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自宅前にだんじり

 私が生まれ育った吹田という町で、もう36年間も比較的大きな祭が続いています。
 確かに10代のときは友達と行った覚えがあるものの、その時はメイン会場から15分程離れていたところに住んでいたせいもあって、以後長い間ご無沙汰してました。
 ところが、今の暴風マンション前の道路が本会場の本部という立地で、というよりも、このマンションが建つ前、長い間銀行の駐車場だったここは、この場所そのものが臨時本部であったと言うご縁で突如身近なものになりました。
 何せ全ての出し物が本部席まで来て折り返す訳ですから、見方を変えるとわざわざうちの家に詣でてくれるようなもの(ちゃうちゃう...)。
 
 もともと人ごみが嫌いな私は、祭もわざわざ探してまで行く興味はありません。 しかし家の前で全開で祭をやられたら、楽しまないと精神衛生上非常によろしくないというもの。
 
 家の前で祭が行われるという事はどういうことか。
 早朝から地元ケーブルテレビのスタッフや櫓の設営スタッフ等がぼちぼちと集まり出し、10時には自宅前の道路は通行禁止に。 そして14時前には周辺の道路も全て車が追い出されて、祭スタンバイ。
 
 14時にパレードが始まったらもう騒音なんてもんじゃない音の洪水が21時までずっと溢れ続け、これが先に書いた楽しまないと辛いだけ、という理由です。 
 一時期、祭そのものが地味に廃れつつあったのが、近年、和太鼓の集団やよさこいソーランなどのダンスイベントが加わって、また活気溢れるものになったのは良いけど、その音量は凄まじいものがあります。
 
suita_matsuri2005
 とは言いつつ、夜店はもちろん、様々なイベントがある中で、私が一番楽しみにしているのはだんじり。
 最初はどこかから借りて来たんだろう、と思っていたら、なんとこの6台ものだんじりはJR駅前周辺の自治会がちゃんと長年保存している本物だと知って驚きました。
 
 岸和田の様にハイスピードで走ったり、だんじりのてっぺんに人が乗ったり、という派手さは無いものの、例えば家内の実家の村にも出る山車が京風に非常におおらかであるのとはやはり対照的に男らしい風情です。
 そしてこのだんじりの中から流れて来るリズミカルな音が一番祭らしく、思わず体がリズムを刻み出します。
 
 そのリズムは想像していたよりソウルフルで、「安田サーカス」的な「どんどんど〜ん...」の倍程のテンポで展開してゆきます(音を言葉で伝えるのは難しい)。
 このお囃子は単なる景気付けではなく、方向転換や速度を指示する一種のコミュニケーションツールであることに気がついたのはつい最近で、加えて、他の町のだんじりとすれ違う時には一種のエールの交換も音を変えて行います。 町によりオリジナルのリズムがあり、なかなか格好の良いリズムを刻んでくれるお気に入りの自治会もあります。
 
 何よりすごいのはこういうお囃子をやっているのが全員子供であるという事。
 考えてみればあの狭いだんじりの中に4〜5人も入る訳ですから、ごつい大人では無理。 せいぜい大きくでも中学生くらいまでの子供が様々なリズムを揺れて不安定かつ、暑い環境で長時間刻み続けます。 そしてそれが半端な音量ではなく、カチっと正確に決まっているのですからうちの町内にだんじりが無くて自分の子供たちがお囃子に参加できない事が本当に悔やまれます。
 
 まぁ、普段町内で仲が良い訳が無い、ちょっと怖いお兄さんとくそ真面目なおじさんが一緒に頑張ってるのも祭なら、どこから湧いたかややこしい品のない連中が観客に増えるのも祭。
 そして予定終了とともに、あっという間に設営が解体され、あれほど商売熱心だった露天もまるで煙の様に消えてしまうのも祭。 ふと視線をあげるといつのまにか通行解除になった商店街に車が走り、照明を落とされた殺風景ないつもの風景が目に入ります。
 
 「祭の後の寂しさは...」と吉田拓郎が大昔に歌った一節を思い出しながら、夏の一日だけ、朝から夜までそんな祭の一切合切が家の前で行われると言う、今は静かな暴風マンションからお送りしました。
 
 ま、とは言っても興奮冷めやらぬ参加者が夜中まで散発的にあちこちで大声を上げるんだけどね。

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夢のツケ

 最近アスベストが原因の健康被害が注目されています。
 個人的には今頃なぜ?というのが正直な最初の感想でした。
 
 というのはまだアスベストを石綿と呼んでいた頃、確か20年くらい前にその危険性が指摘され、建設現場やあらゆるところから新規採用の閉め出しを食らった筈なのに、という記憶があったからです。
 その後、しばらくの間、全く世間で報道されることも無く、それがなぜ?と思っていたら、どうやら懸念されていた発症期が始まったようです。
 そして改めて調べてみたら発症は今に始まったことではなく、既に数年前から製造関係はおろか、周辺住民にまで広がっていた、と。
 
 アスベストは物質としては非常に優れた応用範囲の広いもので、例えば自動車関係者に聞いたところ、価格、耐熱性、摩擦性能、鳴きの少なさ等、一時はブレーキパッドは石綿しか無い、という程の時代があったそうで、それが禁止されてから、また新素材を探して改善する作業に追われて大変だった、という事。
 その他にも、建設素材として軽量、断熱性、強度など、これまた非常に高い評価を得ていました。
 
 これで別途思い出したのがフロンガス。
 今でこそ地球温暖化の元凶のように言われていますが、かつてはエアコン等の冷媒としてはもちろん、発泡スチロールを膨らませるときのガス、電子基板の洗浄など、これも非常に応用性が高く、かつ廉価な夢の物質として重宝されていたのは皆さんご存知のところ。
 
 一時的にでも優れた素材という評価を得ると、利用度の向上とともに価格も下がり、するとまた新しい用途が生まれる、という風にどんどん拡大してゆき、ある日それが有害だった、と分かった時にはみんな「え...今更そんな事言われても...」と立ちすくむしかありません。
 
 何が言いたいかと言うと、今、何の問題も無く、「○○に高い効果がある」と用いられているありとあらゆる素材がいつ実はとんでもない悪質な物質だったと言われる可能性が無いとは限らない、ということです。
 もちろん人間はそういうリスクを背負いながら新しい素材を開発したり、逆に従来の素材の新しい利用方法を見つけ、そして時間とともに検証を重ねて来ている訳です。 どれもこれも怖いから、と開発を怠ったり、利用しなければ今頃はもっと総合的にネガティブな結果を招いていたかもしれません。
 マクロ的に見るとそういう結論に落ち着くものの、それで人生を台無しにされたとしたら誰に文句を言えば良いのか。 その時には誰もそれを悪いものだとは知らなかったのですから(総合的な話。有害性を指摘されていながら放置される場合は人災)。
 
 悪い事だと知りつつ悪事を働く人はまだ救いがあるそうで、一番タチが悪いのは、悪いと知らず悪事を働く人。
 最初から大量に使用すると人体に悪影響を及ぼすと分かって利用されている放射性物質などを前者とすると、アスベストやフロン等、思わぬ悪影響が後々で突然出て来るのは後者になるのかもしれません。
 
 ダイオキシン、活性酸素、H.I.V.等々、人類が生きている限り、ポジティブなものとは限らない未知との遭遇が続くと言う事か、と昨今考えているところです。

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汗だ〜らだら

 「だ〜らだら」と「ダ〜ラダラ」のどちらにしようかと迷いました。
 結局ひらがなの方が暑そうかな、と。
 
 本日は学校の研修所の掃除に朝から参加。
 研修所とは言え、芦屋の山奥の半ば別荘地の様な住宅街にある一軒家でなかなかおしゃれな所です。
 有馬へ向かう山の中腹辺り、気温は5〜10度程低いと言う既に避暑地で、その家の両側は未だ建物が建たずにそのまま雑木林と化し、裏は崖で雑木ごしにそのまま遠くの山腹が見えるだけです。
 
 以前、ここにも書いた「安上がりな避暑」というのはここを数日借りる、という計画だったのです。
 もちろん非常勤でも普通に申請すれば借りられるとは言うものの、それでは少々申し訳ないので、年に一度職員がこの季節に掃除に行くのに今年は参加しよう、という事になりました。
 
 行く前は暑いぞ〜、辛いぞ〜、とえらく脅されていたものの、折々の義父の田んぼの手伝いに比べたらそれほどの事ではありませんでした。 いや、これを日頃の鍛錬と呼んでいいのかどうか分かりませんが。
 
 伸び放題になっている草木の刈り込みから始まって、ベランダのペンキ塗りなどを分担し、午後からは屋根に登って雨樋に溜まった落ち葉の掃除をする事に。
 天窓から出て、そこに命綱をくくりつけ、それを徐々に延ばしながら屋根の端までへばりついて行きます。 下から見るより実際には怖いもんですね、二階建ての屋根って。 スキー場のゲレンデと同じかも。
 正直、ビビりましたが、何とか転落せずに無事終了。
 
 天気は幸い快晴でなくて助かりました。 でもそこは日本の夏。 気がつけば汗を一杯かいており、日頃好んでスポーツしている訳ではない身としてはこれだけの汗をかくのは久しぶりでした。
 
 で、「汗だ〜らだら」という題名を見た人はそういう暑さが嫌いだ、という話を想像されたかもしれませんが、実は全く逆。
 これだけドサっとかくとむしろ快感です(昼食時にコップ一杯だけ飲んだビールの旨かったこと)。 中途半端にジワっとかく汗は気持ち悪いけど。
 最後にシャワーを浴びても良いという事を知っていたので(この風呂場がまた最高で、二階分の吹き抜けに天窓付。 大きな窓からは先に書いた崖の向こうの景色を楽しむことができます)、もちろん着替え持参、建物を後にする時にはまるで何かスポーツをしたかのようなさわやかな気持ちになれました。
 
 私は「日本の夏は暑いと決まってるんでぇ」というのが口癖なくらい、いつのまにか夏が好きになってしまいました。 今の暴風マンションに住むようになってエアコンを殆どつけなくなったのに加え、こうやって時々大汗をかくことでさらに夏に強くなって行くような気がします。
 いやぁ、ますます暑苦しいおっさんになって行く...
 
 家に帰ってタマネギ+ちょっと塩多め+ごま油の薬味を乗せた冷や奴で気分はもちろんのこと、ナトリウム補充にもなって、ほんと気分爽快。 わっはっは。
 やっぱり気分転換って必要なんだなぁ、とつくづく思ったご奉仕でした。

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白い闇

 エヴァンゲリオンのネタに触れると大方は古い話、と称する人がいますが、実は今でもコミックの世界では延々と続いています。
 通常はまずコミックが原作として発表され、それからアニメというパターンとなる中、エヴァの場合はその逆となっており、コミックの方は放映期間の制限も無い為、独自の展開があったり、別の解釈があったりと、それはそれで単なる後追いではない面白さがあります。

 加えて、アンソロジー的に、原作の構想を生かしながらさらに別のストーリー展開を見せるのもありまして、「鋼鉄のガールフレンド2」という名前で出版されてもいます。 1〜4巻は別途販売されていたパソコン用ゲームを下敷きにしたそうですが、私はゲームには興味が無いのでこの点はよくわかりません。
 とはいえ、オリジナルのストーリーとは別の方向に安心もしてみたい人にはそれなりの出来で、私はそれなりに評価しています。(息子は「絵が下手」とか言ってますけど)
 
 これは4巻で一旦終了し、なんとシンジの親であるゲンドウとユイが中学生の時代に遡っての話が先日5巻として出版されました。 まぁ、エヴァンゲリオン、EPISODE ONEというところでしょうか。
 ストーリーは独自であるものの、ちゃんと23年後に起こる本編とのつじつまは合ってるし、本編では今一つ謎だった渚カヲルの存在がより明確になる等、なかなか楽しめました。
 
 これ以上は恐らく私よりもっと詳しい人がいるでしょうから、そちらに譲るとして、私が最も印象的だったのが、作品中に出て来る「白い闇」という言葉。
 
 闇というものは通常黒い(正確には反射色が無い)という固定観念がある為、白い闇と言われるとハッとします。 それは黒い白馬とかの言葉遊びとは違った、新鮮でありながらどこかで納得する言葉だったからです。
 
 人間も植物や昆虫と同様に、闇よりは光を好みます。 しかし白い光を目指せば安心なのか。幸せなのか。
 むしろ光溢れるが故に不安や恐怖もあるのではないか、と言う事です。
 例えば将来の事を考えたとき、普通はそれが闇であるよりは光りあふれている方が素晴らしいと思われます。 いわゆる絶望の闇の先に見える一条の光という奴です。
 
 しかしあまり光が強すぎると写真と同じく何も映らなくなり、それは何も無いことと同じであり、それならば闇と同じ事になります。
 暗い室内から今の季節のように強烈な日差しの下に出ると、実際にそういう感覚を覚える事は誰でもあるかと思います。 その一瞬クラっとくる感覚はもしかすると逆に突然完璧な闇の中に放り込まれた時に覚える感覚と同じかもしれない、と思うとちょっとしばらくこの事について考えてみたくなりました。
 
 闇と光は同じなのか。
 絶望と希望はそれほど違うものではないのか。
 表と裏は実は同じなのか。 
 
 なんてちょっと楽しい、でも明らかにノイロになりそうな予感のする言葉、「白い闇」でした。
 そういえば「悲しいほど晴れ」という歌もありましたね...

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嵐の後の?

 心配された台風7号も大阪は幸いコースから外れ、風が少々強めに吹いた程度でした。

 一方で私の仕事の嵐の方も本日、本題がコースを外れ、難なく終わりました。

 

 経緯を紹介しますと、月曜日にかつての教え子からLinuxのサーバー設定に詳しいか?という電話あり。

 詳しくないけれども、Max OS XがUNIXベースなので知っている限りで答えると、一度サーバーを見てくれないか?との事。

 いや、Mac OSのUnixとLinuxは微妙に違うし、と言えども、どうやらそいつの顔もあるようなので取りあえず火曜日に会う事に。

 当日、その元教え子と彼にHelpを発信した人と待ち合わせると、いきなりその取引先に。 着くなり、トラブルが起きているサーバーの仕様書を渡されて、「じゃ、お願いします」と。

 

 元教え子の立場もあり、また、加えて先方の担当者は随分前にこれまた教えた事がある卒業生。

 いえいえいえ、話が違いまっせ、と逃げる訳にも行かず、取りあえず木曜日に準備を整えて再度、とまとまる。

 でも、関係者に動揺が走っている。 理由を聞くと、金曜日に正式スタートだという。

 そりゃなんぼなんでも危険、ということで水曜日(本日)の夕方に繰り上げ、慌てて昨日資料を揃えたようなドタバタ劇。

 

 まぁ、Mac OS Xで少しはコマンドラインでの設定もやっていたので、当日問題のサーバーにSSHでログインして検証を開始。 MS-DOSのコマンドラインが嫌で20年前にMacに移ったのに、今更CUIで仕事をするとは何とも皮肉。 各コマンドなんて覚えている訳が無いので、リファレンスマニュアル片手にカチャカチャカチャ。

 

 しかし、どうしても直らないし、どうみても仕様書通りになっていないようなので気分転換にトイレ&ニコチン休憩に行っている間に事態は急変。 電話で関係者たちが連絡を取った結果、どうしてもサーバー内に必要なファイルを、サーバー業者が入れていなかった事が判明。

 

  「そら、あかんはずや」

 

 結局私の解決できうる問題ではなかったので、私と最初に私を紹介した元教え子のメンツも潰れずに済み、間接的に原因の特定にも寄与できて交通費+必要経費+αの支払いも受ける事に。 でも何となく判定勝ちと言うか不戦勝というか、後味のすっきりしない嵐となりました。

 

 元はと言えば、そのファイルを入れ忘れた業者が変な理由で設定の最後を放棄したのが原因で、さらにその後も妙に誰もが責任を取ろうとしなかった結果がこういう事態を招いたのは明白で、しかして仕事の大元の金額は相当な金額であり、そんな規模の仕事でも相変わらずいい加減で、相変わらず誰かが現場サイドでケツ拭きに回って動いている業界なんだなぁ、と改めて実感した次第。

 

 しかし、コマンドラインでの作業は例えて言うと大規模インターネットサイトのhtmlファイルを全て手書きのタグでやるようなもの。

 で、最後に関係者に言った言葉。

 「今後新たにサーバーを立てる事があるなら、Mac OS X Serverにしましょう。」

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嵐の前の?

 台風7号が本土に迫っています。
 昨年は4月に既に近畿に台風が上陸した事を考えると、なんだか久々という気が正直します。
 台風が来る度に毎年どこかで犠牲になる方がいらっしゃいますので、あまり軽薄な事は書けませんが、この歳になっても不安とか恐怖とは全く別の好奇心が抑えられないのは私だけでしょうか。
 
 昔は今と違って簡単に停電しましたから、ろうそくや懐中電灯の灯りの下で缶詰をおかずにぼそぼそと夕食を済ませる、といった非日常感が子供心に新鮮に映ったのが原因かもしれません。
 安普請の家だったので、サザエさんやちびまるこちゃんに出てくるように、本当に窓に補強の板を貼ったりして、昼なのに薄暗い家の中がまた新鮮でした。
 だから、玄関の補強を終えて家に入れなくなる、というオチを見ても極当たり前に笑えるのですが、私の子供たちは本当に「?」状態です。
 そりゃ今のマンションは雨戸すらないからねぇ...
 
 とは言っても、その頃から急速に停電する機会は減り、せいぜい数分程度に収まるようになったので、思えばそんな自宅が突如、非日常化する機会も以後それほどなかったとも記憶しています。
 
 あ、一度だけ、坂のずっと上のため池が溢れて、上からの道路が川状態になった事があったなぁ。
 あのときはうちも床下浸水に見舞われ、壷式トイレの中に水が入って来て渦巻いて...と、生まれて初めてそれでも雨脚を弱めようとしない暗い空を見上げ、八百万の神々に泣いて雨が止むように願ったのを思い出しました。

 あれは今思い出しても怖かった。
 でも翌日には、会社を休んで畳をめくり石灰を床下に撒いていた親父を尻目に、水が引いた道路やあちこちに池から溢れた魚や亀がうろうろしているのを見て既に恐怖を忘れて喜んでいたバカでもありました。
 
 まぁ、今のマンションの自室が水没する事はないでしょうが、立体式駐車場の車は心配です。
 ということで、インターネットで防災レーダーを見たり、Yahooの警戒・注意報情報を見つつ心配している、のだけど、どこか何かを楽しみにしている私って一体...
 確かに学校があるときは警戒警報が出たら学校は休みになり、かつ支払いはされます。 でも今は休み中でどんな警報が出ようと関係ない、にもかかわらず。
 
 一方で真面目な話、近畿は明日が一番影響が大きいと言われているのに朝から神戸で仕事の打ち合わせが。 どうやら非常に大事な話らしく、どういう天候であっても行かねばならないようです。
 まぁ、この御時世、台風への畏怖よりも銭の方が重いというのも悲しい話で、どちらにせよ両方の意味で嵐の予感なのであります。

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どうしてダメンズにひっかかる?

 今日は兵庫県の某さんからのお便りにお答えします。(冗談です)
 
 夏休みに入る前、女生徒と話をしていて、どうして駄目な男にひっかかるのか?という内容になりました。
 「人それぞれ」では面白くないのでちょっと掘り下げると...
 
 「どうしてあんな男と?」と聞かれ、「見てられなくて」「何とかしてあげたくて」等という場合、それは異性への愛情ではなく母性愛だと思うのです、私は。
 実際に産むかどうかは別として、十六歳を超えれば社会的には立派に母親になれる歳ですから、既に母性は女性の中にしっかりと育っている訳です。
 
 一方でよく「男性は女性の外見に惑わされ、女性は男性の内面を見抜く」と言われたりします。
 これはちゃんと学術的に裏付けがあるようで、男性はより良い子孫を残す為、美しいものに惹かれ、女性は自分の生んだ子供をちゃんとしっかりと育ててくれる(食物を獲得してくれる)人に惹かれるのだそうで、つまりは生殖本能と密接に結びついているのだそうです。
 女性向けのエロ写真集が男性向けのそれに比べて殆ど成立しないのはそのせいだとか。

 ということは女性は本来はダメンズ、つまり、自分と子供にろくに食い物を持って帰らないような男性には惹かれないようにプログラミングされているはずで、ではどうして?という疑問が浮かび上がります。
 そこで出てくるのが母性愛なのですね。
 母親は原則として自分の子供は少々の難があってもしっかりと愛情を持って育てて行く事ができるように、これも同時に本能としてしっかりとプログラムされています。 でないとあんな大変な子育てができる訳が無い、というのも納得。
 
 もちろんこれは自分の子供の為の愛情なのですが、それが間違って配偶者探しの時に出て来ると、ダメンズに愛情を感じてしまうのだと私は捉えています。 いわゆる出来の悪い子程可愛い、というやつです。
 
 これを昨今のおかしくなった親子関係、例えば子供を餓死させてしまう、パチンコ屋の駐車場で熱死させてしまう風潮に重ねてしまおうと思えば簡単です。 ところが、古い小説や社会風俗を表したものを読むと、明治や江戸の頃からダメンズ掴みの女性の悲話のようなものが結構ありますので、これはもっと奥が深いものかもしれません。
 
 基本的に生物には「良いものを残そう」という原則が存在し、原始的な生き物になればなるほどそれは徹底しています。 ところがここまで人間が生き物として進化すると、脳は本能を超えた様々な事を考える事ができるようになり、だからこそ地球を生物として制覇できたと同時に「哀れみ」とか「嗜好」など、本能では説明できないややこしい感情を生み出したのでしょうね。
 
 でもやっぱり男はダメンズではいけないし、それにひっかかる女性も良くない。 いくらそれが進化の結果とは言え。
 まぁ、一人のモテなかった男として、そんな堕落しても女性が放っておかない男というのが妬ましいというのは認めつつ...

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痛い映画

 数ヶ月前に「嘆きの天使」というDVDを買った話。
 1930年の白黒ドイツ映画ですから、相当なもんです。
 
 数年前にテレビの深夜枠で放映されており、あまりの「痛さ」に途中で見るのをやめたものです。
 ただ、何となく気になっていたというか、ドイツ映画なのに原題がどうして"blue engel"なのか?とか、真面目な中年男が派手な女との恋で身を持ち崩した話にこの映画が引き合いに出されていたりして、インターネット時代とは恐ろしいもの、ふと「ポチっとな」をしてしまったわけです。
 
 原題の件はなんて事は無い、ドイツ語でも"blaue engel"とほぼ読みが同じだっただけでしたが、映画そのものはやはり滅茶苦茶痛い内容でした。 知って買ったとは言え。
 
 まぁ、老人ホームでも若い女性職員のお尻を触ったり、逆に老婆同士が老彼の取り合いで殴り合いをしたり、という話をよく聞く昨今ですから、異性への衝動というのは死ぬまで不滅、とは分かっています。
 ましてやそこまで歳でもなく、独身でもある主人公の場合は別に突っ走っても問題ない訳ですが、やはりプロフェッサーとも呼ばれるまでになる為には普通は相当な努力を強いられた訳で、通常なら若いうちに友達などと飲みに行って見聞きする事で「あぁ、そういうもんなんだ」的に学ぶ事ができなかったんでしょうね。
 それほど脇目も振らず勉強に打ち込んだ事は立派な事だし、そんな脇道に逸れていたら教師になれなかったかもしれない。
 そういう極当たり前の前提があるからこそこの映画は辛いのだと思います。
 
 別に映画から何かを学ばなくてはならない訳じゃないものの、強いて言うならこの映画は何なんでしょう。
 若いうちに適当に遊んでおけ、という事なのか。
 自分でそれが無理ならせめて訳知りの友達を持っておけ、という事なのか。
 もっと古来日本的に身の程を知れ、という事なのか。
 
 どれも当たりであって、まだまだ他に答えもあるでしょう。
 ただ、プロフェッサーなどではないものの、一応非常勤ながら教師をしていると何か暗示的な重さを感じてしまいます。
 何より、この映画の監督が主演女優のマレーネ・ディートリッヒに固執するあまり、最後は映画そのもののように落ちぶれてしまった、という逸話を読むとさらに重さを感じざるを得ません。

 しかしこの終わり方はさすが欧州映画。
 何にせよ中年に向かう前に男は一度は見ておいた方が良いかもしれません。
 (米海軍はこの映画を知ってアクロチームに名前をつけたんだろうか...)
 
 そうそう、昨日の丸洗いした布団はというと、無事乾きました。
 期待程ではなかったものの、ちゃんと弾力は復活し、不安だったゴチゴチも乾けば解消。
 うちの洗濯機が72Lですから、もう一回り大きければもっと楽に洗えるでしょう。
 そんな事より丸二日干さなくてはならないという方が問題かも。
 何はともあれちょっと凸む(なんて読む?)

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ドライふとん、ドライ

 今日も朝から真夏全開。
 昨日から最高気温が36度という予想を聞いていた私は長年の計画を実行する固い決意を秘めていたのでした。
 
 それは布団の丸洗い。
 よく飲みながらする話の中に、
 「もし美女とふかふかの布団とどちらかを選べと言われたら?」
 「たら?」
 「俺、布団選ぶ」
 というのがあるくらい、布団にはお世話になる人生を送っているだけに、いつのまにか凝固しだした自分の敷き布団がずっと気になっていたのです。
 
 この季節、洗濯物は何でも良く乾きます。 シャツなんて30分も干せばカリカリに乾き、真冬の湿度こそ低いものの、夕方になってもまだどこかジトっとしている季節と比べたら何でもかんでも洗って干したくなるのが洗濯主計局長を預かっている悲しい性なのです。
 
 しかしさすがに布団となるとこの季節でもそうは簡単には行きません。
 おまけに昼まで寝てしまったので既にスタートから出遅れています。
 根が横着者のくせに、一度やると決めたらずっと後悔するたちなので、昼飯も作らずに布団を洗濯機に。
 予想ではすっぽり洗濯槽に入る筈だったのがタヌキの腹の様に少し余ってしまった。
 でも躊躇せず、洗剤をセットしてスイッチオン! 注水が始まるともう後へは引けません。
 
 家庭用洗濯でやる布団洗いは結局は殆どつけ洗いみたいなものなので時間がかかります。
 待つ事、約二時間。 今度は洗濯槽にぴったりはまってしまい、出すのに一苦労。
 炎天下のベランダに干した時には既に二時を回っていました。
 
 夕立に気をつけつつ、さらに時々裏返したり向きを変えたりして、現在夜の10時。
 結局乾きませんでした...
 
 さらにイメージとしてはふかふかになっている筈なのに、ゴチゴチになっているように感じるのは気のせいでしょうか?
 もしかして私は取り返しのつかない事を?と自問しながら息子が昔使っていた布団を押し入れから引きずり出すのであった...

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老体Macのお守り

 先日「もっとMacネタを書くつもりだった...」といかにも平和そうに書いたものの、実は事務所の古いMacで問題を抱えていました。
 以下、濃い話です。
 
 私の事務所にはまだ10年前のMacが現役で働いています。 それも21inch.という立派なCRTモニター付きで。
 グラフィック関係の方は大方想像がつくでしょうが、この老体Macには古いMac OSの上でしか動かないフォントが多数搭載されており、それを全部最新のOS X対応にするには半端じゃないお金がかかるのでずっとそのまま現役で頑張っているのです。
 
 これらのフォントが必要なDTP以外は別の新しいMacでこなしているとは言え、このご老体は今でも無くてはならない必需品。
 マシン名はPowerMac 7500と言い、CPUはこのマシンに搭載できる最速のものに差し替え、ネットワークやUSB対応のインターフェースも換装してあります。 最新のマシンには比べるべくもありませんが、OSの仕様もあって、多数の仕事を一度にやらせるという事をしなければ絶望的には遅くありません。
 
 ところが、先日この老体が突然ネットワーク上から姿を消したのです。
 消えた、と言っても現物は目の前にありますので、さすが古いOSはよく止まる、と再起動をかけるも途中まで立ち上がるものの再起せず。 この老体には先に書いた事情に加え、スキャナが接続されていて、それに連動したOCRソフトがインストールされておりまして、これがないとメーカーから来るプレスリリースを全部手入力しなくてはなりません。
 
 こういう時に慌てて却って事態を悪化させる事が多いのは経験で学んでいるので、焦る心を抑えて「たいしたことないもんね〜」と自転車のペダルをこいでその日は敢えて何もせず家に帰る。
 歳も歳だけに本体、差し替えたCPUカード、メモリなど、考えられる原因は多数あり、取りあえず一個づつ原因を潰して行くしかありません。 事務所には同時期に購入した同じく老体PowerMac 8500というマシンをいつかオークションで売ろうとハードディスクを初期化して放置しており、とりあえずその基盤と入れ替えてみる事に。(筐体は違うがメインボードは基本的に同じ)
 
 日を改めて、慣れた手つきで基盤移植手術を開始。 ほぼ終わりかけの所でPCIカードがうまく刺さらない。 一度抜き返して、と思ったら『バキ!』。
 その不吉な音は勢い余ってPCIカードが外れた時に基盤上の部品をなぎ倒した音でした。
 
 本来ならば『うぎゃ〜〜』と叫びたいのをじっと我慢して、ひたすら冷静を装いつつ、「こうなったら元の7500のボードを使わざるをえん」と覚悟。 この間も「これでオークションに出す筈だった8500がパァやんけ〜」と心では泣いている。
 
 結局メモリを換えてみたりしてもトラブルは解消できず、う〜ん最悪、と唸りながら開腹したボディをふと見たらCPUカードに装着されている放熱フィンがCPUから浮いている。 なんて事は無い、夏本番になって放熱不足でオーバーヒートしただけでした。 結局外れかけたフィンのピンを戻すだけで解決した訳ですが、払った犠牲は老体一台とは言え痛かった。
 
 ま、パソコンに限らず、原因不明のトラブルというのは得てしてこんなもんです。
 しくしく......4×9=36
 ささやかに凹みました。

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本当はメカ雑記を書くつもりだった

 このBlogを始めたのが5月の19日、今日で二ヶ月記念となります。
 この日の記事にあるように、私は日記等が続いた試しがありません。 なのに時たまの抜けはあるものの、取りあえず二ヶ月までは続いた事は自分でも驚いています。
 
 今までBlogに書いたような事を他人に話してもいつも機嫌良く聞いてくれるとは限らないし、そういうよしなし事を勝手に独り書くことで、ある種のストレス発散になっているのかもしれません。
 逆に見ると、今までこういう話を酒の席で聞かされていた知り合いや、家族にとっては助かっているのかも。(その割には相変わらずよく喋る)
 
 ニフティのフォーラムが凋落する前はこのBlogで書いている雑談はフォーラムで時々書いていました。 が、そこは自動車ネタを扱う所だったので、いくらフリートークの会議室を選んでいたとは言え、ずっと延々と綴る訳にも行かず、その不自由さからの解放と思えばこのBlogは自分にとって確かに良い場所なのかも知れません。
 
 本来はもっと自動車やMacネタ等を書くつもりでしたが、予想に反してより柔らかな、精神面での話が多かったように感じます。
 これは「読んでるよ」という人に女性が多いのも影響しているのかもしれません。
 人により、同性と異性とでどちらが話しやすい(本音を出しやすい)という違いがあり、私はどうも異性である女性の方が得意のような気がします。
 まぁ、自分がおばはん化しているからというのもありつつ、結構昔からその傾向を感じていましたので、どちらかというと生まれもってのお喋り、というのが原因かと思います。
 
 母親が「あんたは口から最初に細胞分裂した(見たんか?)」と言う程、私は良く喋るそうで、昔は「男のくせに」とよく言われました。 ところがいつのまにかお笑いという一つのジャンルが確立し、明石家さんまのように自ら「お喋り」を公言する売れっ子が出て来ると、いつのまにか自分でも「これは恥ずべき事やのうて特技なんとちゃうか」と図に乗って来たのは事実です。
 
 でもお喋りというのは実は一人で成り立つものではなく、相手とのキャッチボールがあってこそなのですね。これが。
 だから平均的に無口な人が多い男性とだと妙にテンポが悪く、またその「間」でこちらも深読みして言葉を探しているうちに非常に疲れてしまうのです。 だから結果として女性との方が話しやすくなったのかも、と最近思うようになりました。 それまでは女系家族に生まれたから、と自己分析していたのですが。
 まぁ、結局はテンポのいい人とはよく喋る、という事でしょう。 たまたまそれが女性の方が割合が多い、ということで。
 
 書くネタが無くなったらどうしよう、とある日、知り合いに相談したら、「そうなったらそうなったでそれをネタにするやろ」と言われて、あぁ、そうかも、と気が楽になりました。
 実は今日は、JR西日本の新型通勤電車とその色、プロジェクトXでやっていたYS11、テレビ東京でやっていたボーイング vs エアバスというメカネタを書くつもりだったのに、またまた話が逸れてしまいました。
 別に女性だけを意識して書いている訳では決して無いんですが、あんまり突っ走ってしまうのも。
 
 う〜む、ま、これはこれで良いんだろうけど...

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ひさびさの甲子園

AB5sh0076
 今日は幸運にも知り合いが阪神ー横浜戦のチケットをくれたので夫婦で甲子園に。
 いやぁ、阪神戦を見に行くのは久しぶりでした。
 
 母校が甲子園に出た時にも行ったけど、それも十年以上前の話で、まだ当時はスタンドで煙草を吸えた頃だから、どれだけ長い間行かなかったが分るというものです。
 
 頂いた席は幸いライト側外野だったので、最も「過激」な席で楽しむ事ができました。
 とは言っても、横浜ファンと思われる席は何分の一どころか、レフト側外野席の一角、それもその上半分だけという状態ですから、どこに座っても100%阪神ファンで楽しめますけどね。
 
 で、感じたのはファンのマナーが良くなったなぁ、と言う事でした。
 スタンドに入ったのは試合開始1時間半前なので、かつて恒例だった相手ファンとのヤジ合戦があったかどうか不明ながら、あの横浜ファンの数ではやりようがないのでは?と想像します。
 かつて巨人戦の時は、試合開始前から「安全パイのトマソン!」と阪神側がやじれば、三塁側から「掛布の嫁さん○○○○」と返って来て、それはそれで「おい、それほんまやから反論できひんやんけ」とか言いつつ、それなりに楽しいものでした。
 ただ、それがあまりにエスカレートして、やがて球場側が「選手が動揺するようなヤジはお止め下さい」とアナウンスを入れるようになり、これまた「プロの選手がヤジで動揺すんな」とか言いつつ続けていたものでした。
 今でも巨人戦の時にはやってるのかなぁ。
 
 あと、試合中に大きな声で選手にヤジる人も減ったように思いました。
 昔はそれが趣味で来てるんちゃう?という様な人もいたし、実際、眉をひそめるようなものばかりではなく、思わず「おもろいやんけ」と受けを取る人も多数いました。
 もちろん、今日も「相川さん、パスボールお願いします」と言ったらその通りになって一点入り、その人は周りでは大受けでしたが、それでもその音量は周囲の数人に聞こえる程度です。
 
 数日前の新聞に私設応援団に対してより厳しく対応する、という報道が載っていました。 確かに周囲にはそれらしき人もいますが、それでも昔はもっと危ないオーラを発散させていた人がライト側席には多数いたような気もします。
 
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 とは言え、一緒に行った家内は甲子園での阪神戦初体験だったのし、試合も勝って非常にご満悦。 そのまま家に帰ってハッピーな締めくくりだった筈なのに、留守番を任せていた子供たちが11時前なのに風呂にも入らず遊び放題、最後の最後にいつものボルケーノ噴火になってしまいました。
 
 ま、そんなもんだろね。
 
 そうそう。 ビールを販売していた女性が浜崎あゆみ顔負けの美人で近くに来る度に思わず見とれてしまいました。(見るだけ:ビール買えよ)
 まともなカメラを持って行かなかったのがちょっと残念。
 
 これもそんなもんだろね。

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今週も学生と飲む

me_at_midnight 昨日も二週続けて三宮で学生と飲み会。 加えて共に翌日の始発朝帰り。
 飲む量はそれほどでもないので特に体はなんてことないものの、さすがに同じファミレスで二週続けて始発電車を待つ、ってのはちょっと...
 
 前回は登校できない問題を抱えた学生を交えて「あんた、ど〜すんの」で、今回は卒業生とほぼ月一にやっている例会みたいなものでした。 加えて仕事の話の詳細もあったのですが、これは未だはっきりしていない事が多く、まぁ、この業界そういう話が多いので仕方ないね、と言いつつ結局いつも通り。
 
 卒業生と飲んでいて最近感じるのは、いつのまにか全員が仕事の話で盛り上がる事ができるようになったこと。
 数年前のこのメンバーなら、業界に入れた生徒にはとりあえずこのまま続けてみ、と。 業界に入れなかった生徒にはこの先、もう戻らないの?とかのまだ指導っぽい話が多かった。
 ところが最近は〆切だとか、営業だとか、何日徹夜可能か、と丸っきり業界の話になって来て、あぁ、なんかこいつらそれっぽくなったなぁ、と嬉しくなる事しきり。
 もうしばらくしたら、「せんせ、それ違うと思いますよ」と説教されるんだと予想。
 
 加えてこの年代には卒業間近の三月まで就職が決まらなかったのに、突然日本人なら誰でも知ってる化粧品メーカーのデザイン部門に見事就職したラッキー・レディがいました。
 この春から組織の丸ごと移転により、三宮から六本木に引っ越したので、もう会えないと思っていたら、この三連休で彼氏の所に戻って来たとかで思わず数年ぶりの再会。
 
 曰く、私の授業が一番今仕事で役に立っている、との事で、「これだけは直接言いたかった」と。
 大学卒の同僚が右往左往している中、全然問題なく仕事ができた、と言われ、もともと自分の業界での「知らなかった恥」をベースに授業を組んでいたので、正直滅茶苦茶嬉しかったですね。
 
 今、私の授業をつまらなそうに、また寝ていたりしている生徒を見て、時々重い気分になる事があるのですが、こういう話を聞くと「やっぱり知は力やでぇ」と改めて自信を持つ事ができました。

 と言いつつ、時計を見たら終電が丁度終わった所。
 徐々にメンバーが減りつつ、二軒目、そしていつものスカイラークへと続く。
 こういう事態を予想してそこそこ睡眠時間を取っていたのに、さすがに眠くなりましたが、最近読んでいる行動心理学の本で読んだ事をビジュアルや3Dアニメーションの事に絡めて話したりしてなんとか始発の時間を迎えました。
 
 この時間の三宮の飲み屋街は夜を引きずっている人々と新たな日を迎えた人が混在し、夜なら何とか輝いていた人たちのメッキが剥がれて行くのを横目で眺めつつ、あまり健全とは言えないけど、何故かこの時間が好きな私は普段なら35分程乗っていれば良いいつものルートを約一時間かけて各停で帰るのでした。(だってこの時間、各停しか走ってないんだもん)

※写真は始発待ちのファミレスで「最近のカメラ付き携帯はこんな事もできるんですよ」と撮ってくれた画像を貰ったもの。 なかなかいけるやん...

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夕風呂

 夏の楽しみと言えば夕方の風呂。
 別に夏でなくても入れますが、寒くなると湯冷めするだの何だので、やはりこの季節が最もピンと来ます。
 
 今日も今から仕事の打ち合わせを兼ねた飲みに出るので早めの入浴。
 まだ外が明るい、というのが大きな魅力ではないかと。
 
 通常、風呂に入るのは夜であり、周りは暗い。 しかしこの季節昼が長い事もあって、たかが風呂とは言え非日常の香りを感じる事ができます。
 もともと日本人は「朝寝朝酒朝湯」を横着者のシンボルとして忌み嫌っていますので、明るいうちの風呂というのは罪の意識があり、ゆえに憧憬のようなものがあるのではないでしょうか。
 だから温泉に行ったら朝昼晩の区別無く風呂に浸かりたがる、と。
 
 加えてエアコン等が無い時代、涼を求める大事な手段が水浴びだったり風呂だったりしますので、汗をかくこの季節は積極的に風呂に入る、という季節独自の習慣になったのでしょう。
 
 どんな猛暑の日でも夕方には少しはましになるもので、風呂上がりに縁側で、縁側が無いうちではベランダで、夕日を眺めながら涼むと言うのは安上がりで、かつ少し贅沢な気分になれます。
 これにビールがあれば、というのを読まれている方は予測されるかもしれませんが、案外冷茶がおススメ。
 キンキンに冷やしたお茶って、ビールより風呂上がりの体に染み込みます。
 それも麦茶や烏龍茶ではなく、日本茶ですね。
 
 以前、家内が仕事先から余り物で冷茶の葉を一杯貰って来た事があり、この時は薄手の急須(なぜか香蘭社のがうちにあった:香蘭舎?)ごと冷蔵庫に入れていました。
 これが、何を飲んでも暑〜い、無風の夜には最高だったりしますので、ペットボトルでも良いから中身を急須に入れ、さらに薄い茶碗で飲まれる事をお勧め致します。

 う〜む、やはり花鳥風月の世界かい?

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それでも待ってる夏休み

 本日で私の受け持ち授業は全て終わり、学生より一足先に夏休みに入りました。
 感想はと言うと、ほっとした、というのが本音です。
 
 新学期が始まりゴールデンウイークで一休み、そこから祭日も無くずっとここまで来たのでさすがに少々疲れます。
 持ち上がりとなった二年生の担任は就職が絡み、事務的な仕事の増加に加え、特に今年は就職部と連携を強めたのでいろいろ大変でした。 生徒の精神的疲弊も見てなかなか辛かったり、それでもまた立ち直ったりする所はやはり若さだと感心したり。
 
 一方で新入生は担任ではないものの、グラフィックデザイン専攻授業の担当であり、また昨年初めて一年生を教えた経験から結構熱が入りました。
 人数が多いと色々個性的な生徒も多く、楽しみつつ、しかし少々最初から飛ばしすぎてこちらも疲弊気味。
 
 また、就職活動で忙しい二年生に比べ、環境が大きく変わった直後の一年生の休みの過ごし方も心配ではあります。
 途中、別に登校日がある訳でもないので、まるまる一ヶ月半、生徒の顔が見えないのは正直寂しいものです。
 「心や体が傷つくような休みにはしないこと」というのが偽らざる気持ちです。
 
 とはいえ、夏休みはいくつになってもどこか楽しいもの。
 今年は別にこれと言った目玉企画がある訳でもなく、縁あって人に勧められた公募小説を真剣にどこかに籠って書いてみようかと思う程度。
 一方で基本的に非常勤講師暮しは休みの間は無職と等しいので何か別の仕事も見つけなくてはなりません。
 
 そんな状態にもかかわらず、それでもまだ明るい気持ちになれるのは、恐らく今の暴風マンション(6/21の記事参照)に引っ越してからエアコンに浸る時間がぐっと減り、夏に強くなってしまったのものあると思います。
 ここ数日、大阪・神戸は梅雨明けを思わせる気温と日差しで、周りの人は辟易している中、私はそれほどでもありません。 むしろ教室移動の間の熱風を楽しんでいた節も。
 
 この夏から意を決してノーシャツの二つボタン開けに挑戦した結果、風が良く入って気持ちいいし、家ではTシャツと短パン。 それも今流行の長さではなく海パン程度の長さなので快適。 家中の窓を開けてうちわ片手にまさしく日本の夏を謳歌しようとしています。
 
 今のマンションの夏は子供の頃住んでいたあばら家の風通し(風漏れとも言う)を思い出させてくれます。
 朝が苦手とは言え、たまに早起きすると緑が少ないながらも既に全開のセミの声が聞こえ、真っ白な光に炙られ始めた街並を見ながら洗濯物を干す。 天気がよければ何でもすぐに乾くのでジーンズやシーツ、果ては布団まで丸洗いしだす始末。
 朝から既に30度越えでもこれこそ夏休み、の風景です。
 これで夕方にひぐらしの声が聞こえれば最高ですが、さすがにそれは望めませんねぇ。

 ということでこの夏は金をかけずに某所に一人だけで仕事と称した避暑を計画中...

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チマチマとした不幸

 爆睡モードから突然目が覚めたら今日があと1時間しか無い状態。
 約束していた学生のバイトの件を時間が遅いので少々気が引けつつ携帯メール等をしていたら、あと30分。
 
 という事で今日、帰りの駅の改札をでたところで煙草を買ったときの小ネタしか思い浮かびません。
 
 消費税導入後、主婦の財布以外にも一円玉やら五円玉がごろごろするようになりました。
 何かを買うとき、そういう小銭、特に一桁目の端数がきれいにに払えると何となく幸せな気分になりませんか?
 逆にたった一円足りない、あと十円あれば、という悔しさ、おかげでポケットの中にじゃらじゃらと9やら8個の小銭が戻って来てしまうと、何となく「あ、俺って不幸」と思ってしまいます。
 で、それが何故か続くと、大した事ではないと思いつつ、最近やっぱり人生ついてないとまで思い込んでしまう事があります。
 今、私がそう言う状況です。
 
 あと1円あれば... とローソンで今日もそう感じてしまいました。
 あと10円あれば... と自販機の前で今日もそう感じてしまいました。
 
 ヒロシです。 あ、ちゃうちゃう。
 
 昔、高校時代に非常に頼りにしたくろすとしゆき氏の服装の本に「男は小銭入れを持つな」という下りがあり、なんでも、いつもいつも小銭入れから親指と人差し指でチマチマと硬貨を出している男性を見た婚約者が婚約破棄をした。 その為に、男性用のズボンにはチェンジポケットというのがついているのだ、とかいうのが妙に気になって、以後、小銭入れを使っていません。
 それは今でも継続しており、お陰で小銭が増えると妙に右ポケットの辺りが重いのです。
 だから結構小銭のこまめな整理は必要なので、結構どうでも良い事ではない事だったりします。
 
 ま、今入力しながら考えてみるとそうやって端数を考えながらいつも払っている男もチマチマしてますね...
 
 あ、あと10分で今日が終わる。 推敲している間が無い...
 やっぱり不幸?

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ジョニ・ミッチェル

 突然、映画と音楽のお話。
 
 ジョニ・ミッチェルという歌手をご存知でしょうか。 現在50代の音楽好きや、ジャズファンならお馴染みかもしれません。
 という私もどれくらい詳しいかと言うと「ミンガス」というアナログレコードを一枚持っている程度です。
 
 それをなぜ?、と言うと、最近映画を見ていたら女性がよく彼女のことを口にする事が多いので妙に気になった、という訳です。
 
 もともとは「ユーヴガッタメール(You've got a mail)」でメグ・ライアン扮するヒロインが「ジョニ・ミッチェルが好き」と言い、トム・ハンクスが「僕は嫌いだな」というようなシーンが最初でした。
 次は「ラブ・アクチュアリー(Love actually)」の中年夫婦。
 
 旦那が買ったジュエリーが自分へのクリスマスプレゼントだと思いこんでいた嫁が、包みを開けたらジョニ・ミッチェルのCDだった、イコール、あのジュエリーは他の女性にあげるものだった、という事がわかり、独り寝室で情けなさに泣いてしまうという場面があり、その背景に実際にジョニ・ミッチェルの「青春の光と影(Both side's now)」がずっと流れている、という、まともな旦那ならこの場面を見ると「あぁ、やっぱり浮気ってしちゃだめなんだ」と思わず心に誓ってしまいそうな場面となっています。

 それ以前にこの夫婦がジョニ・ミッチェルについて会話するシーンがあり、どうやら「You've got a mail」と同じく、どうも男性には彼女の歌が耳に痛い様子である事が感じ取れます。 
 さらに、「ジョニ・ミッチェルは英国の女性を不感症から解放してくれたのよ」という下りがあり、「You've got a mail」のやり取りも考えるに、恐らく英語圏の女性に非常に影響を与えたのではないかと想像できます。
 
nightside この「青春の光と影」の歌詞は普通に読むと日本人には特段大した事では無さそうな、むしろ単純な和訳文となってしまいます。 しかしさすが映画となるとちゃんと日本語の「詩」になっていました。

 逆に私が持っている「ミンガス」はぱっと読んだだけではさっぱり訳が分らない世界で、まぁ、もともとジョニ・ミッチェルそのものよりもこのアルバムのバックに参加していたウェザー・リポートに興味があって買ったとは言え、単なる英語力では説明できない文化や性差の壁のようなものがある事を痛感します。

 このアルバムのせいでジョニ・ミッチェルは難解なもの、と勝手に思い込んでいましたが、これらの映画のお陰でどうやらそう言うもんではないと最近気がついた、と言う話です。
 いや、英米の男性が煙たがるというのですから、やっぱり難解なのかもしれません。

 本日、我が家のリビングでは嫁が、私の部屋では息子がテレビを見ているので私は夜のベランダでこれを書いています。 スター・ウォーズのあのジャバのでたらめな宇宙語はなんとかならんものか。
 って、でたらめでない宇宙語がどんなものか私も知らないけど。

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あぁ対峙核

 今日、息子の三者懇談に行った帰り、いつものノイロ・カフェ(正式名称ではありません:為念)へ。

 途中、本屋に寄ってとある資料チェック。

 いつも男のおしゃれ感覚について違和感を感じてしまうBRIOをぱらぱらめくってたまたま目についたK氏の40歳年下の女性とつきあっていると言うコラムを読んでちょっと気分が悪くなる。 まぁ、クリエイターだからそういうのも似合うのかもしれないけど、それを自分で文字にされると...ね。

 いや、単に自分が朴念仁なのか、彼の文章が分りにくかったのか、フォントがうざかったのか。

 

 その後、その書店の駐車場を出たら目の前をサーブ9-3のカブリオレが幌を開けてさっそうと過ぎて行く。

 車検が切れて一年以上放置中とは言え、一応オープンカー持ちの私としては、この天気が悪い季節にフルオープンで走るセンスに拍手。

 

 そのまま偶然しばらくの間そのサーブの後ろを走る事に。

 そのうちどこかから結構大きな音が流れてきて、それはヒップポップ系の曲だとやがて分りました。

 最初は自分の後ろかどこかにいわゆるやんちゃなバンがいて、そいつが窓満開でオーディオ鳴らしていると思っていたら... なんと、そのサーブからでした。

 

 別にサーブのカブリオレ乗ってラップ全開が悪い訳じゃありません。

 いや、悪い訳じゃないんだけど、とルームミラー越しに顔を見たらそこそこおしゃれ系、おそらく私より十年程若いかな、という感じ。

 ところが、そのうち彼は音楽に酔いしれてフロントウインドウの窓枠を叩いてリズムを取り出した。 ミラーに映る彼の表情はまさしくフルオープンで走りながら音楽に酔っている!!!!

 

 その時、私の中に流れた感覚は正直「気色悪ぅ!」。

 でも次に流れた感覚は「まるで俺みたいや」。

 

 嫌み抜きで車も悪くない、音楽が好きな事も絶対悪くない。ミラー越しながら顔もそんなに悪くない。ちらりと通り過ぎた時に見たファッションも悪くなかった筈。 何も彼に落ち度は無い。 彼こそ私がいつも求めている姿である筈だ。

 でも「きしょくわるかった」のだ。

 ということは「おれもきしょくわるいの?」

 

 自分がおしゃれをする事を非常にいやがる人がいます。 頑なその目にはもしあの伊達男が俺だったら、とシミュレーションをしている様子がうかがえます。 その結果、いや、やっぱりあんな俺はご免だ、と結論を出しておられるのかもしれません。

 

 私はいつも自分の横にもう一人の自分がいると感じています。 そのお陰で助かった事もあれば損をした事も。 でも自分の最近のライフスタイルはそれほど悪いとはそのもう一人の自分は見ていませんでした。 もう一人の自分は自分よりも客観的で厳しい目で見ているにもかかわらず。

 

 しかし今日のサーブ君は自分が痛かった...

 この感覚は鈍痛のように今後も尾を引きそうです。

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ビートルズがこまどり姉妹にならなかった理由

 昨日、私の世代が'70〜'80年代に聞いていた洋楽がいわゆる懐メロにならなかった、と書きました。

 

 私が子供のとき、終戦直後から'50年代の曲を親が「懐メロ」として聞いていたとき、本当に何の感動も覚えませんでした。 その頃から私は音楽に目覚め、日本の曲からロック、そしてジャズへと引き込まれていった訳ですが、怖いと言うか気になっていたのはこうして自分が新鮮に感動した曲もいずれ父親たちの「こまどり姉妹」になってしまうんだろうか、という疑問でした。

 

 その時からずっと今日まで、必死で、とは行かないもののできるだけ新しい曲には注意を払ってきました。

 しかしある時点から新しい感動を覚える曲やアレンジ等が出現する事が減って来たような気がします。

 もちろん、自分の感性が鈍ってきた事もあるでしょう。 しかしそれにしても、なのです。

 

 よく言われる様に、まともな音楽のメロディ構成の順列組み合わせは既に使い果たされ、頭から最後まで全く新しい曲というのは確率的にあり得ない、と言われています。

 乱数的に音符を並べてゆけばまだまだあるとはいえ、それは既に我々がまともに聞く事ができる音楽ではありません。

 

 ブルース、ロックやジャズも含めたポップスというのが戦後生まれたものだとして、ステレオ化に続いて電気を使ったエレキギターやエレキピアノが生まれ、次にコンピューターが発達し、サンプリングや新しい録音・編集技術が次々と生まれていた間はまだ音符的にはともかく、人間の耳には新鮮な曲を作り出す事が可能だった様に思います。

 しかし'90年代にそれも底が尽き、次の何か、というのが生まれない閉塞状態に陥ってしまったとも言えます。

 

 その結果ラップと言う新しいジャンルも生まれた訳ですが、好きずきは別として、これは音楽の推移というよりも歌唱の変化だ、と指摘する声もあり、また、この新しいラップですら、数十年前のソウルやロック、果てはクラシックをサンプリングして曲を組み立ててゆく末路に早くも入り始めている様に思えます。

  

 結局、戦後急速に膨張した新しい音楽はここに来て袋小路に入り、かなり多くの部分を過去から引きずり出さざるを得なくなり、その結果、いつまでも'70〜'80年代の音楽が我々の耳から離れる事がなくなってしまったと言えないでしょうか?

 中には現在のノイズの全くないデジタル音楽時代以前のいわゆるLo-Fi処理をコンピューターで施して、最新なのに古さを装っている、という曲もあるのでなおさらです。

 

 考えてみればクラシックでは数百年前の、ジャズでもそろそろ百年くらい前の曲が今でもごく普通に流れている訳で、それらを過去のものとして生まれた音楽たちもいわゆる「定番」という一つの大きな侵しがたいカテゴリーが固定してしまったとも言えるかもしれません。

 

 特にTVを中心とした過去の曲の掘り起こしにより、この定番エリアはどんどん膨張していくでしょう。

 木村拓哉主演のドラマに使われた山下達郎の「ライド・オン・タイム」は25年前の作品でありながらうちの息子や娘は全く抵抗無く聞き入っていました。 ポンキッキに一時期使われていた「パレード」はさらに古い曲であるにもかかわらず、うちの子供たちにとっては「たったの」10年ほど古いだけの歌なのです。

 

 シャーリー・バッシーの曲に「ヒストリー・リピーティング」という唄がありますが、まさしく音楽も繰り返しの時代を迎えたのかもしれません。

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なんだかとっても古い曲

 「見栄の功罪」なんてタイトルで書き出そうとしたのですが、どうも話がまとまらなくなったので、一転、気楽な話題に切り替えました。
 やっぱり昼間は深い話題は考えにくいですね。 また夜に改めて書いてみようと思います。
 
 最近TVCFでとっても古い曲が使われているのにさすがに驚いています。
 もともと古い曲を引きずり出したり、リメイクしたりというのはCMに限らず最近は珍しくありません。 恐らくディレクターが私と同じ世代の人が増えた(実力を持つようになった)せいもあるとおもいますし、若い人の間に古い曲を再発掘するという趣味の定着も理由の一つだろうと思います。
 
 が、まずDonDokoDonの山口が出ているビールのCMで流れているのが「ゲバゲバ90分」のテーマ曲。
 実は最近(と言っても5年程前かな)同番組で使われていた曲をデジタルリメイクしたCDが出て、私は「ゲバゲバ、Pi!」という数秒のフレーズが欲しくて買った訳ですが、番組自体は確か'70年前後のものだったはずで、さすがに30年以上前の曲を持って来られると、「そこまで遡るかぁ...」と驚きました。
 クイーンやエアロスミス、ディープパープルなんで可愛いもんです。
 
 「ゲバゲバ90分」は当時小学生だった自分にとって衝撃的な、言わば今のバラエティ番組の元祖のようなものでしたから、非常に印象深いものがあります。 確か日本テレビが野球用の90分枠を利用して言わば季節の隙間を埋める為に作ったようなものだったと記憶していますが、2〜3シーズン作って、その後「ちょんまげ90分」になって姿を消しました。
 「ちょんまげ90分」は時代劇に絞った為にネタが限られてつまらなくなり、いつかまた元祖「ゲバゲバ90分」の再登場を願っていたにもかかわらず、以後実現しませんでした。
 20年くらい前に当時のプロデューサー達のインタビューがあり、「(当時)今作ったら一本2〜3億かかるので、絶対に無理」と語っていたくらいですから、今なら10億くらいかかるかもしれない非常に実験的でありながら、贅沢な番組であった様です。

 と、思ってたら、ある日元気に「牛乳が好き好き好き...」とMegmilkのCMが耳に飛び込んできました。
 まてよ、これどっかで聴いた曲、と暫し考えたら「悟空の大冒険」というアニメのエンディングテーマやんか!と気がつきました。
 これは間違いなく'60年代の作品だから、ほぼ40年前、すんげ〜リメイク、としか言いようがありません。
 
 もともと「悟空の大冒険」自体がオリジナルの孫悟空から少し外れた、ちょっとアバンギャルドな作品で、そしてこのエンディングテーマはさらに歌詞がPTAに喧嘩を売るような内容だったりして、「え?この番組って子供にとって良いの?悪いの?」と子供が躊躇するくらいでした。 だからこそ今でもリバイバルとかを超えて全く新しいパワーのある曲として蘇ったのかもしれません。
 なんでも現在のバージョンは結構人気があるそうで、原作をライブで体験した世代としては嬉しいような不思議なような気分です。
 
 子供の頃、親たちが「懐かしのメロディー」とかの番組を聞いているのを見て、「なんて古くせぇ〜」と感じ、同時に自分達が大人になったら2〜30年くらい前の曲を同じように涙して聞いて、それを自分の子供が冷ややかに見ているのかな、と想像していました。
 でも贔屓目をさし引いても俺たちの時代はそうじゃないんじゃない?と思う節があり、「牛乳が好き好き好き...」のヒットはそれをさらに裏付けてくれるような事件でした。

 その根拠は?というのはまたいつか...(今から飲みに行くので)

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I'm only sleeping

 昨夜はまたまたよく寝てしまいました。

 通常私は夕食・入浴の後、30分から1時間くらい仮眠してそこから午前1時くらい、翌朝に予定がなければ徹夜、というパターンを敷いています。
 ところがたまに仮眠ではなくそのままぐっすりと朝まで、という日が月に一〜二度あります。
 昨夜は9時頃から朝7時まで、たっぷり10時間寝たことになり、今時は子供でもそれぐらい寝んだろう、という睡眠時間です。

 とはいえ、その前日は仕事で請け負っているwebの更新をやっていた関係で睡眠時間が3時間で、通常はだいたい一日4時間くらいが睡眠時間。
 もう少し平均化した方が良いのでしょうが、特にweb時代になって締め切りというのがなくなり、今日は何もないなぁ、と思っていたら「急ぎ訂正お願いします...」で突然入ってきます。 印刷物の場合は厳密に締め切りが決められている代わりに予定が組めますのでこれも時代の推移と言うものなのでしょう。
 
 また、何も予定がないときはそれが嬉しくて、深夜テレビだの読みかけの本だのを、酒を飲みながらだらだら見ているのでこれまた寝るのが遅くなり、結局恒常的な睡眠不足というのが解消できません。
 たまにこうしてドカっと寝てしまうのはその反動なんでしょう。
 
 おかげで今日は朝から五感すべてが快調で、いつもとは逆に毛穴の一つ一つまでが覚醒しているのを実感できます。 普段、途中まで考えていながらいつも結論がでないことも明快な答えがすぱっと出たりしますので、人間やっぱり寝なくちゃいかんなぁ、としみじみ感じます。
 
 しかし一方で、頭の中が明確になりすぎて、発想の広がりが理性に邪魔されているという気もします。
 例えば、とあるストーリー展開を考えるようなとき、論理的思考が勝りすぎて妄想的思考ができなくなるのです。 要するにファンタジー的方向に展開できないのです。
 グラフィックデザインやクリエイティブなプログラミングをしているとき、大概は体力的に厳しい状態におかれる訳ですが、いわゆる「天使が降りてくる」のもこういう時で、要するにある程度朦朧とした状態になって初めて垣間見える世界があるというのも事実だと最近は信じています。
 (厳密には天使は「降りてくる」のではなく、「足を捕まえて引きずり降ろす」ものです)
 
 まぁ、この辺りが音楽関係者やクリエイティブ方面の人間を覚せい剤に走らせる動機なのでしょう。 30年ほど前に雑誌宝島など一部の層が日本でのマリファナ解禁運動の様なものを展開していたことがあり、そこに「一時的逃避のために麻薬に走るのではなく、解放と発見のためにマリファナに走るのだ」というような主張を読んだことがあります。
 今でも別段それを支持する気にはなれませんが、理解はできるようになりました。
 
 覚醒と睡眠(朦朧)の狭間で人はものを作り出していくのでしょうか。

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タイピングがおかしくなってきた

 最近こうして文章を書いていると、どうもタイピングが下手になっていることが気になります。

 

 もともと私はタイプライターで英文配列を覚えた為、ワープロのローマ字入力に移行するのは大して苦痛ではありませんでした。 ただ、いつまでも自己流じゃなぁ、とMacを最初に買った時に少々苦痛でしたがタッチタイピングを真剣に覚えました。

 おかげでニフティのRT(リアルタイム会議:今のチャットみたいなもの)にはまっていたときでもキーボードを全く見ずにガンガン入力できるようになった訳です。

 

 ところが最近特に右手が無茶苦茶になって来たようです。

 右利きの場合、もともと左手はそれほど器用じゃないので、一旦覚えた指運びをずっと覚えています。

 が、右手は器用さが災いして、時に人差し指や中指が勝手に他の指のテリトリーを侵して出しゃばるうちに、本来の指運びが疎かになってきたのかもしれません。

 

 元々右手は左手に比べてリターンキーを押す度に若干とはいえホームポジションからずれますし、加えて「ー」キーが遠く、かつ外来語を良く入力する私はその度に変な指で適当に音引きを入れるものだから、それが右手の混乱の一因にもなっていると思えます。

 

 そう言えば昔のマッキントッシュのキーボードは左手は"D"、右手は"K"のキーに小さなポッチがあって、中指をそこに置いて、二列を受け持つ人差し指をその中指を基準に動かすことができました。

 ところが、これはパソコンのキーボードの世界では異端であったようで、MacもWindowsユーザーとの折り合いを考えたのか、単にコストだけの理由か、いつのまにか"F"と"J"にポッチがつくようになり、これも中指と人差し指の役割分担が曖昧になる遠因だったのかもしれません。

 

 とはいえ、欧米人がパソコンを叩いているのを見るとでたらめな人も多いし、中には両手の人差し指のみで仕事をこなしている人も見かけます。 だから気にしなくても、と言う人もいますが、やはり頭で考えたことに指がついて行かないというのはイライラします。

 

 これではいかん、と右手の指運びを意識するとまたおかしくなるわけで、しかしいつかきっちりと戻さないとずっとこのままだし、とここ暫くずっとささやかに悩んでいます。

 

 これとは関係ない話ながら、私はずっとUS配置のキーボードを使っています。

 これは最初に買ったMacのキーボードが原因で、さらに「キートップに使いもしないかながあるのは美しくない」という理由でずっとそのままになっています。(Appleのサイトで買えばUSキーボードのセットが選べます)

 しかし、世間一般はそうではない訳で、学校や他人のパソコンを触る時にはそれがあだになり、@, ", ;等を入力する度にお〜っとっと、と苛まれます。 まぁ、これはタッチタイピングがおかしくなる程には触っていないので原因ではないでしょう。

 

 タッチタイピングを覚えた時には自転車のように二度と忘れないもんだと思っていたんですけどねぇ...

 むしろ楽器の練習を一日サボると指が動かなくなる、というのに似ているのかな。

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抱きしめること・抱きしめられること

 時々「まず子供を抱きしめて下さい」というTVCFが流れています。
 目的は子供とどうつきあえば分らなくなった親に向けてものものですが、それはさておき、子供が大きくなると家内はもちろん、子供すら思い切り抱きしめることが無くなったことに気がつきます。
 
 一方でペットやぬいぐるみ、抱き枕など抱きしめると幸せになれそうなものが人間の身の回りに結構溢れています。 確かに何かを抱きしめることで幸せになれますし、嫌いではない人に抱きしめられることも同じく幸せになれます。
 そうかなぁ、と首を傾げる方、試しに今晩掛け布団を抱きしめてみて下さい。 ちょっと幸せになれること保証します。(この季節、タオルケットだと幸せ半減かも)
 
 よく他人と飲んでいる時に「自分がいくら普段理性あるようなことを言ってても女性の首筋の香りを嗅ぐと理性が無くなる」と話題にします。 
 「だから電車の中で思わず痴漢になってしまう男性がいるんじゃないですか」と、唸るような話に展開したりしますので、恐らく大方の男性がそうなんじゃないかと想像します。
 
 これはさらに考えを進めて行くと、首筋の香りは女性を抱きしめる、という幸せを連想させるからじゃないか、と最近思うようになってきました。
 余程女心を知りさらに饒舌でない限り、いや仮にそうであっても時には何も言わずに抱きしめた方が全てがうまく行く時があるような気がします。 異性に限らず子供等、時には同性でも(洋画ではよくありますね。ちょっと自分では想像しにくいけど)「抱きしめる」行為というのはなんだか人間の心の底を暖めるような効果があるのかもしれません。
 
 これがある年頃同士の異性だと、そのままSEXを連想させるのでややこしくなるんだけど(もちろん本能としては間違いじゃないですけど)、本来「抱きしめる・抱きしめられる」という行為はもっと素直で広い世代に受け入れられる深い癒しの行為ではないかと思えます。
 
 行為と書くこと自体が既に不自然で、もっと自然にそっと他人を抱きしめることができたらもう少し心のほころびた人が少なくなるような気が... しません?
 
 とは言いつつ、他人を自然に「何も言わなくても良いよ」とそっと抱きしめる、というのはなかなか難しいですけどね...
 だからこそ、なんでしょう。
 
 もっと若い時にこれに気がついておけば良かった...

※ここで訂正です。
 6/30の「ガブとメイの結末」で「狼と羊」と書きました。
 これは「狼と山羊」の間違いでした。 お詫びして訂正します。

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雨は嫌いじゃない

 ここ数日、やっと梅雨らしい天気になってきました。

 一部では被害も出ているものの、農業をやっている義父が六月に「雨降らんかい〜!」と叫んでいるのを覚えているだけに、まずはあるべきものがあって一安心、というところです。

 

 最近よく考えます。 最初に雨を体験した人間はさぞ驚いただろうな、と。

 だって「水」が空から降ってくるんですよ。 我々は子供の頃からそんなもんだと慣れきっていますし、そのうち水の循環というものを習ったりしてむしろ無くてはならないものだと思っていますが、「水」が空から絶え間なく落ちて来るってのは尋常じゃないと思いませんか?

 

 最初に雨を体験した人間、とまで遡らなくても、ずっと屋内で飼っていた犬を外に出した時、こりゃ何事?と慌てるのではないかと思います。

 まぁ、それを言うと雪だの雷などはもっと「えらいこっちゃ」ですけどね。

 

 それはさておき、世間では「うっとおしい」「あいにくの」「残念ながら」と形容されているように雨はあまり好まれていません。 「待望の」「恵みの」という言葉もたまにつくものの、それは農業だったり、水不足だったりへの論理的願望であって、「さわやかな」という意味ではないように思います。

 

 実は私はそれほど雨が嫌いではありません。

 今日もそんな話を同僚の教師と話していた所、普通は子供の頃、雨でプール授業が中止になったのが嫌われる原因じゃないかという話になりました。 あ、なるほど、水泳の授業が嫌いだった私はむしろ「救いの雨」でした。

 確かに荷物を抱えて傘をささなくてはならない時は忌々しくも思いますし、これまで折角の予定が雨で流れたり台無しになった事も数え切れないくらいありました。

 今、洗濯物干当番を仰せつかっている身としては朝からベランダに干すか風呂場の乾燥機を使うか悩むと言えば悩む。 下手すると二日分の乾かない洗濯物を抱える事もあるなぁ...

 しかし、予定が無い時の雨はむしろ楽しんでいる様な気がします。 

 ずっと続く雨音は人間の耳にはマスキング効果をもたらし、普段の日よりも静かに感じます。

 霞む景色は普段とは違う風景を見せてくれます。

 荒井由美の「雨のステイション」という曲は、冒頭のハイトーンのベースの音とともに脳裏にはっきりとした風景を呼び起こさせてくれます。 そう言えば「雨」にまつわる曲はとても多い様な気がします。

 

 晴耕雨読という言葉が好きで、晴れの日は日差しを楽しんで、雨の日はゆっくりと本を読む。 

 実際、それをするかどうかはさておいて、なかなかイケてるライフスタイルじゃないですか。

 一方で夏の暑さもそれ程嫌いではありません。

 「夏は大昔から暑いと決まってるんでぃ、べらぼうめぇ」(いつから江戸っ子になったんだ、おい)とか言いながら汗だらだら出すのが好きだったり。

 

 歳とって花鳥風月、春夏秋冬に馴染んじゃったんでしょうねぇ...

 ふぅ、茶がうまい...

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何がファンタジー?

 スターウォーズ最終作の封切りに向けていろいろな企画が増えてきました。

 私はこういう性格故によくスターウォ−ズファンと間違われますが、実は全く興味がありません。

 音楽にもビートルズ派とストーンズ派があるように、この手の米国宇宙ものもスターウォーズ派とスタートレック派があるようで、私は後者です。

 

 スターウォーズにハマらなかった理由をあれこれ考えてみるに、恐らく最初の作品に出て来たレイヤ姫(レイア?)がブスだったのが最大の原因かもしれません。

 他にも、なんで行く星行く星、全て酸素マスクをしなくて良いのか、という設定の甘さも考えてみましたが、これはスタートレックも似た様なものなので大した原因ではない様です。

 

 私にとって宇宙とは絶望空間という言葉が最も近いイメージです。

 それは空気が無かったり、温度の高低であったり、あまりの距離の遠さ等で、それもまだ小さい頃はワープの実現が一抹の希望を残していたものの、それが不可能であると分ってからは益々絶望の度合いを深めた訳です。

 

 恐らくこれは丁度物事を勉強し出した頃に「サンダーバード」や「謎の円盤UFO」という子供向けにしては非常にリアルなSFを見たせいではないかと想像しています。

 1980年の設定とはいえ、宇宙からは異生命体が来ているのに人間はせいぜい月止まり、当然常に宇宙服を身に着け、月との往復は大気圏再突入と常に戦う、という今ではごく当たり前の世界を1970年の小学校時代に見た訳です。

 だから最近の宇宙ものでも「ミッション・トゥ・マーズ」で宇宙でヘルメットを自分で取った人間が一瞬にしてカラカラになってしまう演出に引き込まれ、逆に「アルマゲドン」で不時着してぼこぼこになったスペースシャトルが再び飛び立つなんて「んな、あほな」で、見る気を無くしてしまったのでした。

 

 こういう科学的推察は必要であるとは思いつつ、しかし、これではファンタジーは楽しめないのではないか?と自問自答する事もあります。

 

 これが子供向けのファンタジーであれば例えば「おじゃる丸」では理論では絶対不可能な設定やキャラクターが平気で縦横無尽に弾けているし、それよりずっと昔から、絵本の世界では平気でパジャマ姿の子供たちが宇宙の旅に出ても全く違和感を感じないのもまた不思議な話です。

 大好きな「トイ・ストーリー」なんてそれこそ科学的論拠なんて完全にあり得ないですからねぇ...

 

 「千と千尋の神隠し」のあのコンセプトって凄いね、と学生に話したら、「あれはコンセプトじゃなくて妄想です」とあっさり切り返され、思わず納得してしまった事があります。

 

 この受け付ける事ができる境界線は何なのか、自分でもよくわかっていません。

 子供向けならなんでもあり、と受け付けてしまうのか? でもそれならガンダムなどの二本足歩行ものを嫌う事は矛盾している。 でもエヴァやパトレーバーにはハマった。

 そう言えば初代ガンダムって絵が気に入らなかったんだ、と思い出しました。

 

 結局、スターウォーズの姫と言い、ガンダムの絵と言い、理屈じゃなくて見た目かい、という結論に...

 ならざるを得ません。

 我ながら締まりがないオチで...

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沖縄の空の漬物石

 今頃から八月にかけて毎年戦争に関連する動きが活発になってきます。
 今更言うまでもなく、沖縄は日本で米軍基地が最も多い場所で、大小問わずトラブルが絶えません。
 
 とは言っても多くの人はそんな事無関心で、せいぜいリゾートや食べ物、酒という沖縄の明るい面だけを話題にする程度でしょう。
 かくいう私も、無関心とは言わないまでも、身近に米軍はおろか自衛隊の基地も少ないという大阪に住んでいると軍隊や国防に関してどうしても鈍感になっている気がします。
 
 そんな私でも感じた沖縄のいびつな状態が那覇空港の飛行機の飛び方でした。
 以前、那覇空港で自衛隊のファントムが着陸したのを見た、と書きましたが、そのとき伊丹行きの便を待つ間、しばらくの間民間航空機の離発着を眺めていました。
 
 やがて離陸する飛行機の飛び方がおかしいのに気がつきます。
 通常、民間航空機でも離陸後はある程度の高度まで一気に上がり、そこからさらに徐々に高度を上げて巡航ルートに乗ります。
 
 が、那覇空港では大型小型問わず離陸したあと比較的低空で水平飛行に移ってしまうのです。
 最初はトラブルかな、と思いましたが、どの飛行機も同じ方法で空港から離れて行きます。
 そう言えば那覇空港に着陸する時も、本島に近づいてからずっと低空で水平飛行をしていたのを思い出し、それが米空軍の為の制限である事に気がつきました。
 さすがに沖縄本島の上には米軍の訓練空域はありませんが、那覇の北にある嘉手納米空軍基地を利用する、また本島周辺に点在する訓練空域を行き来する米軍機の為に本島上空は空けておかなくてはならないのです。

 もちろん日本の自衛隊の訓練空域もありますが、それだけならこれだけいびつな民間航空機の飛び方は強制されません。 
 そう考えると、抜ける様な空の下の沖縄から空を見た時、なんとなく見えない大きな漬物石が本島の上に乗っかっている様な気がします。
 自分が乗った伊丹行きの便も、暫く海上の小さな漁船がはっきり見える程の低空を飛んだ後、おもむろにエンジン音を大きくして本来の高度に昇って行きました。
 
 沖縄に飛行機で行く時、本当にそれまで海また海の連続で、途中小さな島が点在するも突然本島が視界に入ったときき、その相対的な大きさに驚いた事があります。
 そのとき、「あぁ、米軍は死ぬまでここを手放さないだろうな」と強く感じました。
 
 要するに沖縄は天然の超巨大空母の様なものじゃないでしょうか。
 米軍にとって、ここにさえたどり着けば食料、燃料、修理、そして休養が取れる。 加えて本来の空母には無い自然や女もいる、家も造れるし、中国への睨みも利く。こんな便利な自然の軍事拠点を手放す事は軍事戦略上ありえない、と。
 
 車窓の旅は陸上を走る鉄道や車のもの、と思われがちですが、飛行機の車窓(とは言わないだろうなぁ、機窓?)からでもいろいろ見える事があります。
 とは言ってもずっと海の上の高高度を飛んでいるハワイ行きやアメリカ行きは退屈ですけどね...
 
 ということで、旅のスズメでした。

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