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抱きしめること・抱きしめられること

 時々「まず子供を抱きしめて下さい」というTVCFが流れています。
 目的は子供とどうつきあえば分らなくなった親に向けてものものですが、それはさておき、子供が大きくなると家内はもちろん、子供すら思い切り抱きしめることが無くなったことに気がつきます。
 
 一方でペットやぬいぐるみ、抱き枕など抱きしめると幸せになれそうなものが人間の身の回りに結構溢れています。 確かに何かを抱きしめることで幸せになれますし、嫌いではない人に抱きしめられることも同じく幸せになれます。
 そうかなぁ、と首を傾げる方、試しに今晩掛け布団を抱きしめてみて下さい。 ちょっと幸せになれること保証します。(この季節、タオルケットだと幸せ半減かも)
 
 よく他人と飲んでいる時に「自分がいくら普段理性あるようなことを言ってても女性の首筋の香りを嗅ぐと理性が無くなる」と話題にします。 
 「だから電車の中で思わず痴漢になってしまう男性がいるんじゃないですか」と、唸るような話に展開したりしますので、恐らく大方の男性がそうなんじゃないかと想像します。
 
 これはさらに考えを進めて行くと、首筋の香りは女性を抱きしめる、という幸せを連想させるからじゃないか、と最近思うようになってきました。
 余程女心を知りさらに饒舌でない限り、いや仮にそうであっても時には何も言わずに抱きしめた方が全てがうまく行く時があるような気がします。 異性に限らず子供等、時には同性でも(洋画ではよくありますね。ちょっと自分では想像しにくいけど)「抱きしめる」行為というのはなんだか人間の心の底を暖めるような効果があるのかもしれません。
 
 これがある年頃同士の異性だと、そのままSEXを連想させるのでややこしくなるんだけど(もちろん本能としては間違いじゃないですけど)、本来「抱きしめる・抱きしめられる」という行為はもっと素直で広い世代に受け入れられる深い癒しの行為ではないかと思えます。
 
 行為と書くこと自体が既に不自然で、もっと自然にそっと他人を抱きしめることができたらもう少し心のほころびた人が少なくなるような気が... しません?
 
 とは言いつつ、他人を自然に「何も言わなくても良いよ」とそっと抱きしめる、というのはなかなか難しいですけどね...
 だからこそ、なんでしょう。
 
 もっと若い時にこれに気がついておけば良かった...

※ここで訂正です。
 6/30の「ガブとメイの結末」で「狼と羊」と書きました。
 これは「狼と山羊」の間違いでした。 お詫びして訂正します。

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コメント

 あはは...
 そうですね、どうもすいません...
 (コメントありがとうございます)

投稿: あやおば | 2005年7月 6日 (水) 00時57分

気が付くのがかなり遅いような気がします・・・

投稿: 恭子 | 2005年7月 5日 (火) 23時55分

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