見ると平行四辺形になり、パンの水分が逃げる等という重要問題を超越しつつ、使い続けることまた十年以上。
 ある日、あまりに酷使されているので、お礼を込めて分解掃除をしたら、そこから十日くらいで煙を吐いて臨終あそばされました。
 まぁ、ここまで使えば罰は当たらないだろう、と冗談抜きで何十年ぶりに新品を買った訳ですが、ありがたい事に温度フューズがついており、数枚連続してパンを焼くと、おせっかいにもある程度内部の温度が下がらないとヒーターに電気が通らない仕組みになっています。
 結果、朝はイライラする羽目に。
 
 また、どこの家庭のキッチンにも料理用万能ハサミというのがあると思います。
 これまた二十年くらいぼろぼろになっても使っていた出所不明のがついに壊れ、ドイツ製のピカピカのハサミに世代交代。
 「やや、流石に独逸製」と言うまでもなく、切れ味最高、握り始めから閉じきるまで右手に伝わる感触まで素晴らしい物です。
 だけど、よくできすぎていて、甘いの、酸っぱいの、堅いの、なんでも切っちゃう台所用途だとこまめに洗わないとすぐに動きが渋くなるんですね。
 それまでのご老体ハサミはそれこそ中心のカシメなんかガタガタでしたが、ちょっと右手にコツを加えるとそれなりに切れたし、なにしろ合わせが緩いので少々食材がへばりついても軽く動く訳です。
 
 「いや、確かに新しくて物は良いんだけどね...」と思いつつも、今日も台所で私は頭を痛めるのでした。
 
 「良い加減」は決してネガティブな意味の言葉ではありません。 でも「いいかげん」「ええかげん」という書くとネガティブに聞こえます。 一軒言葉の用法の誤りのようですが、実は「ええかげん」なことが案外「良い加減」なことがあるような気がします。

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公園で夜を明かす

 昨夜は学生との飲み会。 特に以前から「おまえが内定したら一大事や」とよくふざけて言っていた学生が内定し、夏休み前からもしそうなったら是非に祝いをせねば、と言っていたので当然の参加。
 
 まぁ、何はともあれ内定したY君にはおめでとうですね。 はっきり言ってグラフィック的に目立ったところはないけど、高校時代の野球部で培った礼儀と粘りが功を奏した結果でしょう。 こうしてみんな一応は納得できる就職先に落ち着いて行って欲しいものです。
 
 で、最近の悪い癖は三ノ宮で飲むと終電で帰らないこと。
 この日も飲み会経由、11時頃からボウリングに移動。 ひさびさに自己最高スコアを更新して気分よろしく、またまた終電ミス。

 「だれか終電大丈夫ですか、とか聞けよ」と、私。
 「微妙に気になってましたけど、どうせ言っても帰らないだろうと思って」と学生。
 「まぁな」
 
 このあとは普段通りファミレス移動案が出るも、さすがに始発まで4時間近くファミレスに座り続けるのも辛いので、神戸市役所近くの公園に移動。
 それぞれがコンビニで適当なものを買い込んでそのまま夜明けまで適当に。

 良い歳こいて、と言われそうですが、この季節だからできる事。
 普段マンションの前の歩道で飲み帰りに騒ぐ若者に辟易しているので、ちゃんと周りに人が住むビルが無い事を確認、最後はタバコの吸い殻やゴミも全部処分したので許して下さい。
 普通はこういうときは女の子の一人や二人が混じってるもんだけど、この団体は男のみ。 寝てる奴もいれば突如ダッシュする奴、それを追いかけてデジカメムービーに撮る奴、私はと言えば話にも加わりつつ、緩やかに吹く風を楽しみながら石段に寝転んだりで、それなりに楽しい時間でした。
 また、こういうときでないと打ち解けてくれない学生もいて、意外な素顔を見たり事情を聞いたりして今更にして驚いたり、というのも貴重な収穫です。
 
 卒業式の後もこの場所に来ようぜ、とか言いつつ、寒いんだろうなぁ、その時は。
 唯一の後悔と言えば、iPodを忘れた事。 別に真夜中の公園でiPodを聞くなんていつでもできそうだけど、一人で、ってのもまた怖いものなので、こういう時に持って来なかったのは悔恨。
 
 8月も末になると夜明けが遅くなり、やっと空が明るくなって来た5時頃、小腹が空いた、と結局ファミレスへ。
 既に朝飯、洗濯等の通常の一日が始まっていた家へ帰ったら8時でした。 
 
 ま、たまにはこんなんもええでしょう。

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爪の修理

 先日、お好み焼きを作ろうとキャベツをザクザク切ってたら不覚にも手が滑って左手の人差し指をバサっとやってしまいました。

 一瞬ぐっさりと行ったと思って「うぎゃ〜」と声を上げるも血が一滴も出ていません。

nail

 よく見ると図の赤い線のところにばっさり刻みが入っていただけでした。

 暫く観察するも本当に血は一切出ずに、奇麗に爪をそぎ切りにしたようです。

 「爪はタンパク質でできていて、指先の保護をしています」なんて小学生の授業を思い出して、ほんに人間の体はよ〜できてると感心し、加えて、包丁を使う時には左手は猫の手状態にする事のありがたみも痛感しました。

 そのままつつがなくお好み焼きの夜は終わり、さて、どうするかなぁ、この爪、と考えました。

 風呂に浸けても全く痛みがない事から爪の下の皮は大丈夫なようです。

 

 そのままにしておけば伸びるに従っていずれは元に戻るとは言うものの、その後ふとした時に指先にかかった力が爪で押さえ切れないのか、妙な違和感が。 このままだと何か大きな力を加えた時や、何かにささくれた部分が引っかかると図のピンクの部分がベリっと剥がれる可能性もあり、その時を想像するとちょっとビビります。

 

 そこで思い出したのが瞬間接着剤。

 実はアコースティック・ギター系の人にはお馴染みのアイテムで、彼らは爪の形が演奏に非常に重要な為、演奏で欠けた爪の修理や整形に瞬間接着剤を使ってヤスリがけして一番弾きやすい形にするのです。

 ついでに言うと、瞬間接着剤は外科的には無害で(そりゃ飲んだりしちゃだめですよ)、数十年前から外科手術の縫合の代替手段として使われているくらいです。

 

 大昔、大学に落ちたらうちに来い、という奇特な社長がおられて、その会社が瞬間接着剤のメーカーでした。 一応資料を貰って読んだなぁ、そうそうシアノアクリレートという高分子化合物が主材料で、空気中の水分を吸収して重合反応を起こすから短時間で強力に引っ付くんだっけ、とか懐かしく思い出しつつコンビニに。

 

 あとは図の赤い部分にほんの少量染み込ませて、のつもりがちょっと多めに垂れました。

 プラモデルをやっている人は解るでしょうが、瞬間接着剤って多すぎると固まった時に白く濁るんです。

 毛細管現象で薄く染み込ませた方が良いので右手で爪を押さえていると危うく右手の指がそのまま接着されそうに!。

 

 ということで見栄えは想像より悪かったものの、別にネールアートするわけじゃなし、冒頭に書いた違和感も無くなって、結果オーライ。

 女性はこういう爪の割れでストッキングがひっかかって面倒な事になるそうですね。 その点は男で良かった。

 

 先日いしいひさいちの漫画を読んだせいかなんとなく貧乏ノウハウに走ってしまったような気がします。

※この方法を真似される時にはご自分の判断と責任でお願いします。念のため。

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そろそろ現実を直視したら?

 数十年ぶりと言われる夏の甲子園大会連覇を成し遂げた駒大苫小牧高校が暴力事件で揺れています。

 今回は大会直前に四国の明徳義塾高校が出場辞退になっており、そろそろ関係者は現実を直視したら良いのに、と改めて感じました。

 

 私が子供の頃から高校野球の形容詞や解説には「純粋」「純血」「教育」などということばが連呼され、とにかくピュアで混じりっ気の無い世界であると言いたげであるのが気になっていました。 それは私自身が高校生であるときも、その後歳をとって今に至るまでもずっと引っかかっている部分です。

 

 これを読まれている皆さんも自分が高校生だった頃の野球部や運動部を端から、時には中から見て、そういう表現に違和感を持たれたのではないでしょうか。

 もちろん彼らが不真面目である、というつもりはありません。 どのジャンルにせよ、全国大会というのは生半可な努力では到達できるものではない事にはなんの異論もありません。

 

 ただ、そんな彼らが非暴力、無非行の純粋な世界から生まれ来た、また、そうあるべきだと言う枠組みが嘘だ、と言いたい訳です。

 今回の苫小牧は特に、生徒間ではなく指導するべき立場の部長自らが暴力を振るっている事が特に問題視されています。 はて、運動部で本当に暴力指導が無いと高野連やその他スポーツ協会の人間は思っているのでしょうか。

 恐らくそう言う団体の人はそのスポーツで頑張って来た人であり、まさしくその世界を知り尽くしている訳で、それが「暴力はいかんよ、うん、あってはならん」と本当に思っているなら彼らは全員偽物としか思えません。

 

 筋肉や反射神経が通常の運動範囲を超えた部分を刺激する事により成長する生物的理由がある以上、スポーツ訓練というのは体を虐める事を避ける事はできません。 要はそのやり方です。 

 だけど、全国のピンからキリあるレベルの運動クラブや団体で、一流のアスリートのような金と暇がかかる上質な「肉体虐め」ができる訳も無く、いきおい暴力的、圧力的な指導に流れるのは事実上避けられないと私は思います。

 

 また、別の視点から、これだけ家庭と子供が荒れる中で、喫煙、喧嘩、淫行、万引き等、成長期の誰にでも起こりうる可能性をスポーツマン(ウーマン)だけが無条件に回避できるわけもない。

 もちろん、本当に中高校生から将来はプロへ、と目標を定めている子供はそんなことをやっている間は無いし、特に喫煙は体力を簡単に落としてしまうのでそんな自殺行為に手を染めないでしょう。 ただ、そういう子供が全員、目的を達せられる程世の中は幸せではないので、落ちこぼれた時にそういう甘い誘惑に却ってはまりやすいのも想像できます。

 

 かと言って何でもやりたい放題の生徒を、ただスポーツに秀でているだけで、例えば野球なら甲子園に出させて良いわけもありません。

 ただ、その建前を通すのであれば、本音として荒廃する教育現場をどう捉えるのか、どう指導するのかも併せて考えないと、今後、全てが辞退で大会不成立という漫画のような事態にも繋がりかねないと思います。

 多くの高校生のスポーツの中で高校野球は飛び抜けて注目度も高く、マスコミの扱いも破格であり、その影響力は他のスポーツの比ではありません。 しかしマスコミ自体も興行的な立場から小奇麗なコピーで飾り立てすぎているのではないか? そしてその嘘くさい箱の中に無理矢理青春真っ盛りの生ものを詰め込んで来たのではないのでしょうか。

 

 「それを言っちゃぁおしまいよ」と臭いものにフタができた時代はもう終わろうとしているのです。

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大阪100円生活

 先日、Linux関連の書籍を買いに本屋に行く事があり、定例のコミック売り場でのいしいひさいち新刊チェックをしたら題名の本が出ていました。
 
 プラウダ日本版、売国新聞とか最近にわかに元気になって来た右翼勢力に批判されつつも、私が朝日新聞をやめないのは彼の漫画があるから、と言っても良いくらい、私は彼の漫画が好きです。 とはいえ、そんなネタで数年前にホームページを立ち上げようかと思ったら既に私よりももっと詳しい人が多数立ち上げていた、という程度なのですけど。
 
 今でも覚えているのは近大の入試のとき、マニュアル通り一時間程早く学校に着き、コーヒーでも飲みながら気分を落ち着けよう、と入った大学前の喫茶店で「がんばれタブチ君」を読んだのが最初の出会いでした。
 それ以前に「がんばれタブチ君」については当時購読していたPOPEYEで紹介されていたので、「あぁ、これかぁ」と手に取ったのが運の尽き。 あまりに面白く、受験後もまたその喫茶店に立ち寄って読破した程です。 ま、その甲斐あって受けた学部は落ちましたが...
 
 その後、別の大学に受かってから行ったバイト先でデスク上に「バイト君」を置いている社員がおり、「ちょっと読ませて下さい」と手に取ったのが二度目の出会いで、こちらのほうは本当に腹抱えて、そのまま痛くなるまで笑いが止まらない、という程面白かったのを覚えています。
 
 大学で一番仲良かった友達もいしいひさいちのファンだったりして、結局、初期のマニアックな本(漫金超やガロ)を除いてほぼ全巻持っていたりする程です。 だからたまに何気なく言う台詞や小ギャグは彼のネタからの影響を受けてことがありますが、世間ではそれほど彼は一般的では無いようで、あまり受けないと言うか、きょとんとされることが多いようです。(少なくとも若いオネェちゃんには受けません)
 
 そんな彼はあまり自分のプライベートを出したがらず、岡山出身で関西大学漫画研究会時代にデビューした、くらいしかわからない時代がありました。 いやがる彼を学園祭で引きずり出した関大の後輩によると、あまり人前に出るのが好きでは無いそうで、なにかコンプレックスがあるようだ、という事でした。
 そのうち徐々に、結婚しただとか、猫と子供もいるとかが漫画の中で明かされてきましたが、この「大阪100円生活」は今までで一番彼の学生時代から漫画家としてメジャーになって行く頃の彼本人の事がよく書かれていて少々驚きました。
 
 私は関大ではなく、彼が住んでいた下新庄に近い上新庄の方の大学に行ってましたので、もともと住んでいる吹田、彼が住んでいた下新庄、その間を挟む町の事等はよくわかりますので、彼のマネージャーを16年間務めていた富岡氏のコラムも非常に親近感があり、まるでどこの市町村にもある「わが町○○」のように楽しめます。
 特に私もたまに行く図書館のすぐそばに一時期住んでいたとか、「がんばれタブチ君」で儲けた後、多額の住民税を払いに行ったときの吹田市役所の職員の応対とか、あまりに身近すぎてどこかですれ違っていたかも?と思う程。
 
 ここ数年、彼の作品は彼独自のループに落ち込み、ファンも取りあえずは楽しみながらもちょっと物足りない事が多かったのですが、今回の本は「バイト君」以来久しぶりに笑いが止まらない作品(070)に出会えたりして、ファンとしては嬉しい一冊でした。

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月がとっても蒼いから

 ビンテージものの題名...

 

 本日は、ぼやきも屁理屈も無し。 写真です。

 

 昨夜、さて寝ようか、と思ったらいつのまにか奇麗な月がぽっかり浮かんでいるのに気がつきました。

 中秋の名月にも引けを取らんなぁ、と布団に寝転びながら、しばしぼ〜っと眺めていたら、となりに結構くっきりと大きな雲が。 どこかで見た雲だなぁ、と考えたら、となりのトトロの一シーンでした。

 

 撒いた種が一晩のうちに大木になるというあのシーンです。 あれも夏の満月で、まわりに月に照らされた雲がちりばめられ、非常に印象的なビジュアルだったのを思い出したのです。

 

 で、「月夜の雲って写真に撮れるんだろうか」と突然思いつくともう止まらない。

 むくっと起き出し、デジカメを三脚に取り付けて夜中三時半頃のベランダに。

moonAndCloud 何枚か撮った中の一枚が「これ」(クリックすると大きくなります)。

 [OLYMPUS CAMEDIA C-2500L f:2.8解放 8秒]

 

 案外簡単に撮れたのにびっくり。

 想像はしていたものの、月明かりの写真ってPhotoShopでどんどん明るくして行くと昼間の空になるんですねぇ。 やはり昼と夜は表裏一体、反対のようで実は同じだったんですねぇ、って意味不明。

 でもせっかく夜中、マンションのベランダとは言え、不審者状態で撮った意味が無いので、天空の漆黒から地平線の俗世の明かりまでが一つの画面に入っているものをご覧頂きます。

 

 本当は地平線まで雲がないのをイメージしていたのですが、なかなか自然は人間の思った通りに展開してくれません。 雲が全く無かったり、逆にどんどん増えて月がぼけたり、と都合一時間程粘りました。(何やってんねんな...夜中に)

 写真を撮っててよく感じるのは、格好良いなぁ、と思うのはなにげなしに撮った一枚で、事前にあれこれ考えていた構図や光加減は案外物足りないのが多いという事ですね。

 私は釣りの趣味は無いものの、似たようなもんなんでしょうか。

 

 8秒もシャッター開放していると曇って移動してぶれちゃう。 でも月の周辺がちょっとマゼラン星雲みたいでもあり、トトロほどではないにせよ、ささやかに満足しました。

 結構写真、好きです。

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気色いCM

 今日は阪神間の一部の方しか理解できないネタです。
 
 阪神の野球中継と言えば神戸に本社を置く民放、サン・テレビ。
 私が以前住んでいた家では微妙に入らずに、憧れのテレビ局だと言っても良いほどでした。 それが引っ越しでCATV再配信により奇麗に見れる様になった時にはほんと、嬉しかったです。
 と、言ってもプロ野球シーズンが終わると一切見なくなる訳ですが...
 
 サン・テレビははっきりと我々の野球中継の主語は阪神である、と言い切っていますので、相手側チームのファンが見ていると著しく不公平な中継と思うかもしれません。
 しかし中途半端に中継を中断する事は無く、11時を回ろうとしても必ず試合終了まで中継する辺りは、最近視聴率が取れると放映権をサンから取り上げておきながら、あっさり9:00や9:30で放映終了するそんじょそこらの公平な放送局とは訳が違います。
 
 そんなサン・テレビ、昨今の阪神ファンの増加に伴い徐々にTVCF(CM)のレベルも上がって来てはいるものの、そこはやっぱり地方UHF局、そこはご愛嬌と言うローカルなものも多々残っています。
 
 しかし。
 最近、絶対に許せないと言うか耐えられないCMがあります。
 手入れの悪い茶髪ホスト風+頭の悪そうな男がどうやらホテルの一室でなんか勝手にムードを高めている。 それも今は夏なのに窓の結露になんやら文字を書いている。
 で、この男が男前ならともかく、19:00以降、三ノ宮駅周辺で若い女性に声をかけているキャバクラレディスカウトを下回るブッさいくさで、とどめはカメラに向かって(つまり見ている人に向かって)投げキッスをくれる訳ですね〜。 怖いですね〜。おぞましいですね〜。身震いがしますね〜。口臭が伝わってきそうですね〜。

 しかも画像そのものが汚い。 今頃公共放送に8mm家庭用ビデオ使うなよ、と私の突っ込みは止まりません。 
 で、野球中継の時間にラブホのCM?と思っていたら、今話題のリフォーム会社でした。

 う、大丈夫かいな。

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ホリエモンと美学と異

 本来は昨日書くべき話題ですが、堀江氏の衆院選挙出馬のお話。

 

 話を今回の出馬に絞ってみても、やっぱり大阪で言うところの「何考えてんねん」でしかありません。

 今流行の分け方で行くと彼は完全に勝ち組の人。 だから凡人が理解できない、というのは皮肉抜きでそうかもしれないと思います。

 しかし、彼に人生の美学は無いのかな、と。

 

 彼にとっての美学イコール経済力だ、と言われればそれまで。 とはいえ今の地位を築くまでに人間なんだから様々な事を考えた筈だし、美学でも哲学でも何でも良いから「オレ流」の思考がある筈です。

 手っ取り早く言うと、金持ちならではのかっこよさとかを思い描きながらここまで来た事は無いのかな?と。

 例えて言うなら、「金には興味はあるが政治には無い」「政治には興味があるが今の政界には興味が無い」とかね。 「昔から経済と政所は別の方が良いと言う」とかでも。

 

 フジテレビの時には、なぁなぁの政財界じじぃパワーに一泡吹かせた事、それをあれこれ言う奴は竹中経済大臣が小泉の下で進めようとしている経済解放というのはこういうことなんだよ、と言ってやりたい部分もあり、加えて、世の中金と頭脳でしょ、とはっきり公の場所で言う豪快さもある程度は自分の中で認めざるを得ませんでした。(服の趣味は全然駄目だと思うけど)

 だから今の政治、とりわけ自民党のやってきた政治をどこか高みで嘲笑しているだろうと勝手に私が思い込んでいたのか、まさか自民党の後押しで、無所属、無縁の土地で立候補するとは思いませんでした。 これには違和感ひときわ。

 

 でも一番違和感があったのは、武部幹事長が恐らく腹の中では快く思っている筈の無い堀江氏を、自民党の施設で、小泉総理のポスターがでんと掲げてあるステージで無所属候補として紹介した映像でした。

 なんで?

 

 堀江氏が当選したら即自民党入りする?

 だいたい、あの当選したら即無所属が政党入りするってのは法律で最低一年間禁止するとかできないのでしょうか? あれほど投票した有権者を嘗めている事は無いと思うのだけど。

 そうではなく、とにかく堀江氏が当選する、もしくは相当数の票を取って反乱軍を落選させるだけで良いのか? だとしたら堀江氏はヤクザ映画のただの鉄砲玉にしか過ぎない訳で、自分をそんな値打ちだと思っているのでしょうか。 無所属の一匹狼なんて国会での質問もできないのはご存知でしょうに。

 これでまたライブドアのアクセスが上がる、と社員のコメントが出ていましたが、公選法の関係でライブドアでは選挙関連のコンテンツを大幅に絞らなくてはならず、金儲けの点でもはて?

堀江氏のあれこれでいつも感じる事は「誰か言うてくれる友達おらへんの?」

 

 しかし、いくら公式に選ばれた長が進めた議案を党内で否定されたとは言え、そもそも正規軍はそこまでやってもいいんでしょうか? そこにも美学はないのか、と感じます。 本当の刺客であれば相手を殺すから良いけど、実際には選挙での勝ち負けな訳で、長い彼らの政治生命の間に必ず怨念を持って復讐されると思うんですけどね。 おっさんの嫉妬は執念深い。

 

 私がネットで学んだ最大の収穫は「異質と共存できない組織は崩壊する」という事。 だとすれば党内の反対勢力を根絶やしにしようとする自民党の将来も見えたような気がしますが、さて?

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You'd be so nice to come home to

 このBlogは自分ではあまり日記的ではなく、コラムを意識しています。
 とはいえ、たまにはこういう私的日記もよかろうということで...
 
chunjiro
 昨日、我が家に二羽目のセキセイインコがやってきました。
 名前は正式名「チュン二郎」、俗称「キスケ」。
 
 うちの子供たちにとって最初のペットは同じくセキセイインコの「チュン太郎」でした。
 足掛け四年程生きていましたが、昨年気温が下がり始めた頃、酉年を待たずに昇天。
 飼育係だった息子の落ち込み激しく、また新しいの買うか?と聞いても「もう生き物はいやや」ということで鳥かごも片付けました。
 
 それから半年以上が経ち、ある日知り合いから小桜インコあげようか、という話が来ました。 結局その話は流れたのですが、それを聞いた子供たちが「あの話どうなった?」「ヒナは三食やらなあかんから夏休みでないと育てられへん」とか乗って来た様です。
 結局、娘がこづかいで二羽目を買う事に。(一羽目は息子が出資)
 
 チュン太郎と同じ店にオスのインコを探しに行き、写真の一羽がうちに来た、という訳です。 
 その店は私が小さい頃から存在し、先日おじいさんが亡くなり、おばあさんが細々と続けています。 どういうわけかそこのセキセイは黒目が大きく、いわゆる鳥独特の白目が見えないのでとても愛くるしい。
 それに加えて、こういうペットが家にいるとやはり理屈無く可愛いもんです。
 
 息子も大きくなって来て最近は家の中ではぶす〜っとしてる事が多いのに、取りあえず飼育係の先輩として喜々として世話をしているのを見ると、娘のインコなんだけど、と思いつつも、ま、良いか、状態。
 
 一羽目が死んだ時、朝はちょっと元気無く、珍しく餌箱の中に座り込んでるな、と思ったら夕方家内から携帯メールがあり、息子が学校から帰った時には死んでいたと聞かされました。
 最後まで言葉を覚えず、何度治療しても毛引きをやめないアホインコながら、籠から出すと肩に飛んで来て(糞もしながら)ずっと一緒にいたりしたのを思い出すと家まで帰る電車の中でも目頭が熱くなるのを止める事ができませんでした。
 
 そんなわけで、二羽目のチュン二郎に対面した時の私の第一声は「よぉ来たね、長生きしぃや」。

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国民新党?

 なる新党が結成される事になりました。

 私が覚えている一番古い新党結成は新自由クラブでしたが、その後様々な政党ができても結局整理統合され、さらに名前が変わったりして結局残っていない、というのが感想です。

 

 さすがに虐められっぱなしに耐え切れなくなったのか、綿貫氏や亀井氏を中心についに反撃の牙をむく、ということなのですが、さて...と私の生来の対政治ひねくれ根性が頭をひねらせるのです。

 

 国民新党に参加するのは今のところ当然ながら殆どが自民党からでしょう。 であれば、政治とは数なり、という哲学は身に染みてわかっている筈。 それが仮に目標通り二十名集まっても何ができるのか、限界もお判りの筈。

 また、今頃急遽集まって、何を持って党是・公約とするのか決められる訳が無い。

 

 選挙予測のプロではないので次回選挙の結果がどうなるかは私にはわかりません。

 ただ、恐らくは元祖自民党も恐らくは議席減になる筈。 なぜなら選挙準備の時間が短すぎる。

 

 今までなんだかんだ言っても公明党と別れなかったのはその選挙時の盤石たる支援体制にあるわけです。

 今回も相当な期待がかかっているし、公明党が自民党反乱軍を地方でどう扱うかについて自民正規軍が今ひとつきついことを言えないのは、偉そうに口を挟んで怒りを買うのが怖いのでしょう。

 その公明党ですら、普段なら数ヶ月かけて誰にどれだけ投票させるのかの話し合いを、今回は数週間でやらなくてはならないというのは大変、と報道されています。

 とは言っても、公明党の議席数を確保する事は最大のノルマですから、そこはなんとかまとめあげるとして、割を食うのは自民党。

 

 と、言う事で、結局自民党+公明党で衆議院で過半数を維持する事は難しいのではないかと私は想像しています。

 となると、結局「もとは同じ飯を食っていた」とか「過去の事は水に流して」とは言いつつ国民新党も連立与党入りし、なんだ、結局もとのままかよ、となるのではないかと予想。

 結局そういう風にして新自由クラブも保守党も自民に無理無くとけ込んで無くなっちゃったもんねぇ。

 あの結成時の鼻息はなんだったんだろう、と。

 

 小泉率いる正規軍が勝てば郵政民営はもちろん、サラリーマン控除や増税、消費税率アップ(これは時期総理大臣で実行)まで国民の信任を得た、と拡大解釈されてますます邁進、反乱軍は与党の数の魅力に取り込まれて同時に武器もおろして大団円。

 

 なんだ、結局何にも変わらない。

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田舎は暑い?

 本日滋賀にある家内の実家から自宅に帰ってきました。

 たまたまカレンダー的に運が良かったのか、渋滞らしい渋滞には全くはまらず、そう言えば行きもほんの数kmだけのろのろしただけの、比較的快適な往復でした。

 

 今年印象的だったのが、田舎の連中が暑い暑いと連発していた事。

 普段大阪でエアコン無しで過ごしている我々にとっては確かに暑いんだけど、でもその程度であって、これはちょっと意外でした。

 理由はいろいろあるんでしょうけど、やはり日本全国気温が上昇しているのかもしれません。 他に考えられるのは田舎の家も新建材で建てられているので、何十年も木造の隙間だらけの家で育った義父にとっては辛いのかも。

 そう言えば、十年程前に実家がパナ○ー○に建て変わる前はもっと涼しかったような記憶も。 その頃は、大阪に帰ると、大津トンネルを超えて京都府に入った途端にむあ〜っとした暑気が車の中にいても入ってくるのが感じられたくらいでした。(でも当時は家でもエアコン必須の生活をしてました)

 

 一方、温暖化と言われても、実際の気温の上昇は1〜2度程度、と最初聞いた時、「なんだ、大した事ないやん」と思いました。 でもそれだけで自然との折り合いは随分変わるは皆さんご存知の通り。

 話は全く変わりますが、先日、少年野球の指導をしている男性と話をしたとき、子供がひよわになっているとか根性が無いとか以前に、やはり年々暑くなっているのは確実なんだそうです。

 だから昔はもっと厳しい練習にもかかわらず平気だったのに、今は簡単に倒れる、というのは当たり前なんだそうな。 どんなスポーツの指導者も、気温がかつて自分がバリバリにやっていた頃とは違う、という事を念頭に入れておかないといけないのだとか。

 CO2増加による温暖化というのは実は長い地球の歴史では周期的にやってきているそうで、現在の温暖化もそのパターンの一つに過ぎないそうです。 あれこれ様々な努力をしている人に水を差す気は毛頭ありませんが、この周期に入ると、人間が少々努力したくらいでは温暖化は止められません。

 ただ、これまでであれば植物にとっての大好物であるCO2が大量に増える事で、ウハウハと植物が育ち、どんどんCO2を吸収し、そしてまた安定期に入り、やがて寒冷化に向かうと言う長いスケジュール通り進んだものが、植物が世界的規模で劇的に減ってしまった事でそれが期待できないところが現代の温暖化の怖いところです。

 

 背後はうっそうと茂る雑木林と竹やぶ、延々と広がる水田の向こうに山があって、その間に家は殆ど見えない、という家内の実家の環境にいるとそんな心配もピンと来ません。 でも当の住民たちは例年になく暑い、とみんな口を揃えています。

 やはり少しずつ歯車が狂っているんでしょうね。

 

 という高尚な話題とは別に、帰りの道中、どうも車のエアコンの温度調節が怪しい事が判明。

 OFFにならない、つまり効きすぎるようになったので、効かないという地獄は避けられたものの、修理となると恐らく数万円単位は簡単に飛んでいくでしょうからちょっと憂鬱。

 だいたい、最近は近場を走る時にはサンルーフ&窓満開だから気がつかなかったのかも。

 あと、久しぶりに水が自由に使える(四国の方、ごめんなさい)実家で洗車、根性を入れてアルミホイールの隅々までスポンジで洗ったので爪の周囲が真っ黒になりました。 これで憂鬱×2。

 欧州車はこれが嫌。

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今更のHi-Vision

 家内の実家に帰ったときの楽しみのひとつにHi-Visionテレビがあります。
 我が家ではどういう訳かワイドテレビもBS or CS Hi-Visionも見る環境が無く、いつかは...と思いながら数年を経ております。
 一方で家内の実家は近江人らしく無駄な買い物を嫌う生活をしながらも、何故かHi-Visionの導入が早かった。
 
 たまたま今日は阪神巨人戦の中継をNHK BS Hiがやっていたのでそこから始まったのですが、阪神が勝った事もあるとは言え、普段とは違って席を離れる事ができませんでした。 普段なら適当なところで風呂に入ったりするのに、攻守交代の間のなんて事は無い画像すら興味を断ち切れなかったからです。

 Hi-Visionの画像の印象を一言で言うと、どの画面もパソコンの壁紙にできる、というものです。 言い換えるとパソコンの画像のクオリティが連続で動画になっていると言うべきかもしれません。
 
 試合が終わってやっと風呂に入り、その後は中国の黄山の自然を扱う番組に。 中国人の水墨画家を中心に進めた内容でしたが、白と黒だけである筈の水墨画で、何も書いていない筈の白紙部分が雲海の「厚さ」まで表していたのは誇張抜きで圧倒されました。
 
 まだHi-Visionは視聴者の数では実験的な立場の様ですが、それ故に地味な番組が多く、私の様に多くの人が見て喜ぶ番組が比較的苦手なタイプには丁度良い内容であるとも同時に言えます。
 もちろん生の現実はもっと迫力があるとは言え、それになかなか触れる事ができずにテレビと共に過ごす時間が長い今、特にアートに興味がある人はHi-Visionをテレビと呼ぶべきかも知れない、とふと感じます。
 もちろん大概のアート関係の人は経済的にそう豊かではないためにむしろそれは難しいし、それに対する補助なんてのは全く望めないでしょうけどね...
 
 それからたまたまBS1に切り替えたら、報道カメラマンが捉えた写真をまとめて戦後の歴史の節目をなぞる番組をやっていました。 もちろん個々の映像は全て写真で、かつ静止画です。 しかしこれはこれで動画ではないから時代遅れとも思えない。
 
 もともとグラフィック系の間では静止画と動画を別のものと捉えるのが普通です。
 実際、絵も写真もたった一瞬ではあるけれども、動画とは別の時間軸を持ち、一方で動画は一つ一つの映像のクオリティではなく、場合によれば音とも組み合わされて、展開という価値を持ちます。
 でもこうして良くできたHi-Vision番組を見ていると、その二つの境目が非常に曖昧になってきているとも感じます。
 
 Hi-Visionなんてとっくの昔に家にありますよ、という人は多いと思いますので今更の本日のネタ、しかし私はそこまで向上したビジュアル技術、それに立ち向かうべき新たなクリエイター、一方で全く輝きも失わないこれまでの手法を用いて立ち向かうクリエイター、答えはそんなに簡単には出ませんが、良い刺激になった盆休みの一日でした。

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ジャンボたこ焼きを救え?!

 本日から家族全員で恒例の滋賀にある家内の実家へ。 私の家の方の墓参りはその後と言う順序建てが長い間続いています。(これで良いのか?>我が先祖)

 

 お盆の渋滞にわざわざはまりつつ名神高速を上り、途中滋賀県の菩提寺パーキングエリアに寄るのも決まり事。

 お目当てはエリア内の露店で販売されているジャンボたこ焼き。

 私は別段各サービス/パーキングエリアの名物を探してわざわざドライブの途中に寄る、というタイプではありません。 が、このジャンボたこ焼きはたこ焼きの本場、大阪で育った私の舌から判断しても旨いのです。

 直径は通常のたこ焼きの倍程で、中身にはタコは当たり前として、豚肉、エビ、刻みキャベツが入っていますからどちらかというとお好み焼きとの中間的存在です。

 贅沢なのは一個につき玉子一個が入れられている事。 これなら一個250円は納得できるし、なにより体積は普通のたこ焼きの8倍ですから一個食えばドライブ中の空腹は間違いなく収まります。

 

 と、あんまり食べ物に執着しない私がここまでこだわるここのジャンボたこ焼き、ここ暫く、露店ごと撤去されていた期間がありました。 家族全員、残念に思っていたら、今日は嬉しい事にそれまでの場所でめでたく復活。

 

 早速家族で楽しみつつ、「また営業されるんですね」と店の方に聞いたところ、あいにく本日で最終だということで驚きました。 何でも滋賀県の保健所が、県下SA、PAでの露店飲食店の営業を禁止すると言う決定の結果だそうです。 それを何度も陳情し、取りあえず今日まで短期間復活したらしく、ファンとしては運良く最終日にまにあった、というわけです。

 保健所の決定は仕方が無いとしても、何とか恒久的施設の中にあのジャンボたこ焼きを入れる、もしくは保健所が納得する施設を用意する等して存続できないかと、非力であるとは思いつつ、管轄であるハロー・スクエアのページから存続のお願いメールをしました。

 

 これが今月一杯の営業とかであれば、是非ここを通る人は寄ってみて、と言えるんですが、残念ながらそれは無理。 今後は伊勢自動車道と東海北陸道のPAで営業されるそうですが、それはそれでなかなか大阪からは遠い。

 まぁ、その業者の人自体がその大きさのたこ焼きを焼く鉄板を使っている訳だから、全国規模で見ればジャンボたこ焼き自体は特に珍しくもないんだろうけど、もし菩提寺PAで食べた事がある方で、また食いたい、と思われる方はハロー・スクエアのページから「お客様の声」、もしくは直接こちらからメッセージをお願いしたいと思います。

 

 その業者さんの話では、最近JHを含めて、高速道路関係は消費者の直接の声は非常に気にしている、ということでしたので...

 以上、本日はとってもマイナーなお話&お願いでしたぁ。

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ゲームの罪

 昨日に続いてテレビゲームネタ。
 残虐性や性表現ではなく、私は専門学校のグラフィックデザインの非常勤講師として他の害を感じています。
 
 第一は何より費やす時間。
 好きな生徒は二十歳にしてまだ相当な時間を費やしている様です。 もちろん昼間は学校がある訳で、空き時間は知れたもの。 その貴重な空き時間+睡眠時間をゲームに捧げています。
 そりゃ授業中眠たいし、自宅で課題や自主制作はできんわな、と納得。

 私の歳になるとどうしても話が説教じみていかんとは思いつつ、その時間で雑誌でも良いから文章読んで、まともに作られている広告を見て欲しい。
 もしくは何も目的が無くても外に出る。 目を開いて移動している限り様々なものを見る事ができるし、色々な事に気がつく筈。
 
 第二にグラフィックへの弊害
 ここ数年、新入生の絵がまんまゲーム絵というケースが非常に増えています。 その方面に進むのなら結構だし、干渉するつもりはありません。 でもグラフィックデザインの世界はその手の絵を拒否する事をわかっていて欲しいのです。
 確かに好きなキャラクターや作者の絵のまねをする事は悪い事じゃない。 でも右向きで同じ絵書いてみ?と言ったら書けない。 その程度なら私でも小学校の時に好きな漫画のまね絵でやりました。 その程度なのです。
 もし、このBlogを見ている人で将来グラフィックデザインの世界に進みたいと思う人がいたら、その点はよく考えておいて下さい。 好きなキャラをすらすら書いて仲間内で受けるより、牛乳パックのデッサンをしっかりできるのがグラフィックデザインの世界の絵です。
 
 第三に発想の貧困化
 グラフィックデザインは絵が描ける方が楽ではありますが、別に描けなくても良い世界だ、と新入生に言うと結構驚かれます。
 広告を中心とした商業デザインは絵や写真は素材であり、それらをどう配置するかと言う思考力が問われます。 つまり考える力。 妄想できる発想力ですね。
 毎年度末に向けて進級・卒業制作をしてもらいます。 最初はIllustratorでもPhotoShopでもなく、言葉でのコンセプト作りから入り、次にビジュアル、プレゼンと進む中で、どうみてもゲームの世界の発想としか思えないものしか出せない生徒が毎年少なくありません。
 これまた説教ながら、その時間をもう少し小説なり映画なりに触れたら?と思わず言ってしまいます。

 空き時間、何をしようと人の勝手? ごもっとも。
 でも専門学校はたったの二年間。 大学に比べて休講も休みも少ない濃い二年間、やりくりしないと時間が足りません。
 テレビゲームがごく普通の存在である今の世代がアート・ディレクターになれば変わるかもしれませんが、少なくとも今はグラフィックの世界はゲームの世界を拒否しています。
 
 そんな彼らへの私の忠告。
 「鎧、剣、呪文、巨乳はグラフィックデザインの世界に要りません。」

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神奈川のゲーム販売規制

 昨夜は阪神勝利のスポーツニュースをハシゴしているうちに関西テレビ(フジ系)の神奈川県でのテレビゲーム販売規制のニュースに当たりました。 その後、NHKのサラリーマン盆休み向け実験的番組、NHK教育の高校生講座(星の一生が質量により白色矮星になるか超新星爆発になるか)、再びNHKで第二次世界大戦で北海道の室蘭に米軍の艦砲射撃があった、最後はハプスブルグ家の宮殿のエピソードと続き、結局Blog更新できませんでした。
 やっぱりうちはNHKの受信料は完全に元取ってます。
 
 さて、このうちどれでもネタにしようと思えばできますが、今日はゲームの販売規制にしましょうか。
 以前からこの問題は神奈川県知事が自分のブログで主張を述べ、それに対して全国のゲーム愛好者から多量のコメントや罵倒が投げかけられた、というところから私は気になっていました。
 改めてニュースで見ると、どうも何を基準にして規制されたかが明確ではない事、また表面上の当事者である警察もそれを販売業者向けの説明会で明らかにしない等、手続き面での不透明さを感じます。
 
 言い換えると敵視者と愛好家の噛み合ぬ喧嘩という感想を持ちました。
 要するに残虐性の高いテレビゲームは昨今の青少年犯罪の苗床となっているから何とかしなければ、と焦る敵視側。 これは年齢的にわからないでも無い。
 しかしゲームが残虐だから引き金となったのか、ゲーム機の普及率が高くなったから青少年犯罪者がたまたまゲームをしていた確立が高くなっただけなのかは、まだ現時点では客観的には証明できないと思うと、愛好家側の抗議も否定できません。 また単にゲーマーだけの問題ではなく、表現の自由の懸念もあります。
 
 しかし、私がそれ以外に以前から問題視しているのは大人のずるさです。
 今回に限らず、ゲームの残虐性や誇張された性描写などで吊るし上げられる度に、ゲーム制作会社側は「自主規制は守っており、それ以後は利用する側の自己責任」という答えを返している様に記憶しています。
 確かに逆に小さい頃にゲームに凝っていた子供が全て問題を起こしている訳ではありません。

 また、昨今ニュースを賑わせている殺人容疑者は他人を窒息させることに性的興奮を覚えた、と言ってますから、そう言う人は極々普通のアクションものや刑事ドラマでもその癖を助長させた事は間違いありません。 だからと言ってそういうシーンを規制する事はできないし、それは違う意味で危険かと思います。
 
 しかし、とかいういわゆる尤もな理屈を盾に、ゲーム会社に限らず、大人は今最も金を巻き上げやすい子供も含めた未成年ターゲットから何とか搾り取ろうと立ち回っているだけなんじゃないの?という疑念も同時に持っています。
 例えばこれをやって良いのかな?と迷っている時、「いいよ、みんなやってるんだから」「いいよ、他のに比べたらこれはまだましだから」とか、人間の煩悩を助長する「背中ドン」を大人が金欲しさにささやき続けているのではないかと。
 
 そのニュースでインタビューに答えたゲーム販売業者が「自分の息子にはこのゲームはさせませんよ」という言葉(別にこの業者を責めるつもりはありません)。 同じインタビューをゲーム制作会社の人間にしてみたい。
 「あなたはそのゲームを自分の子供にさせますか?」と。
 
 奇麗ごとかも知れないけど、いくら経済的に大人が生きて行くのも大変な時代とは言え、せっかくの知識の蓄積をずる賢い知恵にすり替えて弱者から金巻き上げるのやめません?と言わしてもらって、今日は締めたいと思います。

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自然と一言で言うけれど

 山間での隠遁生活も終わり、今日からいつも通り下界での暮らしになります。
 昨日は突然の国会劇場の開催となったので、一日ずれて今日、ここでの印象を。
 
summer_house
 建物の様子は写真を見てお分かりの様に、普通(ではないわな)の一軒家。 ガレージの雰囲気が車好きの人ならわかるBow氏的な一枚扉の跳ね上げ式で、家の壁は薄い紫、窓は全て白い鎧戸がついているという佇まいです。
 もう一枚の写真は裏にあるベランダからの眺めで、雑木林を通り超えて森のなかの小屋の様な印象です。
 
 と、写真で見ると素晴らしいのですが、実際には虫との共存を強いられます。 例えばうちの息子の様に虫一つでギャーギャーわめくタイプはすぐに帰りたくなるかもしれません。
 蝶や蝉だけでなく、蛾や蜘蛛など、ピンからキリまでおりまして、彼らにしてみればむしろ人間の方が迷惑なよそものかもしれません。
 
 面白いもので、彼らもこちらに興味があるのかベランダにいると必ずこちらの近所を哨戒飛行し、それが蝶くらいならともかく、蜂まで同様なので、ちょっと緊張します。
 セミに至ってはまるで雀の様に木々の間を飛び回ります。 どうも彼らは目が悪いのか、少し暗くなると人間も含めてあちこちにぶつかりながら飛びまわる事も今更になって発見しました。
 蝉と言えば、夜には明かりのついている窓の周りに集まるんですね。 建物内が禁煙の為、夜にベランダに出ると窓周りに五〜六匹の蝉がじっと集まっているのはあまり気持ちのよいものではありません。 恐らく目を凝らせて探せばもっといたような...
 
sky_and__tree
 家の中に入れば安心かというと、ヤモリが結構隠れており、ふと気がつけばあちらでソソソ、こちらでツツツと這い回っていたりします。 さぁ、風呂に入ろうと思ってバスルームに入ったらポトリと頭の上でワンバウンドして床にヤモリが落ちた事も。
 それからは別の部屋に入る時には、まず天井を確認する様になりました。 ま、ヤモリは家守と書くくらいですから、留守宅を守ってくれていると感謝しなくてはならないのですけどね。
 後から聞いた話では、夜中には猪の親子が庭を闊歩しているそうで、その糞らしきものを翌朝確認しました。
 
 これらを全く平気、と言う人はあまりいないでしょうね。 でもそれと引き換えに涼しさときれいな空気が得られる訳ですから、ここから虫だけを排除する事は文字通り自然への冒涜かもしれません。
 
 結局肝心の書き物は二泊三日でざっと二万文字、原稿用紙にして50枚程度一気に書けたので、気分転換もさることながら、環境というのは非常に重要だという事でしょう。 改めて家に帰って今こうしていつもの机の上でiBookを開いてみても、おそらく同じ時間でそれだけの枚数は絶対に書けない確信が持てますから。
 
 この場所で一つ最高を選べ、と言われるのであれば、やはりお風呂ですね。
 夜に張ったお湯をそのままにしておき、朝、半ば水風呂になったバスタブに入ると、目の前には雑木林、吹き抜けの天井にも天窓越しに木と空が目に入り、そこから朝日が差し込んできます。
 世の別荘持ちの方はこの素晴らしさと引き換えに、夏の虫と建物維持に苦労されているのかと思うと、またそれも大変なような...、と水風呂の中で考えていました。

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茶番か変化か

 ヤモリと共存する隠遁生活も二日目に入り、前日三時頃まで起きていたにもかかわらず、寝ている部屋に入り込む朝日のせいで九時前には目が覚めてしまいました。
 
 朝から物書きをするのも良いけど、折角なので建物の周辺を掃除。 一週間程前、学校の職員団体で掃除した時に刈った木々の葉が枯れ、あちこちに目立つ様になっていたので熊手でかき集めたりしているうちにあっというまに一時間程経過。
 マンション生活に移ってから家の周辺を掃除する事など全く無かっただけに、久しぶりに夏の朝らしい時間を過ごす事ができました。

 その後仕事、昼食、優雅に昼寝などをして目覚めた後は、さぁ国会の行方です。
 テレビをつけたら案の定NHKは高校野球の中継を教育に振り替えてずっと特別番組。 結果はご存知の通り参議院否決で衆議院解散と事態は進んでいました。
 
 今回の参議院での採決は非常に興味がありながら、一方で反対派議員はパフォーマンスが目的で、結局いつも通り最後の最後は可決成立の大団円になるのではないか、と疑っていました。
 実際、これまでも政局を揺るがす一大事、と言わた事は多々ありながら、自民党議員は自分が次回選挙で当選する為の最良の方向でまとまるのが常だったからです。
 そういう白けた視点から見て、今回は最後まで政党分裂を貫いたというのは意外でした。
 
 とは言っても別に彼らが郵政民営化を真剣に考えた訳ではなく、これまでの強引な首相のやり方にいつか一泡吹かせてやろうと不満を抱えていたのが一気に爆発した、と見るのが最も納得しやすい見方です。
 これまではなんだかんだ言っても小泉氏は選挙に強いリーダーであり看板だったわけで、それを考えると文句を言いたくても言えなかった。 一方で彼もそれを良い事に言いたい放題、やりたい放題、特にずっと郵政の民営化を唱えていた彼を快く思わなかった郵政族にとって、いつかぎゃふんといわせてやりたいという、怨念じみたものがずっとくすぶっていた筈です。
 
 しかしいくら首相も任期が今季限りとは言え、なんとか可決にこぎ着けた衆議院の方を解散するのはいろいろ制約や事情があるにせよ八つ当たりと取られても仕方が無いでしょう。
 確かに彼は最初から「自民党をぶっつぶす!」と言ってましたが、あれは一種のコピーであって、実際にそれをやろうとすると、自分がつぶされるという事がわからないのか?と疑ってしまいます。
 
 どういう状況であれ、政治屋は自分のバッジをなくさないことが一番の仕事な訳で、折角残っていた任期をばっさりやられた衆議院自民党議員、公認せずに対立候補を出すと言われた自民党議員がこのまま「はい、そうですか」と納得すると思っているのでしょうか。
 今回、反対派が衆院時に比べて増えたのも、次回選挙は小泉なしの方が有利に戦える、と見た上での鞍替えであり、今は仮にも党総裁であるから偉そうにラッパ吹き放題ながら、総体としての自民党が今回の採決の賛否を不問に付すという懐柔策と引き換えに小泉降ろしに出れば、自民党を追い出されて新党を作らざるを得なくなるのは自分かもしれない、と考えなかったのか、と本当に不思議でなりません。
 そうやって自民党は長い間連立も含め、戦後の殆どの期間を与党として君臨して来たというのを知らない訳が無いと思うのに、です。 

 まぁ、そうなって小泉氏が新党党首として、あるいは野党に鞍替えしてまた選挙に出れば面白いとは思いつつ、もうだれも郵政民営なんて見向きもしないでしょう。 もともと政治の局面として利用されただけなのですから。
 また、仮に次回衆議院選挙で自民党が敗北し、野党になったとしても民主党との連合、或は公明党との野党連合など、何としてでも政治を揺るがすであろうし、そんなこんなで数年経てばまた国民はなぜかまた自民党に圧倒的多数を与えてしまうのでしょう。
 
 もちろん9月の選挙にはいつも通り投票に行きます。 でもシニカル...

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突然のモデム接続

 予告通り、本日から芦屋の郊外にある学校の施設を利用してちょっとまとまった文章を書くことになりました。

 家では学校が休みの間は夕食は私の担当で、また、常に子供がいてなんとなくざわざわと落ち着かず、以前から静かな環境で一人黙々と仕事に打ち込みたい、という願望を持っていました。
 有名小説家であれば温泉場の宿の一室で...というところですが、そう言う身分でもなく、せめてこの施設で数日過ごす事ができれば、と願っていたので大満足。
 と、同時にこれで何もできなければただの阿呆ということでもあり、別に計画表は立てないながらも短期集中で頑張りたいところです。
 
 うるさいくらいだったセミも完全に日が暮れるとなりを潜め、ちょっと怖いくらい静かに。
 文字通り閑静な住宅街ながら、たまたま両隣と裏には何も無い為に、自然の動物の宝庫でもありますので、さっき風呂に湯を張ろうとしたら天井から頭の上にヤモリが落ちて来るとか、方向感覚を失ったセミが窓に時々ぶちあたるとか、さすがに自宅では味わおうにも味わえないスリル?もあります。
 
 このBlogの更新もあるし、メールチェックを、とあらかじめ用意していたウィルコムのPHSのアダプターを差し込んでみたら、なんと電波が届いていない!
 前回掃除に来たとき、かつてのau系列なのでauユーザーの携帯の電波が三本立っていたのとDoCoMoも同じくバリバリの状態だったので勝手にPHSも大丈夫だろうと思ったのが間違いでした。
 
 従来の常設電話は敷設してあるので、これで久々に(というかこのiBookを買ってから初めて)内蔵モデム接続かぁ、と思うも、何番にかけて良いかも分からない。 まさに缶詰の中の缶切り状態。
 仕方が無いので有料道路を降りて(なんと、この地域に住んでいる人は毎日この有料道路を使って下界に降りているのです)市街地からPHSで@niftyのホームページにアクセス。
 アクセスポイントの電話番号と念のため設定方法をPDFに保存、再び山に戻りました。
 
 いつのまにかアクセスポイントって地域ごとではなく全国共通番号になっていたんですね。 それすら知らない程モデムでのアクセスからご無沙汰していました。
 設定を終え、モジュラージャックを繋いで接続してみると、スピーカーから懐かしの「ピーガー」音が。
 ふと2400bpsモデムでアクセスしていたパソコン通信時代を思い出してしまいました。 今では56k接続で実効も42kくらい出てますから決して快適とは言えないまでもそれほどイライラせずに済みます。
 
 ただ、常時接続が当たり前になった今、家でも事務所でも学校でも「アクセスポイントに繋ぐ」という感覚が無いですから、逆に妙に接続時間に敏感になって、用事が終わったらそそくさと切断するという状態が先ほどから続いています。 そうそう、電話線も電話に戻しておかないと何か連絡が来た時に困る、というこれまた懐かしい「躾」も思い出し、苦笑しました。
 
 ここ二日程はこういう状態で更新をする予定。
 
 もちろん、肝心の仕事もしますです。はい。

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花火、雷、支離滅裂

 今日は明日からの隠遁生活の準備の為に三たび三ノ宮へ。
 いつも思うんだけど、どうして新快速は土日8両編成で運転するのでしょうか。
 なんだかんだ言われても京都・大阪・三ノ宮を50分でぶっとばす便利さはありがたいもので、土日も遊びに行く人で一杯です。 むしろ日中は平日よりも乗客が多いのじゃないかと思うくらいなのに、JR西日本は両数を増やさないからいつも混んでいます。
 土日にしか乗らない子供やお年寄りなんかそれだけで疲れている様子が見て取れ、にもかかわらず駅ではアーバンネットワークの宣伝ポスターをばんばん貼って、と何か嫌らしさを感じてしまいます。
 
 そんな混雑の中、何故か浴衣姿の女性が多く、そう言えば神戸の花火大会は今日だったな、と思い出しました。 昨今の浴衣復活ブームは本当のようで、ホームにもコンコースにも溢れるという表現が大げさではないくらいでした。
 
 学校での用事が終わってとんぼ返りをすると、相変わらず神戸方面に向かうホームには浴衣女性がひしめいていましたが、芦屋あたりから様子が変わり、今度はいつのまにか自分が乗っている電車に浴衣の女性が増えているのに気がつきました。
 すると尼崎駅で「平成花火大会会場の最寄り駅は塚本です」とのアナウンスが。
 つまり、今日は神戸と大阪で大型花火大会が同時に行われたわけです。
 
 淀川を渡る電車から見ると、堤防には人人人。 普段何も無い川面には打ち上げの台船も据え付けられ、それだけでちょっとわくわくしました。
 
 今日の大阪は昼過ぎから雷鳴が途絶えない程の雷と雨に祟られ、多くの人は開催を危惧したと思います。
 ドーンと言う音とともにマンションのベランダに出てみると、淀川の増水も大した事なかったようで大会が無事に開催された様です。
 
 今年は生憎うちの家は風下だったようで、ちょっと残念、と思っていたら、丁度その頃和歌山の方は凄い雷雨だったようで、その稲妻の方が近所の子供の受けを取っていました。
 
 しかし改めて雷と言うか自然のエネルギーって凄いなと思いますね。
 今日の花火はもちろん、あのPLの花火でさえせいぜい数キロ程度の範囲しか照らせないのに、もっと遠くのなのに雷は下手すると100キロくらいの空を明るく照らします。
 
 稲妻一発がどれくらいのエネルギーなのか正確なところは忘れてしまいましたが、なんとかこれを旨く利用できないかなぁ、無理かなぁ、いやそれが未来ってなもんかなぁ、と、今ひとつはっきり見えない花火をよそに稲妻を待ちながら考えていた夜でした。
 
 ところで例の凧をあげて雷は電気だと証明したフランクリンの実験。
 あれはとても危険なことなのだそうな。 実際、あの実験を検証しようとした科学者が多数あれで感電死したそうで、フランクリンさんは単にラッキーだったのか、覚悟の上だったか。 それとも天才にありがちな視野狭窄的行動だったのか。
 
 う...今日は我ながら支離滅裂...

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嫌われるはずや

 昨日、今日と土曜日に行われるDTP検定の直前授業の為に久々に定時に学校へ。
 新大阪駅で各停から新快速に乗り換えると、これまた久々に同じ電車に乗り合う名も知らぬ数名の常連の顔が。
 
 その中に私と同じ三ノ宮で降りる多分私より5〜10歳程若いあんちゃんがいます。
 これがいつも格好がかつてのロカビリー風と言うか、内田裕也と言うかオールバックの頭にジーンズ+ジージャケ+スニーカーという出で立ちで、趣味は違うものの、なかなかポリシーがありそうで印象に残っているのです。
 
 その彼が昨日たまたまホームの喫煙コーナーにいるのを見つけました。
 プロフィールを見て頂ければ分かる様に、私は愛煙家です。
 「へぇ、奴も煙草を吸うんだ」と思ってみていると、中央に灰皿が置いてあるにもかかわらず彼はホームの端と言うか、電車に乗る端の方で吸っている。
 おや?、と思って見ていたら案の定、吸い終わった煙草を足で踏み消してそのまま吸い殻を線路の方に蹴って落としていました。
 
 格好で大昔のワルを気取るのは良いけど、毎朝同じ時間に電車に乗らなくてはならないんだから所詮小市民なんだろうよ。 だったら3〜4歩あるいて灰皿に捨てろよ、と気分悪くその風景を眺めていました。
 
 今朝もちょっと気になって確認したらまた同じ場所で喫煙。
 私が知る限り奴は平日はいつも同じ電車に乗っているから、毎朝一本、月20本は同じ場所に吸い殻を落とし続けている事になります。 たまにJRの保線のおじさんが数名グループになって吸い殻を火箸で拾っていますが、彼らを特別に雇う割り増し運賃を払っている程の身分には見えません。
 
 嫌われるはずや>喫煙者
 
 と思っていつもの三ノ宮のローソンで昼飯を買って出たとき、若い女の子が颯爽と(したつもりで)タバコを指に挟んで闊歩しているのには当たりそうになった。 それ手に何度の熱源持ってるか知ってる?>ねぇちゃん 十年前のパリやないねんからやめときや。
 
 そら嫌われるはずや>喫煙者

 時々朝にエレベーターで出会う同じマンションの30代の男性。 礼儀も正しくて賢そうなのにマンションを出た途端に必ず一服。 歩く煙突ってコピー知ってますか? 煙が臭うんですけど...
 
 やっぱり嫌われるはずや>喫煙者

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ようこそ日本へ、iTMS

 夕食を食いながら7時のNHKのニュースを見ていたら突然スティーブ・ジョブズの顔が映って、iTMS(iTunes music store)が日本でサービス開始、と告げていました。

 日本でもいつかはやるだろうやるだろう、と言われつつ、さていつ?と待たされ、ガセネタにもがっかりしつつ、ま、そのうち、と思っていたらまさか今日だったとは。

 

 今やiTunesはMacのみならずWindowsでもお馴染みのソフトで、iPodと併せて大きなシェアを確保してはいるものの、海外ではとっくにサービスが行われているiTMSが無い不自由さをずっと日本のユーザーは強いられていたわけで、ほんと長い「待ち」でした。

 

 夕食をそそくさと済ませ、早速アクセス。

 アクセス殺到で繋がらないかも、の心配も無用、試聴も一部の曲を除いてサクサク流れていました。

 

 別にいま何かの曲が欲しいという訳ではなく、「ポチっとな」ボタンばかりがずらりと並ぶのに心を抑えつつ、いろいろ検索してみるとビートルズやT-REXが無いとか、ビル・エヴァンスはあってもワルツ・フォー・デビーが無いとか、邦楽でも8月にアップルストア銀座でライブをするSketch showが無かったり、とやっぱりCD屋は必要が無い、とまでは行かない様です。

 でも今日オープンした事を考えるとここまで揃った事はむしろ評価すべきでしょうし、今後契約レーベルが増える事を期待したいと思います。

 

 価格はUS$0.99=110円とは行かなかったものの、大方の曲が150円だったので、許せる範囲かと。

 個人的にiTMSからアルバムを買うのは音質の点とジャケット欲しさでちょっと考えますが、一曲だけふと聞きたい時に150円なら、ま、いっか、でしょう。

 

 10曲買っても1,500円、なんて言ってるうちに万円近く行くんだろうなぁ、なんて自制しつつ、記念に一曲くらいは買ってみようかとサイト内をウロウロ。

 もともとAppleアカウントを持っていたのと、何度かAppleのサイトで買い物をしていたので特にカード情報の入力もせず、何度かのクリックでiTMS対応は終了。

 

 そうそう、CDがどこかへ行ったLaylaにしようと「ポチ」。 あぁ、ダイア・ストレイツのMoney for nothingも久々に聞きたいなと「ポチ」。 ストーンズなぁ、あ、ウルフルズもええやんけ、などと我ながら支離滅裂な買い物。

 カード会社との決算に少し時間がかかるものの、ダウンロード自体は素早く終わります。

 さすがにそれ以上の購入はしませんでしたが「これよ、この気楽さを待ってたのよ」というのが偽らざる気持ち。

 

 丁度家内もiPod mini(バレンタインデーのお返しに、とさんざん悪態をつかれて買わされた)に入れた曲に飽きて来た、と行ってたので今度はこれにしてみましょう。 もちろん彼女のアカウントを作らせて。

 

 昨日のネタじゃないけど、これで違法コピーが少しでも減れば良いね。

 

 今日の日本のBlog更新はこのネタが多いんだろうなぁ...

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NHKの値打ち

 今朝の朝刊でNHK受信料支払いを拒否している人が117万人に及ぶとありました。

 まぁ、うちの姉夫婦は公務員でありながら、もう数十年受信料を払っていませんから、そういう長年の猛者を含めて最悪100億円だそうで、NHKにとっては大問題でしょう。

 

 払わない人に文句を言うのは避けますが、117万人、本当にポリシーを持って不払いをしているのだろうか?という疑問がずっと拭えません。

 ずっと支払っていない姉夫婦は「ニュースくらいしか見ない」と平然と言い放ちますが、それ自体がおかしいと気がつかんのか、と私は思うんですがね。 まぁ、完全に見ていないのなら仕方が無いとしても。(厳密にはテレビ一台に支払い義務が生じる法律になっているので見てる/見てないは関係ない)

 

 次に、こうして多数の不払い者がいる、という報道を見て「なんだ、こんなにいるのか。じゃ、うちも不払いにしよっと」というプロデューサーや体制に特に不満があるわけではない、いわゆる便乗組が相当いるのではないかと。

 また、NHKもアホな事にほとぼりが冷めた頃にまた新たな不祥事が発覚するものだから、他人事とは言え人海戦術で説得に回っている職員が気の毒になります。

 という風に、私にとってNHk受信料不払い問題は、今回の一連の不祥事以前から「なんだかなぁ」なのです。

 じゃ、どうしてうちはすんなり支払っているかと言うと、払うに値する、と納得してるからです。 

 ニュース、ドキュメンタリー、何より深夜のNHK教育は脳みその奥深いところを刺激してくれます。

 さてここからが一番見たい、というところでCMが入ったり、復帰後また同じ場面を延々と再度流すという事も無く、何より外部プロダクション丸投げのバラエティ番組が無いのが気持ちいい。(おかげで視聴率が稼げる、というだけでしゃしゃり出る私の嫌いな吉本芸人も見ずに済む)

 

 これらのコンテンツの為であれば、私は本当に納得しているし、逆に無料で見られる代わりにスポンサーが必須な民放のありかたも納得もできます。 少々皮肉っぽい口調ながら「だって民放だもん」と。

 でもこういう無料視聴時代はデジタル地上波の時代になると変わるらしい。 既にNHKはBSデジタル契約をしていない人には画面上にでかでかと「未契約です」というメッセージが出るらしい

 だからNHKは嫌いだ、と言ってる場合じゃなく、民放すら賢いHDレコーダーのおかげでCMを飛ばされるなど、スポンサー離れを招きかねない事態が無視できなくなると、民放もお金を払って見て下さい、となるかもしれない、というのを読んで驚きました。

 

 テレビのみならず、パソコンのソフトやCD、DVD、すべてP2Pソフトで盗むのが特に若者を中心に罪の意識無く当たり前に行われる様になっている今、良いコンテンツには金を払う、という考えを持たないと、そのうち我々の文化は砂漠化してしまう、と真剣に懸念。


 だいたい、好きなアーティストが金に困るのが見たいのかなぁ。 好きなら金払って支援するってのがファンだと思うけど。 

 以前、日本でも有名なジャズのMJQのメンバーが、有名になっても生活は辛かった、という記事を見て、好きなものは仮に最初はコピーで出会っても、いつか本物を買おうと思った事があります。


 ズルして自分だけセコく儲けるって小さい頃から嫌い。

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いわゆる脂の載った演奏

 以前も書いた自分用コンピレーションアルバムを再度作り直しています。

 と言っても曲目はそのままで、アナログレコードからのサンプリングはソフトを変えて取り直し、さらに全曲の音量バランスを整える、という格好良く言うとリマスタリングです。

 こういうベスト盤を作っていると、それぞれの曲のピークを最大値にあわせるノーマライズをやっても、曲想や録音技術(時代)の違いにより、通しで聞くと音量のばらつきが気になります。

 気にしない様にしていたのですが、他人に指摘されて妙な完璧主義が頭を持ち上げた、と言う訳です。

 各曲の音量差は主に曲が切り替わった時に顕著に感じる為、次の曲のイントロが静か目に始まる場合はコンプレッサーまでかけて音を揃えるのですが、これもなかなかセッティングが難しい。

 よく、古いアルバムをデジタル・リマスタリングを施して改めてCD化しています。 同じ事を自分でやってみるとプロの機材とセンスの違いに改めて脱帽します。

 とは言え、アナログレコーダーを二つ並べてやっていた事を考えると、曲間のクロスフェードなんて何度でも気に入ったセッティングをトライできますから、デジタル技術の恩恵ってやっぱり素晴らしいですね。

 

white_rabbit

 で、その中に久々にアナログから拾って来た一曲があります。

 ジョージ・ベンソンのホワイト・ラビットという一言で言うと地味〜な一枚で、ジョージ・ベンソンというとブリージン以降という人が多い中、CTIの時代に彼がジャズギタリストとしてホントに地道に努力していた頃の作品です。
 1971年の録音ですから30年以上前ですもんね〜。

 メキシコというかラテンと言うか全体的に重い曲が多い中、一曲だけリトル・トレインという明るいのがあり、何が今でも凄いかと言うと、エレクトリック・ピアノを弾いているハービー・ハンコックの指が爆発するんじゃないかと思うくらい凄い事です。

 彼もロック・イットで、ジャズというよりサンプリング時代の寵児としてテクノやディスコで有名になりましたが、自作のウオーターメロンマンをモダンでもできるし、ヘッドハンターズの頃の様にファンキーでもできる才気あふれる人でした。(存命だけど)

 バブル終りの頃に神戸で今のITやマルチメディアを見越したような"TED KOBE"というイベントがあり、KDDの衛星回線で映像とMIDI信号を流し、神戸のハービーと東京の小曽根真がピアノデュオを行うと言う何とも贅沢な生演奏を聴いた事があります。

 両方の会場には二台のMIDI対応のグランドピアノが置かれ、誰も座っていないピアノも向こうからのMIDI信号でちゃんと鍵盤も押されて生の音が流れる、という仕組みでした。 今なら回線はブロードバンドでなんとでもなるでしょうが、二台づつ合計四台のMIDI対応グランドピアノを用意する事は今でも難しいでしょう。

 映像を通してお互いが「O.K, then ah, Someday my prince will come... on D.. right?」とか言いながらデュオが続き、やっぱ、ミュージシャンってかっこえ〜な〜、と素直に感じた時でした。

 そんな彼が恐らく今はこれだけ指が動かないだろう、という熱演を見せるリトル・トレインは、もう主役のジョージ・ベンソンなんて影が無いくらいの熱くて厚い演奏で、いまでも酒飲んで夜中に聞くとチビりそうになります。

 こうして熱き若者だった彼らに加え、アール・クルーやロン・カーターがCTIから旅立って行ったんですねぇ...

 ちなみに、ハービーはMacファンで、私が彼に神戸で話しかけたときも今や語り種になってしまったNewtonの試作品をAppleの開発者から借りて遊んでいました。 あれってまだ発売前の門外不出品だったような...

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PL花火大会

PLの花火 昨日は自宅前で繰り広げられる祭の話で、今日は花火大会のネタです。
 う〜ん、夏。

 日が暮れてからどこからともなく鈍い低音の響きが聞こえてきました。
 どこかで花火大会です。
 
 五年前にここに引っ越して来た時に嬉しくて数えてみたところ、遠景かつ山の向こう(生駒の向こうの奈良)も含めれば合計七カ所のメジャー花火大会が見られる事を確認しています。
 さすがに最近は慣れてはきたものの、それでもこうして音が聞こえて来るとベランダに出てどこの大会かを確認する癖がついてしまいました。
 
 その中でもPL花火大会は全国規模で有名だと聞きます。
 ここ二年程ごぶさたしていますが、それまで三年程連続で花火会場の隣の敷地でゆっくりと大会を鑑賞させてもらう機会があり、贅沢な事にあれを知ってから、それ以外の花火大会に興奮しなくなってしまったのは困ったものです。
 それくらいあの花火は凄い。
 
 真下で見るときれいというよりも迫力の二文字で、小さい子供はその音で楽しむより泣いてしまい、その大音量低音でおなかの調子を崩す人もいるくらいですから、さすがPL教団手持ちのゴルフ場敷地とはいえ、海や川向こうの打ち上げとは一味違います。
 
 会場横一杯に広がるナイアガラの滝は有名ですが、圧巻はフィナーレを飾る超特大高照度滞空?花火。 これは直線距離で40kmは離れている自宅からでさえ、一帯の雲の形が浮かび上がる程明るく、またどういう構造か、それが数秒間続くのです。
 その表現をいろいろ考えてみましたが、大型爆弾が炸裂した様、とお叱りを受けそうな表現しか思い浮かびません。
 今年は生憎自宅方向へ風が吹いていたのか、いつもなら黄色い光がちょっと赤っぽく見え、きれいというよりむしろ不気味な程の迫力があり、一分程遅れてこれまた大きな低音が響いてきました。
 もう数十年も続いているイベントとは言え、周辺の住民の方はさぞかし大変かと思います。
 
 もともとあの会場は辺鄙な場所にあり、自動車でないとなかなかアクセスができません。 だから間近で見る魅力と引き換えに、大会終了後零時くらいまでは大渋滞が解消しないと言う苦難はあるものの、一度は行ってみられる事をお勧めします。
 バスツアーもあるくらいですから、帰りの渋滞は寝る(飲んでも良いけどトイレ付きでないと...)と決めて自家用車を諦めた方が賢いかもしれません。
 
 ま、カップルであればそれだけ否が応でも長い時間を一緒に過ごせるから余計なお世話か...

※写真は四年前に会場で撮影したもの。クリックすると拡大表示されます。

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